Semua Bab 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚: Bab 311 - Bab 320

456 Bab

第311話

すると、美穂子が振り返って凛に尋ねた。「凛さん、運転手が道を間違えて、海斗様をこちらに送ってきてしまったので、このままここで一緒に夕食をとってもらいますか?それとも1号棟に帰ってもらいます?」もうここまで来ているのに、帰れと言うのもおかしな話だろう。凛も礼儀が分からないわけではない。だから、凛は口を開いた。「竹内社長、どうぞお入りください」車から降りた海斗は、運転手に向かって一言告げた。「余計なことをするな」運転手は悪戯っぽく笑う。「社長、私は先に1号棟へ戻っておりますので、お帰りになるときはまた連絡してください」海斗が凛の前に堂々と歩み寄ると、そこに日和も顔を出し、扉に寄りかかりながら凛の真似をした。「竹内社長、どうぞお入りくださーい」海斗は冷ややかな目つきを日和に向ける。「立ち方がだらしない」日和も負けじと海斗を睨み返した。「気取ってないでよね」この兄妹のやり取りを見ていると、いつも凛は「家族」という意味を少しだけ理解できるような気がした。ただ片方が譲歩し続けるだけが家族じゃない。言い合いながらも向き合えることこそが、家族なのだと。三人は食卓についた。美穂子は今夜の献立を紹介し、一気に料理名を報告した。それは、自分が凛の食生活をしっかりと管理していると伝えるためでもあった。凛さんを自分に任せてくれれば、絶対に社長の期待に応えてみせますから!そして、立派な「社長夫人」としてふさわしくなるように大切に世話してみせる、と美穂子は心の中で海斗に言った。「海斗様、今夜は特別な料理があるんですよ」すると、日和がキッチンから料理を運んできた。「ジャガイモの煮物だよ。凛さんが作ったんだ。お兄ちゃん、食べられるなんてラッキーだね!」海斗の眉が少しだけ上がる。「そうか」そして、その口調も少し弾んでいた。凛はこの兄弟があまりに大げさで苦笑した。「ごく普通のジャガイモの煮物です。ただの家庭料理ですから」「家庭料理だからいいんじゃないですか!何より、凛さんが私のために作ってくれたっていうのが特別なんです」日和は皿を海斗の目の前に突き出し、顎をしゃくった。「私がジャガイモを食べたいって言ったから、凛さんが作ってくれたんだ。お兄ちゃんが食べられるのは私のおかげなんだからね!」すると、海斗が鼻で笑い、すぐさ
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第312話

その一度芽生えた疑念は消えず、智也は玄関前に立つことをやめ、建物の周囲を見て回ることにした。ふと窓に手を触れた時、違和感を覚える。そこには埃が厚く積もっていたのだ。他の場所は綺麗なのに、どうしてこんな小さな隅だけ掃除されていないのか。凛らしくない。凛は少し潔癖なところがあり、特に掃除となれば、こんな細かい所を見逃すはずがない。もし雇った使用人が掃除しているのなら、さっきまであんなに長くドアの前にいたのに、一切気配がなかったことに説明がつかない。凛に会う気がないなら、使用人が追い返しに来るはずだ。智也は少し離れて20号棟を見つめた。見れば見るほど、無人で生活の気配がないように感じられる。浩が見間違えたのか。それともここは罠で、浩が何者かに騙されたのか……誰がこんなことをしたのかは、考えるまでもないだろう。先日、自分がここを借りに来た時、わざわざ海斗本人が現れたなんて、考えれば考えるほど不自然だ。それに、海斗は使用人を一人連れていた。この住宅地を開発したのが竹内グループなら、海斗は南山ヒルズで一番大きな1号棟に住んでいるはずだ。だめ元で当たってみるか。だが、1号棟には入れないだろうから、車で管理室まで行った。「すみません。前回の物件を見学させてもらった際に、1号棟の使用人さんの忘れ物が家にあるので、1号棟の使用人さんに会いたいのですが」「美穂子さんのことですか?」警備員が続ける。「美穂子さんは1号棟じゃなくて、普段は9号棟にいるはずですよ」智也は車を回し、9号棟へと向かった。庭は手入れが行き届いていて、明かりも灯っている。車の窓から覗くと、家の中に見覚えのある後ろ姿を見つけた。ものすごく凛に似ている。いてもたってもいられなくなった智也は車から降り、門の脇の小さなドアから中へと忍び込んだ。近づくにつれ、少し開けられた窓から弾むような話し声が漏れ聞こえてきた。「美穂子さん、このルビーロマンいつ買ったの?」日和が真っ赤なぶどうを手に取り、真っ先に凛の唇へと差し出す。「食べてみてください。すごく甘くてジューシーですから」美穂子が日和に答えた。「さっき届いたばかりなんですよ。朝摘みで、昼の空輸便で来たから新鮮でしょう?」「ええ、とても」凛は一口かじり、ふと口にした。「空輸な
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第313話

