All Chapters of 元夫の目は節穴?名門令嬢が電撃再婚!: Chapter 391 - Chapter 400

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第391話

口をそろえて絃葉を酷評する声を聞き、優奈はますます得意になった。彼女はわざと皆の見ている前で絃葉のもとへ歩み寄り、頭の先からつま先まで値踏みするように眺めてから、にこやかに言った。「絃葉、西尾グループの東地域社長になったって聞いたよ。おめでとう」絃葉は淡々と彼女を見た。「ありがとう。まだまだ新参者ですから、これからいろいろ教えてもらえると嬉しいわ」優奈はシャンパングラスを手に、自信と誇りに満ちた笑みを浮かべた。「そんな若さで大役を任された人に、私が教えられることなんてないわ。それにしても、絃葉はずっと芸術活動をしていたんでしょう?先代もずいぶん思い切ったものね。これほど大きな会社を、芸術家に任せるなんて」その言葉を聞き、背後にいた女性経営者たちがすぐに忍び笑いを漏らした。優奈は勢いに乗って、さらに畳みかける。「芸術界から経済界への転身なんて、ずいぶん大きな挑戦よね。西尾グループの東地域における今後の展開について、何かご高説でも聞かせてもらえるのかしら?」絃葉は落ち着いた表情で口を開こうとした。すると、つい先ほどまで優奈と親しげに話していた女性経営者たちが、すぐさま彼女を取り囲んだ。そのうちの一人が笑いながら同調する。「私たちも、就任されたばかりの西尾社長が、東地域での事業展開をどうお考えなのか、ぜひ伺いたいです。少し詳しくお話しいただけませんか?」「そうですね。新任のトップは、就任早々に大胆な改革へ乗り出すものですもの。西尾社長が最初にどの分野へメスを入れるおつもりなのか、私たちも提携の機会を楽しみにしております」「このあと歓談の時間がありますから、主催者にお願いして、西尾社長にも壇上でお話しいただいてはいかがかしら?」周囲からたちまち含み笑いが起こった。どの言葉にも皮肉が込められており、ひどく耳障りだった。いつの間にか絃葉の隣に立っていた蒼生は、彼女に向けられる嫌味を聞き、思わず助け舟を出した。「西尾社長は東地域の業務を引き継いだばかりで、現在は各事業の把握を進めているところです。全体を十分に理解した暁には、皆様にも必ず見解をお伝えできるでしょう。今すぐ結論を急ぐ必要はないかと存じます」優奈は鼻で笑った。「就任してから、のんびり業務を覚えればいいというものではないでしょう。役職に就けば見識
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第392話

絃葉の言葉がよほど癇に障ったのか、優奈の表情が一瞬こわばった。それでも無理に冷笑を浮かべる。「実力?絵を描いてきただけのあなたが、実力を語るつもり?どれほどの技術の蓄積と資金が必要か、分かっているの?」絃葉は落ち着き払った様子で、バッグから一冊の資料を取り出した。「ちょうど、詳細な事業計画書を用意してきたところよ。海外屈指のデザインチームとの提携案や、西尾グループが東地域に建設するスマートファクトリーの計画も盛り込んであるわ」彼女は会場を見渡し、よく通る声で続けた。「さらに重要なのは、細谷グループが画期的なバッテリー技術の開発に成功したことです。一回の充電で1200キロ走行でき、充電時間はわずか15分。提携にご興味のある方は、いつでもご相談ください」会場が一気にどよめいた。優奈の顔色が変わる。「あり得ない!現在の最高水準の技術でも、そんな性能には届かないわ!」「だから言ったでしょう。ビジネスで問われるのは経歴ではなく、実力だと」絃葉は優雅な仕草で、隣にいた蒼生へ事業計画書を手渡した。「次の四半期、細谷は初のコンセプトカーを発表します。その際は、ぜひ皆様もお越しください」優奈はその場に立ち尽くした。彼女は楠原グループ最高峰のチームを率い、丸5年にわたって研究開発に没頭してきた。それでも、バッテリー技術ではいまだに苦戦を強いられている。それなのに、自分が「素人」と見下していた絃葉が、誰にも気づかれないうちに技術革新を成し遂げていたのだ。先ほどまで自分を取り囲んでいた女性経営者たちが、今では次々と絃葉のもとへ集まっていく。その光景を目の当たりにした優奈は、指を強く握りしめた。嫉妬の炎が、今にも彼女をのみ込もうとしている。周到に仕組んだはずの年次総会での妨害は、かえって絃葉を会場中の注目の的にしてしまった。悔しさに歯を食いしばっていたその時、優奈は視界の端に凪杜の姿を捉えた。会場の隅に立つ彼は、絃葉を一心に見つめている。その瞳には、驚愕と信じ難いという思いがありありと浮かんでいた。折よくスマホが震え、画面に一件のメッセージが表示される。【築山社長は空港に到着し、現在、会場へ向かっています】絃葉と景の関係だけでも、優奈は気が気でならないというのに、そのうえビジネスまで順風満帆に進ませるわけ
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第393話

