《元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚》全部章節:第 331 章 - 第 340 章

442 章節

第331話

智也はあくまで紳士的に、全員分のお茶を淹れる。「どうぞ」柚葉の両親は気乗りしない様子だったが、梨花は悠然としていた。百合が先に本題を切り出した。「智也さん、娘の妊娠の件は当然ご存知だと思いますが、谷口家としてはどう考えているのでしょうか?娘が籍も入れずに、あの子の子どもを産むなんてことは、こちらとしても受け入れられませんので」智也が答えようとしたところへ、梨花が笑って、話を遮る。「あら、子どもを使って息子を縛ろうというんですか?妊娠したことはどちらにも責任があると思います。なのに、その子どもを使って谷口家の敷居をまたごうなんて虫が良すぎると思いません?我が家が嫁として認めるのは、凛ただ一人です。あなたたちの娘さんのどこが凛にまさっているというんですか?」柚葉は膝の上で手をきつく握り、攻撃的な眼差しを梨花に向けた。しかし、梨花はどこ吹く風。こちらは柚葉の弱みを握っているのだ。最後に主導権を握るのはどちらか、思い知らせてやればいい。娘を貶された隆平は怒りを露わにする。「なんてことを言うんですか!」そう言って席を立つと、百合と柚葉に視線を向けた。「もう帰るぞ。お前がどうしてもその子を産みたいと言うなら、俺と百合で育ててやる」智也は眉をひそめ、梨花をたしなめた。柚葉は智也の言葉を期待して切なげに見つめるが、彼はまたしても沈黙を守った。「智也、あなたは黙っていなさい」梨花が智也に言い返す。いつまで経っても柚葉が動こうとしないため、柚葉の両親は再び座り直すしかなかった。梨花も智也を座らせる。今度は柚葉が切り出した。「梨花さん、私のお腹にいるのは谷口家の子どもなんです。ずっと智也との子どもを望んでいたんじゃないんですか?」梨花は湯呑みに口をつけ、淡々と言った。「ええ。私たちはその子が欲しい」柚葉の表情がパッと明るくなる。「でもね……」梨花は態度を一変させ、軽蔑の眼差しを柚葉に突き刺した。「籍を入れないで、ただ子どもを産んでくれるっていうなら、こちらとしても感謝の意を示すわ」「何言ってるんだ!」と隆平が激昂する。そうして、智也に向かって言った。「男の君に、何か意見はないのか!」智也は昨晩の酒が抜けた今朝、もう心を決めていた。この子供を産ませてはいけない。将来、凛と自分の間にだって子供はできるのだ
閱讀更多

第332話

智也は唇を引き結んだ。そして、しばらくの沈黙の後、静かに口を開く。「全てを終わらせよう。今までのことや手続きは俺が責任を持って整理するから。それに、凛が夫婦の共有財産を取り戻そうとしている件についても、俺があいつを説得する」凛が何を求めても、智也はそれに応えるつもりだった。離婚以外は……柚葉は目に涙を浮かべ、唇を震わせた。智也がもうこの関係に見切りをつけたことを、はっきりと感じていた。どうしてこんなに簡単に自分を捨てるの?自分にばかり面倒な後始末を押し付けて、この男は平然と逃げるつもり?そんなの許さない。柚葉は深呼吸をして、必死に強がりながら言った。「よく考えてみて。たとえあなたがこの子を望まなくても、私は産みたい。だって、この子は私のお腹の中にいるし、あなたと愛し合ったことで授かった命でもあるから。だから、もう少し考える時間が欲しいの」智也も柚葉を困らせたくはなかったので、頷いた。「わかった。でも、しばらくは目立たないようにして、連絡も控えよう」そう言って、柚葉の両親に向き直る。「隆平さん、百合さん。本当にすみませんでした」柚葉の両親はそっぽを向いたまま、一切相手にしようとしなかった。梨花も相手にいい顔をする気はない。「うちの息子がそちらの娘さんを傷つけたなんて思わないでくださいね。息子はここ数年、あなたたちの娘のために10億単位のお金を渡してきたんですから。息子に貢がせたお金で贅沢をしておきながら、そのお金を使って、私たちのご機嫌取りまでしていたんですよ?私たちはずっと騙されていたし、あろうことかうちの娘をそそのかして凛を陥れるために薬まで盛らせて、警察沙汰にまでなりました。もし息子が情にほだされて内密にしていなかったら、今ごろあなたたちの娘さんが警察のお世話になっていたはずなんですよ。だから、むしろ感謝して欲しいくらいですわ」柚葉が薬を人に盛るなどという悪事を働いていたとは露知らず、柚葉の両親は愕然として娘を見つめた。柚葉は怒りでテーブルをひっくり返したい気分だった。それを見た梨花は、満足げに息子を促してその場を去った。帰り道、梨花は考えた。もし柚葉が谷口家の子どもを籍を入れずに産んでくれるというなら、お金を取り戻す件に自分はもう関わらない。だが、それを断るのであれば徹底的にお金を取り返す
閱讀更多

