All Chapters of 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚: Chapter 381 - Chapter 390

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第381話

凛が採血を受けていると、携帯が鳴った。海斗からだった。「海斗」と凛が名前を呼ぶと、電話越しの海斗だけでなく、凛の採血をしていた医師もハッとして彼女を見上げた。しかし、凛はそれに気づいていない。「美穂子さんから君が柊病院にいると聞いたんだけど、谷口の見舞いか?」海斗の声は低く、どこか冷たかった。凛は自分の肘の内側の静脈から、真空採血管へと、自分の血が次々と吸い込まれていくのを見つめた。「違う。今、採血してるの」「採血?」海斗の声に少しだけ緊張が走る。凛は淡々と答えた。「うん。さっき偶然にも凄いことを知っちゃって。安心するために、感染症の検査を受けてるの。あ、採血が終わって押さえないといけないから、電話切るね」電話越しに「わかった」と短い返事が届いた。電話を終えた凛は、携帯をコートのポケットにしまい込み、採血が終わった場所を、コットンで押さえた。凛が指先でコットンを押さえていると、医師が結果は一日か二日後にわかるので、また診察に来るようにと言った。「わかりました」と返事をし、待合席に腰を下ろして血が止まるのを待つ。凛が腰を下ろしてすぐに、一人の中年女性の医師が歩いてきて、すれ違うスタッフたちも彼女に「千石主任」と頭を下げていた。そしてその女医は白衣のポケットに手を突っ込み、優しい笑みを浮かべながら凛の前に立った。「凛さん?」凛は少し驚いて立ち上がる。「はい、そうですけど」「私は千石霞。竹内社長からあなたの様子を見てくるようにって頼まれてね」海斗の名前に、凛の瞳が揺れた。「はじめまして。千石先生」凛は女医の胸元にあるネームプレートに視線を向ける。千石霞(せんごく かすみ)皮膚科。主任。霞が採血窓口の方をちらりと見て言った。「感染症の検査を受けたの?」凛が頷くと、霞は採血担当の看護師と言葉を交わし、再び凛の元へ戻ってきた。「私の診察室へ行きましょう。竹内社長ももうすぐ来るはずだから」「海斗が来るんですか?」凛は驚きを隠せなかった。霞が優しく微笑む。「ええ」言われるがまま霞について行く凛に、霞が言った。「私の息子、策っていうんだけど、知ってるよね?」「策先生?」凛は確かに衝撃を受けた。霞が自分の診察室の扉を開けて、凛を中へと促す。「夫も私も仕事が忙しくて。それに、こ
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第382話

「正解」霞はそう言って診察室を出ると、ドアを閉めてくれた。凛は携帯を取り出し、美穂子に電話をかける。「美穂子さん、柊病院って竹内グループの病院なんですか?」「ええ、そうですよ。何かあったときにすぐ対応できる竹内グループの私立病院が良いかと思いまして。それに、あの谷口という男に何かあれば真っ先に報告も入りますし。それにしても、どうして竹内グループの病院だと分かったんですか?」竹内グループは普段、この病院の運営を策の父であり、院長でもある千石裕二(せんごく ゆうじ)に任せていた。そのため、柊病院が竹内グループの病院であることを知る者は少ない。竹内家の歴代当主は、権限を人に任せることに長けていた。ただ、それは決して権力への執着がないという意味ではない。竹内家の人間は、自分たちが絶対的な力を握っていることを誰よりも理解しているからこそ、必要な時には手を引き、支配したい時には全てを掌握できるのだ。海斗が20歳でグループを継ぎ、隆は会長となった。隆は一切口出しせず、全てを海斗に委ね、思うようにやらせた。だからこそ、海斗は竹内グループのトップに就任した瞬間から、全ての実権を完全に握った。A市の名家の若者たちは、その日を冗談交じりにこう呼んだ。海斗の時代の幕開けだ、と。凛は霞に会ったことを美穂子に伝えた。すると美穂子も合点がいった様子で、そのあとは二人で夜の献立や最近の天気について話を続ける。そうやって、凛が美穂子と世間話をしていると、ノックの音がした。電話を切った凛がドアを開けると、そこには海斗が立っていた。引き締まった身体と広い肩幅。目の前に立つ彼は、圧倒的な存在感を放っている。まだ部屋にも入っていないのに、海斗はいきなり切り出した。「何があって、血液検査なんてすることになったんだ?」凛は事の経緯を話し、ポケットに入れていた検査結果の紙を海斗に差し出した。海斗の眉間に皺がよる。「柚葉と陸川社長?」凛は頷いた。「ええ。小林さんは帰国前に、陸川さんと関係を持っていたみたい」海斗も宏明の名前は知っていたが、直接的な関わりはない。宏明の会社は規模こそ小さいが、「クラウド・パルス」という主要製品は利益率が高い。以前、柊病院でも導入したことがあるが、データが完全に外部へクラウド保存されずプライバシー保護にも懸念が残ったため、完
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第383話