凪杜の眼差しは、驚愕から苦痛へ、やがて苦痛から怒りへと変わっていった。優奈を見つめ、かすれた声で問う。「いったい何が言いたい?」優奈の顔に冷たい笑みが広がった。「彼女と二人きりで話せる機会を作ってあげる。心の中にある疑問を、すべて彼女にぶつければいい。その代わり、あなたは私に協力して、景に絃葉を完全に諦めさせる。どうかしら?」「協力したところで、俺に何の得がある?」優奈は陰湿な冷笑を浮かべた。「あのね、正直にしなさいよ。あなた、彼女の素性を知った今、逆玉の輿に乗る機会を逃したことを、本当は後悔しているんじゃないの?」凪杜は何も答えなかった。後悔していないと言えば、嘘になる。「もし、もう一度やり直せるとしたら、あなたは彼女を手放す?彼女との結婚生活が今も続いていたら、西尾グループの頂点に立っていたのは、あなたかもしれないのよ。惜しいと思わない?」凪杜の胸に押し込められていた後悔と未練が、完全に呼び覚まされた。「だから、手を組むかどうか、よく考えてね」優奈は獲物を絡め取るような眼差しを凪杜へ向けた。「あなたが彼女を取り戻し、私が景を。成功すれば、二人とも望みがかなうわ。正直なところ、私はあなたが惜しくてならないの。あなたの才能と能力なら、もっと上へ行けたはずなのに、こんなところまで落ちぶれて......本当に納得できるの?」凪杜の心は完全に揺さぶられていた。かすれた声で答える。「......どうやって協力すればいい?」優奈はポケットからカードキーを取り出し、凪杜へ差し出した。「これは私が休むために取っておいた部屋よ。このカードキーを渡すから、先に部屋で待っていて。あとで私が、あの女を部屋へ連れていく。そのあとは、あなた次第よ」優奈は意味深に笑った。「彼女はもともと、あなたの女だったのでしょう?二人の間にまた何かが起きたとしても、別に不自然ではないわ。せっかくの機会を生かせるかどうかは、あなたにかかっているわ」凪杜は差し出されたカードキーを見つめた。数秒ためらった末、結局それを受け取り、指定された部屋へ向かっていった。優奈は口元に笑みを浮かべ、絃葉のいる方へ視線を向けた。しかし、その瞳からは少しずつ笑みが消えていく。彼女はわざとグラスいっぱいに赤ワインを注ぎ、優雅な足取りで絃葉
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第394話

