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129 チャプター

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** 暴走した啓太郎の欲望を受け止めた裕貴は、毛布に包まって深い眠りに陥っていた。  裕貴が苦しげな寝顔でもしていれば、啓太郎の心は痛んだかもしれないが、当人はいたって幸せそうな――決して自惚れではなく――寝顔をしている。 行為のあと、ぐったりしている裕貴を抱えてバスルームにつれていき、汚れた体を洗ってやった。おかげで、今は啓太郎のほうがぐったりしている。  湯を張ったバスタブに二人で浸かってゆっくりと体を温める、という甘い光景からはほど遠かった。とにかく裕貴が自分で動かないので、啓太郎が頭から湯をかけてやり、髪から体まで、全部洗ってやったのだ。上半身裸にスラックスという格好で。 裕貴一人をバスタブに放り込んだところで、啓太郎は力尽き、脱衣場に座り込んだ。そして憎たらしいことに、裕貴はバスタブの縁に腕をかけながら、笑ってこう言ったのだ。『あれだけ体力使ったら、そりゃヘロヘロにもなるよね』 生意気な奴だ、と思いながらも、裕貴の額にかかる髪を掻き上げる啓太郎の手つきは、これ以上なく優しい。  啓太郎の無茶をすべて受け止めてくれたのは、裕貴なのだ。 湯冷めして、また風邪を引かせてはまずいと思い、毛布に包まる体の上からそっと布団をかけてやる。  できることなら、朝までずっと一緒にいたいが、そういうわけにもいかなくなった。 ため息をついた啓太郎が立ち上がろうとしたとき、きゅっと指先を握られる。軽く驚きながら見ると、裕貴がわずかに目を開けていた。いかにも、眠くてたまらないといった感じだ。「裕貴……」 「どこ、行くの?」 囁くような声で問われ、啓太郎は腰を屈めて裕貴の耳元に顔を寄せる。「自分の部屋に戻る」 「ここに泊まれば、いいだろ」 「ここにか?」 思わず苦笑が洩れる。裕貴の部屋には横になれるようなソファはないし、そもそもどの部屋もフローリングなのだ。もちろん、引きこもり青年の部屋に予備の布団などない。  啓太郎が何を考えたのかわかったらしく、裕貴はモゾリと身じろいだ。「ちょっと狭いけど、一緒に寝ようよ」 こんなことを裕貴が言ってくれたのは初めてだった。隣に潜り込みたいのはやまやまだが、実は切実な問題があった。「やろうと思えばできるだろうが、そうもいかない」 啓太郎が優しく髪を撫でると、裕貴はまた目を閉じる。まるで、まどろむ猫だ
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**** 裕貴はこれ以上なく怒っていた。拗ねているという可愛げのあるものではなく、いまだかつて啓太郎は、こんなに凶悪な目つきをした裕貴を見たことはない。目を吊り上げているというより、完全に据わっている。 啓太郎は玄関で立ち尽くしながら、こいつは怒ると、熱くなるより冷たくなるタイプなのだと実感していた。『大晦日』である今日は、雪がちらつくほど寒いが、心なしか裕貴からも冷気が漂ってきている。 壁にもたれかかりながら腕を組んだ裕貴が、何しに来たと言わんばかりに、啓太郎を頭の先から爪先までじろじろと見た。「裕貴――」 「お久しぶり、羽岡さん。クリスマス・イブ以来だね」 やはりそこに怒っているのか――。 啓太郎は持っていたケーキの箱を裕貴に押し付けてから頭を下げる。「悪かったっ。言い訳のしようもない。クリスマス・イブの日は、本当にちょっと顔を出して、戻ってくるつもりだったんだ。だけど、次々にトラブルが起こって、その処理に追われているうちに、年を越す前に試験用のサーバープログラムを動かすことになったんだが、どうしてだか、クライアントのプログラムからハードウェア情報が送られてこなくてな。その時点でもう、クリスマスが終わりを迎えていた。あとはもう、単体試験の繰り返しだ」 「なんかよくわからないけど、メッセージの返事もくれなかったよね。というか、スマホも繋がらなかった。