元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚 のすべてのチャプター: チャプター 421 - チャプター 430

435 チャプター

第421話

智也は優しく微笑んで言った。「凛、誕生日おめでとう」理央が驚く。「え?誕生日なの?」視線を智也から外し、理央を見つめた凛の表情がいくらか柔らかくなった。「うん」なんてことだ!早く竹内社長に報告しなくては!でも、谷口社長ときたら、こんな手段を使って凛さんをこの場に留まらせようなんて……本当にくずとしか言いようがない。それに谷口社長は気づいていないのだろう。自分が浮気をして、凛さんの何年もの想いや努力も踏みにじったその瞬間に、完全に終わっているということを。今さら小細工を重ねて引き留めようとしても、凛さんがもう一度あなたに振り向くことなんて、一生ないんですからね!本当、最低。腹が立つあまり、理央は今の気持ちをそのまま海斗へと送ってしまい、慌てて送信取り消しをした。彼女は一歩前に出て凛の前に立ち、智也のまとわりつくような視線を遮った。ピアノが運ばれてくると、智也はスタッフにグラスを預け、静かに椅子へ腰を下ろした。音を確かめながら鍵盤へ指を置く。そのまま、智也は多くの人に囲まれている凛へと視線を向けた。「この曲は、妻にプロポーズした日に、お店で流れていた曲なんです。そして昨日は、その店を二人で訪れました。今日は彼女の28歳の誕生日です。凛、改めて誕生日おめでとう」凛の表情は一切変わらない。理央は呆れて小さく呟いた。「こんなところで私たちの気分を害してるんじゃなくて、芸能界に入ればいいのにね……」凛がそれに反応する。「だから、小林さんと気が合うんだと思う」「え?」「似たもの同士。どっちも演技が下手くそってことでね」理央は何度も頷いた。凛は智也がピアノを弾けることを知らなかった。だが、今さら聞きたいとも思わなかったため、ピアノの音は一切耳に入ってこなかった。これは、彼が取引相手のために演じているパフォーマンスにすぎない。凛は携帯を取り出し、営業中のケーキ屋を探し出し、理央と拓海の分、そして自分と美穂子の分も注文した。辛いものが好きな凛にとって、甘いケーキは少し重く、数口食べただけですぐ胃もたれがしてしまう。自分を見ずに携帯ばかりいじっている凛に気づいた智也は、眉をひそめた。もしかして、またあの男とやり取りでもしているのか?そう考えるだけで腹が立つ。智也の笑みは一瞬強張ったが、
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第422話

ここに、竹内社長がいたらどんなに良かっただろうか。竹内社長が凛さんを奪うのであれば、誰も文句を言えないのに。そして、次の瞬間……理央の隣にいた凛が微笑んだ。「いいよ」そう言って、凛は智也に手を差し出す。「でも先に、23億6000万円の研究費を私にくれるって約束して」もちろん、それは研究費などではなく、智也と柚葉が返すべき夫婦の共有財産だ。智也が大勢の前で自分を逃げ場のない場所へ追い込むなら、自分も同じように、彼を追い込むだけ。周囲から見れば、二人は軽口を交わしているようにしか映らない。むしろ笑みを浮かべている凛のほうが、一枚上手に見えた。智也はもうキスなどできない。そんなことをする資格すらないのだから。理央は、ほっと胸をなで下ろした。よかった。このお姫様は、王子様を待たなくても、自分で自分を守る事ができる。そんな凛の姿を見ていた理央は、凛が薬を盛られたあの日のことを思い出した。凛は誰にも頼らず、自ら浴室へ閉じこもり、冷たい水に身を沈め続けていた。理央もすぐに笑顔で話を合わせる。「そうですよ、谷口社長。凛さんへのプレゼントって言ってたじゃないですか」あくまで和やかな冗談。周囲にはそう見えていた。しかし、智也にその金がもうないことを、理央は知っていた。柚葉に貢ぎ、南山ヒルズの物件を8000万円で借り、さらにオークションで落札した5600万円の黒檀の肘掛け椅子……手元の資金など、ほとんど残っていないだろう。その上、23億6000万円?払えるはずがない。智也は、まさか凛が大勢の前でこの金額を持ち出すとは思っていなかった。たとえ、ここにいる人々がこの金額の意味を知らなくとも、智也自身は知っている。だからこそ、人前で話題にされたくなかった。これで智也には何もできなくなった。しかし、自身の面子とイメージを保つため、彼は笑顔で取り繕う。「妻は少し照れ屋なんです。だから、もう囃し立てるのはやめてあげてください。皆さん、妻の誕生日を祝っていただき、本当にありがとうございます」凛も周囲に感謝し、ソーレンに先に帰ることを伝えた。ソーレンも引き止めずに、笑顔で見送る。智也についてこられることを心配した凛は、「ソーレンさんはホシゾラ・テクノロジーの大事な取引先でしょ?失礼なことはしちゃ駄目だよ」と、智也に言
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第423話

