All Chapters of 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚: Chapter 361 - Chapter 370

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第361話

ちょうど午後2時、海斗が千石鍼灸院に現れた。海斗の視線が鍼灸院の裏庭にある、ひとつの部屋に向く。部屋の襖は開いていて、重厚な木製のテーブルに土鍋が置かれ、その下で炭火が赤々と燃えているのが見えた。その土鍋からは、湯気が白く立ちのぼっている。湯気の向こうには、割り箸で簡単に髪をまとめて座る凛の姿があった。まるで悟りを開いた仙人のような静謐な佇まいだったが、手に持っていた籐のカゴを置こうと場所を探す姿に、ふと生活の匂いが漂う。その瞬間、海斗の鼓動は激しくなり、瞳に熱い情熱が宿った。そんな海斗の気配を感じ取ったのか、凛がふと顔を上げた。彼女は湯気の向こうから歩み寄ってくる海斗を見つめる。こんな早くに?凛は少し驚きながらも、策に伝えた。「竹内社長が来ましたよ」策が振り返ると、確かに海斗が部屋に入ってくるところだった。スラリとした長い足、そして、その全くと言っていいほど表情のない顔立ちは、憎らしいほど整っている。その深みのある視線は、まっすぐ凛に向けられた。続いて隣の悠真に視線を移すと、その瞳はたちまち鷹のように鋭くなる。まだ若い悠真は、権力の座に長く就く人間が放つ威圧感に身震いをした。それからすぐに、海斗は悠真の隣に歩み寄ると、低い声で言った。「悠真さん、席を替わってもらえるか?」策にはわかった。海斗の言葉遣いが丁寧なのは、ただ凛に横暴な人間だと思われたくないからというだけで、そこに悠真への尊敬は微塵もない。悠真は思わず立ち上がりそうになったが、ふと思い直す。今の凛は独り身だし、誰だって狙っていいはず。それに、この席は自分が先に座ったものだ。「竹内社長、向こうにも空いている席があるので、そっちに座っていただけますか?」長方形のテーブルの各辺には、二人掛けの長椅子が置かれている。紗枝が上座に一人で座り、策と千晴、凛と悠真がそれぞれ一緒に座っていたので、今空いているのは窓際の席だけだった。だから、確かに後から来た人間がその席につくのが普通だ。しかし、海斗は他人の決めたルールに従う男ではない。彼が従うのは、あくまで自分のルールだけ。それに、A市で海斗に逆らえる者など、そうはいない。千晴も、陰では海斗のことを散々悪く言ったことがあるし、悠真に海斗と凛を取り合うようけしかけたこともある。だが、いざ本人を目の前にす
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第362話

悠真も驚いていた。だが、それ以上に凛が海斗とこんなにあっさり並んで座ったことに、胸が痛む。さっきまで子犬のように輝いていた瞳から、一瞬で光が消えた。千晴は悠真を不憫に思い、彼のためにと、牛肉の煮込み料理を彼によそってあげた。ぐつぐつと煮えたつ鍋からは、美味しそうな湯気が立ち上っている。紗枝が静かに皆の様子を見守ったあと、口を開いた。「さあ、みんなこの薬膳鍋の出汁を味見してみてくれるかい?この後、お肉やお野菜を入れちゃったら、せっかくの出汁の味がぼやけてしまうからね」海斗が尋ねた。「こんな時間に昼食なのか?」凛が薬膳鍋の出汁をよそおうと手を伸ばした瞬間、器もお玉も海斗がごく自然に取り上げた。彼は出汁をよそいながら、時折凛の方を見て、早く質問に答えろと言わんばかりの視線を送った。凛が説明した。「この薬膳鍋の出汁、2時間以上もじっくり煮込んでたの。それに、紗枝先生が身体を温めて、血の巡りを良くするのに効果のある漢方をたくさん入れてくれたから、冬にはぴったりのお鍋なんだって」身体を温めて、血の巡りを良くする?それなら、凛はたくさん食べたほうがいい。海斗は凛の器いっぱいによそい、それから、自分の分も同じように注いでから横に置いた。食事が始まると、悠真はいつもの人懐っこい笑顔で、凛に話しかける。「凛さんはどの具が好き?凛さんの好きなものを入れてあげるよ」凛が口を開くよりも早く、海斗が悠真に聞き返した。「君はホシゾラ・テクノロジーで経営を学んでるんじゃないのか?なのに、平日の昼間からこんなことをしてる暇があるんだな」悠真も恐れることなく、海斗をまっすぐ見つめ返した。「竹内社長だって一緒じゃないですか」海斗は一切動じない。「俺は20歳で竹内グループを継いだ。君はもう23歳だというのに、まだ学んでいる段階なんだろう」悠真は何も言えなかった。ただの事実の陳列にもかかわらず、その言葉の破壊力は抜群だ。千晴はすぐさま悠真をかばう。「23歳で実務に参加できてるんだから、十分凄い方だと思うけど」「お前と比べたら、確かにそうだな」千晴も言葉を失った。策は溜息をつくのをこらえた。わざわざ閻魔みたいな海斗に突っかかって自滅するなんて。二人とも凛みたいに大人しく食事をしていればいいものを……凛は黙々と食事を続けていた。美穂
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第363話

