All Chapters of 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚: Chapter 411 - Chapter 420

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第411話

この電話を受けた瞬間、凛の全身から血の気が引いた。自分は、智也の卑劣さと偽善を、少し甘く見ていたようだ。智也はまさに、優しさという名の刃を持つ男。その優しさの刃は、血を流させることなく、相手を傷つける。「智也、一体何考えているわけ!」凛は研究室の外にいたが、周囲には人が行き交っているため、怒りを押し殺しながら声を落として問いただすしかなかった。「別に何かをしようってわけじゃないさ。ただお前と話をしたいだけ。なあ、話を聞いてくれないか?」智也の声はひどく優しく、むしろ懇願しているようにさえ聞こえる。「凛、内容証明書は受け取ったよ。6日前に届いてた。かなり婉曲的な書き方だったけど、竹内社長に教えてもらったのか?お前には言っただろ?あの男は卑怯だから、一緒にいるとろくなことにならな……」「智也、今一番卑怯なのはあなただから」そう言って、凛は通話を切った。表面上は冷静に見える凛でも、その内側では溶岩のような怒りが煮えたぎっていた。どれだけの冷風でも、その熱を冷ますことはできないだろう。凛は感情を抑え込むため、何度も深呼吸をする。しかし、すぐさま智也からショートマールが届いた。【凛、明日10時に待ってるから。康平は今、岡田という姓を名乗っていて、今は親戚の家で暮らしている。暮らしはあまり良くなくて、学校にも通わせてもらっていなかった。でも、俺が学校に通わせる手配はしたから。詳しいことはまた明日、直接会って話すよ】一見すると何の害もない文章だが、その中には巧妙な意図が隠されている。智也が康平を学校へ通わせた以上、「監禁」や「誘拐」として扱うことはできないため、警察も介入できない。では、康平はどこの学校に通っているのか?それを知っているのは智也だけ。知りたければ会いに行くしかない。もし会いに行かなければ、智也が康平に何をしでかすか……その先は未知の世界だ。智也は、凛の康平への情を利用して賭けに出ている。これまで毎年、施設へ戻ってきていたのは、凛ただ一人で、施設を巣立った人たちはたまに顔を出す程度。だからこそ、子どもたちは皆、凛によく懐いていた。康平は特別に凛が可愛がっていた子どもでもなければ、一番気にかけていた子というわけでもない。それでも、凛が自分の連絡先を康平に渡し、何度も迷惑電話がかかってきていたにもかかわ
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第412話

年越しを一緒に過ごすのと、新年の挨拶に訪れるのとでは、まったく意味が違う。「一緒に年越ししますよ。一人で帰りますね」柑奈はしばらく黙り込み、それから優しく言った。「分かった。部屋を掃除して待ってるから。チケットを取ったらまた連絡してちょうだい。駅まで迎えに行くわ」「ありがとうございます」そして凛は柑奈の名前を小さく呼んだ。その声には、隠しきれない疲れがにじんでいる。「無理はしないでくださいね。私は仕事に戻ります」柑奈と話したことで、凛の気持ちは少し落ち着いた。凛はそのまま研究室に戻り、グループチャットに明日自分が休むこと、何かあればメールを送るようにとメッセージを送った。翌朝9時。凛が出かける準備を始めると、またしても美穂子がマフラーを持ってやってきて、凛の首に巻いてくれた。さらに黒い傘を差し出す。「もうすぐ雪が降りそうですから、持って行ってください。雪が降らなくても、これで風を防げます。じゃないと、顔が凍っちゃいますからね」「ありがとうございます。美穂子さん」「いってらっしゃい」そう言って美穂子は、いつものようにジャーマンシェパードたちの頭を撫でて、海斗の車に乗り込んだ凛を見つめていた。ただし、海斗はいない。海斗が出張に出てからもう1週間経つというのに、未だに帰ってくる気配が無かった。ただでさえ時差があるというのに、海斗が自分に電話をかけてくる時は、決まって凛が寝たあと。でも、凛も最近は忙しく、朝早くに出かけて夜遅くに帰ってくる毎日。持てる力の全てをプロジェクトに注ぎ込んでいるほか、特別宿舎のリフォームも同時に進めていた。もちろん、登録されている車が日和のものだから、特別宿舎のリフォームに日和は一緒にいる。お互いに、多忙を極めていたのだ。美穂子が日頃愛読している恋愛ドラマでも、主人公たちがここまで忙しい設定は滅多にない。なのに、彼らは仕事が激務であるだけでなく、時差まであるときている。海斗が仕事中なら、凛は休み。凛が仕事中なら、海斗は休み。海斗は毎日、美穂子に連絡をしてきていた。凛の様子はどうだ、何を食べたか、何時に家を出たか……だから、美穂子もそのことを凛に伝えるのだが、自分でも連絡はしてるから、と言われて終わりだった。美穂子は心配で仕方なかった。だから、海斗にメッセージを送ることに
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第413話