蹴られて足元をふらつかせる智也を見て、日和と美穂子は無言で軽く拍手した。かっこいい!いい蹴りっぷり!凛が真っ先に視線を向けたのも、智也ではなく、隣の海斗だった。だが、男の瞳にはこれまで凛が一度も見たことのない鋭い光が宿っていた。まるで道端のごみでも見るような、深い蔑みの混じった見下すような視線。さらにその声は、毒を含んでいるかのように冷たく響いた。「谷口社長。畜生が人間に関わるな。それに、蹴られるだけで済んだことに、感謝してほしいくらいだ」態勢を立て直した智也は、海斗から侮辱を受けつつも、凛が真剣な眼差しで海斗を見つめていることに気づいた。怒りが一気に燃え上がる。しかし、自分は凛とよりを戻しに来たのだから、ここは耐えなければならない。感情を爆発させては、全ての意味がなくなってしまう。智也は深く息を吸い、柔らかな声で言った。「凛、こっちへおいで」その瞬間、凛の腰に回された大きな手に、突如として力が込められた。凛をぎゅっと抱き寄せるその行動は、まるで彼女が智也のもとへ行ってしまうのではないかと心配しているようだった。凛は一瞬きょとんとして、視線を落とし、自分の腰に回された大きな手を見つめた。胸の奥に、ある考えがふっとよぎる。最初に自分を抱き寄せたのは、智也に引きずられていくのを防ぐため。ではこの二度目は……自分が智也について行ってしまうのを恐れているからなのか?そんなことはありえない。凛は智也を見つめて言った。「智也、出ていって」その言葉を聞いた海斗は安堵し、凛の腰に回していた手の力を緩めると、美穂子に指示を出した。「警備員を呼んで、あいつを追い出せ」「承知いたしました!」美穂子は一階の洗面所の方へ駆け出していき、独り言を呟いた。「警備なんて呼んでたら、あっという間に日が暮れちゃうわ。やっぱり、私がいってやる」そう言うや否や、美穂子は手早く掃除用のモップをつかんで戻り、智也の前に仁王立ちで立って、海斗と凛を背後に隠した。智也の視界から二人の姿が見えなくなる。美穂子はモップを突き出して言った。「谷口社長。瑶子様から筋を通しても駄目だったら、力ずくでいってもいいと教わっております。お帰りいただけますか?もしお帰りいただけないのであれば、このモップで容赦なくやらせていただきます!」モップは既に智也
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第314話