第333話

当初は何人かが競りに参加していたが、2000万円を超えると脱落者が続出した。強気の買い手が残ったものの、側近に止められていく。競り合っているのは、ホシゾラ・テクノロジー社長の秘書である浩と、竹内グループ社長の秘書の恵。100万円単位で価格を競り上げており、どちらも譲らない。マイクロチップ開発プロジェクトの入札の一件は公にはなっていないが、事情通の間では、海斗と智也の間に確執があることはもう知れ渡っている。権力者の争いには、関わらないのが一番だ。浩が2100万円と言えば、恵は2200万円と言い返す。3000万円まで上がったところで、浩が躊躇いを見せ、彼は智也の耳元で囁いた。「社長、3000万円は高すぎます。相手は明らかにこちらを煽っていますよ」智也は眉間にしわを寄せ、しばらく考え込んでから浩に尋ねた。「竹内社長が茅野さんの特許を取りに来る可能性は、どれくらいあると思う?会社として見た場合と、個人的な事情も含めて」会社として考えれば、竹内グループは資金力も事業規模も申し分ない。トライドメインを進めながら、新たな研究開発プロジェクトに乗り出しても何ら不思議ではない。一方で私情を挟めば、海斗は凛をめぐって智也と競う立場だ。当然、何かと対立する可能性は高いだろう。浩は慎重に答えた。「半々といったところでしょうか」競りの締め切りが迫った瞬間、沈黙を守っていた智也が自分で札を挙げ、3200万円と叫んだ。海斗側が本気で特許を狙っているのか、それとも価格をつり上げるための駆け引きなのか……それはもう問題ではない。ここで負けるわけにはいかないのだ。今の彼はホシゾラ・テクノロジーで危うい立場に立たされており、一つひとつの判断で確実に結果を出さなければならない。浩は既に翼に空きがあるのは金曜だという情報を得ているので、手土産を持って挨拶に行くのだ。3200万円という提示を聞いた恵は、一度、後ろに座る智也と浩に視線を向けた。そして余裕の微笑みを浮かべて価格を競り上げる。「3400万円」浩もすかさず競り上げた。今回出品されたのは特に希少価値が高いものではなく、今から600年ほど前に作られた量産品だった。だから、2000万円ともなれば、すでに青天井に近いのだ。場内の視線が二人に集まった。ホシゾラ・テクノロジーの社長である智也がこ
閱讀更多