必死に笑いを堪えている策は、内臓が引きちぎれそうなほどお腹が痛かった。千晴ももう見ていられなかった。男同士がやり合っている横で、凛本人は何も気にせず、自分の欲しいものをすんなりと手に入れているのだから。なずなに火が通り、取り出して器に移したところで、凛の手がふと止まった。残念なことに、もみじおろしがない。「もみじおろしか?」と、低く落ち着いた海斗の声が聞こえた。凛は不思議そうに顔を上げて海斗を見た。海斗が「ん?」と答えを促す。違うのか?凛は小さく頷いた。「もみじおろし」海斗が策に視線を向けて言う。「もみじおろし」策は無いと言おうとしたが、どうやらこの閻魔のような男に心を読まれているようで、こう答えるしかなかった。「分かった。取ってくるよ」そんなものが常備されているわけないだろ!社長という存在は、これほどまでに部下を振り回すものなのかと思いながら、策は急いで買い出しに出た。門を出た瞬間、海斗からラインが届いた。【あいつはG県出身だ。G県出身の人がよく食べている味のものを選べよ】策は呆れてしまった。やはり、ここにはないことを海斗も知っていたらしい。要望のものを用意するため検索してみると、G県出身の人が好むもみじおろしとは、一般的なもみじおろしに胡麻とにんにくが加えられたものらしい。それなら簡単だ。しかし、あいにく胡麻を切らしている。策はすぐに、スーパーへと電話をかけ、胡麻を配達してもらうことにした。しかし、待っていたスーパーの配達よりも先に、招かれざる客がやってきた。智也は車から降り、千石鍼灸院の看板を見上げた。ここを訪れるのは二度目になる。前回は夜でよく見えなかったが、こうして見るとかなり大きい。昔ながらの邸宅に現代的なガラスが組み合わされ、趣と明るさを両立させている。しかもその隣にはカフェまで併設されており、どうやら千石鍼灸院で作ったものを提供しているらしい。なぜ千晴や悠真、それに凛が、わざわざこんな場所に集まっているのだ?悠真のインスタに投稿されていた写真を思い出す。もしかして、悠真は本当に凛を誘い出せたのか?そうだとしたら、なぜ自分には一切返事がない?疑問を抱えたまま智也は中へと歩を進め、鍼灸院のスタッフにどうしたのかと尋ねられたが、人を探しに来たとだけ伝え、奥に
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第364話