「話したくない」そう言った凛は再び歩き出し、もう二度と智也を振り返ることはなかった。決して、そうしたくないわけではない。そうしたくても、できないのだ。もし康平が智也の携帯越しに自分の声を聞いてしまえば、自分と連絡を取るには、智也を頼るしかない、そう思わせてしまう。さらに、智也への信頼度も上がってしまうのだ。理央もすぐ後ろをついていき、余計なことを聞くこともなく、そっと尋ねる。「このまま南山ヒルズに帰る?」凛は微笑んで答えた。「先にケーキを取りに行かなくっちゃ。毒は入ってない、生クリームだけのやつね」理央の顔がぱっと明るくなる。ホテルの回転ドアから二人が出ると、拓海がすでに黒い傘をさして待ってくれており、入り口からすぐのところに、車が停まっていた。黒い大きな傘の上には、ひらひらと雪が舞い落ちている。車に乗り込んだ凛は、窓から外に手を伸ばして雪を受け止めた。雪の結晶が、彼女の掌でゆっくりと溶けていく。本当に雪だ。雪はどんどん降り積もっていった。しかし、車内は暖房が効いていて、少しも寒くない。凛が窓を閉めると、隣にいた理央が聞いてきた。「本当に今日が誕生日なの?」理央は智也の「今日は妻の誕生日なんです」という発言が、突然すぎると思っていたのだ。「戸籍上の誕生日は今日じゃないんだけど、毎年、初雪の日を自分の誕生日にしてるの」と凛が答え終わるや否や、仁から電話がかかってきた。しかし、電話から聞こえてきたのは杏の声。「凛、明日は空いてるかい?もう随分と一緒にご飯を食べてないじゃない。最近は結構忙しくしてるらしいね」「空いてますよ」確かに最近の凛は忙しかった。海斗にいろいろと助けてもらっている分、トライドメインで成果を出そうと必死だったし、そのうえ智也と柚葉の件も、決着をつけなければいけないと、さまざまな手続きに追われていた。なのに、ようやく裁判に持ち込めると思った矢先、智也が康平を見つけ出し、肝心なところでまた先手を打たれたのだった。凛の胸の奥が重く痛む。「杏さん、明日のお昼はどうですか?私、午後は急ぎの用があって……すみません」凛はそっと目を伏せた。明日はG県に戻らなければならないのだ。凛がケーキ店の名前をグループチャットに送ると、拓海がナビを設定し、車が滑るように走り出した。凛の声か
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第424話

