しかも事情を知る者の多くは、英樹の孫娘である柚葉が私怨から凛を狙ったと考えていた。だから、研究者としての凛を狙った事件とは言い難いのだ。公安調査庁が重要研究者を守るのは、その人物が担う国家的な研究や立場を守るためであって、個人的な揉め事すべてを扱うためではない。それでも、凛は自分の立場を使うことを選んだ。今回の襲撃が研究者としての自分に対する報復だった可能性がある。そう正式に申し立てれば、「可能性」である以上、公安調査庁も無視はできない。そして研究所の新しい責任者が今の地位に就けたのは、英樹の失脚があったからでもあるし、その失脚には凛の存在が深く関わっていた。だから、責任者はすぐに了承し、その場で証明書の発行と公安調査庁への正式な連絡手続きを進めた。念のため、凛自身もオンラインで申請を出す。公安調査庁まで調査に加われば、今度こそ柚葉の犯行を裏付ける証拠が見つかる可能性は高いし、柚葉に罪名がつくだろう。海斗が負った傷を、なかったことにはしたくない。海斗が外で待っていることを思い出し、凛はオンライン申請を手早く済ませて研究所を出た。道路脇にはカリナンが停まっていた。海斗は車の横に立っている。冷たい風が、髪と頬を撫でていた。凛は急いで駆け寄った。「車の中で待っててって言ったのに」「知り合いを見かけたから、挨拶しようと思って」海斗が言う知り合いとは、彰菜だった。実際には、海斗が車内にいたところで外からはほとんど見えないため、わざわざ降りて挨拶する必要もなかった。しかし、彰菜は神谷家の人間だ。しかも、彰菜は研究所から出てきた。数分前、凛は「B市から来た人に呼ばれた」と言って中へ入っている。彰菜もB市から来たばかりだ。海斗が車を降りたところで、彰菜はすでに慌ただしく車へ乗り込み、そのまま走り去ってしまった。海斗のすぐそばを通ったのに気づきもしない。眉を寄せたまま、明らかに上の空だった。海斗は凛に尋ねた。「誰に会ったんだ?ずいぶん早かったけど」凛は自分のマフラーを外し、そのまま海斗の首に巻いた。「乗ってから話すよ」首元に暖かさが広がるのと同時に、凛の纏う淡いオーガニック系の香りが海斗を包んだ。凛はシートベルトを締めると、さっきの問いに答えた。「会ってたのは、美雪さんたちのお母さんの彰菜さんだっ
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