好機とばかりに多くの者が挨拶に詰めかけたが、湊はそれらを一瞥もせず、冷淡にあしらっている。「篠宮代表」実花が声をかけた。その口調はあくまでも事務的で、一線を画している。「本日はありがとうございました。お気に召した作品を落札でき、何よりです」湊は彼女をじっと見つめた。その瞳の奥には、測り知れないほど深い光が宿っている。「呼び方を変えるつもりはないのか?」周囲に人がいるのを意識してか、彼は声を低めてそう囁いた。「例えば、何と?」「例えば……『お兄ちゃん』とか」実花は、数日前に車の中でうたた寝をした際、無意識に「お兄ちゃん」と呼んでしまったことを思い出した。唇を噛み、視線をわざと斜め後ろへと逸らす。「ここは仕事の場ですから。正式な肩書きでお呼びするのがマナーかと」そこへ翔太が割って入り、手際よく言葉を添えた。「篠宮さん、本日落札いただいた作品につきましては、後ほど担当スタッフを伺わせます。手続きの調整をさせていただきますので」「担当は彼女にしろ」湊が短く言った。「え……彼女、ですか?」翔太が当惑したように実花を見る。だが、湊の視線は実花から一秒たりとも外れない。「彼女以外とは、話すつもりはない」実花は顔を上げ、正面から彼の視線を受け止めた。「窓口はスタジオで一括管理しております」彼女はあくまで冷静に言い放つ。「個人的な連絡先を教えるような真似は、仕事として不適切ですので」一瞬の沈黙の後、湊は低く喉を鳴らして笑った。「勘違いするな。当然、仕事上のやり取りの話だ」彼は表情を消し、淡々とした口調で追い打ちをかけるように言った。「実花さん。俺は多忙だ。君個人と無駄話をする時間などない」一度言葉を切り、彼は優雅に、かつ残酷に付け足した。「そもそも、俺のプライベートな連絡先を欲しがる人間など吐いて捨てるほどいる。君は、その列に並ぶ資格すらないということを自覚した方がいい」オフィスのデスクで、和真は手元のスマートフォンを眺めていた。実花からの返信は、今日も届いていない。ふと、ニュースのプッシュ通知が画面を騒がせた。【海浜市現代コンテンポラリーアート展が華やかに開幕。篠宮グループ代表、異例の電撃出席】和真の目がわずかに見開かれた。篠宮グループ――彼が喉から手が出るほど繋がりを欲していた巨大な利権だ。これほ
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