しかし、今の凛は知っている。男が思い描く「家庭」と、女が思い描く「家庭」は、必ずしも同じではないということを。男にとっての家庭とは、自分が王となり、妻が身の回りの世話をし、家族に尽くし、子を産み育てる場所。一方、女が求める「家庭」とは、いい時も悪い時も、お互いに支え合える場所なのだ。凛がドアを開けると、カランとベルの音が響いた。店には店員以外誰もおらず、店員が顔を上げて凛に微笑みかける。「いらっしゃいませ。2階でお待ちになっていますよ」どうやら店全体を貸し切っているらしい。4年前は違った。当時の智也はホシゾラ・テクノロジーのただのプロジェクトマネージャーで、代表取締役でも何でもなかった。時の流れを感じる。2階へ上がると、角の窓際という、4年前と全く同じ席で智也が待っていた。ただ店の内装は以前より小洒落たものに改装され、テーブルも立派なものになっている。テーブルの上には、あの時と同じミルクティーが2つ。「凛」凛の姿を見つけた智也が立ち上がった。まるでパーティーへでも参加するかのような、完璧なスーツ姿で、髪の毛一本の乱れもなく、優しげな笑みを浮かべている。しかし、唇は少し青紫色で、目元にも疲労の色が浮かんでいた。内容証明が届いてから追い詰められ、胃痛もまだ治まっていないのだろう。凛は智也に近づいても腰を下ろさず、立ったまま話を切り出した。「何の用?条件を言って」その凛の冷たい態度に、智也の胸は締め付けられた。「座って話そう。駄目かな?康平がお前に連絡が取れないっていうから、俺の電話番号を覚えさせておいたんだ。それに、彼のお守りの中に入れてあった、お前の電話番号も、俺のものに変えてあるから」「卑怯ね」そう冷たく言い捨てて座ったものの、凛は目の前のミルクティーには決して触れようとしなかった。凛が座ったのを見て、智也は笑みを浮かべた。「なんで飲まないの?」「谷口家の人間に差し出されたものなんか、飲めるわけないでしょ?」凛は真っ直ぐに智也を見つめる。「胡桃が私に何を飲ませたか、まさか忘れたの?」蒸し返された過去に、智也の心臓が激しく波打った。そのことを、忘れられるはずもない。胡桃も柚葉も、凛を傷つけた。そして彼女たちに何も言わなかった自分もまた、凛を傷つけた一人なのだ。「俺はそんなことはしない」
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第414話