「愛人に家を買ってやるような谷口社長だから、女性は家を買い与えられるものだと思ってるんだな」と、海斗が鼻で笑う。智也は言葉を失った。凛も冷ややかな声で続ける。「残念だけど、この家は佐野先生の奥様のご厚意で貸してもらっているものだから」「ごめん、凛」自分の勘違いだと知った智也は、すぐに謝った。「俺の勘違いだった」しかし、智也の謝罪などいつも薄っぺらいものだと、凛はずっと思っていた。自分の罪悪感を和らげるためだけの、形ばかりの謝罪。「あなたが私のことを勘違いするなんて、今回が初めてじゃないでしょ?智也、自分で出ていく?それとも美穂子さんにモップで追い出されたい?」凛は心底うんざりした視線を智也に向ける。その視線に胸を抉られた智也は、下手に出ることにした。「確かに、俺は何度もお前のことを勘違いしていた。でも、もう謝っただろ?なあ、俺と一緒に帰ってくれないか?俺にはお前が本当に必要なんだよ」ただで働いてくれる家政婦が必要だということか?凛は吐き捨てる。「智也、お金があるんだから好きなだけ家政婦を雇ったら?10人でも雇えば、王様みたいな暮らしができるよ」智也は昇進していまや資本側の人間に近い立場になっているのだから、これ以上自分に家政婦のような真似をさせる必要はないのに、と凛は思った。なにより、智也との結婚という呪縛から解き放たれてからというもの、凛は世界の素晴らしさをしみじみと感じていたのだ。外の世界は、驚くほどのびのびとしていて、まるで鳥のさえずりが聞こえるように明るく、心地よい。「凛、金のことは本当に悪かったって思ってる。俺のことを、殴ったって罵ったって構わない。これからは、全てのお金をお前に預けるから」智也は至って真剣だった。しかし、凛は笑うしかなかった。「いまさらあなたのお金を預けられても困るんだけど」自分たちはもうとっくに、夫婦ではないのだから。またも突き刺すような凛の冷たい態度に、智也は胸の痛みを感じた。「てか、そもそも今さらお金を預けるっていっても、一体いくらお金が残ってるんだろうね」日和がじろりと智也を見つめる。「愛人さんに全部吸い取られちゃったんじゃないんですか?」その「吸い取られた」と言うとき、日和の視線は上から下まで智也の体をなぞるように流れていった。まるで、身体の方まで搾り取られたの
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第315話

智也は追い払われる野良犬のように、黙ってその場を後にした。帰宅するや否や、皮膚が剥けるほど執拗に顔を洗い、歯ブラシも新品をおろしては何度も磨き続けた。歯磨き粉を使い切った頃、柚葉から着信があった。智也は少し眉をひそめたが、結局電話には出た。「何の用だ?」その声には、すでに距離を置こうとする冷ややかさが滲んでいる。智也は柚葉との関係にきっぱりと線を引く決意を固め、これから先は凛とだけ、静かに日々を共にしていくつもりだった。この智也の突き放すような口調に柚葉の機嫌はさらに悪くなり、もう取り繕うことはやめ、吐き捨てるように言った。「病院から連絡があって、検査結果に問題があるから、明日の朝もう一度来るようにって言われたの。あなたの妹である胡桃が、私に負わせた怪我なんだから、兄であるあなたが責任を取ってくれるよね?」智也は言葉に詰まった。「何時だ?」「10時よ」「わかった」智也が電話を切ろうとすると、柚葉が智也の名前を呼んだ。「智也、どうしてそこまで薄情になれるの?これだけずっと一緒にいた私たちなのに、凛さんには敵わないってこと?」智也は小さく息を吐く。「柚葉、もう終わった話だろ?お前が海外へ行った時、そして俺が凛と結婚することを選んだ時点で、本来なら終わらせるべきだったんだ」柚葉はすぐさま言い返す。「でも、その後もずっと続けてたじゃない。私たち、うまくやってたでしょ?」「うまくやっていた?本当にそうなら、今みたいな状況にはなっていないはずだよ」智也は歯を磨き終えると寝室へ戻った。クローゼットには凛のために買い揃えた新しい服が所狭しと並んでいるのに、どこか空っぽに感じられた。凛がいないこの家は、どこまでも寂しい。智也は柚葉に釘を刺す。「凛が夫婦の共有財産を請求するつもりでいる。投資契約も法的対策も、できることはすべてやった。でも、これ以上お前との関係を続けて、もし証拠でも掴まれたら、俺にはもうどうすることもできない」「どうすることもできないって何よ!」柚葉は怒鳴り声を上げた。「私を見捨てるってこと!?あなたが私にくれたお金でしょ?私に渡してる時は、こうなるかもって考えなかったわけ?それに、あの日誓った言葉はどうなったのよ!凛のために、こんな簡単に私をごみのように捨てるんだね」柚葉の叫びを聞くのが耐
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第316話

