All Chapters of 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚: Chapter 781 - Chapter 790

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第781話

子供の言葉は、余計な思惑がないぶん真っすぐで、ときに大人の胸を容赦なく突く。凛は立ち上がると、優愛の柔らかな手を引いたまま真佑に尋ねた。「どうしてそんなに急いで帰るんですか?」真佑は少し意外そうな顔をしたが、すぐに納得した。凛は戻ってきたばかりなのだから、神谷家の事情を知らなくても当然だ。「神谷家は立場上、大人数を集めた宴会を自由に開けないんです。だから午前中は身内だけの食事会で、午後からが凛さんのお披露目を兼ねた宴になります。人数が多すぎると余計な憶測を呼ぶので、本家の親族は午前の集まりが終わったら順番に帰ることになっていて、午後の招待客も人数まで厳しく決められているんです。午後はもう少し気楽でいいと思いますよ。若い人も増えますから」これほどの顔ぶれが集まる機会は滅多にない。招待された政財界の有力者たちにしてみれば、子供を連れてきて人脈を広げる絶好の機会でもあるのだろう。「教えてくれて、ありがとうございます」「いえいえ」真佑は笑い、優愛に「凛さんにバイバイして」と促してから、それから少し迷った末、凛を見て言う。「凛さん。こんなことを言うのは失礼かもしれませんけど……神谷家で育たなくて、よかったのかもしれません」それだけ告げると、真佑は優愛を連れて去っていった。母娘の後ろ姿を見送りながら、凛の頭には優愛の言葉と、今の真佑の言葉が交互に浮かんでいた。やがて、ふいに隣の男を呼ぶ。「海斗」「ん?」「私が神谷家に戻ったことって……別の意味もあるのかもしれない」伝わってほしいというふうに、凛は海斗を見つめた。凛が目を向けると、海斗にはそれだけで伝わったらしい。「あるだろうな。今日だって凛が来たことで、神谷家の女たちは今までと違う生き方があるって知った。それに、ずっと守られてきたこの家の古い秩序にも、凛が風穴を開けたんだ」高い場所に立つ女性には、それだけの力がある。姿が見えるからこそ、誰かに影響を与えられるのだ。「凛」海斗はまっすぐ彼女を見た。「君が先頭に立つのは、これが初めてじゃないだろ。凛が望むなら、俺はいつでも付き合う。こんな古い序列、ひっくり返して新しく作り直せばいい」一瞬、凛の呼吸が止まった。その言葉が、胸の奥よりさらに深いところへ届いた気がした。凛は海斗を見つめ、ふっと笑う。海斗も目元を
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第782話

神谷家は大きな一族ではあるが、身内の話がいつまでも秘密にできるほど遠い関係でもない。凛の件も長年伏せられていたとはいえ、今朝、晁生が凛に言ったことはすでに親族の間に広まっていた。当時はまだ美雪がおらず、皆は子供が美雪に懐いているだけの、無邪気な一言だと思っていた。子供の言うことだ。深い意味などない、と。だが、晁生の口から出た「昨日、美雪さんがお菓子を買ってくれた」という一言で、周囲の空気が微妙に変わった。ここまで残っているのは、空気の読めない人間ではない。晁生の母親である神谷沙友里(かみや さゆり)は、今すぐ息子の口を縫いつけたいくらいだった。だから今度は、朝よりずっと長くその口を塞いでいる。晁生には、どうして凛が来てから母親が何度も自分の口を塞ぐのか分からなかった。この家では、みんな自分を可愛がってくれるのに。やっぱり美雪さんの言ったとおりだ。新しいおばちゃんが帰ってきたら、好きなことを言えなくなる。どうして好きなことをしゃべっちゃいけないの?凛さんなんて嫌いだ!晁生の父親である神谷俊喜(かみや としき)はみるみる険しい顔になり、妻へ冷たい視線を向けた。沙友里は申し訳なさそうに目を伏せると、とりあえず息子を連れてその場を離れようとする。それでも晁生は、口を押さえられながら必死に声を上げた。「海斗さんにお菓子をもらわなきゃ!美雪さんに伝言すれば、僕にお菓子を買ってくれるって言ったもん!」「もう、お菓子お菓子って!虫歯になっても知らないからね!」沙友里もさすがに腹を立て、晁生の手を引く力を強めた。俊喜は彰菜と利明に軽く会釈すると、その場を離れていった。残ったのは、彰菜と利明、美雪の三人だけ。美雪は何事もなかったかのように溜息をつく。「こんなことになるなら、昨日お菓子なんてあげなければよかった。まさか、それだけで変に勘ぐられるなんて」利明もすぐに口を挟んだ。「海斗は、誰も彼も凛さんを傷つけようとしてると思いすぎなんだよ。そもそも、神谷家で彼女みたいにこれだけ大々的に迎えられた人間が今までいたか?一人もいない。こんな特別扱い、凛さんが初めてだろ」「それは凛さん自身にそれだけの実績があるからでしょ。もういいよ、お兄ちゃん。これ以上言ったら、また揉めるから」いつもなら何かしら反応する彰菜が、今回は黙ったままだった。そ
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第783話

