元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚 のすべてのチャプター: チャプター 351 - チャプター 360

442 チャプター

第351話

凛がいつまで経っても腕を組もうとしないので、海斗は「ん?」と一声かけた。凛は手を伸ばし、手のひらを彼の腕にそっと添える。岩のように硬い筋肉。どうやら鍛えているみたいだ。「か、海斗。行こう」「ああ」足の長い海斗は歩幅が大きいため、凛は小走りにならないとついていけなかった。そんな凛の様子に気づいた海斗は、歩調を緩めると、静かに言った。「凛、どうやって自分自身の要求を伝えるか、知ってるか?」凛は怪訝な顔で彼を見上げた。なぜこんなことを急に聞いてきたのだろう?それでも、彼女は答えた。「知ってるよ」「なら、俺をゆっくり歩かせればいいだろ?」海斗の視線と口調は相変わらず冷たく、威圧的だったが、不思議と凛に恐怖心はなかった。むしろ、何かを教えてくれているように感じた。凛の瞳に穏やかな色が浮かぶ。「海斗、もう少しゆっくり歩いて」「口がついているんだ。ちゃんと使え」海斗はそう言いながら、歩く速度を落とした。海斗が歩調を緩めてくれたことで、凛は小走りをする必要がなくなった。腕を組んだ二人が竹内家の本邸に現れると、瑶子と日和は意味ありげに視線を交わす。忙しそうに仕事をする使用人たちも、その視線は凛と海斗に集中していた。食器を準備している使用人が視線を向けたと思えば、次はテーブルを拭いている使用人が彼ら二人を見つめる。しかし、じろじろ見たり、見つめすぎたりしては駄目。なぜなら、奥様や日和様から、凛様に不快な思いをさせてはいけない、と言われているから。もし凛様に何か失礼があってしまっては、海斗様が一生独身のままかもしれないのだ。そんな中、ソファーに座った隆だけが冷静だった。そして、「来たか」と一言声をかける。「お邪魔します」と、凛も丁寧に挨拶をした。隆が立ち上がり、凛に言った。「今日はよく来てくれたね」「お招きいただき、ありがとうございます」「いや、礼を言わなければいけないのは、こっちだよ。こんなやつを引き取ってくれて、本当にありがとう。もう返さなくていいからな」そんな父親を海斗は黙ってじっと見つめる。瑶子も何も言わない。しかし、日和だけは大爆笑だった。凛はぎゅっと唇を引き結び、ちらりと隣の海斗を盗み見た。なぜだか分からないが、少し笑えてくる。「笑いたければ笑えばいい。好き
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第352話

美雪は笑顔で尋ねた。「瑶子さん、そちらの方は?」すると、海斗が凛のそばに寄り、美雪を紹介する。「利明の妹の美雪。彼女の父親と俺の母親は友人なんだ」凛は頷いた。今日、カフェでぶつかった相手こそ、今目の前にいる美雪だ。こんなことは、全く予想外だった。美雪と利明は全く似ていない。おそらく、父親似と母親似に分かれたのだろう。海斗と凛の距離の近さを見て、美雪は一瞬笑みを凍らせたが、すぐに冷静を装った。「海斗さん、私の紹介は終わったみたいだし、彼女を紹介してくれない?」「凛、俺の彼女だ」海斗の声がわずかに弾み、その瞳にも光が宿る。凛も軽く会釈した。美雪は言葉を失いながらも、凛を足から頭まで値踏みするように見つめた。これが、兄から聞いていた凛という女なのか?柚葉の彼氏を惑わし、自分のものにしたあの女?そして、海斗の心を掴み、恋人だとまで言わせた……すると突然、海斗が凛の前に立ちはだかり、美雪の視線を遮って冷たく言い放った。「綺麗か?」美雪は目を逸らした。凛が綺麗なことは確かに認める。媚びた雰囲気もなく、かといって甘すぎるような女っぽさもない。冷ややかな気品を漂わせつつも、芯のあるような佇まい。まるで鈴蘭のような、上品な空気を纏っている。まさか海斗が、彼自身と同じような相手を選ぶとは予想外だった。海斗を知る人々は皆、彼なら性格が正反対のタイプを選ぶものだと思っていたのだ。こうしてみると、やはり凛は自分の父親には似ていない。父親はこんなに冷淡な感じではなく、もっと優しかった。ただある角度から凛の目元をよく見た時だけ、やはり父親に似ていると感じる。この時、美雪の心境は複雑だった。今目の前にいる女性が父と血縁関係があると思ったのは、自分の考えすぎだったと安堵すべきか、それとも海斗に恋人ができた事実に落ち込むべきか……そんな美雪の胸の内を察したのか、瑶子が彼女に声をかけた。「美雪ちゃん、お腹空いてるんじゃない?まずは食事にしましょうよ」「はい、ありがとうございます」美雪はいつもの癖で瑶子と腕を組もうとした。例年、新年の挨拶で草壁家に行く時には、そうしていたから。しかし今回は、瑶子が振り返って凛の手を引いたので、美雪に瑶子と腕を組む機会はなかった。瑶子が手を伸ばして凛の腕を引いた瞬間、海斗が凛
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第353話