結果の良し悪しなどこの際もうどうでもいい。ただ結果を出すことだけが重要なのだ。だから、智也は誰よりも焦っていた。頭の中で計画を練る。まずは凛に謝罪をして許してもらい、もう柚葉とは関わらない。それから、谷口家の人間には、凛への手出しは一切許さないし、もし彼女が悲しむことがあれば、自分は絶対に凛の味方になる……凛が許してくれさえすれば、愛は戻り、仕事だって持ち直せるはずなのだから。智也が奥に進んでいくと、話し声が聞こえてきた。話し声のする方に目を向けると、凛と海斗が隣り合って座っているのが目に入る。窓がまるで、絵画の額縁のようだった。海斗が凛の方へ顔を向けると、すぐに、凛もまた彼の方を向き、目を合わせる二人。とても美しい瞬間だ。しかし、その光景を見た智也は嫉妬で目を真っ赤にし、叫んだ。「凛!」智也の出現により、ようやく穏やかになっていた食事が完全に壊された。智也が部屋に入っていく後ろから、策が続いてきて早口で言う。「俺は止めたんだけど……」その場の全員の視線が一斉に智也に集まった。智也は充血した目で、海斗と凛を食い入るように睨みつけた。悠真が怪訝そうに尋ねる。「どうしてここに来たの?」以前は智也のことをさん付けで呼んでいたり、敬意を払っていた悠真だったが、入札の件があって以来、呼び捨てにしたり、もしくは冷たい態度を取っていたのだった。千晴も首をかしげた。「3時にもなってないんだから、会社にいるべきじゃないの?」穏やかで礼儀正しい智也のほうが、冷たくて口の悪い海斗より何千倍もいい、と以前の千晴は思っていた。しかし、それは自分に男を見る目がなかっただけで、実際の智也はろくでもない男だったのだ。当然、口調には冷たさが混じる。智也は千晴と悠真を一瞥して軽く挨拶をしたが、その視線はずっと凛に向けられたまま。そのまま凛のそばまで歩み寄り、彼女を無理やり連れ出そうとした。しかし、腕を掴むことはできなかった。凛が身を引いて、智也の接触を拒んだから。静かに目を上げた海斗が、冷ややかに言う。「谷口社長、また何をしに来たんだ?」智也が上から見下している状況ではあったのだが、海斗に見上げられたその瞬間、智也は思わず寒気を覚えた。「竹内社長、これは夫婦の問題ですので」「夫婦?」凛は怪訝な表情で問い返す
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第365話

「離婚」という言葉を、智也は最近耳を塞ぎたくなるほど聞いていた。最初は両親に凛と離婚しろと言われ、妹の胡桃に至っては、口を開けば離婚という言葉を発した。柚葉も、それとなく自分に離婚を促していたし、正人まで「離婚したらどうだ」と言い出す始末。さらには、親しくもないし仕事上の関わりもないはずの利明でさえ、自分と凛の離婚の話を口にする。あまりにも頻繁に耳にするため、智也はまともに取り合っていなかった。なぜなら、自分が離婚届にサインをすることなどないと思っていたから。しかし今、目の前の凛の口から出た「離婚」という言葉は、見えない大きな手に心臓を握りつぶされるような衝撃と、耐えがたい激痛を智也にもたらした。「凛、俺たちが離婚するなんてあり得ない」智也は自分の気持ちに気づいていなかった頃でさえ、様々な理由をつけて凛との離婚を拒んできた。自分の気持ちがようやくはっきりした今、なおさら離婚などあり得ないこと。それに、凛は彼のキャリアの面でも欠かせない存在なのだ。凛は奇妙なものでも見るような視線を、智也に向ける。「とっくに離婚してるよ。私が竹内グループを辞めたあの日に、離婚届は受理されたから」「離婚届が受理された?どういうことだ?」智也の声が引きつり、彼は凛の肩をつかもうと手を伸ばした。しかし、海斗が間髪入れず、凛の肩を抱いて一歩後ろへと下がり、海斗と凛が二人並んで立つ。冬の北風よりも冷たく鋭い眼差しが、智也の顔を射抜いた。それは凛を庇う、静かな警告の目。智也は、狂おしいほどの嫉妬に襲われた。修羅場になりそうな空気を察し、策は紗枝を連れて外へ出たが、すぐに大波乱の様子を覗き見ようと急いで戻ってきた。凛は海斗のそばに立ち、智也と真っ向から向き合って言った。「離婚したのが信じられないなら、両親に聞いてみて。離婚協議書にはあなたがサインしたし、離婚届の受理に手を貸してくれたのはあなたのお父さん。役所に顔が利くあなたのお父さんなら、それくらい簡単なことだと思わない?」「ありえない」智也は頑なに否定したが、その目はひどく泳いでいた。「俺はサインなんてしていないし、お前と離婚するなんて絶対にありえないんだ。どうして俺がサインなんか……」「ちゃんとあなたがサインしたよ」凛は冷ややかに智也を見つめる。「あなたがサインをしたのは、不動
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第366話