会社に電話したかったけど、それは非常識だし、そもそも啓太郎の会社の名前すら知らない」 「……スマホを部屋に忘れて出てきた。帰って確認したら、充電めっせへ切れだった……」 裕貴からさらに冷ややかな視線を向けられ、心身ともに切り刻まれるような錯覚を覚える。慌てて啓太郎は弁明した。「俺だって、お前のことが気になって仕方なかったんだぞっ。声だって聞きたいし、メッセージのやり取りだってしたくてたまらなかった。一か月の残業が軽く百時間超えるような過酷な労働に耐えられるようになったのも、お前とメッセージでバカみたいなやり取りをするようになってからなんだ。――本当はスホを取りに戻りたかったけど、メシを食いに出る余裕すらなかった」 「だったら、電話してくるとか考えなかったわけ?」 「お前に、部屋の鍵を預けて、スマホを持ってきてもらうのか?」 裕貴がぐっと唇を引き結ぶ。引きこもっている自分には難しいこ
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 アタッシェケースをテーブルの足元に置き、寛ぐためにコートとジャケットを脱ぐ。ネクタイを解いたところで、裕貴が思いがけないことを言った。「啓太郎、この部屋にパジャマと部屋着を置けば」 啓太郎が目を見開いて顔を上げると、裕貴はふいっと顔を反らす。「まあ、隣なんだから、無理にとは言わないけど……」 「ついでに、予備の布団も置こう。俺が泊まれない。年が明けたら買いに行くか」 このとき二人の間には、なんともいえない気恥ずかしさが漂った。考えてみれば、結ばれてから初めて、裕貴と顔を合わせたことになる。本当ならクリスマスにこそ、こんなふうに気恥ずかしいが、どこか甘い空気を堪能するはずだったのだ。「――年越しソバ、作るよ。一応、二人分の準備をしてあるんだ」 キッチンに立つ裕貴の後ろ姿を見つめる。ふと、啓太郎はあることに気づいた。  兄の博人がこの部屋に来てから、少なくとも啓太郎の前で裕貴は、あの大きめのカーディガンを羽織らなくなった。今も、Tシャツの上からフリースを羽織っている。そのことを指摘するのは野暮に思えて、啓太郎は何も言わなかった。** 大盛りの天ぷらソバを味わい、満足しながらお茶を啜っていると、先に食べ終えた裕貴は手早くキッチンを片付け、いそいそと隣の部屋のテレビをつけた。 にぎやかなバラエティー番組を簡単にチェックしてから、フローリングの上に座り込んだ裕貴が啓太郎に向かって手招きしてくる。何かと思いながら歩み寄ると、手を引かれて座らされた。  テレビの画面が、ちょうど新年に向けてのカウントダウンを始める。 去年の今頃は会社で仕事をしていたなと思うと、今のこの時間の充実ぶりに、啓太郎は心の中で感動すらしてしまう。 そして年が明け、テレビからにぎやかな歓声が聞こえてくると同時に、裕貴が正座して啓太郎に向かい頭を下げた。「明けましておめでとうございます。昨年はたくさんお世話をしました。とりあえず、今年こそよろしくお願いします」 「……こんなに恩着せがましい新年の挨拶を、俺はいままで聞いたことがないぞ」 「ほら、啓太郎も挨拶」 急かされ、啓太郎も正座をすると、裕貴に向かって頭を下げる。なんともくすぐったいやり取りだ。「明けましておめでとうございます。昨年はたくさんお世話になりました。今年もよろしくお願いします――じゃなく、世話を焼かせ
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 裕貴は見た目よりずっと大人で、啓太郎よりずっと痛みを知っている。それはきっと、何かを失う痛みだ。「ところで、お札は返すってことは、小銭はダメってことか?」 裕貴は勢いよく首にしがみついてきながら頷いた。「当たり前だろ。だって啓太郎、おれが作ったメシ食ってるじゃん。食費はきちんと入れてよね」 「まあ、嫌だという気はないんだけどな……。お前本当に、しっかりしてるよな」 「嫌いになった?」 急に裕貴に顔を覗き込まれ、啓太郎は顔をしかめる。「お前絶対、わかって聞いてるだろ」 「うん」 悪びれたふうもなく頷かれ、それ以上は何も言えない。