彰菜は息子を見つめているうちに、ふいに目を潤ませた。そのまま利明の腕を両手でつかみ、切羽詰まったように言う。「利明、もう勝手なことはしないで。お願いだから、お父さんとお母さんの言うことを聞いて、神谷家の決めた道を進むの。早紀さんともきちんと付き合って、早く選考を受けなきゃ駄目。いい、分かった?あなたはお母さんの誇りなんだから」利明にとっては、もう耳にたこができるほど聞かされてきた話だった。それでも彰菜は、腕をつかむ手にさらに力を込める。「約束して。ちゃんと約束してくれたら、今度は私がお父さんを説得するから。B市へ柚葉さんに面会に行くのも許してもらえるようにする。だから、ね?」利明は深いため息をつき、目を伏せた。「わかったよ」その返事を聞いて、彰菜はようやく手を離した。立ち上がると美雪にも目をやり、また息子に念を押す。「美雪のこともちゃんと見ていて。この子は身体が弱いんだから、あまり刺激しないように。守ってあげて、ちゃんと守って……いや、やっぱり美雪も私と一緒に帰ろう」「お母さん、大丈夫だから。私のことは心配しないで」美雪は笑ってみせた。「私までいなかったら、本当にいろいろ言われちゃうでしょ?お母さんは帰って休んで」二人が彰菜を支えて外へ向かおうとしたところで、親族を見送っていた茂と秀明夫婦が戻ってきた。その後ろには凛と海斗もいる。彰菜の顔色が悪いことに気づき、茂が心配そうに尋ねた。「具合でも悪いのか?」彰菜は頷いた。目は夫だけを見ている。それなのに、すぐ近くから強い視線を向けられているのを感じて、全身が落ち着かなかった。美雪が三人に声をかける。彰菜は視線をさまよわせながら、帰って休みたいと告げた。妻を心配した茂は、それ以上引き止めることなく、すぐに車を用意させる。彰菜が凛のそばを通り過ぎようとしたそのとき、一瞬だけ彼女の足が止まる。すると海斗はさりげなく凛の身体を引き寄せ、そのまま自分と立ち位置を入れ替えた。凛と彰菜の間に、海斗の大きな背中が入る。彰菜が立ち去った後、秀明の妻である神谷和江(かみや かずえ)が凛に話しかけた。「凛ちゃん、午前中はずっと慌ただしかったでしょうから、まだ屋敷の中もゆっくり見ていないんじゃない?よかったら私が案内するわ」本来なら、母親である彰菜が案内するところなのだろう。だが体調を
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第784話

