紗月はすぐには答えなかった。 目の前にいる美沙子は、愛想笑いを浮かべながら、どこか媚びるような口調で話している。 そんな姿が妙に見慣れなくて、何を考えているのかまるで読めなかった。 あまりにも作り物めいた態度だった。 わざとらしい親しさも、結局は上辺だけのものにしか見えない。 冷たく突き放されるよりも、かえって惨めな気持ちになる。 あの夜のことを思い出す。 慎一に傷つけられた時ほどではない。 それでも、美沙子の顔を見ているだけで胸の奥がじくりと痛んだ。 美沙子と顔を合わせてからというもの、胃の調子までおかしい。時折きりきりと痛む。「……お母さん。そんなに急いで私を呼び出したのは、何かご用があったからですか?」 紗月がそう尋ねる。 これまで美沙子のほうから、こんなにも必死に連絡してきたことはなかった。 まるで外で暮らす娘のことなど気にも留めていないかのように、一度だって積極的に関わろうとしたことはない。 それなのに今日は違った。 電話では何度も会いたいと頼み込み、店も初めて会った時の駅前にある混雑したカフェとは比べものにならないほど高級な場所を選んでいた。「それは……確かにお願いしたいことはあるの」 美沙子はあっさりと認めた。 だが、頼み事があると言った途端、なぜか口を閉ざしてしまう。 ゆっくりと湯呑みを持ち上げ、何度かお茶を口に運びながら、横目で紗月の反応を窺っていた。 頼み事をする立場だというのに、最後の最後で母親としての体面だけは手放したくないらしい。 少しでも下手に出るのは癪なのだろう。 そもそも美沙子は、心の底から紗月に納得しているわけではなかった。 もし慎一と先に出会ったのが、自分の可愛い美月だったなら――。 自分はこんなふうに、ろくに顔を合わせたこともない娘へ何度も頭を下げる必要などなかったはずだ。 そう思うだけで、胸の奥がざわつく。 情けなくて、惨めで、ひどく居心地が悪かった。 美月なら、こんな思いはさせなかったはずだ。 だから結局は、紗月が悪い。 心のどこかで、そんな理不尽な結論に縋っている。 それでも沈黙だけは耐え難かったのか、美沙子は再び取り繕うような笑みを浮かべた。 そして今度は、自分の結婚生活について語り始める。 夫の家は代々裕福な家柄であること。 けれど肝心の夫には商才が
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