黎は一度も振り返ることなく、地獄絵図と化したリビングへと背を向けた。 床に転がる有栖川の家族たち。 理恩は壁際で完全に意識を失い、父と継母、麻里亜も恐怖で硬直したままピクリとも動かない。 黎は彼らに、ゴミ屑でも見るような一瞥すら与えなかった。 彼の視界には、もはや腕の中にいる私しか存在していない。 片腕で私の背中と膝裏をしっかりとホールドしたまま、黎はスラックスのポケットから器用に黒いスマートフォンを取り出した。 画面を見もせずに、親指で短く操作する。「……俺だ。車を回せ。有栖川の正門前だ。一分で来い」 それだけを言い捨てて、通話を切る。 黎が砕け散った巨大な窓枠を越えて、外のテラスへと足を踏み出す。 その足元で、理恩の真っ赤なネクタイが、泥とガラスの破片と共に無惨に踏みにじられた。 夜の雨は、いつの間にか細い霧雨へと変わっていた。 風はまだ冷たいはずなのに、黎の胸に抱かれている限り、寒さは微塵も感じなかった。 ◇ テラスから庭を抜け、正門へと向かう。 黎の歩みは揺るぎなく、私を抱えている腕も全くブレない。 正門の鉄格子の前に着くと、すでに一台の漆黒の高級セダンが、アイドリング状態で音もなく待機していた。 運転席から黒服の初老の男――いつも黎の手足となって動いている執事のような男――が慌てて飛び出し、後部座席のドアを恭しく開ける。「御影様。お迎えに上がりました。……お嬢様も、ご無事で何よりでございます」 黎は短く顎で応えると、私をまるでガラス細工でも扱うような慎重さで、革張りのシートの奥へと滑り込ませた。 続いて、彼自身も巨体を折り曲げるようにして乗り込んでくる。 バタン、と重厚なドアが閉ざされ、外の雨音と喧騒が完全に遮断された。 防音の効いた密閉空間。 車内の暖房が最大まで上げられているのか、吹き出し口から熱風が音を立てて流れ込んでくる。 黎は隣に座ると、無言のまま、自分の着ていたダークスーツのジャケットを脱ぎ
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