健吾が離婚届の受理に手を貸してくれないことや、時間が経つほど余計な問題が増えることを心配していなければ、凛は智也の両親の「入札が終わるまで智也に離婚の事実を伝えない」という条件を受け入れることはなかった。なぜなら、離婚成立が一日遅れるだけで、その後の面倒は次々と増えていってしまうから。不幸な結婚生活の後始末に縛られ、弁護士事務所や裁判所を行き来して離婚を進めたり、財産分与の話し合いをしたりしなければならなくなる。だが、凛にはそんなくだらないことよりも、もっと優先すべきことがあった。だから、智也が自分の愛する人でなくなった時から、これ以上自分の時間を彼に費やし、人生をめちゃくちゃにされることなど、死んでも嫌だった。だからこそ、智也から連絡が来ても、凛は迷わず即座にブロックをした。そしてこの期間、自分の前に姿を現すことが何度かあった智也だが、いつも珍しく低姿勢で、自分に戻ってきてほしいという態度を見せていた。凛はそれがてっきり、自分たちの離婚を知っているという前提での行動だと思っていた。そうでなければ、説明がつかない。ただ自分が戻らないから、焦っていただけなのだろうか?いや、それは違うだろう。なぜなら、智也が愛しているのは自分ではなく柚葉なのだから。そもそも、自分の正体が明らかになる前、智也はそこまで必死に自分を連れ戻そうとしていなかった。戻ってきてほしいと言っていた理由も、自分の作る料理が食べたいというものくらい。それはただ単に、自分の料理に慣れてしまったからに決まっている。それから、自分の正体が公表され、智也と柚葉の関係が露見してからは、異常なほど自分に執着するようになった。その理由は……考えなくても分かる。彼自身の評判を守るため。そして、年収億超えの社長としての地位を失わないため。そんな男とまだ何か話すことがあるというのか?今や、智也の存在など凛にとっては何も意味を持たないのだ。「智也、あなたが認めようと認めまいと、私たちはもう離婚してるの」凛は事実のみを、ただ淡々と告げた。その瞳には、何の感情も浮かんでいない。そんな凛の態度が、何よりも智也を追い詰めた。さっきまでは胸の奥を握られる程度だった痛みが、今や鈍く鋭いナイフで抉られるような痛みに変わった。そんな痛みが、絶え間なく続く。今にも心臓が引き裂かれ
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第367話

すると、海斗は凛の腰を抱き寄せ、挑発的な視線を智也に向けて言い放った。「今、凛は俺の彼女だ」急な展開に言葉を失い、目を大きく見開いている景山姉弟。これは策も全く予想していなかった。まさか、これほど完璧に隠されていたとは。だが、それも海斗の腹黒い性格を考えれば、いかにも彼らしいことだった。策は長年、海斗のそばにいるからこそ分かっている。この男は何より、裏で物事を進めるのが好きなのだ。海斗が何かを告げるとき、それは同意を求めるためではなく、全ては事後報告。こんな海斗に、策はもう慣れっこだった。一方、智也は到底受け入れられなかった。顔は青ざめ、目は赤くなり、口からは否定の言葉が飛び出す。「あり得ない」どうして凛が海斗の彼女だなんて事になるのだ?当の凛は、南山ヒルズ9号棟の時と同じように、自分の腰に回されたその手をじっと見つめていた。また抱き寄せられたのだ。厚手の服越しでも伝わってくる、まるでカイロのような温もり。すると突然、海斗が指でそっと凛の腰を叩いた。顔を上げた凛に、海斗は視線で智也の方を見るように促す。相手は狂いそうなくらい追い詰められているというのに、君ときたら、すっかり気が散っているではないか。そして凛には、怒鳴ることも、手を出すこともないのに、相手を簡単に怒りの限界まで追い込んでしまうという、不思議な力がある。智也は縋るような目で凛を見つめた。しかし、凛はうなずく。「うん。そうだよ」今日はまだ終わっていないので、確かに自分は海斗の恋人なのだ。一瞬にして智也の心は砕け散った。拳をこれでもかというほど握りしめる。もしこんなにも人がいなければ、迷わず海斗に殴りかかっていただろう。凛はその智也の苦しげな目線を淡々と受け流すと、言葉を続けた。「たぶん茅野先生の特許プロジェクトのために私に会いに来たんだろうけど、あれ、もう他の会社に渡ってるからもう諦めた方がいいよ」その宣告は巨大な岩のように、智也だけでなく、そこに居合わせた景山姉弟にも大きな衝撃を与えた。悠真が目を丸くする。「茅野先生の特許プロジェクトがもう別の会社に?」何とか挽回できると思っていた智也にとって、この事実はあまりにも残酷だった。しかも景山家姉弟に知られてしまったということは、すぐに竜太郎の耳にも届くだろう。こう
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第368話