草壁家で食事会が開かれた際、誰かがわざと美雪と海斗を隣同士に座らせようとしたことがあったのだが、海斗は迷うことなくその椅子をどかしたのだった。凛も美雪の視線が自分に向けられていることに気づいた。露骨に敵意があるわけではないが、なんだか変な感じがする。「旦那様、奥様、日和様、海斗様、それに若奥……あっ……凛様と美雪様、お食事の準備が整いました」そう言い終え背を向けた使用人だったが、部屋を出る際に自分の口を軽く叩いた。凛様を驚かせてはいけないと、あれほど言われていたのに。「若奥様」という言葉には気づいていなかった凛だったが、テーブルに並ぶ料理の中に、彼女が育った場所の郷土料理が並んでいることに目を輝かせていた。とっさに、向かいに座る日和の方を向く。しかし、海斗が凛の顎を指先でクイっと挟み、自分の方へ強制的に向けさせた。そして手を放す。「俺が厨房に頼んでおいたんだ」だから、俺を見ろ。日和なんか見やがって。凛は目を見開いた。彼はなぜ自分が考えていることが分かったのだろう?海斗は心の中でふっと笑った。料理が並ぶなり目を輝かせ、すぐに驚いたような顔で日和の方に視線を向けた。そんなの、誰が見たって、日和が厨房に指示を出したのか聞きたいのだと分かるに決まっている。凛は瞬きをして言った。「ありがとう、竹……海斗」「ああ」その声には僅かだが、感情が滲んでいた。そんな二人のささやかだが甘すぎるやりとりを見ていた日和が、口を開く。「お兄ちゃん、どうして凛さんの好きな料理が分かったの?」海斗は答えた。「凛はG県出身だからな」「G県?」美雪が「G県」という単語に、素早く反応する。「え?」凛がG県出身だと初めて聞いた瑶子も、同じように目を丸くした。「あら、美雪ちゃんもG県生まれなのよ」凛は美雪へ視線を向けた。言われてみれば確かに、彼女にはG県出身者らしい雰囲気がある。美雪が微笑んだ。「どうやら、私と凛さんには縁があるみたいですね。でも私、G県生まれなのに、あそこの郷土料理が口に合わなくて……」すると、海斗が言った。「お前に食えとは言ってない」その場の全員が言葉を失う。もうそのくらいにして!あくまでも、お客様なのよ!お客様!瑶子は海斗を睨みつけ、目線で訴える。「もうあなたって子は!私の顔を潰さないで
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第354話