「柚葉がさっき産婦人科へ行って、エコー検査を受けたの」海斗は凛の言いたいことをすぐに理解し、短く言い放った。「任せろ」凛は男の深い漆黒の瞳を見つめた。「私は今後、トライドメインに集中する。他のプロジェクトは当面後回しにするから」海斗は必要ないと断ろうとした。そもそも、凛が代表を務める研究所側こそが依頼主であり、立場で言えば竹内グループが凛を困らせるどころか、むしろ凛のほうが竹内グループに条件を求める側のはずだ。それなのに、なぜだろう。聞きようによっては、まるで竹内グループが凛に無理を押しつけているようではないか。凛を困らせるやつなんているのか?そんなやつ誰も許さない。凛の検査結果は出ているし、柚葉の診断書も問題ない。二人がこれ以上病院に居座る理由はなくなったので、一緒に外へと向かった。霞がまだ戻っていなかったので、凛は策にメッセージを送り、代わりにお礼を伝えてもらうよう頼んだ。海斗はそれを見て、視線をわずかに冷たく光らせる。「俺だって千石先生の連絡先は知っているのに、なんでわざわざ策なんかに言うんだ?」凛は答えた。「だって、千石先生は策さんのご家族でしょ?それに、あなたは千石先生を雇っている立場なんだから、代わりにお礼なんておかしいもの」海斗は、何もおかしいとは思わなかった。携帯をしまった凛は、海斗に向き直る。「あなたにもお礼を言わなくちゃ。千石先生を紹介してくれたり、検査結果が早く出るように手配してくれたりして、ありがとう」海斗は眉を少し跳ね上げた。自分のことを忘れていなかったから、まあ、よしとしてやろう。すると、海斗は凛の唇の色がわずかに青ざめていることに気づいた。美穂子が日頃から、彼女のケアには万全を期しているのだから、こんなことはおかしい。「何も食べてないのか?」「朝食は食べたよ」凛は不思議そうに海斗を見上げる。「どうかした?」「顔色が悪い」低血糖を疑った海斗は、甘いものを届けるようにと、恵に電話をかけようとした。彼が携帯を手にとったとき、凛が服のポケットからチョコレートを取り出す。それは、昨日海斗が南山ヒルズ9号棟に残していったもの。「低血糖かも」そう言って凛は包み紙を破り、一口齧った。海斗は携帯をしまい、小鳥のようにちびちびとチョコレートをかじる彼女を見ていた。食べる
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第384話

