海斗は恵に、自分がB市の一等地に所有する広いマンションを凛の名義に書き換えるよう指示を出した。不動産を贈与すれば贈与税だけでも相当な額になるが、海斗にとっては気にするほどの金額ではない。【承知いたしました】と恵は返すと、他にも凛に名義変更すべき個人資産はないかと確認する。ほどなくして、海斗から返信が届いた。【全国の主要都市に、住居と車をひとつずつ用意して。凛の立場で高級車を乗り回すと余計な面倒を招くから、車は目立たないものにしてくれ。運転手をつけることも忘れるなよ】【承知しました】そのころ凛は、そんなことになっているとは夢にも思わず、荷物をまとめていた。そもそも「荷造り」と呼ぶほどのものでもない。それに、軽い潔癖症の凛が出張から戻ったスーツケースを何日も寝室に開きっぱなしにしておくはずがなく、とっくに片づけてあった。B市へ向かう当日、千晴から電話がかかってきた。「今どこにいます?B市ですか?それより、神谷家の人だったんですか?」後半は、隠しきれない驚きに満ちていた。「ええ、でもまだみんなに話す暇がなくて」「うそ……じゃあ美雪さんって神谷家の実の娘じゃなかったんですね。私、全然分かりませんでした。顔じゃなくて、性格の話なんですけどね」「性格?」「神谷家みたいに一族で政界に関わってきた家って、独特なんです。表向きは控えめで人当たりもいいし、話すことも遠回しで、棘がないように聞こえるのに、一言の中にいくつも意味を仕込んでくる。無駄なことは言わないって感じですかね。よく言えば政治家らしい話し方、悪く言えば、みんな腹の内を隠すのがうまいっていうか……美雪さんにはそういう雰囲気があるから、神谷家にすごく馴染んでました。だから逆に、凛さんがあの家に入るほうが心配で」凛の表情がわずかに和らいだ。美雪の話より、千晴が自分を心配してくれていることのほうが心に残る。「心配?」「人の手なんか借りず、崖っぷちでも風に耐えて咲いてきた百合を、いきなり排泄物を肥料にしているような、栄養豊富な畑に植え替えるようなものですから」凛は思わず笑った。「田舎じゃ排泄物を肥料にした畑の方が、農薬を使っていないから健康的って言うんですよ」「畑で育てるのは食べるための野菜じゃないですか!百合を同じようには扱いません」電話越しでも、千晴が不満
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