言えないついでに唇を塞いでしまおうとしたが、突然、電話が鳴った。  いくら正月になったとはいえ、今は深夜だ。電話をかけてくるとなれば、よほど親しい人物に決まっている。 裕貴は複雑そうな表情となってため息をつくと、啓太郎から体を離した。「兄さんだ……」 ダイニングへと移動した裕貴が電話に出る姿を見守る。「――……もしもし」 裕貴がこちらを見て、小さく頷く。やはり博人らしい。だいたい、裕貴の部屋に電話をかけてくる相手など、啓太郎は博人しか知らない。「うん、明けましておめでとう」 裕貴の横顔は、嬉しいのか照れているのか、同じぐらい戸惑っているのか、よくわからない。もしかすると、それらの感情すべてが当てはまっているのかもしれない。「年越しソバなら食べたよ。でも、おせち料理は頼んでないし、作らないよ。だからといって、持ってこなくていいから」 どこかぎこちない裕貴の言葉を聞いていた啓太郎だが、あまり聞き耳を立てるのもどうかと思い、視線をテレビへと向ける。全国の新年の様子が中継されており、改めて新年を迎えたのだと実感する。  ここである場所がテレビに映り、思わず啓太郎は身を乗り出して見入ってしまう。「……そうか。正月だもんな……」 「何が、正月だもんな、なの」 ふいに間近で声がして、顔を上げる。いつの間に電話を切ったのか、傍らに裕貴が立っていた。「お前、電話……」 「もう切ったよ。いまさら正月だからって話すこともないしね。成人したから、お年玉くれるわけでもないし」 「当たり前だ」 裕貴が隣に座り込み、一緒にテレビを観る。「――初詣か。最後に行ったのいつだったかなあ」 ぽつりと洩らされた裕貴の言葉に
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** 一度自分の部屋に戻った啓太郎は着替えを済ませて、再び裕貴の部屋へと行く。  同じく着替えを済ませて玄関に姿を見せた裕貴の姿に、完全に啓太郎はやられてしまった。「……それ、俺の……」 口元に手をやりながら啓太郎がぼそりと洩らすと、ニットキャップを直しながら裕貴はニヤリと笑う。「せっかく実用的なものをもらったんだから、使わないとね」 裕貴は、啓太郎がプレゼントしたマフラーと手袋をしていた。啓太郎は手を伸ばすと、照れながらマフラーを意味なく直してやる。ダウンジャケットをしっかり着込んだ裕貴は、その下に厚手のセーターも着ており、防寒は大丈夫そうだ。「また風邪を引かせたら大変だからな」 「今度風邪を引いたら、啓太郎につきっきりで看病してもらうよ」 「――そのときは俺の部屋に来い」 さりげなさを装って言ってみると、裕貴は目を丸くして、次の瞬間には首をすくめるようにして笑った。啓太郎の腕に、靴を履いた裕貴がしがみついてくる。「かっわいいなあ、啓太郎は」 「うるさいっ。大人の純情をからかうなっ」 裕貴の口を塞いでなんとか玄関から連れ出す。深夜ということもあってマンション全体が静まり返っている。 裕貴はまだ、くっくと声を洩らして笑いながらドアに鍵をかけていた。啓太郎は人さし指を唇の前に立てる。  マンションの前に出ると、さすがに普段の同じ時間帯に比べて車と人の往来は多かった。「みんな、どこ行ってるんだろうね。こんな時間に」 「初詣……とかじゃないか。あちこちで、年越しのイベントもやってるだろうし」 そんなことを話しながら歩き出すと、今思い出したという感じで裕貴が尋ねてきた。「ねえ、啓太郎は本当に実家に戻らなくていいわけ? 長男でしょ。やっぱり顔見せないとマズイんじゃない」 「……お前、意外に保守的なこと言うな」 啓太郎は、今頃実家はどうしているかと想像したが、数秒後にはうんざりしてやめてしまう。「俺の実家はな、毎年年末年始は親戚連中が集まってにぎやかなんだ。いや、にぎやかという可愛げのあるもんじゃないな。とにかくうるさい。女も男も酒は飲みまくるし、ガキどもは家中走り回って、ケンカするわ、泣き叫ぶわ。ハードな仕事のあとに実家になんて帰っていたら、確実に俺は過労死する。もう三年ぐらい帰ってないから、薄情な長男のことなんて忘れてるかもな