帰宅した胡桃がそのことを両親に伝えると、予想外のことに両親は驚かなかった。むしろ、もっといい家を買ったからこそ、凛を迎え入れる準備が整ったのだろうと勝手に解釈していた。まあ、いいか。凛は柚葉よりずっとましなのだから。胡桃はもう凛のことを受け入れていた。智也の家にないのなら、自分の家の中を探すしかない。もしかしたら、兄がコピーをしていて、両親がそれを持っている可能性もある。結局、妊娠診断書は見つけられなかった胡桃だったが、引き出しの裏から2枚の書類を見つけた。婚姻届受理証明書と離婚届受理証明書。胡桃は固まった。両親が離婚?慌てて詳細を確認すると、そこに記されていたのは智也と凛の名前。「お兄ちゃんと凛さん離婚してたの?!」胡桃は思わず叫んでしまった。その声を聞いて駆けつけてきた梨花は、胡桃の手にあったものを見てすぐに近寄り、奪い取る。「何勝手に漁ってるのよ」胡桃は梨花が元の場所に戻そうとするのを見ながら、梨花を問い詰めた。「いつのこと?どうして私には教えてくれなかったの?」「あなたみたいな子どもが知って何になるのよ」梨花は胡桃の背中を押して部屋から追い出す。「ほら、もう出ていって。いい?このことは智也に内緒だからね。分かった?」二人が書斎から出ると、ちょうど健吾が外出先から戻ってきた。「胡桃が離婚届受理証明書を見つけてしまったの」梨花が報告する。健吾は胡桃を一瞥し、顔をしかめて言った。「いっそのこと、偽の証明書を用意しておけばよかったよ」「だって、まさか凛があんなすごい立場の人だとは思わなかったから」梨花は健吾に水を差し出しながら、怒りと後悔を滲ませながら言った。「それにしても、凛があのタイミングで智也に離婚協議書へとサインさせ、私たちに離婚の手続きを急がせたのは、きっと素性を知られたくなかったからよね。それにしても、あんなことを隠していたなんて。もう少しでも私たちに明かしてくれていれば、あんな仕打ちはしなかったのに……」そう言い終わらぬうちに、ドアの暗証番号を入力する音が聞こえてきた。この家族以外で暗証番号を知っているのは智也だけ。つまり、息子が帰ってきたのだ。梨花は慌てて口を閉じ、健吾も胡桃に余計なことを言うなと釘をさす。ドアが開き、両親と妹が笑顔で迎える中、智也は無表情のま
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第369話

