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第22話

last update Veröffentlichungsdatum: 06.04.2026 22:13:57

 あまりにも率直な言葉に、紗月は息を呑んだ。

 まさか優介の口から、ここまで真っ直ぐに離婚という言葉が出てくるとは思っていなかった。

 返す言葉が見つからず、その場で立ち尽くす。

 脳裏に、あの混乱した結婚式の光景がよみがえる。

 そして、ほんの少し前、慎一から受けたばかりの屈辱も。

 胸の奥に押し込めていた痛みが、またじわりと滲み出してくる。

 結婚してからの三年間、心から幸せだと感じられた日は、一日としてなかった。

 それでも、愛というものは、まるでゆっくりと身体を蝕む慢性の毒のようだった。

 慎一を好きになったあの頃は、たしかに胸が高鳴っていた。

 片想いをしていた日々は、空気の中にさえ綿菓子のような甘さが溶けている気がした。

 彼の姿を遠くから見るだけで嬉しくて、名前を呼ばれるだけで胸が跳ねた。

 けれど、その想いはいつしか形を変えてしまった。

 愛することそのものが、自分だけの習慣になっていった。

 一人だけが抱え続ける感情。

 二人にとっての重荷。

 そして今では、何度も手放そうと思いながら、それでもどうしても手放せない執着へと変わっていた。

 こんな気持ちを、優介のよう
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  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第22話

     あまりにも率直な言葉に、紗月は息を呑んだ。 まさか優介の口から、ここまで真っ直ぐに離婚という言葉が出てくるとは思っていなかった。 返す言葉が見つからず、その場で立ち尽くす。 脳裏に、あの混乱した結婚式の光景がよみがえる。 そして、ほんの少し前、慎一から受けたばかりの屈辱も。 胸の奥に押し込めていた痛みが、またじわりと滲み出してくる。 結婚してからの三年間、心から幸せだと感じられた日は、一日としてなかった。 それでも、愛というものは、まるでゆっくりと身体を蝕む慢性の毒のようだった。 慎一を好きになったあの頃は、たしかに胸が高鳴っていた。 片想いをしていた日々は、空気の中にさえ綿菓子のような甘さが溶けている気がした。 彼の姿を遠くから見るだけで嬉しくて、名前を呼ばれるだけで胸が跳ねた。 けれど、その想いはいつしか形を変えてしまった。 愛することそのものが、自分だけの習慣になっていった。 一人だけが抱え続ける感情。 二人にとっての重荷。 そして今では、何度も手放そうと思いながら、それでもどうしても手放せない執着へと変わっていた。 こんな気持ちを、優介のようにまだ若く、まっすぐで純粋な子に理解できるはずがない。 そう思いながらも、泣いている彼を慰めようと口を開きかけたそのとき、不意にスマートフォンが鳴った。 画面に表示された名前を見て、紗月の指先がわずかにこわばる。 慎一だった。 ほんの一瞬だけ迷ったあと、彼女は通話ボタンを押した。「慎一……」「今夜、祖父の家で食事だ」 慎一の声は冷たかった。 有無を言わせない、命令のような口調。必要なことだけを一方的に伝える声音で、そこに余計な感情は一切ない。 紗月は胸の奥に広がる苦さを飲み込みながら、勇気を振り絞って問いかける。「おじいさま、何かあったの?」 返ってきたのは、無機質な通話終了音だけだった。 自分と一言多く話すことさえ苦痛であるかのように、必要なことを告げた瞬間、容赦なく電話は切られていた。 紗月だけがその場に立ち尽くし、耳元で鳴り続ける無機質な音を聞いている。 一瞬、時間さえ止まってしまったように、何も動けなかった。 その様子を見つめながら、優介は背中に隠した手をぎゅっと握りしめる。「紗月お姉さん……」 我に返った紗月は、それでもまた、いつものように嘘