「私、戻ってきたばかりで何も知らないんですけど……彰菜さんは、どうしていつも薬を飲んでいるんですか?」凛は彰菜を母とは呼ばなかった。今の彼女にとっては、名前で呼ぶだけでも十分に礼を尽くしているつもりだった。和江は小さくため息をついた。「今日の午後、彰菜さんがいないことは責めないであげてね。わざとじゃないの。あなたを産んだあと、しばらく心身ともにひどく不安定になってしまって……あのころは何人ものお医者様に診てもらって、薬もずいぶん飲んでいたわ。落ち着くまで2、3年はかかったと思う。親にもいろいろあるものだから、少しだけ分かってあげて」「ということは、私が生まれるまでは心身ともに健康だったんですね」凛はあくまで何気ない口調で続けた。「私を産んでから不安定になった、と」和江はそこで、自分が余計なことを口にしたと気づいたらしい。一度は何か言いかけて口を閉ざし、少ししてから取り繕うように答えた。「たぶん……当時、茂さんが赴任していた土地の環境が合わなかったのよ。彰菜さんも、大事に育てられた人だったから」凛が本当に聞きたかったのは、別のことだった――生まれた子供が女の子だったから、心を病んでしまったのか?だが、さすがにそこまで露骨には聞けない。「今日見ていて気づいたんですけど、私たちの世代って、女性は真佑さんと私だけなんですね。その下の世代には何人かいるみたいですけど」「今はみんな、娘が生まれるのを喜ぶようになったからね。昔とは違うわ」凛は、その「喜ぶようになった」という言い方を聞き逃さなかった。彼女の声にはかすかなやるせなさが混じっている。それはまるで、古い時代を知る人間が、ようやく変わり始めた今を振り返っているような響きだった。それから和江は昔の話をやめ、屋敷の案内に徹した。ここには以前誰が住んでいた、この部屋を使っていた人は結婚を機に家を出た……そんな話を聞きながら凛が廊下を進んでいたとき、和江の視線が突き当たりの一室で止まった。「これで全部ね」凛も和江の視線を追った。その部屋だけ、扉には古びた鍵がかけられていて、鍵には埃が積もり、もう何年も誰も触れていないように見える。周囲の部屋はきれいに改装され、隅々まで手入れされているだけに、そこだけが時間から取り残されたようだった。「あの部屋は?」「昔、物置に使っていたところよ」
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第785話

そのころ、凛の携帯に千晴から立て続けにメッセージが届いた。【いま神谷家にいるんですよね?私たちも、もうすぐ着きます。さっき陸と望月さんを見かけたんですけど、望月家って招待されてないですよね?あの二人、いつの間にあんなに仲良くなったんですかね。同伴の女性連れならまだしも、男同士なんて】凛は最後の一文に引っかかった。【男同士?】【ちょっと言ってみただけです。二人とも普通に女が好きなんで】【私、神谷家の本家にいるから、着いたらそのまま来てください】【分かりました】凛は携帯をしまい、隣の海斗を見る。「千晴さんたちがもうすぐ着くって。日和さんは?」「たぶん、ほかの招待客もそろそろ着くころだ」庭のあちこちには、景色のいい場所を選んでテーブルが置かれ、軽食や飲み物が用意されていた。凛と海斗は東屋に並んで座り、門のほうを眺める。すでに招待客が次々と到着し始めていた。「また人の顔と名前、覚えないと」凛がぼやいた途端、海斗が懐から小さな箱を取り出した。それは喉飴だった。包みを開け、そのまま凛の唇へ差し出す。凛も慣れた様子で口を開き、飴を受け取った。ふと視線を上げると、千晴の言ったとおり、陸の隣に正人がいた。招待客でもない正人がどうやって入り込んだのかは分からないが、本人はしきりに辺りを見回して誰かを探している。陸がそんな正人の腕を引いて止めると、ようやく大人しくなった。その直後、正人の視線が東屋をかすめ――勢いよく戻ってくる。「あそこに座ってるの、凛さんか?」「お前のほうが昔から知ってるだろ。お前に分からないのに、俺に分かるわけない」そう言いながら陸も視線を向けた。凛とはそれほど親しくないが、隣にいる男なら見間違えようがなかった。「竹内社長が隣にいる。じゃあ凛さんだろ」それでも、正人はまだ信じられないようだった。以前、会食の席で一度だけ見かけたときも、凛には落ち着いた華やかさがあった。だが今は、それとも違い、佇まいそのものが洗練され、正人の記憶にある彼女とはまるで別人に見えたのだ。「本当に本人か?」「竹内社長がもう凛さんの目印みたいになってるんだから、間違えようがないだろ」陸は、智也の妻だったころの凛を知らない。そのぶん正人のような先入観もなく、あっさり断言した。「絶対、凛さん」正人はすぐに携帯を取り出し、
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第786話