「あなた――」言い終わるより早く、暗闇の中にドアが施錠される音がはっきりと響いた。絃葉の胸に緊張が走り、スマホを取り出そうと手を伸ばす。指先が冷たい金属製のケースに触れた瞬間、背後から熱を帯びた手で口を塞がれ、乱暴に壁へ押しつけられた。「んっ!」絃葉は必死に抵抗したが、万力のような強い力で強く拘束され、身動きが取れない。耳元に生温かい吐息がかかり、かつて彼女を酔わせた声が聞こえた。「俺だ」照明が突然ついた。凪杜は手を離したものの、依然として壁と自分の間に彼女を閉じ込めている。相手が凪杜だと分かった瞬間、絃葉の瞳は凍りついた。5年もの歳月を捧げたこの男が、まさか優奈と手を組み、自分を罠にはめるとは思ってもみなかった。「どいて」氷のように冷たい声だった。凪杜は彼女を食い入るように見つめた。喉仏が動き、かすれた声が漏れる。「西尾グループの令嬢......西尾絃葉。よくも長い間、俺を騙してくれたな」その体はわずかに震えていた。頭から氷水を浴びせられたかのようだった。「すべて分かったよ」凪杜は乱暴に彼女の顎を押さえ、刃物のような眼差しを向けた。「細谷の出資撤回、次々と離れていった取引先、那乃葉の出生の秘密、野々花の裏切り......CKファイナンスとの契約まで、すべてお前が仕組んだのか。追い詰められた俺が、必ずその救いの手にすがると分かっていて......」声は次第に低くなり、今さらながら気づいた恐ろしさがにじんでいた。このところずっと、目に見えない何者かに運命を操られているように感じていた。景を疑い、競争相手も疑った。だが、自分が必死に取り戻そうとしていたこの女が黒幕だとは、一度も考えなかった。「5年......」凪杜は彼女の手首を強くつかみ、指の関節を白くした。「お前は俺のそばで、5年間も芝居を続けていたのか」絃葉は静かに彼を見つめ、溜め込んだ感情をすべて吐き出し終えるのを待った。それから彼の手を軽く振りほどき、襟元を整える。「言いたいことは、それだけ?」初雪のように冷たく澄んだ眼差しには、隠そうともしない軽蔑が宿っていた。「ええ。確かに私はずっと素性を隠していたわ」凪杜は勢いよく顔を上げ、見慣れているはずなのに、まるで知らない女のようにも思える絃葉
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第395話

凪杜は無意識に手を離した。「あの時、家を出てあなたを選んだのは、私たちの愛を信じていたからよ」絃葉は小さくため息をついた。「おじいちゃんとは、私たちの関係が5年続き、その間にあなたが仕事で成功できたなら、二人の仲を認めてもらう約束をしていたの」凪杜の全身に衝撃が走った。「交際5周年の日、おじいちゃんの秘書から電話があった。あなたを連れて帰り、財産承継の公正証書を作成するように言われた」絃葉は目を上げた。今も胸の奥がかすかに痛んでいる。「その手続きをしようとしたからこそ、私たちの婚姻届が偽物だと分かったのよ。あなたは自分を賢いと思っているけれど、人生最大の好機を逃したことには気づいていなかった。あなたが裏切りさえしなければ、おじいちゃんはとっくに西尾グループを私たちに託していた......素性を隠していたこと以外、私は一度もあなたを裏切っていない。ねえ、今の状況を招いたのは私?それとも、あなた自身の行い?私は、かつてあなたに与えたものを取り戻しただけ。CKとの契約を結ぶかどうかは、あなた自身が決めたことでしょう。もっとも、あの時のあなたには、ほかに選べる道など残されていなかったわね。CKからの出資がなければ、今まで持ちこたえることさえできなかったはずよ。違う?」その一言一言が鞭となり、凪杜の心を容赦なく打ち据えた。後悔が潮のように押し寄せる。反論しようと口を開いたものの、返す言葉は何一つ見つからなかった。「......すまなかった......」凪杜は両手で顔を覆い、その指の隙間から涙をこぼした。「澤木グループがここまで成長したのは、すべて俺の力だと思っていた......でもあれは......全部、君が......」それ以上、言葉を続けることはできなかった。その事実は、彼にとってすべてを打ち砕くほどの衝撃だった。絃葉は惨めな姿になった彼を見つめ、過去を思い返しながら複雑な感情を抱いた。「澤木グループが今日まで成長できたのは、確かにあなたの功績でもあるわ。でも、私が陰で支えていなければ、たった5年でこれほどの成果を上げることはできなかった」彼女は目尻に浮かんだ涙をそっと拭った。「......正直に言えば、私も残念に思っている。裏切りじゃなくて、二人で5年間の努力の成果をもって、おじいちゃん
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第396話