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     紗月は用を済ませて廊下へ出た瞬間、そこで待っていた優介の姿に思わず肩をびくりと揺らした。「紗月お姉さん」 優介はおとなしく、どこか甘えるように彼女の名を呼んだ。 何か話したいことがあるのだと、すぐにわかる。 紗月はやわらかく微笑み、昔、小さな子どもだった頃の彼に接していたときと同じような口調で問いかけた。「どうしたの? 優介くん」「実は……さっき、姉ちゃんには嘘をつきました」「え……?」 優介は視線を逸らすことなく、紗月を見つめたまま静かに言葉を紡いだ。「行ってないって言ったけど、本当は行ったんです。紗月お姉さんと結婚するはずだったあの人……来なかったですよね」 紗月の胸がどくりと大きく鳴った。 その一言に、呼吸が一瞬止まる。「それは……」「仕事が忙しいから、って聞きました。僕、大人のことはよくわからないですけど……結婚式にすら来ない男が、本当にお姉さんを幸せにできるとは思えません」 その言葉はあまりにも真っ直ぐで、逃げ場がなかった。 記憶の中で、優介はいつまでも自分の後ろを追いかけてくる幼い子どものままだった。 無邪気に笑って、遊んでほしいと袖を引っ張ってくる、そんな存在。 けれど今、目の前にいる彼は違う。 紗月は初めてはっきりと感じた。優介はもう子どもではない、と。 胸の奥に隠していた傷口を、ためらいなく指先でなぞられたようだった。あまりにも核心を突かれて、紗月はその場で言葉を失う。 何か返したいのに、何も出てこない。 ただ、立ち尽くすことしかできなかった。 優介の笑みは変わらず甘かった。 紗月を責めようとしているわけではない――そう思わせるほど、やわらかく、優しい笑顔だった。 言葉を失って立ち尽くす紗月の困ったような表情を見つめた次の瞬間、優介はふっと目を伏せた。 その顔には、痛ましげな悲しみが滲んでいる。 長い睫毛の影に隠れた瞳には、みるみるうちに涙が溜まっていった。まるで、本当に紗月のことで胸を痛めているかのように。 やがて右目の端から、ひと筋の涙が静かに頬を伝い落ちる。その光景に、紗月の胸は強く揺れた。 優介は、彼女にとってまるで弟のような存在だった。愛らしくて、無邪気で、見ているだけで自然と頬が緩んでしまうような子。 そんな優介が、今、自分のために涙を流している。 それだけで胸が締めつけら

  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第20話

     凛子のそのひと言が落ちた瞬間、まるで部屋の空気そのものが、一瞬だけ止まったように感じられた。 優介は紗月の一挙手一投足を、じっと見つめていた。彼女の顔に浮かぶ、ほんのわずかな感情の揺らぎさえ見逃すまいとするように。 紗月の表情に一瞬よぎったかすかな哀しみを、彼ははっきりと捉えた。 その刹那、優介はわずかに目を細める。 さっきまで柔らかく微笑んでいた顔から、ふっと温度が消えた。瞳の奥に沈んだ色は、ぞっとするほど陰っていて、ひどく冷たかった。 凛子は気づかない。 もともと細かな空気の変化には鈍いところがあり、性格もさっぱりしている。ほんの数秒の沈黙など、そこまで気にも留めなかった。 彼女の目には、問いかけのあと少しだけ固まった紗月が、それでもすぐに笑みを浮かべたようにしか映っていない。 まるで、幸せな結婚生活を送っている女性のように。「凛子、私たち……うまくやってるよ」 そう答えた紗月の笑顔が、どれほど無理をしたものだったのか。 それに気づいたのは、優介だけだった。「ごめんね、紗月。あんたたちの結婚式のとき、どうしても都合がつかなくて行けなかったの……でも、このバカ弟には行かせたのよ。ちゃんと写真撮ってきてって頼んだのに、こいつ、“忘れた”とか言うんだから」 紗月の表情が、一瞬だけ強張った。 思わず視線が、向かいに座る優介へと向く。 胸の奥を鋭い緊張が走り抜けた。 もし優介があの日、結婚式に来ていたなら、慎一が式に姿を見せなかったことも、当然知っているはずだ。 あの日の会場は、彼女の滑稽さと惨めさを、そのまま形にしたような場所だった。 その視線を受けて、優介はまず甘く微笑んだ。 次の瞬間には、しゅんと眉を下げ、たちまち傷ついたような表情を浮かべる。「ごめんなさい、紗月お姉さん。実はあの日……僕も行けなかったんです。ずっと姉ちゃんには言えなくて……」「はぁ!? やっぱりね! 絶対行ってないと思った! “写真撮るの忘れた”って何よ!」「ごめんなさい、紗月お姉さん……」「ちょっと! 先に私に謝りなさいよ!?」 優介が行っていなかった。 その事実に、紗月は自分でも気づかないほど大きく息を吐いた。張り詰めていた肩の力が、ほんの少しだけ抜ける。 また姉弟げんかが始まりそうな空気に、紗月は慌てて間に入った。「もう、凛子……いい