「智也から、私たちが離婚したって聞いてないんですか?」凛はそう言いながら、彼を見つめる。正人は少し固まった。「さっき知ったばかりです」「じゃあ、もう私をそんな風に呼ばないでくれますか?」苦笑いを浮かべる正人。「ずっとそう呼んでましたから、つい癖で」「なら、今すぐ直してください」正人がはぐらかすのが得意な人間だということを、凛は知っていた。「正人さん。智也に忘れられない人がいて、その人が小林さんだってこと……実のことを言えば、あなたが私に教えてくれたんです」正人の笑みが凍りつき、その目元には動揺が走る。「いつの話ですか?」そんなこと口走った覚えはないし、このことが智也に知られたら、何を言われるか分からない。それに、自分は今まで、完璧に秘密を隠し通してきたつもりだ。「1ヶ月前、マイクロチップ開発プロジェクトが残すは入札だけってなった時、本当は智也にサプライズをするつもりだったんです。でも、そこであなたたちの会話を聞いてしまいました」凛は正人の目まぐるしく変わる表情を眺めながら続ける。「小林さんが智也の忘れられない人だってことや、6000万円の研究費のこと……全て、あなたの口から語られていましたから」正人は顔面蒼白になった。凛さんはいつも定時上がりだったはずなのに、あの日に限ってどうして!「あの、それは……」「そんな事実、あるわけないとか言う気ですか?」凛の目が少しだけ大きく見開かれる。「智也より上手に嘘がつけるとでも?」正人は完全に何も言えなくなった。凛の言う通り、自分は智也のようにあんなに人を上手く騙せはしない。しかし、自分は智也の親友だ。今は病院のベッドで食事も喉を通らず、胃痛に苦しむ親友のために、少しでもフォローをしてやりたかった。「奥……」最後まで呼び切る前に、凛のそばにいた海斗から放たれた氷のような視線を感じて、正人は咄嗟に「凛さん」と呼び直す。「確かに智也が悪いです。それに、許せないことも分かっていますが、顔ぐらい見に行ってやってくれませんか?あいつ、丸一日何も食べてないんです。もともと胃が悪いから、このままだと悪化する一方だと思いませんか?」それでも、凛の心は揺らがない。「私と何の関係があるんですか?」それは皮肉や反論ではなく、純粋な疑問だった。そのあまりの冷徹さに、正
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第385話

まさか話が離婚に伴う財産分与に発展すると考えていなかった正人は、凛と海斗の遠ざかる背中を見つめながら、はっと息を呑んだ。確かに、そうだ。智也がこれまで柚葉さんに使っていた金は、凛さんとの結婚後に稼いだもの。凛さんがその返還を求めるのは、ごく当然のことだろう。しかし、今のボロボロな智也にそれを突きつけるのは、彼を死に追い詰めるのと同じではないのか?頭を悩ませながら病室へ戻った正人だったが、やつれ切った親友の顔を見ると、やはり言うことはできなかった。数日様子を見よう。それに、凛さんが証拠を揃えるにも、しばらく時間はかかるだろうし。「智也、少しは良くなったか?先生に聞いたら、あと一日様子を見れば退院してもいいらしいぞ。でも、再診にはちゃんと来いってさ」正人が腰を下ろす間もなく、智也がベッドから降りた。何やら急いで準備をしている。「おい、どこ行くんだよ?トイレか?」「凛に会いに行く」智也の唇には血の気がなく、顔色も目に見えて悪い。眉をひそめた正人はすぐに止めた。「先生はあと一日様子見が必要だって言ってたんだから、勝手なことはするな。退院するとしても明日だ。それに、今慌ててどうする……」「凛は俺のことなんかいらないんだ!」智也は振り返ると、充血した目で怒鳴った。その身体はかすかに震えている。悠真に言われた通り、自分は本当に凛を失ってしまった。凛は本当に自分から離れてしまった。服はもちろん、歯ブラシすら残さずに、綺麗さっぱりいなくなってしまったのだ。もっと前から異変に気づいていたのに、そこまで深くは考えていなかった。凛がこれまで自分に尽くしてくれてきたことは分かっていたし、凛が自分を愛していると信じ切っていたから。それなのに、なぜその愛は無くなってしまったのだ?しかもこんな簡単に。智也の目元に浮かんだ涙を見て、複雑な思いに駆られた正人は一言だけ言った。「智也、自分の気持ちにもっと早く気づいていればよかったな」智也もそう思った。だが、手遅れだとは思っていない。愛がそう簡単に捨てられるものなら、世の中はこれほど悩ましく悲しいものではないはずだ。凛が再婚していない限り、やり直すチャンスは残されている。これまで幾多のプロジェクトの危機を乗り越えてきた自分だ。必ず凛と再婚してみせる。だからこそ、今
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第386話

