岡本蒼太の浮気相手の女性は、彼の会社の上司だった。役職も年齢も岡本蒼太より上で、仕事の延長線上にある関係だと説明されれば、表向きは納得できなくもない。実際、美咲も最初はそう思おうとした。岡本蒼太が「ただの業務連絡だよ」と軽く笑って言ったとき、その言葉を完全に信じたわけではないにせよ、否定する決定的な証拠もなかったからだ。(ただの業務連絡だと言っていたけれど、あれをただの業務連絡だと信じるほど私は馬鹿じゃないわ)胸の奥で燻る違和感は、時間が経つにつれて形を持ち始めていた。確かに業務連絡もあったのだろう。納期や会議、資料の確認。そういったやり取りは実在していた。だが、それだけでは説明のつかないやり取りが、確かに混じっていた。【いま何をしているの?】から始まるメッセージ。業務とは無関係な、相手の時間や私生活に踏み込むような言葉。その一文が画面に表示されるたびに、美咲の中で何かが静かに軋んだ。岡本蒼太は、そのやり取りを隠そうとはしなかった。隠す必要がないと、本気で思っているかのように。美咲と並んでソファに座っているときでも、スマートフォンが鳴れば、その場で画面を開き、ためらいもなく返信する。画面を伏せることも、席を外すこともない。むしろ、見せつけているのではないかと思えるほど自然な動作だった。(堂々と浮気してくれちゃって……思い出したらイライラしてきたわ)胸の奥に沈んでいた苛立ちが、時間差で浮かび上がる。美咲はそれを押し込めるように、ゆっくりと息を吸い込み、吐き出した。冷静でいようとするほど、かえって感情の輪郭がはっきりする。岡本蒼太は、美咲を裏切った男だ。その事実だけは、どれだけ時間が経っても揺らがない。彼に彼女とホテルに入ったのかと問い詰めたときも、岡本蒼太は一切の躊躇なく「そうだ」と認めた。その潔さは誠実さとは程遠く、ただの無神経さだった。言い訳も取り繕いもなく、事実だけを差し出されることが、こんなにも人を傷つけるのかと、そのとき初めて知った。信じられない思いと、裏切られた怒りが一気に込み上げた。言葉では足りないと感じた感情は、衝動的に身体へと変換され、美咲は拳を握りしめ、岡本蒼太を殴った。乾いた音が、室内に響いた。定期的にトレーニングしていると言っていた彼の体は、予想通り、びくともしなかった。手応えは薄く、こちらの拳のほうが痛
Terakhir Diperbarui : 2026-04-23 Baca selengkapnya