瑶子はさらに美雪と少し話し、彼女の両親のことについて尋ねた。「父は会社のこと、母はチャリティー活動などで忙しいですが、相変わらず元気にやっています」それを聞いて、瑶子は答えた。「ならよかったわ」外もかなり暗くなってきた頃、瑶子が口を開く。「もうこんな時間ね。これ以上引き止めるのも悪いし、運転手に送らせるから、ちゃんと帰って休むのよ。あなたは夜更かしできる体じゃないんだから」「分かりました。では、私はこれで失礼しますね」それから美雪は一人ずつに別れの挨拶をし、帰る間際、凛に名刺を手渡した。気まずくなるのも嫌だったため、凛はそのまま受け取った。美雪を見送った後、凛はなぜか気になって、ぽつりと尋ねた。「美雪さんは、どこか悪いんですか?」瑶子が答える。「生まれつき心臓が少し弱いの。でも、そこまで重いものじゃないから、規則正しい生活を送って、無理をしなければ問題ないのよ」竹内家から少し離れた美雪は、柚葉とのトーク画面を開いた。【さっき竹内家で、凛っていうやり手の女に会ったよ】「やり手」という言葉を見て、美雪も自分と同じ立場だと確信した柚葉は、すぐに電話をかけた。電話に出た美雪は、「今日はもう遅いから、私は休むね。詳しくはまた今度直接話すから」と言って電話を切った。……竹内家。日和はわざと海斗に聞いた。「お兄ちゃん、なんで急に喋らなくなっちゃったの?」ソファに腰掛け、どこか気品を漂わせながらも、少し気だるげな雰囲気をまとっていた海斗。彼はゆっくりとまぶたを上げ、凛へと視線を向ける。すると、その場にいた全員の視線が一斉に凛へ集まった。報道陣のカメラの前に立った時でさえ、ここまで緊張はしなかった。凛は海斗を見て言った。「話してもいいですよ」「誰かが言わなければ、俺の存在なんて忘れていたんじゃないのか?」と、海斗は開口一番からかうようにそう言った。凛は呆れたように返す。「……やっぱり黙ってたほうがいいですね」海斗は言葉を失った。「やばっ!めっちゃ笑えるんだけど」ついに堪えきれなくなった日和が吹き出し、竹内家のリビングに楽しい笑い声が響き渡ったのだった。夜も更けてきた頃、凛があくびをしたのを見た海斗は、彼女を立たせながら言った。「父さん、母さん。俺たちはもう帰るよ」そして間髪を入れず、冷たい
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第355話

凛が携帯を覗き込もうと体を近づけた瞬間、彼女の髪から香るオーガニック系の清々しい香りが海斗の鼻先をかすめた。そしてその柔らかな髪先が、今度は手のひらではなく、海斗の首筋を優しく撫でていく。海斗は息をのんだ。「策先生は、実験用モルモットになれなんて言ってませんよ」凛は内容を確認し終わると、再び座り直した。「ただ、味見をしてほしいって言ってるだけじゃないですか」だが一向に何も言わない海斗を不思議に思った凛は、彼の方へ視線を向ける。すると海斗の瞳は深海のように深い色をしていて、凛は今にもその中へ吸い込まれてしまいそうな感覚に陥った。凛は怪訝そうに海斗を見つめ、首を軽く傾げた。どうしたのだろう?海斗はさりげなく視線を逸らすと、慌てる様子もなくコートを脱いだ。そして、下半身を隠すように、自分の膝の上にそっとかける。「暖房が少し効きすぎている」その声はわずかに掠れていて、どう聞いても、取り繕っているようにしか聞こえなかった。海斗は視線を落とし、ちらりと確認する。誘うつもりが、逆に自分が動揺させられてしまった。まさに自業自得というやつだろう。情けない……「車の暖房が暑いから」なんて理由を聞いても、信じていいのか迷っているような凛の表情に、海斗は小さく咳払いをした。そして、無理やり話を本題へ戻す。「で、行くか?明日」「仕事があります」「数百人規模のチームを、何のために金を払って雇っていると思っているんだ。ただ飯を食わせるためじゃない」海斗は勝手に凛の予定を決めると、策へメッセージを送った。【行くって】すぐに策からの返信が来る。海斗はまず内容を確認して、自分の立場を悪くするような話ではないと確かめてから、凛に携帯を渡した。【丁度いいや。ばあちゃんがさっき、前に鍼治療をした女の子はどうしてるかって気にかけていたところだから】凛は紗枝のことを思い出す。ちゃんとお礼も言えていなかったし、これを機に挨拶へ行くのも悪くない。行くことにした凛は、何気なく海斗へ尋ねた。「竹内社長も行きますか?」竹内家の本邸を出てから、敬語に戻っていたことは大目に見ていたが、呼び方まで社長に戻っている。海斗は冷ややかな目を凛に向けた。「なあ、一日は何時間だ?」「24時間です」分かっているならいい。海斗は低い声で続ける
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第356話