第334話

「商品をこの世に出してくれるのが一番の恩返しになる。だが……」海斗は深い眼差しを凛に落とした。「もう二つの借りは返してもらったからな。この前の手料理も、一つに数えてやる」後ろで聞いていた理央は、懸命に唇を噛みしめて笑いを堪えていた。竹内社長も随分と手の込んだ芝居をするもんだ。「でも竹内社長は、どうして智也が確実に競り上げると分かっていたんですか?」と凛が尋ねる。「茅野さんの特許を手に入れなければ、あの男は社長の座を維持できない。だから、たとえ罠だと分かっていても、飛び込まざるを得ないのさ」そう言う海斗の表情には確信があった。案の定、フロアの恵が5200万円の声をかけた後、智也は歯を食いしばり、最後の入札に臨んだ。5600万円。その瞬間に恵は振り返り、花が咲くような笑みを浮かべた。「おめでとうございます。谷口社長」たかが黒檀の肘掛け椅子に、智也は5600万円もの大金を払う羽目になった。智也の顔色が土気色に沈む。まさか海斗に情報を探られていたとは……なんて卑劣な男だ。彼には海斗がどの部屋にいるのか分からなかったので、不機嫌そうな視線を恵へと向けた。相変わらず優雅に微笑んでいた恵だったが、内心ではこう思っていた。喧嘩を売る相手を間違えている。よりによって、こんなに狡猾な竹内社長を相手にするなんて。今回は金を取られただけで済んだが、次は彼の社会的地位そのものが危うくなるだろう。我らが竹内社長は、良く言えばやり手、悪く言えば腹黒いのだから。凛は海斗の心理戦に驚き、しばらく彼を見つめていた。海斗はふと姿勢を正し、真面目な顔で「60万円から100万円程度でほしいものはあるか?」と聞いた。凛は頷く。しばらくして、オークショニアが19世紀の果物皿を取り出した。最低落札価格は40万円。凛の目が少し輝いた。海斗が口角を上げる。「欲しいか?」凛が頷いた。海斗が視線で合図を送ると、理央がすぐに恵に伝えた。恵がカードを掲げる。「60万円」彼女はそれから、周りの人々へ丁寧に会釈した。周囲はすぐに意図を察し、誰もが思った。たかが果物皿だ。竹内社長が欲しいなら譲っておこう。恨まれるのもごめんだしな。60万円で果物皿を落札した恵は、会場の人々に丁寧にお礼を言い、その場を離れた。智也は彼女が離
閱讀更多

第335話

智也は慌てて追いかけようとしたが、焦りのあまりよろけてしまい、太ももをテーブルの角にぶつけてしまった。テーブルの上においてあった飲みかけのペットボトルが倒れ、水がテーブルを伝って彼の靴を濡らす。周囲が怪訝そうな顔で彼を振り返る中、智也は痛みと恥ずかしさで眉をひそめた。「谷口社長、大丈夫ですか?」「ああ」智也は浩に荷物を預けると、そのまま外へ駆け出した。入口へたどり着いた時には、もう黒のマイバッハが走り去っていくところだった。「凛!」しかし、応えるのは冷たい風と、ひっきりなしに往来する車の音だけ。浩が出てきた時、智也はすっかり寂しそうな様子で立ち尽くしていた。彼は浩を振り返り、「新しい番号をまたたくさん用意してくれ。今まで着信拒否された分は解約して、新しく作り直し続けるように」と指示を出した。すぐに返事をした浩は、公私共に問題に追われている智也を案じ、気休めだがこう言った。「社長、奥様は電話番号自体は変えておらず、単に着信拒否しているだけです。だから、社長のことはまだ心にある証拠じゃないですかね。諦めずに連絡を取り続ければ、いつかきっと奥様も許してくれて、以前のようなお二人に戻れるはずですよ」智也は眉間に刻まれたしわをわずかに緩め、かすかに声をもらす。「そうだろうか?」浩はうなずいた。否定などできるわけがない。智也はオークション会場から運び出され、丁寧に梱包される黒檀の肘掛け椅子を見つめていた。車へ乗り込もうとした時、智也の動きがふと止まる。「社長、どうかされましたか?」浩を振り返る智也の瞳に、深い色が宿る。「さっきの話だが、凛が一度も電話番号を変えていないと言ったな?」「はい。着信拒否されているだけで番号は変えていませんから、まだ社長からの連絡を待ちわびている証かと」智也はゆっくり首を振る。「いや、そうとも言い切れない」智也はあることを思い出した。一昨年の冬、凛と訪れたG県の施設で、凛は自閉症を抱えた子どもに、彼女の連絡先を教えていた。普段の凛は24時間いつでも携帯を肌身離さず持っていたし、G県からの連絡なら、相手がどんな番号であろうと必ず出るはずだ。「田中、明日すぐにG県へ飛んで、施設にいる15歳の康平(こうへい)という自閉症の少年の情報を探せ」その子どもから連絡があれば、
閱讀更多