「はい、景山会長」竜太郎は短く「そうか」と言うと、悠真に視線を向けた。「使用人に消化のいいものを持ってくるように連絡しろ。柔らかく煮込んでもらうんだぞ」「分かった」悠真が携帯を取り出す。しかし、智也は即座に言った。「会長、そんなお気遣いいただかなくても大丈夫ですから。こうしてお見舞いに来てくださっただけで、本当にありがたいので」ただ、やはり体調が万全ではない智也は、なんとか強がろうとするものの、その声には依然として力がなかった。竜太郎は悠真を止めることなく、智也に向き直る。「お前がこの数年間、ホシゾラ・テクノロジーのために尽くしてきてくれたことはちゃんと分かっている」きた。追及の始まりだ。智也は息を呑む。「前回の騒動の後、私は全力でお前をかばった。しかし、完全に火は消えていなかったらしく、それどころか、まだ問題があるそうじゃないか」竜太郎は厳しい面持ちで眉をひそめた。「私が力ずくでお前を今の場所に据えた以上、お前の背後にどれだけの目が向けられているか分かっているよな?それに、お前だけでなく、私の後ろにもだ」グループ企業のトップたる者が、人材の選定や事態の判断に重大な誤りを犯せば、威厳を失うことになる。威厳とは人と力をつなぐ橋である。その橋が揺らいでしまえば、部下は背中を預けられず、市場でも信頼を集められなくなってしまうのだ。経営者である智也にも、そのことは痛いほど分かっていた。かつて冴えなかった妻の凛を会社に近づかせず、二人の関係を隠していたことも、自身の威厳を保つためのことだった。だからこそ、威厳の保持が意思決定者にとってどれほど重要かを知っている智也は、今回の自分の失態を恐れていた。だから、入札で負けた後、スノウ・セミコンダクターには凛との夫婦関係を隠しつつ契約を取り、オークションで海斗の罠に嵌りながらも、なんとか翼の好みのものを競り落とし、特許プロジェクトをもぎ取ろうとしたのだ。「はい。重々承知しております」智也は目を伏せた。「凛との離婚については、両親が独断で進めたことでして……自分には事前の相談がなかったんです。茅野さんの特許についても……」智也は一度言葉を区切る。「もともと茅野さんを紹介してくれたのは凛だったみたいで、彼女が妻ではなくなった今、茅野さんからは相手にもしてもらえません。全て
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第387話

「ありがとうございます、影山会長」竜太郎は深い溜め息とともに諭すように言った。「智也、これが最後だ。これ以上は私も庇いきれない。当時、お前とは競業避止義務の誓約書を交わしたはずだ。テクノロジーの業界は進化が早い。一度離れたら、どれだけ努力したところで簡単には追いつけない」この言葉で、智也の逃げ場はほぼ絶たれたと言っても過言ではなかった。もしまた問題を起こせば、待っているのは左遷か、解雇かのどちらかだ。左遷されれば、もう出世の道はない。かといって解雇されれば、競業避止契約という刃が頭上に突きつけられることになる。2年間は競合企業へ移ることも、同業で起業することもできない。会社はその代わりに補償金を支払う。その条件は、機密を守ること。だが、金銭的な補償は重要ではなく、本当に重視しているのは、彼のこれからの可能性を断ち切ること。他の業界ならまだしも、科学技術の領域は進歩が目まぐるしい。2年と言わずに、半年もあればこの世界は一変してしまう。この業界に戻れる頃には、素人と変わらない状態になってしまっているだろう。智也の顔色はさらに悪くなった。「分かりました」「分かればいいんだ」立ち上がった竜太郎は部屋を出る間際、背中を向けたまま智也に言った。「体をしっかり休めておけ。でないと、今後戦い続けられないからな」智也が見送ろうとすると、竜太郎は手を振って制す。そして、一言付け加えた。「最近、浩の姿を見ないな」「彼にはスノウ・セミコンダクターとの提携に関する案件について動いてもらっているので」「そうか。使用人に雑炊を作らせてあるから、後で届けさせるよ」竜太郎と悠真が部屋を後にした。廊下に出てから、悠真が不思議そうに尋ねる。「父さん。本当に追い詰められるところまでいっても、あいつは絶対に目の届くところに置いておくって、この前言ってたのに、どうして競業避止契約の話を出したの?」「これだって、まだ目の届く範囲に置いているだろう」竜太郎は悠真を見て答えた。「それに、まだ本当の意味で追い詰められたわけじゃない。もし今回も、あいつが自分の妻と愛人の問題で失敗するようなら、その時に決めればいい。A市から外すのか、それともお前の下につけるのかをな」悠真は訂正する。「凛さんは、もうあいつの奥さんじゃないから」竜太郎は
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第388話