理央の家はここから近かったため、凛は先に彼女を送り届けてもらい、そのあと自分を南山ヒルズまで送ってもらうことにした。9時まで続く予定だった会食が8時半過ぎに終わり、拓海が凛を南山ヒルズまで送り終えてもまだ9時を回ったところだった。そこで拓海は、「社長が10時には到着するので、このまま空港まで迎えに行きますね」と凛に言った。しばらく拓海を見つめ、何か言いたげに口を少し動かした凛だったが、結局、口にしたのは短い一言だけだった。「お気をつけて」拓海は微笑み、車を発進させた。車を見送ってから、凛は空を見上げた。雪が激しく舞い、地上にはすでにうっすらと白く積もり始めている。そのままボディーガードに指示して、ジャーマンシェパードと共に、中に入るように促した。智也はまだ会食だろうし、他の谷口家の人間が厚かましく来ることもない。凛の手にするケーキを見た美穂子は驚いた。「凛さん、今日がお誕生日だったんですか!ちょっと待ってくださいね。何品か料理を追加しますから!」「美穂子さん、そんなに作っても食べきれなくて無駄になっちゃいますよ」「大丈夫です。海斗様がいらっしゃいますから」「それなら、彼のために最初から取り分けておいてください」毎回、残り物ばかり食べさせるわけにはいかないだろう。厨房へ急ぎ足で入っていった美穂子だったが、再び包丁を持ったまま外に出てきた。「凛さん、日和様を呼んでもいいですか?お誕生日は、やっぱり賑やかでないと!」凛は頷く。「じゃあ、私が連絡しておきますね」「凛さんはそんなことしなくて大丈夫ですよ。まずは休んでいてください。私がもうかけていますから」通話はすぐに繋がった。受話器の向こうから、日和の気力のない声が聞こえてきた。「美穂子さん、こんな夜に何の電話?教授が私に実験しろって。勉強のためだなんて聞こえはいいけど、単に自分が面倒くさいだけなんだから。もう疲れて死にそうなの」「どのくらいで終わりそうですか?」「もうすぐ。あと10分くらいかな」「終わったら南山ヒルズへ来てくださいね。今日は凛さんのお誕生日ですから」「えっ!」日和の大きな声がスピーカー越しに響いた。「行く行く!こんな実験、やりたい人がやればいいのよ。私が犠牲になる必要なんかないもんね!それに、論文はもう良いって言われてるし!」その会
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第425話

1時間前。松田家。夕食を終えた英樹は、ゆっくりとリビングを歩きながら、外の雪を見つめていた。窓際でしばらく立ち止まり、今年のA市の初雪は例年より少し早いな、などと考えていたその時、後ろを通り過ぎる使用人たちの話し声が耳に入ってきた。「柚葉様の郵便物、もう届いて1週間も経つのに、まだ取りに来ないのかな」「前は頻繁にきてたのに、最近はずっときてないもんね」英樹もまた、柚葉からの連絡が減っていることに気づいていた。孫たちの中でも、柚葉が一番自分のことを気にかけてくれていたというのに。「何が届いているんだ?」英樹は後ろを向き、尋ねた。使用人が答える。「何かの書類みたいです。中身までは分かりませんが」「書類?」英樹は書類という言葉に敏感だったため、それを持ってくるように指示を出した。手渡された茶封筒を、英樹はすぐに開封した。中身は、何の記載もない無地の白い封筒。英樹が眉をひそめて、その白い封筒も開けてみると、三つ折りにされた書類が入っていた。そして開いてみると、それはなんと弁護士から送られてきた内容証明書だったのだ。よく内容を確認してみれば、それは凛の弁護士から送られてきたもので、智也との婚姻中の共有財産を全額返還するよう求めるものだった。しかも、その金額は20億円以上……英樹の体がふらりと揺れた。倒れかけたところを、近くにいた使用人が慌てて支えたのだが、その拍子に、使用人の目にも書類の内容が飛び込んできた。その瞬間、使用人の顔色が一気に青ざめる。こ、これは……使用人は急いで英樹をソファへ座らせると、医師を呼ぶために急いで電話をかけようとした。今の英樹の体は、もう大きな衝撃に耐えられる状態ではない。前回、柚葉が既婚者との不倫を理由にプロジェクトを外されたと知ったとき、英樹はショックで倒れ、そのまま入院してしまった。この年齢で、こんなことが何度も続けば……命に関わりかねない。英樹はソファにもたれながら、震える手で書類を握りしめていた。そして、使用人が医師を呼ぶのを制止し、険しい表情で言い放った。「運転手を呼んで、今すぐ柚葉をここに連れてこさせろ!今すぐにだ!」怒り心頭の英樹を見て、息子夫婦も何事かと近づいてきて、どうしたのかと尋ねる。しかし、英樹は素早く書類を握り隠し、苛立ちを露わにしたまま書斎へ入
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第426話