第336話

「分かりました、谷口博士。こちらへどうぞ」涼太は、凛を翼の隣の席へ案内した。翼は、そんな涼太を見て小言を言う。「まったく、情けない奴だ」涼太はへらへらと笑いながら返す。「谷口博士に比べたら、確かに僕は情けないよ」「もういいから、早く座れ」翼が全員に席につくよう促す。空いた席を見つけた涼太が翼に尋ねた。「じいちゃん、まだ誰か来るの?」翼は答える。「お前もB市で会ったことがある秀明(ひであき)さんの甥っ子が来るんだ」噂をすれば、というやつだ。個室の入り口に、手土産を持った利明が現れた。微笑みを浮かべていた利明の視線が、凛の視線とぶつかる。二人の動きが止まった。柚葉に想いを寄せている彼が、まさか翼の誕生日のお祝いの席に来るとは予想もしなかった。凛が怪訝そうな顔をしたのに気づき、涼太が小声で説明をした。「何ヶ月か前に、祖父と一緒にB市のシンポジウムに参加したんです。その会場がちょうど秀明さんの管轄内にあって、祖父が秀明さんにちょっとした頼み事をしたんですよ。それがきっかけで連絡を取るようになって。今回、その甥である利明さんがたまたまA市に用事で来ることになっていたので、秀明さんが利明さんに祖父への誕生日祝いを届けさせたみたいなんです。そこで、祖父も断りきれなくて、今日の食事場所を彼に教えた、というわけです」凛は頷いた。「なるほど」涼太がはにかむ。「どういたしまして」「凛」翼に名前を呼ばれ、凛はすぐに立ち上がった。「紹介するよ。B市の神谷家のご長男、神谷利明さんだ。神谷家は観光開発をやっているんだが、利明さんは弁護士をしているんだよ」凛は挨拶する。「はじめまして、神谷弁護士」利明もそれに答えた。「はじめまして、谷口博士」二人は簡単に言葉を交わすと、再び着席した。身内だけの食事会では仕事を持ち込まないはずの翼が、今回は例外だった。食事が一段落したところで、翼が凛に言った。「今、ホシゾラ・テクノロジーともうひとつの会社が、わしの持つ特許を巡って競っていてね。どちらにも確約を出していないんだが、凛はどう思う?智也とは、今後どうするつもりなんだい?」凛が離婚したことをまだ知らない翼は,凛を裏切った智也に対して怒っているものの、凛の心の内を確かめたかった。もし凛がまだ智也を想っているなら、少しで
閱讀更多

第337話

涼太たちが乗る車は、すでに遠くまで走り去っていた。高級な料亭の入り口には、もう凛と利明しか残っていない。そこに先ほどまでの、初めて会ったかのようなよそよそしさは微塵もなく、利明の鋭い視線が、突き刺さるように凛へと向けられた。「柚葉はもう十分罰を受けたはずです。プロジェクトから外され、トライドメインにも関われない。全ての功績が奪われました。それなのに、なぜわざわざ彼らの前で彼女が妊娠しているなんて口にしたんですか?」翼は業界の重鎮だ。柚葉がこれからも研究を続けるのなら、いつかは必ず出会うだろう。そうなれば絶対に恥をかくことになる。「彼女の功績?」凛もまた冷ややかな眼差しで言い返す。「私たちの研究がいよいよ大詰めを迎えようとしていたところに、彼女は松田さんを利用して、無理やり私たちのチームに入り込んできました。静かに研究に専念していればよかったものを、プロジェクトで二番手の立場にある佐野先生よりも上に立とうとし、さらには自ら契約書にサインしようとまでしたのです。それだけでなく、重要なデータを盗み出してまでホシゾラ・テクノロジーが入札対象となるよう仕向けました。だから、今の除名処分など、彼女にとってはむしろ軽すぎるくらいです。もし、神谷弁護士が裏から手を回さなかったら、松田さんは研究室を追われ、小林さんももっとひどい目にあっていたはずです。もうここまでにしてください。一度逃げられても、二度目はないですから。それに、また同じことを繰り返すと思いますよ」柚葉はそもそも、忍耐力の強い方ではないのだから。か弱い女性から突きつけられた強気な物言いに、利明はただ鼻で笑った。「谷口博士……いや、もう離婚したから凛さんと呼ぶべきでしょうか。あなたはまだこの世界の本当の恐ろしさを分かっていない。なんの後ろ盾もない施設出身のあなたに、何ができるというんですか?」凛の眼差しは暗く沈みながらも、そこには一筋の光が揺れていた。風に吹かれてもその華奢な体は倒れずに、彼女はまるで闇夜を独り歩きながら、ひとつの灯火を携える旅人のようだった。何も語らない。しかし、決して屈しない強さがそこにはあった。利明は忠告を続けた。「あなたは博士になり、もう望み通りの結果を得たんです。そんなあなたに、何もかも失った彼女を追い詰める必要なんてないですよね?彼
閱讀更多