凛はただ黙って康平の写真を見つめていた。施設にいた時の彼は、白く綺麗な肌をしていたのに、たった2年でこんなに変わってしまうなんて。智也の声がなおも耳に響く。「もし康平があの施設に残っていれば、公的資金や企業からの寄付で不自由なく教育も受けられたはずだ。だが現実は厳しい。親族の家に引き取られてからは、6人家族が古びた団地の部屋に身を寄せ合う日々を送っている。3人の子どもを学校へ通わせるだけで精一杯で、康平まで学校へ行かせる余裕はないらしく、家の手伝いまでさせていたんだ」凛は、その話に大きな驚きはなかった。G県は長年、貧困対策の重点地域とされ、ようやく数年前にその指定から外れたばかりだった。親族が康平を引き取りに来た時、柑奈も浮かない顔をしていた。施設を出ても、待っている暮らしが決して楽ではないと知っていたからだろう。それでも正式な親族であり、必要な手続きを踏んで迎えに来た以上、施設に引き留めることはできなかった。智也が続ける。「でも、安心してほしい。康平は全寮制の学校へ入れたし、学校にも事情は話してあるから、ちゃんと面倒を見てもらえるはずだ。家へ帰るのは月に一度だけだし、岡田一家にも新しい住まいを用意して、引っ越してもらったんだ。生活費も渡したから、これからは康平を大切にしてくれると思うよ。それに、名前を変えてもらうように、むこうの家族に言っておいたから。康平って名前はいい名前だけど、施設でもらった名前だから、家族のもとに戻った今、やっぱり家族がつけるべきだと思ったんだ」凛は、その言葉の裏にある意味を瞬時に悟った。親族は引っ越し、康平は改名した。つまり、親族の居場所をたどることも、名前から探し出すことも、ほとんど不可能になったということだ。温厚で誠実そうな笑みの裏には、数え切れないほどの計算が潜んでいる……これが交渉の場での智也なのか。「智也、夫婦を演じ続けることに何の意味があるの?」「俺はあると思う」智也は凛の眉や瞳を、ゆっくりとなぞるように見つめた。昔は、こんなふうに彼女を見つめたことなどなかった。だが今こうして見つめていると、初めて出会った頃へ戻ったような気がする。あの頃の凛はまだあどけなく、清らかな美しさがあった。それはまるでウッディ系の香水のように、甘すぎず、押しつけがましくもない。そこに立っているだけで、澄み切
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第415話

「分かってる」智也は視線を落として言った。彼は自分でも分かっていた。この方法で凛を追い詰めると決めた瞬間から、彼女にますます嫌われることくらい、重々承知の上だった。それでも、他に道がなかったのだ。景山グループに切り捨てられる駒にはなりたくないし、解雇されてしまったら、この業界に2年は戻ってこられないのだから。以前の自分なら、まだ別の道を選ぶ余地はあったが、今は違う。婚姻中の不貞は明るみに出ているし、夫婦共有財産として20億円を超える資産を返還しなければならず、おまけに手元の資金も底をつきかけている。今の智也は、崖際まで追い詰められた野良犬のようなものだった。一歩踏み外せば、待っているのは粉々に砕け散る結末しかない。「凛、俺だってこんなことはしたくない。だけど、俺たちが夫婦だったことに情けをかけて、少しだけ時間をくれないか?」顔を上げた智也の目には、またしても哀願の色が浮かんでいた。「智也、あなたは私と結婚していながら、小林さんにお金を渡していたし、人前で恋人同士のように振る舞っていたよね?さらに、私との結婚はひた隠しにしていた。小林さんと寝た時、あなたの頭の中に、私たちが夫婦だってことはあったのかしら?」智也は言葉を失った。何を言っても、言い訳にしかならない。凛はそのまま席を立った。背後から、智也の声が飛んでくる。「今日の夕方6時半、南山ヒルズ9号棟まで迎えに行くから」凛は必ず来る。智也はそう確信していた。車に戻った凛は、ミネラルウォーターを一気に半分飲み干すと、鞄から携帯を取り出した。携帯の画面には、録音中の表示。録音を終了すると、凛はそれを【離婚対策チーム】という名のグループチャットへ送った。メンバーは凛と海斗、謙介、そして拓海の4人。このグループは、海斗が帰国する飛行機に乗ったあと作られたものだった。グループ名は拓海によって決められたもので、離婚に伴う夫婦共有財産の回収について何か進展があれば、すぐ全員で共有するための連絡用グループだった。昨夜、眠る前に凛は、智也が康平を利用して自分を脅していることを皆に伝えていた。カフェに入る直前、海斗から届いていたメッセージには帰国報告だけでなく、短い一言があった。【忘れずに録音しろ】録音をすることは、必ずしも裁判の証拠にするためだけではない。録音
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第416話