「お爺様……」柚葉はごくりと唾を飲み込むと、すぐさま謝った。「ごめんなさい。でも私、以前は本当に知らなかったの。帰国してから智也が結婚しているって知って……それに、毎月の6000万円は智也が私への投資だと言って渡してくれたお金で、個人的な投資だから、私が返す必要なんてないでしょ?」「知らなかったと言うが……前にお前は、あの男が凛と結婚したのは、自分を国へ呼び戻すためだった、と言っていなかったか?」柚葉の表情が固まる。「それは、帰国してから知ったことなの。お爺様、これは凛さんがわざとやってることなの。凛さんは私が気に入らないし、お爺様のことも気に入らないから、こんなやり方で私たちを困らせようとしてるのよ」「柚葉!」英樹が怒鳴った。「お前はいったい、どれだけのことを隠し事にしてきたんだ!そこに書かれた金額をしっかり見ろ。一体何にいくら使ったんだ?」高級車に高級マンション、それにブランド品に宝石……他にも数えきれないほどあるじゃないか!あの男がお前に金を貢いでいたことは知っていたが……どうしてこんなにも……」「私が欲しいって言ったわけじゃないわ」「だったら、なぜ断らなかった」「あの時は彼が結婚しているなんて知らなかったし、智也はずっと、私の事が好きって言っていたし……」実際、凛のことなど智也の眼中にさえなかったのだ。「お前の事が好きだと言いながら、なぜお前とはずっと結婚してくれなかったんだ?」英樹の一言が、完全に柚葉を黙らせる。それ以上の言い訳が見つからない柚葉は、悔しさで胸がいっぱいになった。「それは彼の問題だから。私に言われたって、どうすることもできないよ」今にも泣きそうな柚葉を見ても、英樹はもう慰めようとはせずに、そのまま話を続ける。「あの男とこれ以上関わるな、利明くんと親しくしておけと前にも言ったはずだよな?なのに、なぜわしの忠告を無視する?お前は本当に、この先も研究者としてやっていく気があるのか?」英樹ほど、この世界の現実を知る者はいなかった。才能は、研究者として門を叩くための資格に過ぎず、それだけでは、生き残れないのだ。学術の世界で生き残っていくのに必要なのは、人を見る目、機会をつかむ力、そして時には、勝負に出るしたたかさ。だからこそ、英樹はこれほど完璧なまでのレールを柚葉に敷いた。その通りに進めばこの世
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第427話

柚葉は心臓が口から出そうになった。英樹が言った。「何が私たちなんだ?わしら松田家はあの男を頼らないといけないと言うのか?」雇われ社長にすぎない男が、この松田家に口を出せるとでも思っているのか?柚葉はほっと安堵のため息をついた。よかった。お爺様はまだ、自分が妊娠していることに気づいていない。英樹は、内容証明書を手に取り、返済期限を指で叩く。「あと2日だ。2日以内にこの金を支払わなければ、裁判になるんだ!23億6000万円もの大金を、どうやって用意するっていうんだ!言ってみろ!」英樹に怒鳴られて柚葉の体が強張った。そして、次の瞬間には、柚葉の目から大粒の涙があふれ出す。「お爺様、今まで私に怒鳴ったことなんてなかったのに……」声は震え、涙をポロポロと流した。「泣いてどうにかなるのか?」今回は本気で怒らせてしまったようで、慰める言葉は一切かけてくれない。「凛さんは私だけじゃなくて、智也にも内容証明書を送ってるの。でも、二人はすでに離婚しているから、返済するにしても、智也と一緒に返すことになるから」「だから返さなくていいとでも言うつもりか?」英樹は冷たく言い返した。その柚葉を見る目には、失望と歯がゆさが滲んでいる。「返済期日が過ぎれば、凛側の弁護士がすぐさま裁判に持ち込むだろう。柚葉、お前はこの葛城という男がどんな人物か、分かっているのか?ここ数年、離婚裁判で名を上げた男だ。財産分与の請求なんて、まさに得意分野。お前たちは、とんでもない相手を敵に回したんだ!」まさか凛が謙介を雇うとは、英樹は想像もしていなかった。他の弁護士なら裏から手を回して握り潰すこともできるが、この謙介という男は金になる案件が好きで、なおかつ注目も浴びたがる。難しい裁判であるほど、相手が強敵であるほど……むしろ闘志を燃やすのだ。そして、勝訴の実績を、自分の勲章のように集めている。こういう人間は、厄介極まりない。凛は、一体どこからこんなやつらばかり見つけてくるんだ?海斗に、この謙介……考えるだけでも頭が痛くなる。「今すぐ智也と一緒に、凛のもとへ行って示談の交渉をしてこい」柚葉は口ごもった。交渉以前に、自分には20億など払えないのだ。たとえ、半分の10億だとしても、柚葉には到底払えなかった。何とか、自分だけ払わずに済む方法
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第428話