第338話

「車が来ましたので」凛は目の前に停まった車に乗り込んだ。砂煙を上げて走り去る車を見送り、利明は眉をひそめた。その時、電話が鳴った。妹の美雪からだった。「お兄ちゃん、まだA市にいるの?」利明は妹の声を聞くと、先ほどまでの殺気をすっと消した。「撮影が終わって家に戻ったのか?」「まだチケット買ってないの。だから、お兄ちゃんがA市にいるなら、私もそっちへ飛んでいこうかなって思って。お父さんたちがお兄ちゃんは最近、A市で家のコネを使ったとか言ってたけど、誰のためなの?柚葉さん?」美雪は、利明を通して柚葉のことを知っていた。その話題に触れられたくなかった利明は、話を逸らす。「もう少しA市にいるつもりだ。チケットを取ったら具体的な時間とか教えて。ホテルは予約しておくから」「わかった」「A市はかなり冷え込んでいる。厚手の服は持ってるか?持っていないなら、こっちでまた買いに行こう」「わかってるよ」「なかったら、本当に言うんだぞ。空港まで上着を持って行ってやるから」「じゃあ、お兄ちゃん。一着お願いね」「女の子は見た目ばかり気にして困るよ」利明の声はどこかあきれ気味だったが、続いて柚葉のことを聞いた。「柚葉とは最近連絡とったか?」「昨日電話したけど、少し話しただけですぐに切られちゃった。なんだか思い悩んでることがありそうな感じだったよ」利明は少し黙り込んでから言った。「明日こっちに来たら、ついでに柚葉を誘ってご飯でも食べに行こう。ずいぶん会っていないだろ?」「私たちが会ってるかどうかなんて関係ないでしょ?お兄ちゃんが彼女に会いたいだけなんだから。同じ場所にいるのに、どうして自分で誘わないの?」「彼女もいろいろあるんだ。また今度話すから」そう言って、美雪と少し話をしてから、利明は電話を切った。ホテルに戻り、ソファに座って携帯の画面を見つめる。【妊娠してるのか?】というメッセージは入力済みだったが、すぐには送信できなかった。柚葉が自分を助けてくれた夜の姿、そしてその後の数日間の出来事を思い出す。柚葉と共に海外の街を歩き、観光地を巡ったこと。彼女が自分と楽しげに話す時の、自由で明るい笑顔。研究について語る時の、輝く星空のような瞳。27年間生きてきて、初めてときめきというものを感じたのだ。それと同
閱讀更多