ドアの外に立っていたのは、スタッフの制服を着た女だった。顔には意味深な笑みを浮かべ、全身から禍々しい雰囲気を漂わせている。凪杜が絃葉を強く抱きしめているのを見ても驚くどころか、満足げに口元をつり上げ、何かを部屋の中へ投げ込んだ。「お邪魔してすみません。ずいぶん仲がよさそうですね。少し刺激を足してあげますね。ぜひぜひ楽しんでくださいね」言い終わらないうちに、ドアは再び大きな音を立てて閉められた。絃葉は驚愕し、床に投げ込まれた物へ目を向けた。黒く小さな塊で、ろうそくにも固形香料にも見える。そこから、目眩がするほど濃厚で妖しい香りが漂っていた。わずかな時間で、絃葉の頭はぼんやりし始めた。凪杜の眼差しも、一瞬にして焦点を失っていく。絃葉の胸が大きく沈んだ。その香料が何のためのものなのか、すぐに悟ったのだ。反射的に拾おうと身をかがめかけたが、すでに理性を失った凪杜が、彼女を乱暴に壁へ押しつけた。彼は絃葉の頬を両手で包んだ。目は恐ろしいほど赤く血走り、片手でネクタイを緩める。「俺は後悔している。本当に後悔しているんだ......もう一度だけ機会をくれ。な?やり直そう?これからは一生、君だけを愛すると誓うよ。残りの人生をすべて償いに捧げるから、どうか許してくれ」言い終わるより先に、身をかがめてキスを迫った。絃葉の頭は真っ白になった。自分をのみ込もうとするような彼の眼差しを見て、必死にもがき、手を振り上げて思いきり頬を打つ。「私たちはとっくに終わったの!しっかりして!少しでも良心が残っているなら、楠原優奈に協力してこんなふうに私を陥れるべきじゃないでしょう!」絃葉は全身の力を振り絞り、彼を突き放した。だが、香料の効き目は恐ろしいほど早く、しかも強烈だった。全身を無数の蟻に這い回られているかのように、言葉にできない痺れと疼きが凄まじい勢いで広がっていく。――このままでは......絃葉は、その先を考えることすら恐ろしかった。必死に意識を保ちながら香料を拾い、よろめく足で窓辺へ駆け寄る。外へ投げ捨てようとしたのだ。しかし窓は固く閉ざされ、留め金はびくともしない。必死に窓を開けようとしていると、背後から燃えるように熱い体が密着してきた。凪杜の反応は彼女よりも激しかった。いつの間にか上着を脱ぎ捨
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第397話

絃葉がかつて別の男の腕に抱かれ、その身を委ねたのだと思うと、凪杜の胸は刃物でえぐられるように痛んだ。今の彼が望んでいるのは、復讐するように彼女を自分のものにし、もう一度屈服させることだけだった。絃葉は必死にもがき、怒りとやるせなさをにじませて叫んだ。「なにそれ!裏切ったのはあなたでしょう!今の私はあなたと何の関係もない。誰と一緒にいようと、私の自由よ!!」「なら教えてくれ。景と一緒にいるのは、本当にあいつが好きだからなのか?それとも、ただ俺に復讐したいだけなのか?」「好きかどうかも、あなたには関係ない!景のほうが、あなたよりずっと信頼できる人よ!」絃葉は少しも後ろめたがることなく、一言一言きっぱりと言い切った。凪杜は胸をえぐられるような痛みに襲われ、胸元を押さえてその場にしゃがみ込んだ。頭が今にも破裂しそうだった。一方では体内を荒れ狂う欲望が、もう一方ではかろうじて残された理性が、彼を激しく引き裂いている。こんなことをしてはいけないと分かっていた。先に裏切ったのは自分であり、彼女を深く傷つけたことも、許される資格などないことも分かっている。もう手放すべきだということも理解していた。しかし、絃葉が景を愛し、かつて自分と抱き合った夜と同じように、別の男の腕に身を委ねていると思うと、嫉妬で気が狂いそうになった。「な、景とは別れてくれないか?」凪杜は荒々しい態度を引っ込め、突然、彼女の前に跪いた。「もう分かったんだ。あと1年だけ時間をくれ。必ず再起するから、最後にもう一度だけ償う機会をくれよ!君は長い間、俺と一緒にいた。それに、俺の子どもを身ごもったこともある......そもそも、あの家がこんな君を受け入れるはずがない!それに、あいつが何年も独身だったのには、きっと何か理由がある!彼は俺ほど君を愛してはいない。きっと......君と結婚する気もなければ、最後まで責任を取るつもりもないんだ!絃葉、あいつは君を弄んでいるだけだ。あれほど計算高い男が、君に本気で向き合うはずがないじゃないか!」絃葉はその場に立ったまま、冷ややかに彼を見つめていた。自分の言葉が届いたと思った凪杜は、彼女の腕をつかみ、焦ったように揺さぶった。「信じてくれ。この世で一番君を愛しているのは俺だと。俺は......確かに過ち
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第398話