海斗はわずかに目を動かし、静かに言った。「どこだ?」日和は含み笑いを浮かべて、チッと舌打ちをする。お兄ちゃん、部屋でも買って隣人になろうとしてるわけ?いや、買うとは限らないか。だって、お兄ちゃんはあちこちに不動産を持ってるから。凛が答える。「一番町特別宿舎10号棟です」日和はよろめいて、言葉を詰まらせた。「ど……どこって言いました?」「一番町特別宿舎10号棟だ」と海斗は日和の問いにそう答えながら、その目の奥で何かを考えるように沈黙した。あの場所の物件は、金があっても簡単には手に入らない。そんな海斗を見上げて、日和は心の中で呟いた。お兄ちゃん、あとは自分でがんばれ!海斗は淡々と続ける。「あそこは手続きなどが必要だから、急な引っ越しは難しいだろうな。まあ、早くて2、3日後だろう」凛は頷いた。「じゃあ、明日は先に確認にだけ行ってきます」「私も連れてってください!」日和が凛の腕に抱きついた。「明日の朝行こうと思うんだけど」そうすれば、午後には引っ越せるかもしれない。しかし、用事がなければ昼まで寝ていたい日和は、口を尖らせる。凛は思わず笑ってしまった。「それじゃあ、朝の9時なら起きられる?」日和が笑顔になる。「それなら大丈夫です!」海斗が呆れて言った。「可哀想な振りだけは一人前だな」「お兄ちゃんにはできないでしょ?」日和は海斗に向かって舌を出した。「私が羨ましいんだよね」海斗は立ち上がり身を翻すと、帰りがけに言い残した。「引っ越すまで、二人ほどボディーガードを付けておくから」凛が断ろうとすると、美穂子がすぐさま感謝の意を表す。「ありがとうございます!これで鬱陶しい猿の被害に遭わなくてすみます」美穂子の中で、智也は鬱陶しい猿という認識だった。翌朝9時。眠たそうにあくびをする日和は凛と一緒に出かけ、まだ夢うつつのままだったが、自分が運転すると言い出した。だが結局は、凛が無理やりタクシーを捕まえた。二人が南山ヒルズを出た時、浩も南山ヒルズにやってきた。警備員に挨拶し、午後に引っ越し業者が住宅地に入る登録をする。10時。智也は病院の入り口で、柚葉を待っていた。遅れてやってきた柚葉の顔色はあまりいいとは言えず、目の下にはクマがあり、目も赤く充血している。見るからに一晩中泣
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第317話

一番町特別宿舎10号棟。凛と日和は、入居の手続きに2時間以上も費やしていた。警備員は言った。「谷口博士、未登録の車両は一切敷地内に入れませんので、車両の登録も必要なんです」凛は車を持っていない。日和が警備員に聞く。「引越しの荷物を運ぶ車も駄目なんですか?」「事前に登録していただければ入れますが、2時間前までに登録していただく必要があります。登録内容は所有者の個人情報、車番、車種、型番、色など全てで、入る際には厳密にチェックさせていただきます」日和は思わず息を呑んだ。さすがは国が管理する高級住宅街。警備員さえも元警察官らしい。これからは凛さんに門まで来てもらうしかないな。まあ、他のところで会えばいいだけの話だけど。日和の心の内を察した凛は、警備員に頼んだ。「この子の車を1台登録できませんか?」日和は驚愕した。凛さんは、自分のことをそんなに大切に思ってくれてるの?目頭が熱くなる。警備員は日和を見て言った。「原則は駄目ですが……もし、谷口博士本人が毎月登録していただけるのであれば、許可しましょう。ただし車両に起きたトラブルには一切責任を負いませんので」凛は頷いた。「日和さん、あなたの車を1台登録して。目立たないやつでお願いね」「凛さん、本当によかったんですか?私が善人とは限りませんよ?」日和は相変わらず冷静な凛を見て、一人で動揺していた。でも、すごく嬉しい。家族みたいに自分を信じてくれる人がいたなんて!凛は日和を促す。「登録してきて」「凛さん、一生忠誠を尽くしますから!」「え?」日和は補足した。「凛さんの友人として、一生そばにいますね!」凛は思わず笑った。警備員はパソコンを見つめながら、指をキーボードに添えて、日和が登録情報を書き終えるのを待っている。日和は、瑶子が瑶子の母親から10年前に贈られ、日和が18歳の時に瑶子から譲り受けた黒のセンチュリーを登録することにした。手続き完了後、警備員の先導で赤いレンガの低層マンションの前に着いた。歴史を感じさせる年季の入った佇まい。配線が入り組む古風な造りは、時代の重みさえ感じられる。周辺には木々が鬱蒼と生い茂り、低層階は緑の中に埋もれていた。マンション内はとても静かで、街の喧騒とは隔絶されていた。エレベーターがないた
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第318話