海斗を見送り、振り返ると、笑みを浮かべた美穂子が玄関に立っていた。「おかえりなさい」「美穂子さん」凛の表情が少し和らぐ。家の中は暖房が効いていた。美穂子は自然な手つきで凛のコートを預かり、服をクローゼットにかけながらも、その口は止まらない。「今晩、竹内邸での食事はいかがでしたか?」「食事も美味しかったし、皆さん素敵な方でした」美穂子は嬉しそうに目を細める。なんといったって、海斗が初めて凛を家族に紹介したのだ。そう考えれば考えるほど、美穂子の目の皺は深くなった。「隆様と瑶子様は本当に温かい方ですものね」他の竹内家の人にはまだ会わないだろうと思い、美穂子はひとまず置いておくことにした。もう休もうと思った凛が2階へ向かうと、美穂子が声をかける。「凛さん、あのオーガニックシャンプーが切れてしまっているので、明日千石鍼灸院に行って、また作ってきますね」凛は足を止めた。「あのシャンプー、千石鍼灸院のものだったんですか?明日、私も行く予定なので、美穂子さんはわざわざ行かなくても大丈夫ですよ」「わかりました。凛さん、ゆっくり休んでくださいね」……翌日。相変わらず賑やかな美穂子に話しかけられながら、凛は家を出る準備をしていた。「急に寒くなりましたから、マフラーだけじゃなくて手袋もしてくださいね。鞄にハンドクリームも入れておきましたから、こまめに塗ったほうがいいですよ。それに、A市は毎年雪が降ります。いつ雪が降るか分かりませんし、傘もちゃんと持って行ってくださいね」後ろを振り返った美穂子は、黒い傘を手に取り、凛へと手渡した。こんな黒い傘を買った記憶が無い凛は、美穂子に尋ねる。「この傘、どうしたんですか?」「海斗様の車から借りてきました。安心してくださいね。海斗様にはたくさん車がありますし、どの車にも傘が常備されています。それに、運転手も常に傘を持っていますから」美穂子によって強引に持たされた傘を見つめ、凛は黙り込んだ。本当に怒らないだろうか?凛の心の内を察した美穂子は、きっぱりと言い放つ。「海斗様は怒りませんよ」むしろ、海斗様は小躍りするほど喜ぶはずだ。「さあさあ、凛さん。仕事じゃないお出かけなんて滅多に無いんですから、楽しんできてくださいね」そう美穂子に促され、凛は家を出た。途中百
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第357話

策は小さく息を漏らした。どうして自分はこれまで祖母にマフラーを贈るなんてことを、思いつかなかったのか?マフラーを受け取ったばかりの紗枝が、何気ない様子でぽつりと言った。「やっぱり女の子の方が気が利くわね。優しいし、よく気がつく」そして自分の孫を見やり、紗枝は呆れたような表情を浮かべる。「凛、新作を味見しにいこう。でも、まずは策が飲んで何も問題ないと分かってから、私たちは飲むんだよ」凛は思わず笑ってしまった。「はい」三人は座敷へと入り、机の前に座った。そこにはお茶菓子などが並んでいたが、まだ新作ドリンクは置いていなかった。策が言った。「とりあえず軽く食べて待ってて。もう一人来るから」30分後。ロングブーツを履いた千晴が千石鍼灸院へとやってきた。彼女は店内を見渡し、すぐに策がいる場所に視線を止める。足を踏み入れた瞬間、凛と目が合った。前に凛と顔を合わせたのはクルーズ船で、これで二度目だ。「凛さんもいらっしゃったんですね」千晴がいつもの涼やかな笑みを浮かべる。「千晴さん」凛も微笑み返した。策が待っていたのは、どうやら千晴だったようだ。千晴が座るなり、策はおしぼりを出した。彼女は自然な所作で受け取り、手を拭く。凛は少し驚いたようにそれを見つめていた。千晴が切り出す。「例の美容に効くっていうラテは?」紗枝が目を丸くした。「美容に効く?策、あんたまた適当なこと言ってるのかい?」「違うの?」驚いた千晴が、策を睨みつける。策が説明し始めた。「嘘じゃないさ。ちゃんと美容効果はある。でも、公に言うと景品表示法に触れるから言えないだけ」千晴はそんな彼を無視して、視線を再び凛へと向けた。静かに座っているだけの凛だったが、不思議なほど存在感を放っていた。さらに、この古めかしい鍼灸院の雰囲気が、凛のまっすぐな美しさをより際立たせている。だから智也は彼女を結婚相手に選んだのか。凛は千晴からの視線に気づいていた。しかし、その視線に敵意や軽蔑などは感じられないため、どちらかといえば興味からくるものだろう。「千晴さん、どうかしましたか?」と、凛が尋ねた時、そこへちょうど漢方ラテが6杯運ばれてきた。竹でできた湯呑みに入れられ、まだ湯気を立てている。しかし、千晴は漢方ラテなどには見向きもせず、依然として凛を
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第358話