「それはまた今度で。海斗と約束したので、今はトライドメインに集中したいんです」「海斗」という単語を梓は聞き逃さなかった。目を輝かせて、「先輩、竹内社長とは随分仲が良いんですね」と言った。「ただの取引相手だよ」梓は疑わしげに尋ねる。「本当にそれだけですか?」凛は少し考えて答えた。「友達の兄でもあるし、まあ……友達かな」梓はふふっと、含みのある笑いを浮かべた。克哉がタイミングよく声をかける。「トライドメインに専念するなら、他の研究からは手を引くつもりなのか?」意図を察した凛が尋ねる。「何か他に抱えている案件でもあるんですか?」「史哉先生に紹介された陸川さん、覚えているだろ?」凛ははっとした。一昨日も病院で宏明と会ったばかりだ。彼がAIリアルタイム神経機能診断装置を開発中で、それには医療用AIチップが必要だということも海斗から聞かされていた。「彼がどうかしたんですか?」と、病院の件にはあえて触れずに尋ねる。「君が忙しいことは分かってるけど、君を顧問に迎えたいらしいんだ。だから、ちょっと聞いてみてくれと頼まれてね」宏明には史哉の繋がりもあるので、無下に断るわけにもいかず、凛は遠回しに伝えた。「今はトライドメインで手一杯なので、これ以上は難しいかと」克哉はうなずいた。「僕から断っておくよ。最初からそうだろうと思っていたから気にしないで」「佐野先生、陸川さんと食事なんかはされましたか?」食事などでは感染しないと理解しつつも、万が一を懸念して思わずそう聞いてしまった。克哉が首を横に振る。「僕も忙しいから、そんな時間はないよ」凛はほっと胸を撫で下ろす。「向こうも君一人に固執はしないから、君が断れば他をあたるだけだしね」その言葉で、凛はふと柚葉の顔を思い浮かべた。柚葉と宏明の関係は深い。コン、コン。会議室のドアがノックされた。顔を上げると、海斗が立っていた。中へ足を踏み入れ、克哉と梓に軽く会釈してから、真っ直ぐに凛を見つめた。「少し話がある」凛は手元の完成しているデータを克哉へ渡し、手短に指示を出してから立ち上がった。「何?」「社長室で話す」海斗の社長室と研究開発センターは、ガラス張りの空中通路で繋がっている。凛と海斗は、連絡通路を並んで歩いていた。まもなく日が暮れる時
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第389話

