紗月は、彼女たちの話を盗み聞きするつもりなどなかった。 ただ、いかにも良家の令嬢らしく華やかに着飾った彼女たちが廊下を塞いでおり、先へ進めなかっただけだ。 来た道を引き返そうかと迷っているうちに、話題はいつの間にか自分にまで及んでいた。 当事者である紗月の胸には、何とも形容しがたい複雑な感情が広がっていた。 慎一が以前、ほかの女性を自分の傍に置いていたことは、世間にとっても特別な秘密ではなかったのだろう。 今の自分と慎一が、仲睦まじい夫婦を演じているだけだというのも、紛れもない事実だった。 紗月はむしろ、これを耳にしたのが今でよかったとさえ思った。 もしもう少し前――まだ慎一を愛していた頃に同じ会話を聞いていたなら、彼女たちが面白おかしく噂していたのは、きっと「朝倉社長夫人の報われない片思い」だったのかもしれない。 そう考えれば、今さら胸を痛めるようなことでもなかった。 これ以上、人の噂話へ耳を傾けるべきではない。 紗月がそう思い、宴会場へ戻ろうと踵を返しかけた瞬間、不意に腰を掴まれた。「……っ」 驚いた紗月の喉から、かすかな声が零れる。 ほとんど同時に、すぐそばから馴染みのある香りが漂ってきた。ここ最近、慎一が好んで纏っている男性用の香水だった。 紗月が顔を向けると、やはりそこにいたのは慎一だった。 彼は紗月の腰を抱いたままわずかに顔を伏せ、口元にごく薄い笑みを浮かべながら、すぐ近くから彼女を見つめていた。「し、慎一……」 いつから自分のあとを追ってきたのかはわからない。紗月が会場からいなくなったことに気づき、わざわざ探しに来たのかどうかも定かではなかった。「どうして外に出てきたんだ?」 二人の声は、廊下の向こうにいた令嬢たちの耳にも届いたらしい。彼女たちは声のするほうへ数歩進み、角の陰に立つ慎一と紗月の姿を見つけると、それぞれ異なる表情を浮かべた。 気まずそうに目を泳がせる者もいれば、思いがけない好機を見つけたとでもいうように、ぱっと目を輝かせる者もいる。「慎一……社長、お久しぶりです。最近はいかがお過ごしですか?」 先ほど、機会があれば自分から売り込みに行きたいと話していた令嬢が、真っ先に慎一へ声をかけた。 その視線は最初から最後まで慎一だけに注がれており、すぐ隣にいる紗月の存在など、まるで目に入っていないか
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