ちょうど午後2時、海斗が千石鍼灸院に現れた。海斗の視線が鍼灸院の裏庭にある、ひとつの部屋に向く。部屋の襖は開いていて、重厚な木製のテーブルに土鍋が置かれ、その下で炭火が赤々と燃えているのが見えた。その土鍋からは、湯気が白く立ちのぼっている。湯気の向こうには、割り箸で簡単に髪をまとめて座る凛の姿があった。まるで悟りを開いた仙人のような静謐な佇まいだったが、手に持っていた籐のカゴを置こうと場所を探す姿に、ふと生活の匂いが漂う。その瞬間、海斗の鼓動は激しくなり、瞳に熱い情熱が宿った。そんな海斗の気配を感じ取ったのか、凛がふと顔を上げた。彼女は湯気の向こうから歩み寄ってくる海斗を見つめる。こんな早くに?凛は少し驚きながらも、策に伝えた。「竹内社長が来ましたよ」策が振り返ると、確かに海斗が部屋に入ってくるところだった。スラリとした長い足、そして、その全くと言っていいほど表情のない顔立ちは、憎らしいほど整っている。その深みのある視線は、まっすぐ凛に向けられた。続いて隣の悠真に視線を移すと、その瞳はたちまち鷹のように鋭くなる。まだ若い悠真は、権力の座に長く就く人間が放つ威圧感に身震いをした。それからすぐに、海斗は悠真の隣に歩み寄ると、低い声で言った。「悠真さん、席を替わってもらえるか?」策にはわかった。海斗の言葉遣いが丁寧なのは、ただ凛に横暴な人間だと思われたくないからというだけで、そこに悠真への尊敬は微塵もない。悠真は思わず立ち上がりそうになったが、ふと思い直す。今の凛は独り身だし、誰だって狙っていいはず。それに、この席は自分が先に座ったものだ。「竹内社長、向こうにも空いている席があるので、そっちに座っていただけますか?」長方形のテーブルの各辺には、二人掛けの長椅子が置かれている。紗枝が上座に一人で座り、策と千晴、凛と悠真がそれぞれ一緒に座っていたので、今空いているのは窓際の席だけだった。だから、確かに後から来た人間がその席につくのが普通だ。しかし、海斗は他人の決めたルールに従う男ではない。彼が従うのは、あくまで自分のルールだけ。それに、A市で海斗に逆らえる者など、そうはいない。千晴も、陰では海斗のことを散々悪く言ったことがあるし、悠真に海斗と凛を取り合うようけしかけたこともある。だが、いざ本人を目の前にす
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