そうして迷った末に、返したのはたった一言だけ。【うん】多忙を極める中、ようやく時間を見つけてメッセージを送った海斗。そして、既読がついてからしばらく経って返ってきたのは、このフレーズとも言えない一言だけ。その瞬間、海斗は思わず息をのんだ。【これってどういう意味なだ?】恋愛における軍師である瑶子に、海斗はメッセージを送る。すぐに瑶子から返信が来た。【あなたにもこんな日が来たのね】そのメッセージを見ただけで、瑶子が笑っている様子が浮かび、海斗は思わず黙り込む。【自分が昔、どれだけ相手を振り回して、何を考えてるのか分からない男だったか、これでようやく分かってくれたかしら?因果応報ってやつだと思わない?】やはり、海斗はそのまま何も返さない。【ま、いいわ。からかうのはこのくらいにしてあげる。今日は何時に飛行機が着くの?こっちに戻ってくる?それともあっち?】海斗が返信をするよりも早く、瑶子からはこう送られてきた。【あっちに行くのね。分かったわ】海斗は一言も返事をしていないのに。さらに、瑶子のメッセージは続く。【それにしても、凛さんが返事をくれてよかったわね。それだけで十分だと思うわ。だって、あの子、一度結婚してるでしょう?だから、まったく同じじゃなくても、『今夜戻る』なんて言葉、きっとあの人にも言われたことがあるはずよ。それでも、散々迷った末に『うん』って返してくれたんだから、完全に拒絶されてるわけじゃないってことじゃない?まあ、頑張りなさい。今年のお正月は、お嫁さんを連れて、おじいちゃんとおばあちゃんに新年の挨拶へ行けたらいいわね】海斗は、小さくため息をついた……本当に、うちの母親には敵わない。もう、考えるのはやめにしよう。海斗も同じように、【うん】と返した。凛はその返事をじっと見てから、質問をする。【何時の便?】【夜10時10分に国際空港到着予定】その時間を見て、凛は思った。ずいぶん遅い時間だ。それに、機内食だって美味しくないだろう。とはいえ、ファーストクラスなら、それなりの食事は出るのかもしれない。南山ヒルズに戻った凛は、美穂子に聞いてみた。「ファーストクラスの機内食ってどんな感じなんですか?」「凛さん、どこかへ行かれるんですか?」美穂子は、凛がどこかへ出かけるのかと思った。凛は首を横に振る。
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第417話

6時20分、凛はG県の番号にショートメッセージを送った。【南山ヒルズの入り口にいる】南山ヒルズの前まで車を走らせてきた智也は、海斗のマイバッハが停まっていることに気がつく。おそらく、凛はあの車の中にいるのだろう。智也は表情を曇らせたまま車を降り、マイバッハの助手席の窓をノックした。前後の窓が同時に下がる。中には凛だけでなく、海斗の部下や秘書も同乗していた。海斗本人が今A市にはいないというのに、その側近たちがまるで影のように凛のそばを離れない。「凛。お前のために車を用意したんだ。免許さえ取れば、自分の車で移動できる。他人の車に乗せてもらう必要なんてないだろ?」それはいかにも凛を気遣っているような口ぶりだった。理央がわざとらしく驚いてみせる。「まあ、谷口社長!凛さんは、竹内グループの大切な取引相手ですので、送迎くらい当然ですよ。うちの社長はそんな器の小さい人ではありませんので」遠回しに智也のことを「器が小さい」と言っている。智也にもそれが分かった。理央は笑顔のまま続ける。「それに、凛さんはお忙しいんです。免許を取りに行く時間なんてありません。それに、凛さんが運転手を必要とするなら、ひと言声をかけるだけで、立候補する人が列を作りますよ」その先頭に立つのは、間違いなく自分たちの社長だろう。「谷口社長、昔から思っていましたが、価値観が少し古いんじゃありませんか?」にっこりと微笑みながら放たれる言葉は、どれも容赦がない。「ITの世界で働くなら、時代に合わせて考え方を変えたほうがいいですよ」秘書一人にやり込められた智也は、何も言い返せなかった。海斗の周りには、本当に手強い人間しかいない。「凛、俺の車に乗れ」智也が車のドアを開けようと手を伸ばしたが、ドアは拓海によってロックされていた。「谷口社長、その車では凛さんを送迎するのに少々あれかと。なにせ、凛さんは竹内グループの大切な取引相手ですからね」拓海が穏やかな笑みを向けたまま言う。「私どもが責任を持って、送迎させていただきますので」「そうですね」理央も深く頷き、徹底して嫌味を添えた。「費用をホシゾラ・テクノロジーさんに請求することもありませんので、ご心配なく。うちの社長、お金には困っていませんし、必要なところにはちゃんと使う方ですから」見る見るうちに険しくな
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第418話