梨花はふっと鼻で笑うと、凛にレストランで待っているように言った。日和は梨花が証拠を持ってくると知った瞬間、目を輝かせた。「お金のこととなるとこんなに積極的になるんですね。ただ、持ってくる証拠にどこまで説得力があるかは、まだ何とも言えませんが」「ないよりはましね」凛が今証明したいのは、智也と柚葉の不倫だけではない。智也が柚葉に使った金が夫婦の共有財産から出たものであり、しかも不倫のために費やされたものだったことまで立証するつもりでいた。どれ一つとして欠かせない。現在手元にあるのは、かつて胡桃が自分を刺激しようとして送ってきた智也と柚葉がキスをしている写真と親密な写真。海斗の手元には二人が激しくキスする動画があり、加えて過去数ヶ月にわたり月々6000万円を送金していた記録、直近2ヶ月で柚葉が購入した家や車、宝石類の記録もある。謙介いわく、決め手となる証拠があと一歩足りないらしい。長年互いに愛を伝え合うようなトーク履歴や、長期間にわたる同棲の痕跡などがそれにあたる。やるなら一発で勝利を掴む裁判にしなければならない。それに、自分も裁判に延々と時間を割きたくはないため、事前の証拠集めを徹底し、完璧な証拠を集める必要がある。1時間後。梨花と胡桃が現れた。凛には予想通りの展開だった。谷口家の中で梨花を除けば、一番お金を取り返したがっているのは胡桃なのだから。胡桃の頬にはまだ平手打ちの痕が残っていた。ドカッと椅子に座る彼女は、明らかに機嫌が悪そうだ。目の前にいる凛を見て、胡桃の瞳に複雑な色が揺れ動く。今まで邪険に扱い、見下していたこの女こそが、自分にも兄にも谷口家にも良くしてくれていた存在で、自分がいちばん信じ切っていた柚葉こそが最大の詐欺師だったなんて……受け入れ難い。それに、考えれば考えるほど怒りが込み上げてくる。柚葉への怒りもあるし、凛に対しても苛立ちはある。だが、彼女自身に対してだけは、矛先が向かないようだった。だから、凛を見る目に以前のような嫌悪感はなかったものの、口調はやはり生意気だった。「なんであなたはそんなに無能なの?夫のお金を他の女に取られちゃうなんて」凛は言い返す。「じゃあ、あなたはとっても有能ね。毎日小林さんと一緒にいながら、智也のお金が使われてることにすら気づかなかったんだから。心も
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第319話

