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第4話

Author: アカリ
「本当ですか?高橋先生、そう決心してくれて本当に嬉しいですよ!」

電話の向こうで、イーサンは少し訛りのある口調で興奮気味に言った。

私はただ、静かにうなずいただけだった。

イーサンは、私が以前に海外クライアントの国際訴訟を担当したとき、偶然知り合った相手側の弁護士だった。

あの時、私は被告側が提出した証拠に偽造の疑いがあることに気づいた。すぐに休廷を申し出て、そのことをイーサンに伝えたんだ。

私の指摘を受けても、イーサンは私が敵だからといって動機を疑わなかった。それどころか、真剣に依頼人の情報を調査し、実際に大量の証拠が偽造されていると突き止めてくれたんだ。そしてイーサンはすぐに弁護契約を打ち切り、自分と事務所の名誉を守った。

もし判決後に発覚していたら、イーサンの法律事務所は業界から追放されていただろうから。

それ以来、イーサンは私の人柄と鋭い洞察力を買ってくれた。何度も私を海外に誘って、彼の事務所にパートナーとして加わってほしいと言ってくれた。最低でも数百万ポンドの年俸は保証するとも言ってくれた。

でも、あの頃の私は翼が描いてみせた偽りの未来を信じきっていた。だから、イーサンの誘いもきっぱり断り、翼と一緒に家庭を築いていきたいと思っていたのだ。

イーサンはそれを聞いても怒らなかった。むしろ、「気が変わったら、いつでも歓迎します」と言って、彼のプライベートな連絡先を教えてくれたんだ。

今思えば、本当にバカな選択をしたものだ。

翼のために、輝かしい未来を諦めた。7年もの青春を捧げ、心も体もボロボロになるまで尽くしたのに。結局、事務所のパートナーどころか、妻という公の立場さえ手に入らなかった。

もう、自分の人生のために考え直すときだ。環境を変えて、ゼロからやり直そう。

イーサンとの電話を切ると、私はすぐにスマホから翼に退職届を出した。

でも、予想外のことが起きた。いつもは返信が遅くて、翌日になることさえある翼が、今回はすぐに退職届を承認したのだ。

私が驚いていると、スマホに通知が来た。翼がインスタを更新したのだ。

写真には、カラオケで日和と手をつなぐ翼が写っていた。彼は歌いながら、笑って日和にお菓子を食べさせてあげていた。

私は思わず、乾いた笑いを漏らした。どうりで、承認がやけに早いはずだ。日和とのデートで忙しかったんだから。

翼はいつも落ち着いていて、滅多にインスタを更新しない。私たちの結婚記念日や誕生日ですら、彼がお祝いの投稿をしたことは一度もなかった。

たまに仕事で事務所の写真を投稿することはあったけど、翼はいつも慎重に写真を選んだ。私の服の裾が少しでも写っていれば、わざわざ加工して消すほどだった。

まるで私が、翼にとって恥ずかしい存在みたいに、私との関係がバレるのを、彼は異常なほど恐れていたんだ。

なのに、さっきの投稿は一気に9枚もの写真がアップされていた。しかもコメント欄では、日和が堂々といちゃついていた。

【お腹の赤ちゃんに歌を聴かせてあげたいな、って言ったら、夫が一件で数百万になる仕事をキャンセルしてくれたの。一緒にカラオケに来てくれるなんて、こんな素敵な人、他にはいないよね】

写真の中で得意げに笑う日和を見て、私は冷たい笑みを浮かべた。

さっき翼は、日和が体調を崩して仕事に行けないほど落ち込んでるって言っていたのに。写真の中の彼女は、どう見ても元気そうだった。

それに、翼が一番嫌いな場所はカラオケだったはず。

彼の父親が、のちに母親を不幸のどん底に突き落とした水商売の女と出会ったのが、カラオケだったから。

だから翼は、もう何年も、ああいう場所には一度も足を踏み入れたことがなかった。

たとえ大事なクライアントに誘われても、絶対に断っていた。店の前まで行って引き返すこともあったくらい。仕事を一つ棒に振ってでも、そこには入りたくなかったんだ。

でも今は、日和を喜ばせるために、ためらいもなくその場に足を運んでいる。

どうやら、好きという気持ちってすごいみたい。人のトラウマさえ、乗り越えさせてしまうんだから。

しかも、翼は私がこの投稿を見るって分かっててやっている。日和がコメント欄で、わざと妻みたいに振る舞って私を挑発しているのも、止めようとしない。

分かってる。私が嫉妬して、自分から謝ってくるように仕向けてるんだ。

でも残念。翼の思い通りにはならない。

私は翼に連絡する代わりに、親友の内田梓(うちだ あずさ)に電話をかけた。

「梓、今日私のおごりで、あなたの大好きな、マッスルバーのイケメンに会いに行かない?」
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