案1、お金を送る。案2、自分を送る。案3、お金も自分も両方送る】途中、メッセージを取り消した形跡もある。海斗は【今日は凛さんの誕生日】という文字を見つめながら、隣にいた恵に言った。「今日は凛の誕生日なんだ。あと1時間46分しかない」恵は即座に海斗の要求を理解する。限られた時間の中で、凛にサプライズとプレゼントを用意しろ、という上司の要望だ。「社長の財力なら、凛さんにどんなサプライズでもできると思います。ですが……そんな急な動きをしてしまっては、かえって凛さんを怖がらせてしまうのではないでしょうか?」海斗は歩みを緩め、恵をチラリと見た。「続けろ」「具体的になにを渡すか……それは、社長ご自身で考えるからこそ意味があるのです」そこで、恵は少し考えてから続けた。「そうですね、谷口社長のやり方は、まさに反面教師として参考にできると思いますよ」瑶子と同じことを言っている。海斗が小さく頷いた。なにか考えがあるようだ。VIP専用通路を出ると、拓海が既に待機していた。ドアが開き、後部座席に海斗、助手席に恵が座る。海斗が言わずとも、拓海は行き先が南山ヒルズ9号棟だと知っていた。海斗は窓の外で舞う雪を眺めながら、今夜の会食の詳細について、拓海に問いかける。拓海はその場にいなかったため、具体的なことはわからなかったが、空港への道中、理央と電話をして事の経緯は確認済みだった。それに、海斗が必ず聞くだろうということも分かっていた。拓海は説明を始める。智也が凛に腕を組むように言ったら、彼女に普通にして、と返されていたこと。凛がソーレン氏に自己紹介をする際、誰かの妻ではなく凛個人として接して欲しいと言ったこと。凛が智也を「谷口社長」と呼んだことに対して智也が苦言を呈したら、「元旦那」と呼び替えたこと。智也が凛にダンスを強要したら、彼女に「汚い」と拒絶されたこと。智也が周囲を巻き込んで凛に近づこうとした際、彼女が23億6000万円の研究費を求めたこと。智也がまた康平の名を出して引き留めようとしたが、凛があっさりとその場を去ったこと……車の中で一部始終を聞いていた海斗は、何度も表情を変えていた。時に眉をひそめ、時にふっと力を抜く。けれど、安堵した表情のほうがずっと多かった。凛はもう黙って耐えるだけの人ではないよ
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第429話