すぐそばで金のことばかり喚き散らす胡桃のことは完全に無視して、凛と日和は外で電話をしている梨花をじっと見ていた。自分を相手にしない二人を見て、胡桃が腹を立てて叫ぶ。「ねえ!聞いてるの!?」「なんで私が聞かなきゃいけないのよ」日和が呆れたように胡桃を一瞥する。苛立った胡桃は、手の中の飛行機のチケットを握りしめた。凛は梨花の様子を注意深く観察していた。電話を受ける前は普通だった梨花の顔色が、次第に険しくなっていく。眉間には深い皺が寄り、時折こちらを不安そうに窺っていた。何かが起きた。凛はそう直感した。電話を終えた梨花が、すぐさま凛に向かって言った。「証拠のことはまた今度にして。私は急用ができたから。胡桃、行くわよ」胡桃は梨花に強引に腕を引かれて行った。日和が目を丸くする。「どうしてまた急に?」凛は表情を引き締め、腰を上げた。「追いかけよう」「はい」日和も即座に立ち上がると、梨花たちが乗ったタクシーを追うように、慌てて別のタクシーを拾った。日和は腑に落ちない様子だ。「なんで今さら気が変わったんですかね?あの人が、一番お金を取り戻したがってたのに。お金よりも大事な用事って、一体何があるんでしょうか?」凛も眉をひそめる。確かに、日和の言う通りだ。金の亡者ともいえる梨花が、金よりも優先することとは一体何なのだろうか。本当に解せない。車が谷口家へと入っていくのを見て、凛はそれ以上追いかけるのを止めた。家に入られてしまっては、探りを入れることは難しいだろう。「今日は一旦帰ろう」残念そうな表情を浮かべた日和だったが、あることを思いついた。「凛さん、あの二人を監視する人を手配しましょうか?」凛もそれは手だと思い、頷いた。……谷口家。玄関を開けるなり、胡桃は梨花の手を振り払った。「お金を取り返すために、凛さんと協力するって話だったのに、なんで途中で帰ってきたの?それに、私の質問にも全然答えてくれないなんて」しかし、梨花はそんな胡桃の言葉を無視し、即座に言った。「すぐお父さんに、家まで戻るように電話して」異様な雰囲気を感じ取り、胡桃も不安になる。「なんかあったの?」「ぐずぐずしないで、早く電話して!」「うん」胡桃は素直に父親へ電話をかけた。その一方で、最近の父親の様子を不思議に思
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第320話

胡桃と梨花は柚葉から金を取り返そうとしているということか?健吾に聞かれ、胡桃は自分が口を滑らせたことに気づいた。梨花から健吾や智也には黙っているようにと釘を刺されていたのに。しかし、この状況で黙っていても仕方ないと思った梨花は、隠さずに言った。「凛がずっと証拠を集めているの。20億円以上の夫婦の共有資産を取り戻すために、柚葉を訴える準備をしているわ」智也は目を大きく見開いた。やはりそうだったのか。健吾が顔をしかめる。「あいつは、何もいらないって言ってたじゃないか?」「いらないわけないでしょ?」と梨花が反論する。「どれだけの金額か分かってるの?それをただでくれてやるなんて!」胡桃も深く頷く。「その通りよ」健吾が言った。「つまり、二人で凛と手を組んで、柚葉を訴えるつもりだったのか?」「智也を訴えるわけじゃないんだから、何をそんなに心配することがあるのよ?」梨花は溜息をついた。「まあ、結局は手を組まなかったんだけどね。柚葉が妊娠したから、証拠を渡すのはやめたのよ」「証拠って何?」と智也が問い詰める。「母さん、一体何の証拠を探してたんだ?」梨花は何も答えなかった。しかし、智也は少し考えてすぐに理解した。きっと自分の携帯を勝手に見たのだ。ああ、頭が痛い。「母さん、今度何かするんだったら、事前に俺に相談してくれないか?」「私が悪いっていうの?あなたが柚葉を大事にしたり、急に凛の方へなびいたりするから、こっちだってどうしたいのか分からなくなるのよ」梨花は智也を責め始める。「あんなに柚葉に金をつぎ込んでおきながら、あなたとあの子のやり取りを見ても、特に恋人みたいなやり取りもない。あの子、帰国してからあなたにべったりし始めたんじゃないの?で、結局あなたはどうしたいの?」梨花が智也の目を射抜くように見つめる。「柚葉と子どもをとるの?それとも凛がいいの?」梨花は健吾の方を見て問い詰める。「あなたはどう思うのよ。私は柚葉を選ぶべきだと思う。だって、跡取りを産んでくれるんだもの。凛が戻ってきたって、子どもを産めなきゃどうするの?夫のために跡継ぎも産めない女なんて必要あるかしら?」何としても凛と智也を復縁させ、谷口家に連れ戻したいと考えていた健吾も、少し考えが揺らいだ。確かに、谷口家を途絶えさせてはならない。す
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