  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第19話

     優介は今年、十八歳になったばかりで、つい先日、第一志望の大学から合格通知を受け取ったばかりだという。 その話を聞いた紗月は、思わずぱっと顔を明るくした。「本当に? おめでとう、優介くん!」 嬉しさのあまり、すぐ隣の凛子の手を取って、三人でお祝いしようと声を弾ませる。 凛子は不満そうに唇を尖らせた。 ソファへ腰を下ろすなり、いかにも紗月の隣に座りたそうに近づいてきた優介を容赦なく肩で押しのける。「ちょっと、あんたは向こう」 そう言って自分が先に紗月の腕へ親しげに絡みつき、そのままぐっと隣へ引き寄せた。 まるで全方位で優介を警戒しているかのようだ。 その様子を見た優介は、不満げに小さく鼻を鳴らした。「……ふん」 とはいえ何も言い返さず、素直に反対側へ腰を下ろす。 だが、紗月へ視線を向けた途端、その表情はまた柔らかな笑みに変わった。相変わらず、声も甘く、どこか人懐こい。「やっぱり紗月お姉さんだったんですね。さっき会った瞬間から、すごく懐かしい感じがして……だから、つい姉ちゃんと間違えちゃいました」 その言い方に、紗月はくすりと笑う。「ごめんね、優介くん。あまりに大きくなっていて、すぐには気づけなかったの」「いいんです、紗月お姉さん。姉ちゃんが海外へ行ってから、紗月お姉さんも全然うちに来なくなっちゃったから……ずっと、また会いたいって思ってました」 そう言って、彼はまっすぐ紗月を見つめる。「姉ちゃんも帰ってきたことだし……これからは、また会えたら嬉しいです」 その言葉に、凛子は露骨に嫌そうな顔をした。 今にもまた弟の頭をはたきそうな勢いで睨みつける。 優介は一見、無害で愛らしい子犬のように見えるが、姉である凛子だけは知っていた。 この柔らかく可愛い顔の裏に、とんでもなく厄介な悪魔が潜んでいることを。 幼い頃から、彼には何度も振り回されてきた。被害を受けた回数など、もはや数えきれない。 もちろん、姉として認めざるを得ないほど可愛い一面も、たしかにある。 ――ほんの少しだけ。「何が“ずっと会いたかった”よ。私が海外に行ってから、電話どころかメッセージすらほとんど寄越さなかったくせに」 凛子は遠慮なく嘘を暴く。 優介はしゅんと肩を落とし、いかにも傷ついたように俯いた。「姉ちゃん……紗月お姉さんの前でそんなこと言うなんて