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「博人さんが言ってたんだ。お前の兄貴というより、父親みたいに見守ってきたって。お前の話を聞いてると、確かにそんな感じだ」 「ああ、そっか。兄さんと二人でメシ食ったんだよね」 おかげで裕貴との関係が少しこじれそうになった――。啓太郎は胸の奥でこっそりと呟く。 急に裕貴が周囲を見回し、人気がないことを確かめると、啓太郎の手を握ってきた。この行動に驚きながらも啓太郎は、すぐにくすぐったい感覚で体中を満たされる。  裕貴はうつむき加減でこう洩らした。「こんなふうに、他人と一緒に正月を迎えられるなんて思わなかったよ。おれは絶対、他人とは関われないと覚悟してたから……」 「大げさだな、お前」 このとき啓太郎は、裕貴の言葉を深刻には受け止めなかった。そうする必要があるとは思えなかったからだ。  裕貴は裕貴で、パッと顔を上げると、にんまりと笑いかけてきて腕を掴んでくる。「啓太郎、腕組んで歩く?」 「バッ……。さすがにそれはマズイだろ」 「おれの体格なら、顔伏せてたら絶対、女の子に間違われるって。まあ、顔上げてても、おれぐらい可愛かったらそう簡単にはバレない――」 「お前、それでいいのか……」 「冗談だよ」 裕貴が腕を放して先に行こうとしたので、咄嗟に手首を掴んで止めた啓太郎は、反対に引き寄せた。「しっかりと俺の腕にしがみついて歩けよ。まさか男同士がこんなにくっついて歩かないだろうと、他人に思わせるぐらいにな。それと、人とすれ違うときは顔を伏せろ」 「やっぱりおれとくっついて歩きたかったんだろ、啓太郎」 「違うわっ。お前の希望を叶えてやろうっていう、俺の優しさだ」 「……そういうことにしといてあげる」 反論したかったが、これ以上の言葉が出てこない時点で、啓太郎の負けだ。 思わず拳を握り締めたが、腕を裕貴に取られて、しっかりしがみつかれると、照れ臭いという以上に、くすぐったくて幸せな気分になる。腕を組まれただけでこんな気分になるということは、やはり啓太郎は裕貴には勝てないということかもしれない。 腕を組みながら、指を二本だけ握り締められる。少し歩きにくいと思いながら裕貴を見ると、楽しそうな顔をしていた。『甘え上手』という言葉が、ふっと啓太郎の脳裏を掠める。 今の生活では、裕貴の年齢ぐらいの青年と仕事で知り合う機会はあっても、それ以上のつき
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「寒くないか?」 「寒いと言ったら、抱き締めて温めてくれるわけ?」 「素直に寒いと言え。途中コンビニがあるから、カイロでも買ってきてやる」 「……いいよ。啓太郎とくっついてるから平気」 裕貴のこういう言葉に、呆気なく啓太郎の心は蕩けさせられる。  結局、裕貴の甘え上手に手を貸しているのは、啓太郎自身だということだ。 腕を組みながら、顔を伏せて通り過ぎる人たちからの視線を避けていた裕貴だが、商店街が近くなってくるに従い人の姿も増えてくると、さりげなく腕を解いて普通に歩き始める。すっかり裕貴の重みに慣れてしまった啓太郎としては、なんとなく腕が寂しい。 いつもならとっくにアーケードの照明が落とされ静まり返っているはずの商店街も、今日はまだ明るく、人の往来も多い。少し心配になって啓太郎は裕貴に尋ねた。「お前、本当に大丈夫か? 連れ出しておいてなんだが、絶対人が多いぞ」 「途中で失神したら、きちんと連れて帰ってよ」 裕貴が言うと冗談に聞こえない。難しい顔となった啓太郎に、裕貴は軽く肩をすくめてみせた。「かえって人が多すぎるほうが、いいかも。紛れ込んでしまえるし」 「そういうもんか……。俺は引きこもったことがないから、感覚としてよくわからんが」 「自分たちのことに夢中で、誰も注目しないだろ。たとえ、男同士で手を握り合ってたって」 ぎょっとした啓太郎に、可愛い顔をした悪魔は笑いかけてきた。「――だって、迷子になって啓太郎とはぐれたら困るじゃん」 「お前は子供かっ」 「まあ、そんなふうなもんだと思ってよ」 澄ました顔で言い切った裕貴に、啓太郎はもう何も言えない。