狼男は「ほどほどの愛し方」が分からない のすべてのチャプター: チャプター 31

31 チャプター

31

「……“ハチ”?」文芸書の棚へ移動し、司狼から手渡された本を見下ろして、美咲は小さく首を傾げた。著者欄に記されたその短い名前が、一瞬誰のものか分からなかったのだ。「そう。俺のペンネーム」あまりにもあっさりと告げられ、美咲は一拍遅れて「あ、ペンネーム」と頷いた。小説家なのだから本名で書いているとは限らない、そんな当たり前のことに気づかなかった自分に思わず苦笑が漏れる。ずっと『木崎司狼』で探していたことを思い出し、気恥ずかしくなった。司狼が差し出したのは二冊の本。「こっちの『透明な烙印』は、しいて言えば青春文学だな」「青春……」思わずその単語を繰り返してしまう。どうにも司狼と“青春”という言葉がうまく結びつかない。「……何で納得いかない顔をしているんだ? 俺にだって青春の一つや二つある」軽く眉をひそめる司狼に、美咲は慌てて首を振る。(女子を侍らせている青春なら想像つくかも)そんな失礼な想像が頭をよぎるが、口には出さない。代わりに本を開き、カバー袖に記されたあらすじへと視線を落とした。【普通だと思っていた少年が、ある日、自分が“異端”だと知らされる。その瞬間から世界の見え方が変わってしまう――そんな物語】「え……学園ハーレムじゃない」思わず漏れた感想に、司狼が呆れたように息をつく。「……このタイトルでそれを想像した美咲の感性を疑う」「だって……なんかこう、特殊能力に目覚めてモテる的な……」言い訳じみた言葉を濁しながら、美咲はもう一冊へと手を伸ばす。「それならこっちは……」『私という装置』と書かれた表紙は、どこか無機質で、先ほどの本とは違う空気をまとっていた。カバー袖をめくる。【名前が変われば私は変わるのか。容姿が変われば、同じ“私”と言えるのか。“個”の成り立ちを追いかけた】「……哲学?」戸惑うように呟くと、司狼は「そうかも」と曖昧に返す。「どうやったら、こういうのを思いつくんですか?」
last update最終更新日 : 2026-05-02
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