目を刺すようなフラッシュが一瞬にして薄暗がりを切り裂き、部屋全体を真昼のように照らし出した。人だかりの先頭には優奈が立ち、その背後には大勢の記者がひしめいていた。念入りに化粧を施した彼女の顔に、絶妙な驚きの表情が浮かぶ。「え......二人とも、いったいここで何を......」記者たちはたちまち沸き立った。シャッター音が途切れることなく響き、この醜態を一枚でも多く収めようと、貪るように写真を撮り続ける。絃葉は乱れた服のまま凪杜に組み敷かれ、頬にはまだ涙の跡が残っていた。一方、凪杜はすでに理性を失い、上半身をさらしたまま、真っ赤に血走った目で彼女を見つめている。今にも絃葉をのみ込んでしまいそうな形相だった。フラッシュが狂ったように明滅し、二人の無残な姿を余すところなく写し出していく。優奈は心を痛めているふりをして、首を横に振った。「絃葉、ここは私が取った部屋なのよ。着替えるために貸してあげただけなのに、どうしてこんなことを......」これが優奈の仕掛けた罠だと、絃葉には分かっていた。しかし薬が回り、全身から力が抜けている。凪杜を押しのける力さえ残っていなかった。「離してよ......」最後の力を振り絞って抵抗する。だが、凪杜はさらに強く彼女を抱え込んだ。「絃葉......どうして......どうしてこんなに人がいるんだ?頭が、くらくらする......」意識が朦朧としたまま、凪杜は手を闇雲に動かしていた。絃葉が絶望しかけた、その時だった。力強い両手が人垣を乱暴にかき分ける。磨き上げられた革靴が、彼女の視界に入った。現れた男は凪杜の髪をつかみ、力任せに脇へ引きずり退けた。そして素早く自分のコートを脱いで絃葉を包むと、そのまま彼女を横抱きにした。嗅ぎ慣れたシダーウッドの香りが押し寄せる。絃葉がどうにか目を開けると、鋭く整った男の顎のラインが目に入った。――景だった。彼が来てくれた。その瞬間、絃葉は死の淵から生還したような気持ちになった。「......どうして、景が......?」優奈が思わず声を上げ、その顔色が一変した。彼女はこの茶番を一人で演出させるつもりだった。景を意図的に避け、息の根を止めるため、お抱えの記者を連れてきたのだ。絃葉を完全な晒し者
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第399話