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     少年は香水をつけているらしかった。 抱き寄せられた瞬間、淡く雪松の香りとホワイトムスクがふわりと紗月の鼻先をかすめる。 清潔感があって、決して主張しすぎない香り。 彼の柔らかな装いにもよく似合っていた。 それは、慎一が時折まとっている香水とは、まったく違う。 その違いに、紗月はほんの一瞬だけ肩の力が抜けた。 けれど次の瞬間、はっと我に返った紗月は、慌てて手を伸ばし、少年の胸元をそっと押して身を離した。「あ、あの……待って、ごめんなさい。私、部屋を間違えたみたいで……」 動揺のあまり、言葉がうまくつながらない。 押し離された少年は、丸い瞳をぱちぱちと瞬かせながら、少し身を引いた。そしてそのまま、どこか傷ついたように紗月を見下ろす。 大きな目が潤んで見えて、ひどく頼りなげだ。 自分より頭ひとつ分は背が高いはずなのに、なぜだか紗月には、撫でてあげたくなるような大きな子犬に見えた。 紗月が部屋を間違えたと言っても、少年はまるで聞いていないようだった。彼は再びすっと手を伸ばし、紗月の手をそっと握る。その声は柔らかく、弱々しく、甘えるように震えていた。「姉ちゃん……僕のこと、もう忘れちゃったの?」 今にも泣き出しそうなその表情に、紗月は思わず言葉を失う。あまりにも健気で、あまりにも可哀想で、突き放すことができない。「あなた……」 何か言葉をかけようとしたそのとき、不意に少し離れた廊下のほうから、凛子の明るく張りのある声が聞こえてきた。 どうやら店主と一緒に来たようだった。「店長――! 久しぶり! 相変わらず全然若いじゃん。部屋、まだ残してくれててありがとう!」「いえいえ、こちらこそ」 声はどんどん近づいてくる。 それを聞いた途端、少年の表情がわずかに強張った。 さっきまでの甘えた様子とは打って変わって、どこか居心地が悪そうに視線をさまよわせている。 やがて部屋の前までやって来た凛子は、まず困ったような表情の紗月に気づき、ぱっと顔をほころばせた。 その視線が少年へ移った瞬間、顔色が一変した。「優介! なんであんたがここにいるのよ!」 少年――高瀬優介はびくっと肩を震わせる。 まるで怯えたようにさらに紗月へ身を寄せ、そのまま彼女の後ろへ半分隠れるようにした。「姉ちゃん……この人、すごく怖い……僕、怖い

  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第17話

    「凛子……!」 高瀬凛子。 紗月が高校時代に出会った、いちばん大切な親友だった。 生徒会の役員を務めていた頃、会計担当だった凛子と知り合った。 彼女はとても自立していて、自分のクラスではほとんど誰ともつるまないタイプだった。 当時の凛子は気性が強く、誰に対してもどこか反発するような、鋭い雰囲気をまとっていた。 誰にでも愛想よく接するような子ではなかったのに、なぜか紗月にだけは最初から驚くほど優しかった。 二人はすぐに親しくなった。 正直に言えば、出会ってしばらくの間、紗月は自分でも嫌になるくらい卑屈な疑いを抱いていた。 凛子も、慎一のことが好きなのではないか、と。 幼い頃から、そういう人を何人も見てきた。 慎一に近づくためだけに、わざと自分に接近してくる人たち。友達がほしい一心で、そのたびに心を開いてきた。 けれど返ってきたのは、決まって当然のような裏切りだった。 長い間、紗月は感じていた。 誰も本当の自分を見てくれてはいない。みんな、自分を通して慎一を見ているだけなのだと。 自分につけられたラベルは、いつだってただ一つ――慎一のいちばん近くにいる女の子。 凛子だけは違った。 彼女は紗月と出会った当初、慎一という存在すら知らなかった。知ってからも、そこに何の興味も示さなかった。 慎一よりも、紗月と一緒に過ごす時間を何より大切にしてくれた。 紗月にとって、初めて本当の意味で「友達」と呼べる存在だった。 ただ、高校卒業後、凛子は海外へ渡った。 それからは滅多に帰国することもなく、連絡はほとんど電話だけになった。紗月が結婚してからは、その電話さえ、いつの間にか減っていった。 それでも、受話器越しに聞こえてくる凛子の元気な声は、今も昔も変わらない。 その明るさに触れただけで、沈みきっていた気持ちが少しだけ軽くなった。「今、どこにいるの?」「帰ってきたわよ、さっちゃーん!」 凛子の声は相変わらず弾けるように明るく、叫ぶような勢いだった。飛行機を降りて、真っ先に思い浮かんだのが紗月だったのだろう。「さっちゃんに会いたい! 一時間後、いつもの場所ね。オーケー?」 凛子の言う“いつもの場所”は、一軒のカフェだった。 以前から彼女がとても気に入っていた店で、店主に頼んで半ば専用の個室を使わせてもらっていた。

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