凛は千晴に質問する。「婚姻関係を維持することと智也の仕事に何か関係があるんですか?」すると、千晴が思わせぶりに答えた。「もちろんありますよ。それも、かなりの関係が」凛はただの一般人ではない。彼女の素性と能力は智也にとって助けになるだけではなく、ホシゾラ・テクノロジーにも影響する。だから、もし智也がこの結婚を維持できるのであれば、景山グループだって彼の不倫騒動を追及するような真似はできない。でも、もし離婚という結末になってしまったら、智也はホシゾラ・テクノロジーの中にいても景山グループの中にいても、これからの立場は危うくなる。つまりこの婚姻関係ひとつで、天国にも地獄にもなるのだ。智也一人が落ちぶれるならまだしも、情報を知らずに景山グループまで巻き添えを喰らってしまったら、そんなのは洒落にならない。それに何より、父の竜太郎が、自分を景山グループのブランド戦略部に配属しようとしている今、智也の不祥事が世間に知られてしまえば、景山グループのブランドに傷がつくことは避けられないだろう。千晴が具体的な説明をしなくても、凛は海斗の分析を散々聞かされていたため、その裏事情は十分に把握していた。だから、凛は事実を淡々と伝える。「智也とはもう離婚しています」その瞬間、千晴の目が大きく見開かれた。「もう離婚してるんですか?署名したばかりとか?智也は同意したんですか?」いや、ありえない。智也が大人しく同意するわけがないのだ。彼女の素性を知らなかった時でさえ、谷口家の人間の世話をする役割として残すつもりだったのだから、本当の彼女を知った今は、なおさら自分のそばに置いておくはず。家庭でも仕事でも智也を助けることのできる凛を、智也が手放すわけがないのだから。凛は、正体が世間に明かされる前にこっそり離婚を済ませておいて、心底よかったと思った。そうでなければ、どれだけ厄介な事態になっていたことか……「飲み物が冷めてしまうよ」紗枝がそう口を挟み、凛に向かって言った。「過ぎ去った過去は気にしなくていいからね」凛は紗枝に向かって微笑む。「はい、分かってます」紗枝は深く頷いた。「いい子だ」それでも千晴は、凛が智也と離婚したという事実がいまだ信じられなかった。本当に智也が同意したのか?それに、それをここまで隠し通せているなんて。この件
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第359話