凛はそんな彼を見据えたまま、さらに問いかける。「自分が本当の妹を散々傷つけてきた人間だって、認めたくないのでしょうか?それとも、自分のお母さんが、私を見るたび後ろめたさに耐えられなくなって、薬に頼ってることですか?もしくは、ずっと妹だと思ってきた美雪さんが、本当は血のつながらない妹だったことですかね?」利明は言葉を失った。「でも、あなたが認めたくないことは全部、現実です。自分が受け止めきれないからって、被害を受けた側にぶつけないでください」凛は目の前にいる兄を見つめた。血を分けた兄が、こんな人間だったことがただ悲しい。「被害者のほうにも非があるって言いたいんですか?神谷弁護士」あえて弁護士としての呼び方をした。人の権利を守るはずの弁護士が、被害を受けた側に責任を押しつけようとしている。これほど皮肉なこともないだろう。さらに皮肉なのは、利明自身が法律事務所の共同経営者から一弁護士へ降格し、最後には事務所を去ることになったばかりだということだった。もちろん、凛はそんな事情を知らない。知らないまま、最も痛いところを正確に踏み抜いたため、利明は怒りで頭に血が上った。「君みたいなやつが僕の妹だなんて!」「私も同じことを思ってますよ。どうしてこんな人が兄なんだろうって」凛の声はどこまでも冷静だった。体格では利明のほうがずっと上だというのに、向かい合えば凛のほうがよほど落ち着いていて、気迫でも一歩も引いていない。海斗はもともと口を挟むつもりだった。だが、凛が自分の言葉で真正面から利明を切り返すのを見て、口元をわずかに上げる。自分のために戦える女性は、やはり魅力的だ。そのやり取りを聞きながら東屋へ近づいていた陸は、驚きと戸惑いを隠せなかった。目の前で凛に冷たい言葉を浴びせている男が、本当に長年付き合ってきた利明なのか?神谷家では、このところ一体何があったのだろう。少し連絡を取らなかっただけなのに、今の利明は、何に触れても棘を立てるほど追い詰められているように見えた。「利明、お前どうしたんだよ?」陸は歩み寄ると、利明の腕を引いて眉をひそめた。「何があった?いくらなんでも、今の言い方はないだろ」利明はそこで陸に気づき、その隣に正人までいることに気づいた。部外者に見られていると思った途端、昂っていた感情が少しずつ冷めていく。
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第787話

正人はそこで言葉を切った。これ以上続ければ、さすがに美雪を名指しで責めているように聞こえるため、それはそれで角が立つ。凛は利明の手に渡った書類を見て、何となく察した。どうやら柚葉の過去は、もう関係者の間で資料が出回るほど掘り返されているらしい。しかし、凛は少し戸惑っていた。なぜ正人が自分に肩入れしてくれるのか、それが分からない。どうして?丸められた書類を受け取った利明は、眉をひそめた。「望月さん、どういう意味ですか?谷口さんが僕に何を渡そうとしてたって?それを美雪に預けた?」「何の資料かは、自分で見れば分かりますよ。全部、裏の取れてる話ですから」正人はさらりと言ってから、少し皮肉っぽく笑う。「智也がずっと忘れられなかった女と、神谷さんがそこまで庇ってる女のその正体。たった一人の女に、二人揃っていいように騙されてる。一人は何もかも失いかけて、もう一人は実の家族とまで揉めてるんだから、大したもんですよね」「望月」陸が目で制した。もう十分だ。書類は渡したのだから、これ以上わざわざ煽る必要はない。正人もここへ連れてきてくれた陸には感謝している。それに最近付き合ってみて、陸は案外気の合う相手だと分かってきた。仲間には義理堅い性格だけに、ここは素直に口を閉じる。一方、利明は手の中の書類が何なのか、すでに薄々察しているようだった。眉間の皺を深くしながらも、なかなか開こうとはしない。「谷口さんが寄越すものなんて、ろくなもんなわけないじゃないですか」「それは誰の立場で見るかによりますね。柚葉さんにとっては最悪でしょうけど、目を覚ましたい人間にはむしろありがたい資料ですよ」正人は顎をわずかに上げた。「智也がいつこれをあなたへ渡そうとしたか知ってます?柚葉さんが自分で薬を飲んで流産したうえ、それを智也のせいにしたって分かったときなんですよ」「そんなはずはありません」利明は即座に否定した。「柚葉の子供は、谷口さんのせいで駄目になったんですから」正人は周囲を見回し、ほら見たことかという顔をする。「ね?やっぱり何も知らされてない。だからさっきみたいな、聞いてるこっちまで腹が立つことを言うんですよ」それから改めて利明を見る。「あの女は先に流産させる薬を飲んで、それから智也の前でわざと事故が起きるよう仕向けたんです……まあ、今の神
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第788話