海斗はその視線に気づき、無言で妹を一瞥する。氷のように鋭い視線だった。日和は慌てて目をそらし、笑顔を作る。「そうだよね。開かない鍵なんて、ただのアクセサリーだもんね!このルビーには価値があるかもしれないけど、こんなに小さいなんて。お兄ちゃん、意外とケチだよね」最後にしっかり兄をいじることも忘れない。海斗は日和の挑発など気に留めず、平然とケーキを口にした。街のケーキ屋で売っている、ごく普通のムースケーキ。幼い頃から最高級のものばかり口にしてきた海斗には、特別おいしいものではない。普段なら、食卓に並ぶことさえない味だった。だからこそ、海斗が何事もない顔で最後の一口まで食べ切る姿に、美穂子は驚いた。次の瞬間、美穂子の携帯に海斗からのメッセージが届く。【明日、母さんがよく食べているケーキ屋のものを用意してくれ】【かしこまりました。ただ、このケーキは凛さんがご自分で購入されたものですよ】そのことを、海斗は知っていた。「夕食にしましょう」凛は美穂子にそう伝え、料理を並べるよう合図した。海斗は視線を上げ、凛を見る。「先に食べていたわけじゃなかったのか?」「食事の支度ができた頃には、あなたが到着する時間だったから」日和も口を挟む。「凛さんが誰かさんを待って、一緒に食べようって言ってくれたんだから。そのせいで、私はもうお腹ペコペコだよ」「さっきケーキを食べていただろ」海斗が淡々と返した。日和は海斗を睨みつけた。食卓に料理が並び、4人は腰を下ろした。凛が腰を下ろした拍子に、胸元の真鍮のペンダントが小さく揺れた。海斗の視線がそこへ向く。もう首にかけてくれている。そのことが嬉しかったのか、海斗の口元にほんのわずかな笑みが浮かんだ。それを見た日和も言った。「お兄ちゃんが贈ったプレゼント、凛さんにすごく似合ってる。今日着てるニットにも、ぴったりだね」凛は胸元の鍵にそっと触れた。真鍮はなめらかな手触りで、ほどよい重みが心地よい。凛は海斗を見つめる。「ありがとう」海斗は静かに「ああ」と答えながら、料理を凛の皿に装う。「食べろ」時刻は既に11時過ぎ、小さなケーキ一切れではお腹が満たされるはずがない。美穂子も日和に料理を取り分けた。「日和様、どうぞ」日和はにっこりと笑った。「美穂子さんって本当に優しいね。あ
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第430話

海斗はほんの数言で、必要なことをすべて整理してしまった。引き止めることもなく、余計なことも言わない。先回りして考え、問題を片づけることに長けた人なのだと、凛は改めて思う。その直後、海斗がまた尋ねた。「いつ出発するんだ?」凛ははっと我に返った。「午後か夜。午前中は杏さんのところで食事をするから」海斗は「ああ」とだけ言い、それ以上は聞いてこなかった。二人とも口数は少なく、傍から見ればどこか淡々としている。それなのに、日和には、二人の空気がぴたりと噛み合っているように見えた。ほかの誰かが入り込む隙がないほど自然で、ときには二人が言葉もなく何を伝え合っているのか、見ている側にはさっぱり分からない。考えても分からないものは、考えないに限る。最近は後輩たちを連れて実験ばかりしていて、ただでさえ頭が爆発しそうなのだ。今は食べよう。何があっても、まずは食事だ。会食を終えて戻ってきた智也が目にしたのは、4人がダイニングテーブルを囲む、あまりにも穏やかな光景だった。外では雪が静かに降り続いている。その雪景色を背にしたダイニングでは、凛が海斗の隣に座り、小さな茶碗を両手で持って、ゆっくりと食事をしていた。凛に自然に料理を取り分ける者がいれば、さりげなくティッシュを差し出す者もいる。なにも、海斗だけではなかった。彼の妹である日和、それに海斗が凛のために手配した使用人。日和が何か話しかけては、凛を笑わせている。このような光景を、智也は見た事がなかった。もしあそこに座っているのが自分だったら、海斗みたいに無表情ではいられない。もし胡桃が凛の対面に座っていたとしたら、胡桃は……凛をあんなふうに笑わせることはできないだろう。もし両親もそこにいたら……いや、そもそも両親は、最初からこの食卓には現れない。この3年間、凛の誕生日には自分しかいなかった。花束とケーキを用意して、一緒に祝った。しかし、4回目の誕生日を一緒に迎えることはできなかった。ガラス窓越しに目にした光景に、智也は目の奥が熱くなるのを感じた。車を降り、雪を被りながら、彼は邸宅の外で長い時間立ち続けた。今夜は雪が降っているため、ボディーガードとジャーマン・シェパードも屋内にいた。だからこそ、ほんの少しだけ近づくことができた。ただ、窓越しに見つめ続
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