凛の前に立った悠真は、はにかみながら頬を少しだけ赤く染めている。爽やかな好青年だ。千晴が紹介した。「弟の悠真です。ちょうど近くにいるみたいだったので、迎えに来てもらったんです」「凛さん、また会えましたね」悠真は嬉しさを隠しきれないような、まるで子犬のようにキラキラと輝く瞳で凛を見つめていた。しかし、どれだけ気持ちが高ぶっていても、相手が不快にならない距離感と礼儀だけは忘れない。だから凛も、彼に対して悪い印象は抱かなかった。「悠真さん」「さん付けなんかやめてください。それに、敬語も使わないでくださいね!もし凛さんが良かったら、俺もタメ口で話したいっていうか……」隣で策が呟く。「年下のくせに、自分からタメ口で話したいっていうなんて、なかなかやるな」千晴も小声で返す。「でも、凛さんみたいなクール系美人と、うちの弟みたいな人懐っこい子って、すごくお似合いだと思わない?」悠真は凛の隣に座った。凛が他のラテを試そうと手を伸ばすと、悠真は遮るように言った。「俺がやるよ」かなり世話焼きだ。しかし凛の対応は淡々としていて、ラテの感想を携帯のメモアプリを使い、真剣にまとめ続けていた。「策先生、飲み比べたラテの感想と私の意見をまとめてみました」策は驚いた。「研究職の人たちって、みんなこんななの?」「私のことは見ないでよ。私は違うんだからね」「見ていい?」悠真は凛に尋ね、凛の許可をもらうと、携帯でその画面を写真に収めた。策も携帯を取り出す。「俺にも撮らせてくれ」そして、そのまま撮った写真を海斗に送った。【俺はただ試飲をしてもらおうって思っただけなのに、凛さんが携帯でレポートを作成してくれたんだよ。これから、あんたたちが一緒になって喧嘩でもする際には、パワポでも作られるんじゃないか?】海斗がようやくスマホを確認すると、ちょうどメッセージが届いた。内容を確認した海斗は、策が「二人が一緒になる」と言った先見の明を褒めるべきか、それとも「喧嘩する」なんて余計なことを言ったその口を責めるべきか、分からなくなった。そして、もう一行メッセージがあることに気づく。悠真が千石鍼灸院に行った?急に目つきが鋭くなり、恵を見た。「この後の予定は?」「国際会議は夜9時に変更されました」「分かった」彼はそう言って席
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第360話

浩が続けた。「岡田一家は康平くんを連れ帰ってすぐに障害者手帳を申請して、毎月障害者手当も受け取っているとか。詳しいところはまだ調査中です」浩の報告を聞けば聞くほど、智也の眉間の皺が濃くなる。康平は重度の自閉症で、施設では誰とも話そうとしていなかった。だが、凛には懐き、口を利かなくとも彼女の後をついて回っていたくらいだ。一昨年の夏、智也と凛が施設を訪れた際、ちょうど康平の親族が引き取りの手続きに来ていた。康平が初めて口を開いたのはその時で、別れ際に凛を「お姉ちゃん」と呼んだのだった。凛は康平を不憫に思い、彼女の電話番号を書いた紙を折り畳み、康平の首にかけてあったお守りに入れた。そのお守りは柑奈が特別に用意したもので、汚れないようにビニールのカバーがつけられている。だから、番号はその中に収められたまま。凛は康平に何度も言っていた。「辛くなったら、ここに電話してね」そして万が一紙を無くしてしまった時のために、凛は康平に電話番号を暗唱させた。30分ほどかけて、なんとか覚えた康平だった。康平のことは、凛にとっても今だに小さな気がかりで、去年施設を訪れた際に柑奈に尋ねたが、施設の子どもの個人情報は、親族や弁護士が法的な書類を持ってこない限り見られないと言われた。だから康平の詳しい行方は分からなかったが、G県にいることだけは確かだったのだ。浩が智也に聞く。「社長、これからどうしますか?」凛の名前を出せば康平は従うはずだ、と智也は、浩に直接接触するように指示を出した。しばらくして、浩からビデオ通話がかかってきて、画面には康平の顔が映っている。凛とのビデオ通話だと思っていた康平は、智也しかいないことに気づくと、明らかに寂しげな表情を浮かべた。「康平、俺を覚えてるか?凛の旦那だ。お前が施設を出る時、凛と一緒にいた」智也は康平を驚かせないよう、静かな声で話しかける。しばらくしてから、康平がゆっくりと頷いた。智也はほっと胸をなでおろし、康平に伝えた。「凛が電話番号を変えたんだ。その番号を教えるから、これから何かあったら、その番号に電話をかけるんだよ」そして画面越しの浩に、自分の電話番号を渡すよう視線で合図を送った。浩が頷く。智也は続けて尋ねた。「康平、学校には行きたいか?」康平の瞳が輝く。どうやら、学校に行
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