慎一の口調はどこか妙だった。まるで紗月の反応を探るような響きが滲んでいる。 紗月は静かにコップを置き、しばらく黙り込んだあと、小さく口を開いた。「……あなたが約束を守ってくれることだけを願っている」 その言葉を聞いた瞬間、慎一の口元がわずかに吊り上がる。 瞳の奥にも、一瞬だけ何かを思いついたような光がよぎったが、それはすぐに消え、何事もなかったかのように短く言い放った。「当然だ」 足首の痛みはまだひどかった。 それでも紗月は助けを求めようとはしない。慎一もそんな彼女の意思など意に介さず、半ば強引に車へ乗せた。 昨夜の出来事があまりにも激しかったせいで、今は足首よりも全身の痛みのほうが勝っている。 それでも朝目を覚まして足首へ視線を落とすと、腫れた患部には厚く湿布薬が塗られていた。 眠っている間に慎一が手当てをしたのだろう。 けれど、そんな優しさは今の紗月には何の意味もなかった。 撮影現場までの車内は、息が詰まるほど静まり返っていた。 今日は久我を呼ばず、慎一自身がハンドルを握っている。しかも紗月は助手席へ座らされていたが、その理由は分からない。 紗月は一度も慎一へ視線を向けることなく、ただ窓の外だけを見つめ続けた。 やがて車がスタジオの駐車場へ滑り込むと、紗月は慎一より先にドアを開け、そのまま何も言わず立ち去ろうとする。 しかし車を降りたその瞬間、スタジオの入口で待っていた由衣と目が合った。 由衣の手にはテイクアウトのコーヒーが二つ。誰かを待っていたことは、一目で分かる。 紗月を見つけた途端、由衣の笑顔は一瞬で消え失せた。さらに、紗月が慎一の車から降りてきたと気づいた瞬間、その瞳には隠そうともしない怒りが燃え上がる。 大股でこちらへ歩いてくる由衣を見て、紗月は反射的に下腹部を庇うように一歩後ずさった。 だが、由衣の視線はすぐに紗月から外れ、車を降りてきた慎一へ向けられる。「社長~!」 満面の笑みを浮かべて駆け寄る。「今日いらっしゃるって聞いてたので、ずっとお待ちしてたんですよ! 本当はこんなに早く来る予定じゃなかったんですけど、社長にお会いしたくて……昨日なんてほとんど眠れなかったんです。褒めてくれませんか?」 慎一は由衣を見るなり、露骨に眉をひそめた。 その声にも、隠そうともしない苛立ちが滲んでいる。
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