かといって、谷口家の人々に罪がないということではない。智也が凛を連れて帰ってきたあの日から、彼らは凛の学歴も、仕事も、家柄も……全てが大したことないと馬鹿にしていたのだから。結婚してから智也が凛を守らなかったのは、実質的に加担していたようなものだ。智也がこのことにようやく気づいたときには、すべてが遅すぎた。凛が甘い言葉で智也に離婚協議書へサインをさせ、父親はコネを使ってまで、秘密裏に智也と凛の離婚を成立させていた。離婚届受理証明書……智也は赤く充血した目で健吾を睨む。「離婚届受理証明書はどこだ?」凛は、自分の両親が持っていると言っていた。智也が知ってしまった今、もう隠すこともないと思った健吾は、梨花に取ってくるようにと、視線を送った。梨花は書斎へ向かい、婚姻届受理証明書と離婚届受理証明書の二枚を持ってくると、そのまま智也に差し出す。ふと、智也の記憶が蘇った。自分は、この書類を二度見たことがある。一度目、父は役所でイベントがあると言い、二度目は離婚を考えていると言っていた。今考えれば、どちらも上手くはぐらかされていたようだ。書類をひったくるように受け取った智也は、殺気を滲ませた表情で健吾を見つめた。「父さん、よくもやってくれたな」健吾が目線を下げ、静かにため息をつく。「まさか凛が国のプロジェクトを担うような科学者だって知らなかったんだ」「たとえ知らなかったとしても、勝手に離婚を進めていい理由にはならないだろ!」智也の叫び声が谷口家に響いた。彼の首には青筋が浮き出ている。智也が健吾にこれほど声を荒らげるのを、初めて見た胡桃は、恐怖で凍りついた。この家で一番権力があるのは、健吾なのに。健吾が言った。「もし凛が国のプロジェクトを担うような科学者でなければ、そもそもあいつを引き止める理由がない」智也は胸の痛みを感じながら、反論する。「凛は俺の妻なんだぞ?俺が選んだ相手なんだから、この家で暮らす資格があるに決まってるだろ?もし、凛をこの家に入れたくないんだったら、俺に言ってくれれば良かったんだ。そうすれば、俺が凛を家に連れてこなければいいだけの話で済んだのに。なんで……凛を追い出したりなんかしたんだよ?」「今更そんなことを言って何になるんだ?」怒りを露わにする智也を見つめながら、息子との対立を望んでいなかった健
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第370話

それに……凛には特許使用料が入ってくる。あの子が戻ってくれば、そのお金だって自分たち谷口家のものになるのだ。健吾も頷いた。「胡桃の言う通りだ。一度は一緒になれたんだから、もう一度一緒になれるさ。離婚したんだったら、再婚すればいい」凛には頼れる家族がいない。だからこそ、彼女が築き上げた名誉や功績は、すべて谷口家の子孫たちに受け継がれることになる。谷口家の人々は甘い幻想を抱いていたが、智也だけは現実がどれほど冷酷かを知っていた。そして、彼だけが凛の傷の深さを理解している。もし、凛がまだ自分に恨みや怒りの感情を持っていれば、少なくともまだ愛は残っていると判断できた。恨みの方が愛よりも長く続くし、そこに関係も残る。だが、凛が自分を見る眼差しは、あまりにも……静かなのだ。離婚の件を切り出した時の凛の口調はとても淡々としていて、それは二人が知り合ったばかりの頃よりもずっと他人行儀だった。出会った頃、少なくとも彼女の瞳には微かな感情があった。2枚の書類を握りしめた智也は、黙って家族に背を向ける。そして開けっぱなしだった玄関から、彼は静かに去っていったのだった。梨花は深くため息をつき、健吾を見た。「あの子、今回は本当に怒っているみたいね」健吾が眉をひそめる。だが、もう全てが起きてしまった今、これ以上どうしろというのだ?梨花が少し考えて言った。「智也の代わりに私たちが凛に会いに行って、話をつける?」胡桃が頷く。しかし、すかさず健吾が梨花と胡桃をひと睨みした。「お前たち二人が顔を見せれば、良くない記憶を刺激するだけだ。もし今後出くわしたなら、丁寧に礼儀正しく振る舞え」「分かっているわよ」と答えた梨花。すると、ふと思いついたように胡桃が梨花に尋ねる。「今のお兄ちゃんの様子だと、凛さんに戻ってきてほしいって感じだけど、じゃあ……柚葉さんのお腹の子はどうするの?」梨花は、柚葉の両親と話し合いをした日のことを思い出した。「智也は諦めるみたいだったわよ。凛がその件で夫婦の共有財産の返還を求めてくるのを心配してたから」「だから?」子どもがいらないってことは、、お金もいらないってこと?そんなの駄目に決まっている。そうなれば、柚葉さんに美味しい思いをさせるだけじゃない!胡桃は食い下がった。「じゃあ柚葉さんは?産むつ
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