もし凛が戻ってこなければ、美雪はこれまでどおりB市の社交界で生きていけた。だが凛が戻った以上、美雪にはこれから先ずっと、「本物の娘の居場所を28年間奪っていた」という見えない烙印がついて回る。利明は柚葉を守ることはもうできない。ならせめて、美雪だけは守りたかった。そんな思いがあるからこそ、本当の妹である凛にきつく当たり、戻ってきたことさえ素直に歓迎できないのだろう。けれど、本当はそんなことが許されるはずもない。本当の妹は、家族も知らずに28年間を生きてきたのだ。どれほど美雪を大切に思っていようと、そのために凛をないがしろにし、冷たい言葉で傷つけていい理由にはならないのだ。利明がようやく書類を開こうとしたところへ、美雪がやってきた。東屋の空気がおかしいことにはすぐ気づいたようだが、事情までは分からなかったので、いつもと変わらない笑みを浮かべて声をかける。「お兄ちゃん、将希お爺様に凛さんを呼んでくるよう言われたんでしょ?まだここにいたの?」「凛さん、皆さんはもういらっしゃっていますよ。日和ちゃんと千晴さんも凛さんのことを探していました」と、美雪は外行きの上品な笑みを浮かべた。凛は利明の手元から目を離した。どうやら、彼が柚葉の正体を知ったときの顔までは見られそうにない。「今行きます」そう言うと、凛は海斗の手を取り、その場を離れた。美雪は二人の重なった手に目を落としたものの、すぐに薄く笑い、残った面々にも声をかけた。「皆さんも行きませんか?もうお客様も揃ってますし、私たちだけここに残っているのもよくないでしょう?」正人はそんな美雪をじっと見た。この場の異様な空気に気づいていながら、まるで何も知らないように振る舞っている。それも不自然さを感じさせないほど堂に入っていて、少し話したくらいでは善人なのか腹に一物あるのか、まるで見えてこない。「行きますよ。わざわざありがとうございます、美雪さん」正人はにこやかに答え、ついでのように付け加えた。「そうだ。前に智也から預かった資料、神谷さんに渡すのを忘れてたみたいですね。でも、さっき俺から渡しておきましたので、もう大丈夫ですよ」それだけ言うと、正人はさっさとその場を去って行く。美雪はその場に立ち尽くした。一瞬にして、全身から血の気が引いていく。陸も複雑な顔で美雪を見た。「美雪ちゃん、柚
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第789話

