斎場の中は、芯まで冷え切っていた。弔いの音楽が延々と繰り返され、香炉に落ちる灰の音さえ聞こえてきそうなほど、静寂が重くのしかかっている。瀬戸実花(せと みか)は父の遺影の前で膝をついていたが、とうに感覚は消え失せていた。指先を掌に強く食い込ませ、辛うじて自分を繋ぎ止めている。今ここで糸が切れたら、そのまま崩れ落ちてしまいそうだった。背後から、参列者たちのひそひそ話が刺すように届く。「和真さんはどうしたんだ?まだ姿を見せないが」「知らないのか?空港だよ。ニュースになってる」「空港?こんな時に、一体誰を迎えに行ってるんだ。今日は義理の父親の葬儀だぞ」「例の『忘れられない女』らしい。初恋ってのは、男を狂わせるからねえ」「まあ、男の甲斐性か。多少の火遊びは仕方ないさ」無責任な言葉のひとつひとつが、実花の鼓膜を土足で踏みにじっていく。不意に、喪服のポケットでスマートフォンが震えた。暗い視界に飛び込んできた通知の文字が、容赦なく瞳を突き刺す。【速報:瀬戸グループ後継者・瀬戸和真(せと かずま)氏、深夜の空港に現る。百合の花束を手に謎の美女をエスコート】震える指で画面をタップすると、高画質の写真が展開された。そこには、仕立ての良い黒のロングコートを纏った和真が写っている。片手には大きな百合の花束を抱え、もう片方の手は隣に立つ女性の肩を抱き寄せていた。カメラのアングルのせいか、まるで慈しむように口づけを交わしているようにも見える。その女性の横顔は、どこまでも清らかで上品だった。だが、ふとした瞬間に覗く勝ち誇ったような眼差しを、実花は見逃さなかった。実花は一度、ゆっくりと目を閉じた。再び瞼を開けたとき、視界は皮肉なほどクリアになっていた。――知っている。この女を。高城凛(たかしろ りん)。裕福な家庭で甘やかされて育った凛は、奔放で傲慢な性格で有名だった。和真はそんな彼女に心酔し、どんなわがままも受け入れ、手の付けられないほどに甘やかしていたという。かつて凛が店員の不手際で飲み物をかけられた際、その場でグラスを叩き割り、破片の上に膝まずかせて謝罪させたという逸話がある。周囲が凍り付くなか、和真だけが困ったような顔をしながら、甲斐甲斐しく彼女の後始末をしていた。そんな噂を聞いたときも、実花はどこか他人
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