慎一の声は低く、電話越しだからなのか、その問いかけにはどこかためらいと遠慮が滲んでいた。 けれど今の紗月には、そんな慎一の微かな変化に気づく余裕などなかった。 頭の中は祖父のことでいっぱいだった。「おじいさまに何かあったんですか?」「……」 慎一は答えない。 返ってきたのは沈黙だけだった。その静けさがかえって不安を募らせ、紗月の顔からみるみる血の気が引いていく。「私、今すぐ向かいます」「俺が迎えに行く」「大丈夫です。タクシーで向かいますから」 紗月はそう言ってエレベーターの下行きボタンを押し、到着を待ちながら通話を切ろうとする。 数秒の沈黙のあと、慎一が静かに告げた。「もう下にいる。俺が連れて行ったほうが早い」「え……?」 そう言い残すと、慎一は返事を待つことなく電話を切ってしまった。 紗月は呆然とスマートフォンを見つめる。 オーディション会場へ入る前に見かけた、あの黒い車。ただよく似た車だと思っていた。 それが本当に慎一の車だったなんて。 どうして慎一がここにいるのだろう。 最初から、自分がここでオーディションを受けることを知っていたのだろうか。 次々と疑問が胸に浮かび、オーディションの準備に没頭することでようやく落ち着きを取り戻していた心が、再び静かに揺れ始める。 答えを求める思いばかりが募っていった。 それでも車の前まで来る頃には、その感情を胸の奥へ押し込み、紗月はいつものように冷静さを取り戻していた。 久我はすでに車の外で待っていた。 紗月の姿を見つけると、穏やかな笑みを浮かべて後部座席のドアを開く。「奥様、どうぞ」 慎一が相手なら断ることもできた。 けれど、昔から何かと気にかけてくれていた久我にそう言われると、無下にすることはできない。 紗月は困ったように久我を見つめ、小さく息をついて後部座席へ乗り込んだ。 車内へ足を踏み入れた瞬間、慎一と視線が重なる。 慎一はどこかぎこちない表情のまま小さく頷き、すぐに視線を逸らした。 その横顔は、どこか落ち着かない様子にも見えた。「おじいさまは、どうされたんですか」 紗月が尋ねると、慎一は一瞬言葉に詰まり、小さく息をついた。「……着けば分かる」 それ以上は何も語らない。 車は静かに走り出した。 窓の外では見慣れた街並みが一定の速さで流れていく
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