理央も自分がいるから安心して、と凛に伝える。航空券やホテルの手配はもう慣れっこだった。凛は携帯を置いた。目的地には夜7時10分に着いた。ホテルのエントランスでは、智也がすでに凛を待っている。スノウ・セミコンダクターは外資系企業だ。こういった会社とは、立食形式のカクテルパーティーで軽く会話を交わすのが中心になる。だから今夜も、そこまで肩肘張らない食事会だった。車から降りた凛を見て、智也はふと目を留める。今日の彼女は、いつものようにラフな装いだった。アイボリーのショート丈ボアジャケットに、ハイウエストの濃紺デニム。スタイルの良い凛だからこそ映える着こなしではある。だが、今夜のようなパーティーには少しカジュアルすぎた。智也はかすかに顔を曇らせたが、結局何も言わなかった。来てくれただけで、もう十分だ。拓海は車を駐車場へ回し、理央はそのまま凛の隣につく。それを見た智也が顔をしかめた。「彼女も一緒に来るのか?」理央はにっこり笑う。「凛さんの秘書ですから」智也は無言で理央を見つめた。絶対違うだろ。理央もその視線の意味を理解したように微笑み返す。ええ、確かに凛さんの秘書ではありませんけど?でも、私が誰だか人に言えますか?私が竹内社長の秘書だと言ったら?じゃあ、なぜ凛さんが、竹内社長の秘書を連れているのでしょうか?その説明、あなたにはできますか?谷口社長?智也にそんなことができるはずがない。理央を連れて行くことを阻止したいが、凛はすでに理央を連れてエレベーターに乗り込んでいる。「行かないなら、もう帰るよ」智也は大股でエレベーターに乗り込んだ。エレベーターが目的の階へ向かって上昇する中、智也が口を開く。「俺たちは夫婦なんだから、お前は俺と腕を組むべきだろ?」凛は返した。「そんなの一度だってしたことないんだから、今だってしないよ。普通にしてくれる?」エレベーターが到着した。凛が先に歩き出し、智也が後に続く。受付スタッフが声をかけようとした、その時だった。グラスを片手に談笑していたソーレンが智也に気づき、歩み寄ってきた。「谷口社長!」挨拶を交わした後、ソーレンの視線はすぐに凛と理央に移り、智也に問いかける。「失礼ですが、谷口社長の奥様は……?あのマイクロチップを開発されているという凛さんなんです
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第419話