諦めて、わがままな『王子』を守る騎士のように、ぴったりと裕貴の横に張り付く。 想像はしていたが、年が明けたばかりの神社は、深夜だというのに人が多かった。境内には参拝する人の行列が参道にずっと連なり、歩くスピードはかなりゆっくりだ。啓太郎は、裕貴の腕を掴んでその行列に加わる。 腕を掴んでいると、ダウンジャケットの上からとはいっても裕貴が緊張しているのがわかった。冗談めかしたことを言ってはいても、やはり人ごみの中に入って平気なはずがない。それでも裕貴の状態は、少しはよくなっているのかもしれない、と啓太郎は希望を持つのだ。 人に押されてよろめいた裕貴の肩を掴んで支えると、覚悟を決めた啓
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 心配する啓太郎を見て、裕貴は苦笑を浮かべた。「人に酔っただけだよ。それに、たくさんの人に囲まれて緊張したから、体中の筋肉がガチガチに強張ってる」 「少し休むか。ここなら混雑してないし」 そうは言っても目の前をどんどん人の列が通っていくのだが。ここで人気がない場所といえば神社を出るしかなく、そのためにはまた人ごみに突入しなくてはならない。今の裕貴には酷な話だろう。「……少しだけ」 素直に頷いた裕貴の肩をポンッと叩いてから、啓太郎は辺りを見回す。「何か買ってきてやろうか?」 「甘いもの」 噴き出したいのを堪え、その場を離れようとした啓太郎だが、大事なことを思い出して再び裕貴の顔を覗き込んだ。「一人にして大丈夫か? すぐに戻ってくるが……」 大丈夫と言いたげに、裕貴がひらひらと手を振る。  もう一度辺りを見回した啓太郎は、ここを動くなと言い置いてから急いで駆け出した。 人の波に呑まれながら、並んでいる露天を見て歩く。いざとなると、何を買っていけばいいのか困る。無難に、一度境内の外に出て、熱いコーヒーでも買ってきてやったほうがいいかもしれないと考え、参道を引き返して鳥居を目指す。  そんな啓太郎の目に、あるものが飛び込んできた。同時に、甘く独特の香りに鼻腔をくすぐられた。何かと思えば甘酒だ。 もう何年も甘酒など口にしていないことを思い出し、香りに誘われるように啓太郎は歩み寄る。どうやら近所の住民たちが無料で振る舞っているらしい。  裕貴は飲めるだろうかと考えながら、とりあえず二人分の甘酒をもらうと、人にぶつからないよう気をつけて引き返す。 人の間からようやく御札所の付近が見えたが、啓太郎はドキリとする。御札所の横にいるはずの裕貴の姿が見えなかったのだ。だが、混雑から抜け出したとき、やっとその理由がわかった。  まるで子供のように、裕貴がその場に屈み込んでいたのだ。不安そうな表情をしていたが、戻ってきた啓太郎の姿を見るなり、パッと笑みを浮かべる。 普段がどれだけ生意気で、年上の啓太郎をからかってこようが、こんな様子を見せられてしまうと、どうでもよくなる。もともと、裕貴にからかわれたところで、さほど気を悪くしているわけではなかったが――。「そんなところにへたり込んでると、腰が冷えるぞ」 「オヤジくさー」 そう言って立ち上がった裕貴の
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** 初詣を済ませて来た道を引き返していると、さすがに人の姿がほとんど見えないこともあってか、目に見えて裕貴は元気になっていた。  先を歩いていた裕貴がマンション前でぴたりと足を止めて振り返る。あとからのんびり歩いていた啓太郎が追いつくと、すかさず腕を掴まれた。「おい――」 「誰も見てないよ」 確かに人気はないし、通り過ぎる車もまばらだ。マンションを見上げてみれば、電気がついているのは数部屋ぐらいだ。さすがに新年とはいえ、みんなそろそろ寝静まる時間だろう。  まとわりついてくる裕貴の感触を心地よく思いながら、啓太郎はそれ以上何も言わず、マンションのエントランスに入った。 エレベーターに乗り込むと、裕貴はしっかりと啓太郎の腕を抱え込んでしまう。