「なら、この記者たちはどう説明する?」景の声は、さらに冷たくなった。優奈は床に倒れている凪杜を指さした。「私が来た時には、もうこの人たちがいたの。きっとこの人が絃葉を手に入れるために、わざと記者を呼んだのよ。二人の関係を世間に知らしめようと......」景の瞳に宿る冷気が、いっそう強くなった。さらに問い詰めようとしたが、腕の中の絃葉はすでに理性を失い、必死に体を抱きしめて耐えていた。一刻を争う状況だった。景はすぐさま佳樹に命じた。「今日の件は、徹底的に調べ上げろ」佳樹はうなずき、凪杜を指さした。「この男はどうしますか?」景は振り返りもせずに答えた。「目を覚まさせてやれ」そう言い残すと、絃葉を抱いたまま立ち去り、急いで車に乗せた。苦しむ絃葉を見て、景の胸には底知れぬ寒気が広がった。――もし今夜、京城から戻ってこなかったら。もし間に合わなかったら......絃葉がどれほど恐ろしい目に遭っていたのか、想像することさえできない。先ほど凪杜と重なっていたあの誤解を招く光景が、誰かの手で世間に拡散されていたら、彼女の名誉は完全に失われていただろう。ビジネスの場でようやく築き始めたばかりのわずかな信用も、すべて崩れ去っていたに違いない。景は眉間に深い皺を寄せた。すぐに運転手へ指示を出し、絃葉を湊のいる病院へ急いで運ばせる。移動中に湊へ電話を入れたため、病院へ到着した時には、彼がすでに待機していた。湊はすぐに絃葉へ点滴を施し、採血検査を行った。検査の結果、やはり何者かに薬物を盛られていたことが判明した。点滴を受けた絃葉は徐々に落ち着きを取り戻し、顔の火照りも少しずつ引いていった。景は眉を寄せたまま彼女に付き添い、佳樹へ電話をかけた。「何かわかったか」「防犯カメラの映像を確認しました。澤木凪杜は夜8時10分にカードキーで部屋へ入り、奥様は夜8時30分に入室しています。二人は室内に30分ほどいました。その途中で、女性スタッフがドアを開け、小さな物を室内へ投げ込んでから、再びドアを閉めています。その物も先ほど見つけました。媚薬成分を含む、非常に作用の強い香料です」景は薄い唇を固く結んだ。「防犯カメラに楠原優奈の姿が映っていなかったのか?」佳樹はその意図を察し、すぐに
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第400話

絃葉の体内にはまだ薬が残っており、意識もぼんやりしていた。それでも、聞き慣れた声を耳にし、温かな手のひらで自分の手を包まれているのを感じると、心はたちまち安らいだ。点滴に鎮静作用のある薬が含まれていたのか、しばらくすると、彼女は再びうとうとと眠りに落ちた。その姿は、外で嵐にさらされ、ようやく温かな寝床へ連れ戻された野良猫のようだった。顔にはまだ恐怖の名残があり、頬を無意識に景の手のひらへすり寄せている。眠っていても、長いまつげは落ち着きなく震えていた。景は眉を寄せ、優しく彼女の背中を叩き続けた。絃葉を見つめる時間が一秒長くなるたびに、優奈への憎悪も一段と深まっていく。よりにもよってその時、優奈から電話がかかってきた。画面に点滅する名前を見て、景はわずかに眉をひそめた。立ち上がって廊下へ出ると、感情の読めない声で電話に出る。「何だ」優奈はおそるおそる尋ねた。「景、絃葉は今どうしているの?大丈夫よね?」今回も前回と同じだった。自ら悪辣な罠を仕掛けておきながら、いかにも心配しているように装う。景は胸に湧き上がる嫌悪を押し殺し、淡々と答えた。「無事だ。眠っている」「そう。無事ならよかったわ」優奈はわざとらしく残念そうな声を出した。「それにしても、あの二人もどうかしているわ。年次総会で、あんな騒ぎを起こすなんて。やっぱり絃葉は、まだ未練があるのね。景は――」「今忙しい、後にしてくれ」電話を切った瞬間、景のこめかみが激しく脈打った。彼は長年、優奈と仕事をともにしてきた。絃葉と知り合う前は、友人と呼べる関係でもあった。女性が経済界で地位を築く苦労を理解し、その手腕を高く評価していたからこそ、長く提携を続けてきたのだ。しかし、最近起きた二つの事件によって、優奈に対する認識は根底から覆された。彼女ほどの敏腕女性経営者なら、何事にも正々堂々と臨むものだと思っていた。まさか裏で卑劣な手を使えば、男以上に残忍な人間になるとは思いもしなかった。景は病院で一晩中、絃葉に付き添った。翌朝になって、ようやく彼女はゆっくりと目を覚ました。ぼんやり目を開くと、視界に入ったのは真っ白な壁だった。鼻を突く消毒液の匂いで、自分が病院にいることをすぐに理解する。反射的に身を起こすと、真っ先に
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