今日の主役は、あくまで神谷家へ戻ってきた凛で、凛と海斗の婚約披露ではないため、大勢の招待客が見えるところまで来ると、二人は自然に手を離した。「お兄ちゃん!凛さん!」真っ先に気づいた日和が、ぱっと笑顔になって駆け寄ってくる。ところが陸と正人まで一緒にいるのを見ると、すぐに「どういう組み合わせ?」と言いたげな顔になった。陸は邪魔をする気もなく、正人を連れてその場を離れる。「凛さん、竹内社長」今度は千晴がやってきた。その隣には、目を輝かせた悠真もいる。ホシゾラテクノロジーを任されてからというもの、悠真は目が回るほど忙しい日々を送っていた。週の半分近くを会社で過ごすことさえあり、憧れの凛に連絡する暇もほとんどない。たまに時間ができてメッセージを送っても、返事がないか、来ても一言だけ。さすがの悠真も、そこまで露骨なら脈がないことくらい分かるため、迷惑をかけていると気づいてからは大人しくなり、ときどき凛のSNSを覗く程度に留めていた。もっとも、凛はプライベートをほとんど発信しないので、結局は姉の千晴から話を聞くことが多い。だから当然、海斗とのことも耳に入っている。もう少し自分が大人だったら、出会う時期が違っていたら……そんなことを考える日もあった。それでも、遠くから見ていられるならそれでいい。そう自分に言い聞かせた悠真は、相変わらず嬉しさを隠しきれない顔で声をかけた。「凛さん、竹内社長」凛も挨拶をした。「千晴さん、悠真さん。こんにちは」そう呼ばれた途端、悠真は目に見えて顔を赤くする。「あのさ……姉ちゃんの友達なんだよね?だったら、呼び捨てで呼んでほしいなぁ……なんて」その様子を見た千晴は、思わず笑ってしまった。うちの弟、相変わらず分かりやすい。しかし、海斗の視線がすっと悠真へ向く。「姉の友達なら、自分の姉と同じくらいの敬意を持って接するものじゃないのか?」悠真は海斗を怖がってはいるが、若さゆえの怖いもの知らずも、まだ少し残っていた。「竹内社長、自分にもう少し自信を持ったほうがいいですよ」口ではそう言いながら、心の中では別のことを考えている――まあ、自信がないならないでいいけど。いつかこっちにもチャンスが回ってくるかもしれないし。日和は余計な火種を感じ取ったのか、何も見ていないふりをして即座に話を変えた。「凛さん!中
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第790話

最初のうちは、茂が誰かに「娘の凛です」と自分を紹介するたび、凛はどこか落ち着かない気持ちになった。けれど何度も聞いているうちに、少しずつ耳に馴染んでいく。ときおり自分の父親である茂へ目を向けると、相変わらず穏やかで物腰も柔らかいのだが、いつもの落ち着きが少しだけ失われていて、隠しきれない高揚がにじんでいた。凛の胸にはいくつもの感情が入り混じっていたが、今はただ、紹介されるままに一人ずつ挨拶をしていく。やがて草壁家の番になると、靖が先に口を開いた。「海斗くんと日和ちゃんの叔父の草壁靖だ。うちの両親はもう高齢だから、今日は来ていないんだ。申し訳ないね」隣で茉莉も微笑む。「草壁茉莉です」海斗は少し離れたところから、余裕のある顔で凛を見ていた。凛も二人に挨拶を返した。すると、茉莉が小さな箱を取り出し、凛へ差し出す。「何が好きか分からなかったから、勝手に選んでしまったんだけど……蘭のブローチ。海斗くんと日和ちゃんに聞いたら、凛さんは落ち着いたものが好きだってことだから、青と灰色を基調にしたものを選んでみたの。気に入ってもらえたら嬉しいわ」自分の好みまで聞いて選んでくれた。それだけで胸が温かくなり、凛の声も自然と柔らかくなる。「ありがとうございます、茉莉さん」瑶子が驚いて言った。「あら茉莉さん、プレゼントまで用意してたの?」茉莉は瑶子の顔を見てくすくすと笑う。「そういうあなたは、何も用意してないみたいな言い方ね」瑶子も笑いながら答えた。「もちろん準備してあるわよ」瑶子も四角い箱を取り出し、凛へ差し出した。「昨日までのことは、もう昨日に置いてくればいいの。今まで苦労した分、これから先はまっすぐ前を向いて、穏やかに幸せに暮らしていってね」瑶子にこんなことを言われると、凛はどうしても涙腺が緩む。軽く身をかがめ、そのまま瑶子を抱きしめた。「ありがとうございます」瑶子は優しく背中を叩きながら、わざとらしくため息をつく。「私、親戚たちの前で特別な呼ばれ方で呼ばれてみたいわ」ただの「瑶子さん」ではなく、「お義母さん」とかね。だが、こればかりは、息子がまだ結婚までこぎつけていないのだから仕方がない。その言外の響きを汲み取った凛の顔が、少し熱くなる。瑶子は身体を離すと、箱を指した。「開けてみて。大きさは海斗に聞いたの。合
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