いつになく甘えてきているなと思いながら、よく考えてみれば、特別な日となったクリスマス・イブから裕貴を放ったままにしていたのだ。 約一週間、あの部屋で一人で過ごしていて寂しかったのだろうか――。 啓太郎がじっと裕貴のつむじを見下ろしていると、視線を感じたように裕貴がパッと顔を上げる。「どうかした? 深刻な顔して」 「いや……。機嫌がいいなと思って」 「啓太郎と一緒だからだよ」 さらりとそんなことを言われ、一拍置いてから啓太郎は激しくうろたえる。思いがけない言葉に照れてしまったのだ。すると、可愛げがあるのかないのかわからない悪魔はニヤリと笑った。「冗談」 「……男の純情をからかって楽しいか、お前」 「なら、おれの純情はどうしてくれるわけ? クリスマス・イブにやっとラブラブになれたと思ったら、それっきりほったらかしでさ。おれ、捨てられたのかと思ってた」 「そんなわけあるかっ」 啓太郎はムキになって詰め寄ったが、裕貴は自分の発言など忘れたように到着したエレベーターから降りた。振り返ると、首を傾げながら啓太郎を見る。「降りないの?」 こいつに思いきり翻弄されていると痛感しながら、足を引きずるようにして啓太郎はエレベーターから降り、ごく自然に裕貴は再び腕を取ってきた。  言葉でどれだけ可愛げのないことを言おうが、腕に絡みつく感触が、すべて物語っているかもしれない。 裕貴の部屋の前まで来て、当然のように裕貴が鍵を取り出したが、咄嗟に啓太郎は動いていた。鍵を持つ裕貴の手を握り締めたのだ。不思議そう
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 情緒がないのはどっちだ、と口中でぼやきながらドアを開けた啓太郎は、裕貴を先に玄関に押し込む。万が一ということもあるが、急に気が変わった裕貴を部屋に戻さないためだ。しかし余計な心配だったらしく、さっさと靴を脱いだ裕貴は電気をつけ、ダイニングへと向かう。「あー、やっぱりうちの部屋と同じ造りなんだ」 「当たり前だろ」 啓太郎もあとを追いかけダイニングに行く。すでに裕貴は手袋とマフラーを外し、ダウンジャケットを脱いでいるところだった。もっと緊張したところを見せるかと思っていただけに、裕貴のリラックスぶりに拍子抜けする。 エアコンをつけて部屋を暖め始めた横で、裕貴はコタツの電源を入れて座る。「いいなあ、コタツ」 「そういやお前の部屋、エアコンだけだな」 「普段は欲しいと思わないけど、コタツやホットカーペットの温かさに触れると、恋しくなるんだよ」 「通販ですぐ頼めるだろ」 わかってないなあ、と言いたげに、裕貴が軽く首を横に振る。「こういうものは、欲しいと思ったらすぐ欲しい」 「――わがまま王子」 「おれが王子なら、啓太郎は下僕?」 ブルゾンを脱いだ啓太郎は、片手で裕貴の頭をグリグリと撫で回した。裕貴が声を上げて笑う。「せめて、騎士ぐらい言え」 「……はいはい、騎士さま」 「なんだその、投げ遣りな言い方は」 裕貴が笑いながらコタツの中に逃げ込もうとしたので、啓太郎はすかさず捕らえて引き出し、その勢いで二人揃ってコタツの敷布団の上に転がっていた。「夜中に暴れちゃダメだろ、啓太郎」 啓太郎の胸の上に乗りかかり、裕貴がクスクスと笑い声を洩らす。仰向けとなった啓太郎は心地よい重みを感じながら、裕貴の髪を優しく両手で撫でていた。およそ一週間ぶりの、愛しい感触だ。 裕貴の髪から頬、首筋へとてのひらを這わせると、わずかに目を細めた裕貴が身じろぎ、啓太郎の上に覆い被さってきた。この瞬間から、無邪気にじゃれ合い、ふざけ合っていた二人の空気が一変する。  啓太郎は裕貴の唇を指の腹で擦り、そっと割り開く。裕貴は自ら啓太郎の指を口腔に含むと、じっと見下ろしてきながら柔らかく温かな舌を絡め始めた。 ゾクゾクとするような肉の疼きが啓太郎の背筋を駆け抜ける。もう一本の指を口腔に含ませながら、片手で裕貴が着ているセーターと、その下のTシャツを一緒にたくし上げ、素肌
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