もともとソファに座っていた拓海と謙介は、ドアが開く音に気づくと、同時に入口へ視線を向けた。そして二人は立ち上がり、脇へ移動して凛と海斗を迎える。二人が席についた後、拓海と謙介も再び腰を下ろした。拓海はタブレットを差し出し、言った。「凛さん、海外で調査した資料をすべて電子データにまとめました。小林さんは海外滞在中、学校にいる時間を除けば、彼女はほとんど毎日のように様々なパーティーへ参加していました。そのために高級車を借りたり、オーダーメイド級のドレスをレンタルしたりしていたようです。写真も残っていましたので、関連する場所を調査し、証拠も入手しました」拓海は鞄からクラフト紙の封筒を取り出す。その中には大量の写真や、貸し出しの控えが入っていた。大量の写真やレシート。凛は適当な一枚を手に取った。柚葉が金髪の男たちに囲まれ、笑みを浮かべている。パーティー会場も、柚葉の身なりも、どれもが贅沢を極めていた。拓海が続ける。「渡航して最初の半年は普通の住まいにいたようですが、半年後には高級住宅街に引っ越しています。それ以降、高級レストランやホテルにも出入りし、生活のレベルは格段に上がっていました。以上のことから、谷口社長から3年間で渡された十億単位の資金のうち、研究材料や設備に消えたのは3分の1。残りの3分の2は、彼女自身の私生活に使われていたことがわかります」説明を聞きながら写真を眺めていた凛の目に、宏明が写っている写真が飛び込んできた。海外で彼と深い仲になっていたのは明らかだろう。宏明は柚葉より20歳ほど上で、風貌はまあまあだが、小太りだ。会社や特許を持っているとはいえ、それ以外は全て智也には及ばない。柚葉はあまり人を選ばないようだ。「ん?」と、海斗が凛の持っている写真を見た。凛はその写真を置き、呟く。「智也はこれを見て、どんな表情をするんだろう」そして、少し考えてから言った。「それと、神谷弁護士にも見せてあげないと」利明といえば、柚葉を追う二人目の男。ちなみに一人目は、智也だ。そんな光景を想像し、海斗も少し面白くなってきた。拓海からの報告が終われば、次は謙介の番だ。謙介が調査報告書を眺めながら言う。「概算すると、柚葉の科研費への使用分は6億円。残りの12億円は自分自身への支出です。凛さんが仰っていた
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第390話

そもそも、これにはある種の挑発のような意味があった。柚葉はかつて自分を何度も挑発していたし、自分もやり返すべきだと考えた凛は、謙介にこう言った。「まずは内容証明を送ってください」謙介が頷く。「承知しました。では、小林さんと谷口社長の両名に内容証明を発送しますね。記録として証拠を確定させ、『谷口智也による贈与は無効であり、期限内に第三者へ返還するよう要求する。もし期間内に全額返還がなされない場合は、法的手続きへ移行する』と伝えます。この内容証明そのものが有力な証拠となり、私たちが履行を求める義務を果たしたという証明になります。それと、一つ確認したいことがあります」謙介は海斗と凛に目を向けた。「もし返還期間を15日間に設定した場合、彼らはどうにかしてお金を工面してくるでしょうか?もし全額を用意できる可能性があるなら、最初から提訴に踏み切ったほうがいいです」それは何とも言えない。海斗がゆっくりと口を開く。「小林は今、谷口の子を妊娠している。あいつが小林を見捨てることはないだろうし、谷口には不動産もある」凛も言葉を添えた。「智也は小林さんのためならいくらでも払うと思います。それに、彼女には両親や祖父、後は神谷弁護士もついているので、彼らが力を合わせれば、お金は何とか工面できるでしょう」海斗は謙介を見た。「3日だ」3日?車も家も売却する時間なんてない。それはつまり、示談にする気は一切なく、あくまで提訴するつもりだと宣言するに等しい。竹内社長は、相変わらずだ。裏では策略を巡らせながら、表では堂々と正攻法も使う、と拓海は心の中で思った。謙介が首を振った。「谷口社長が小林さんに贈与した額はかなり大きいものです。売却の手続きには時間がかかるので、短期間での処理は裁判所に不当と判断されかねません。少額案件でも7日なので、今回は7日でも短すぎるでしょう」そして、謙介は微笑んだ。「10日か15日ならどちらでも可能ですが、凛さんはどうされますか?」「10日で」謙介が頷く。「分かりました。明日の夕方6時までには内容証明を発送しておきますね」「葛城先生、よろしくお願いします」凛の瞳がわずかに揺れた。もし目的が、ただ彼らにしばらく精神的な不安を味わわせることだけなら……内容証明が発送された日よりも、相手の手元に届く日を遅らせる方法
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