言いながら、視界が溢れ出した涙で滲んだ。 黎は動かなかった。いや、動けなかったのかもしれない。 彼は、自分が何故これほどまでに私を絶望させたのか、その根本的な理由を、理解する術を持っていない。 その決定的な溝が、たまらなく惨めだった。 彼に惹かれていた自分も。彼が梳かしてくれる髪の感触に安らぎを感じていた自分も。 全ては、飼い主に甘える従順なペットのそれと同じだったのだ。「……ここにいると、自分が何者なのか、分からなくなります。空気が綺麗すぎて……窒息しそうなんです」 私は足元のラグを蹴るようにして立ち上がり、リビングのドアへと走り出した。「待て、瀬理亜!」 背後から、空気を裂くような黎の怒号が飛んでくる。 廊下を駆ける私の足元で、高級なカーペットが不気味に沈み込む。 玄関の重い扉のロックを、震える指で乱暴に解除した。「瀬理亜!!」 すぐ背後まで、黎の圧倒的な気配が迫っていた。 その手が私の肩に触れようとした瞬間、私は半ば転がるようにして、廊下へと飛び出した。 ◇ 重い金属の扉が、鈍い音を立てて閉ざされた。 温度管理された完璧なペントハウスの廊下に、不自然なほどの静けさが落ちる。 宙を彷徨う自分の右手を見下ろしたまま、足を動かすことができなかった。 つい数分前まで、この掌の中には、熱を持った華奢な肩があったのだ。俺の膝に背中を預け、体温を明け渡していた、柔らかくて心許ない質量。 指先には、豚毛のブラシの硬い感触がまだ生々しく残っている。そして、微かに漂う髪の匂い。雨の日のような、どこか湿り気を帯びた清潔な香り。 それが、広い空間の中で急速に冷え、薄れていく。『あなたは私の中に流れている感情なんて、どうでもいいんだわ!』 涙でぐしゃぐしゃになった顔。 濡れた睫毛。怒りと絶望に震えていた声。 振り払われた手のひらには、ひ弱な人間から受けたとは思えないほどの鋭い痛みが張り付いていた。 ただ、外の
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