「ご自身の立場をわきまえてください」智也は怒りを露わにする。「誰にそんな口の利き方を教わったんですか?」「もちろん竹内社長ですよ」理央はまったく怯まない。大企業の経営者など、海斗の隣で嫌というほど見てきた。この程度の威圧でひるむようなら、とっくに秘書などやめているだろう。それに、社長は自分たちが何を言おうと最後まで責任を取ってくれる。大きな木の下は、本当に居心地がいい。「竹内社長からは、いつも言われているんです。私たち秘書や森田さんは、社長の看板を背負っているんだから、発言には責任を持てって。だから、確かなことしか口にしませんし、根拠のないことを人に言ったりもしません」理央は目を細め、にこにこと笑う。今夜、自分の言ったことに嘘があったというのか?根拠のないことなんて、何一つ言っていない。「信じられないなら、竹内社長に直接お聞きになってくださいね」智也は海斗の秘書にすら勝てなかったのだ。その上司である海斗に口で勝てるはずもない。このように、上司から部下まで、相手の急所を突くことをためらわず、情けも容赦もない人間たちを智也は彼ら以外に知らなかった。普通、この業界では誰もが角を立てず、愛想よく立ち回る。今日の取引がなくても、次の商談があるかもしれない。「和をもって財を成す」それが商売の世界だった。だが海斗の周りにいる人間は違う。相手に対して、一切の容赦がない。竹内グループほどの影響力がなければ、とっくに四方八方から恨みを買っていただろう。智也は何も言わず、その場を立ち去った。理央は【暴走する社長を支える会】というグループラインにメッセージを送った。【竹内社長のそばにいすぎて、最近は『癒やし系』なんて言われなくなっちゃったみたい。今じゃ、毒入りケーキみたいに、笑顔で毒を盛るタイプかも。今さっき、谷口社長を言い負かしてやったんだから】拓海は興味深そうに返信する。【何て言ったんだ?】理央が得意げに返した。【凛さんを曇らせていたのは、谷口社長本人だって言ってやった】【真実はいつも残酷だからな】ラインの着信音を聞いてその画面を確認した凛は、思わず吹き出しそうになった。凛は理央をメンションする。【後でケーキ買ってあげるね。それも、クリームたっぷりで、甘いやつ】【うんうん!いや、待っ
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第420話

あの日、その光景に智也は嫉妬した。今思い出しても、余計に腹が立つ。智也は即座に応じると、凛へ手を差し伸べた。だが、凛が身を引くより早く、理央がするりと二人の間へ割って入った。「凛さんはダンスが得意ではないんです。申し訳ありません」この言葉を真に受けたのはソーレンだけだった。彼は残念そうな顔を見せてから、智也に微笑みかける。「谷口社長、こういう機会でなくても構いません。普段から少しずつ教えて差し上げたらいかがですか?ご夫婦で踊る時間というのも、とても素敵なものですよ」智也はその言葉に乗るように、もう一度凛へ手を差し出した。「今から教えるよ」「汚い」誤解の余地がないように、凛は静かに主語を付け加える。「あなたが汚い」柚葉と関係を持った時点で、もう十分に汚れている。しかも、柚葉は宏明とも関係を持っているため、おそらく感染しているだろう。そんな柚葉とあろうことか関係をもった智也は、なおさら汚かった。スノウ・セミコンダクターのこの国の責任者であり、数ヶ国語に精通するソーレンは、凛が言った「あなたが汚い」という言葉を完全に理解している。ソーレンの動きが一瞬止まった。青い瞳が、凛と智也の間を行き来した。理央は慌てる様子もなく、ソーレンに対してフォローを入れる。「ソーレンさん、申し訳ございません。凛さんと谷口社長のちょっとした夫婦げんかみたいなものです。でも、ご心配なく。凛さんがああやって言ったのも、愛情の裏返しですから」ソーレンが納得したように何度も頷いた。「なるほど、そういうことでしたか」理央はにっこり笑った。「ええ、夫婦にはよくあることです」どうにかその場は収まった。もっとも智也だけは分かっている。凛が自分を「汚い」と言ったのは愛情の裏返しなどではなく、純粋な嫌悪感そのものだと。ソーレンは気を取り直して、理央にダンスの誘いを申し入れた。しかし、理央は丁寧にそれを辞退した。今、凛さんのそばを離れるわけにはいかない。自分が目を離した隙に、谷口社長に何をされるか分かったものではないのだから。凛も口を開いた。「申し訳ありません、ソーレンさん。少し疲れてしまったので、先に失礼してもよろしいでしょうか?」「もちろん構いませんよ!」凛は携帯を取り出す。「ソーレンさん、連絡先を交換していただけませんか
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