第339話

凛が家に戻ると、日和がカーペットに座り込み、テーブルに突っ伏しながら、モニターにかぶりつくような姿勢でマウスを操作していた。何かを言いかけた凛を、美穂子が小声で制す。「日和様が今は邪魔しないでほしいとおっしゃっていました」凛は静かに頷いた。集中している時に邪魔をされたくない気持ちは、痛いほどよく分かる。美穂子は凛の背後に回ると、温かいハーブティーをそっと差し出した。凛は息を吹きかけながらお茶を一口飲み、ソファの背後から静かに日和の様子を見守った。「はぁっ!やっと終わった!」日和は大きく伸びをすると、後ろを振り向いた。そこにいた美穂子が、笑顔でさりげなく凛の方を指差す。日和は首を伸ばした。「凛さん!おかえりなさい!」日和は弾かれたように立ち上がると、凛の手を引いてソファに座らせ、ノートパソコンを膝に乗せた。「言われた通りに直してみたんです。チェックしてください!」画面が近かったため、凛はメガネを外し、真剣な眼差しで画面と向き合った。やがて満足げに頷く。「うん、大丈夫そう。今井先生が頷けば、すぐ投稿できると思うよ」「本当ですか?!」ニコニコと笑う日和。「やばい!私って天才かも!」凛もふっと微笑んだ。美穂子が果物を持ってきて、日和がそれを楽しそうにつまむ。「今夜の誕生日会、どうでしたか?」「とっても良かったよ。でも、神谷弁護士に会ったの」その名前を聞いた瞬間、日和の手が止まり、彼女は口に入れていた果物の味すら分からなくなった。「何かひどいことされましたか?」凛が首を振った。「日和さん。いつもどこで素行調査をしてくれる人を探してるの?」「うちが経営してる警備会社があるので、いつもそこにお願いしてますよ」日和は真剣な眼差しで答えた。「利明さんを調べるんですか?そんなのお兄ちゃんにお願いすれば、きっと喜んでやってくれますよ」少し考えて、日和はこう付け加えた。「っていうか、宿敵の一挙手一投足を見張るようなことなら、お兄ちゃんは嬉々としてやると思います」「ちゃんとお金は払うわ」「それならお兄ちゃんに直接払えばいいですよ」凛は携帯を取り出し、海斗に連絡を取る。すぐに、海斗から電話がかかってきた。画面を盗み見した日和が、美穂子に目で合図を送る。見て、超積極的。家族にだって、こんな
閱讀更多

第340話

しかし、翼がギロリと使用人を睨みつけた。使用人はすぐに何かがおかしいと気づいた。黒檀の肘掛け椅子が原因ではないだろうから、おそらく、谷口という若い男が翼の怒りを買ったに違いない。即座に言った。「すぐに返してきます」すると、ちょうど書斎から出てきた涼太が、尋ねた。「返すって何を?」使用人が状況を伝えると、涼太も顔をしかめた。「ホシゾラ・テクノロジーの谷口社長?よく顔を出しに来られたね」翼は黒檀の肘掛け椅子には目もくれず、使用人に視線を向ける。「今日はもう遅いから、返すにしても別の日にしろ。涼太、お前あいつの会社に行くんだろ?ついでにこれも叩き返してこい。今後一切、あの男と協力関係を築くことはないからな」涼太は、祖父が凛のために一矢報いようとしているのだと悟った。「分かったよ、じいちゃん」翌日。涼太は荷物を持って、ホシゾラ・テクノロジーに向かった。受付の女性が大きな箱を警戒するようにジロジロと眺め、涼太の行く手を阻む。中身が爆発物か何かだと疑っているようだ。警備員までもが駆けつけてきた。涼太は受付の女性に言った。「社長に茅野涼太が来たと伝えていただけますか?」女性は警備員に涼太を見ておくようにと伝え、社長室へと連絡を入れた。浩は不在で、電話に出たのは智也本人だった。涼太の名を聞いた瞬間、智也の目が輝き、すぐに涼太を社長室へと連れてくるように指示を飛ばす。受付の女性は先ほどまでの態度を一変させ、警備員を下げると、丁寧に涼太を社長室まで案内した。涼太は彼女に尋ねた。「ここに勤めて長いんですか?」受付の女性が答えた。「2年ほどです」「じゃあ、谷口社長が既婚者だったってことはご存じですか?」「既婚者?まさか」彼女はふふっと笑い、一点の曇りもない瞳で言った。「うちの社長は独身貴族として有名ですから、既婚者なんてありえませんよ。心に想う人がいるとは聞いてますけどね」涼太は呆れて鼻で笑い、それ以上は何も言わなかった。ホシゾラ・テクノロジーとその背後にいる景山グループは、智也を重宝しており、あの一件については完璧に隠されているようだ。ポーンッという音と共にエレベーターが社長室に到着した。智也はネクタイを整えると、隣のオフィスにいる悠真を迎えに行こうとした。竜太郎が悠真をここに送り込んできた以上、
閱讀更多
上一章
1
...
3233343536
...
45
掃碼在 APP 閱讀
DMCA.com Protection Status