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没落した薔薇は、碧夜の星になる のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 29

29 チャプター

知られざる過去

「前デルメール男爵が、横領疑惑でローゼン家から切られたんですわ」 真っすぐに自分を見ているセルジオの目に、ラヴェルはただ何度も瞬きをして言葉を探す。 知らない。 どう言う事だ? ジェイドの父親は確かに、自分の父親の腹心として一緒に働いていた。 だが、彼ら親子が姿を消した理由は知らされなかった。 父親からも、クレイからも、誰からも教えて貰えなかった背景にそんな話があったなんて――。「結局、疑われただけで審議は分からなかったらしいですけどね」 セルジオはそう言って目の前のティーカップを口元へ運ぶ。 ラヴェルはその長い指の先をただジッと見て、驚きも疑問も顔に出ない様に務めた。「そ、う……」「それにローゼン家の嫡男がいるなら、男爵こそ恨んでいるでしょう。冤罪で父親は病に倒れ、領地を脅かされたのだから」「恨んで……」 そう言われてラヴェルは心臓を握られた様に息が詰まった。 ティーカップに指をかければ、震えてしまうかもしれない。 ラヴェルは膝の上に重ねた手を、ただぎゅっと握る。「だから私は、海に漂着した宝石様がローゼン家の嫡男で、日記と共に王家に売る為に監禁されているのではないかと思ったくらいですよ」 王家に売る――――? もし、仮にジェイドの本心がローゼン家への復讐にあるとしたら、その発想は突飛とは言い切れない。 失った領地の過失を取り返すには、追われているラヴェル・ローゼンを差し出す事に大きな意味を持つ。 いやでも、それなら見つけてすぐに差し出しているだろう。 こんな女装までさせて、一年以上匿う必要はない。「セルジオ様、お言葉に気を付けて下さい。主人を貶める発言は許しません」 リゼルの低い声に、ラヴェルはハッと意識を取り戻した。「いや
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疑心

 帰って来たジェイドを捕まえて、ラヴェルは食い下がる。「本当なのか⁉ デルメール家がローゼン家から切られたというのは……」「ベル……落ち着いて」「何で黙っていた? 何も知らない私を、お前は……」 恨んでいる? 憎んでいる? その言葉を口にするのを憚られて、ラヴェルは俯き口の端を噛む。「口調がはしたないぞ、ベル」「そんな事っ……」「どうでも良いか?」 そう問い質されて、初めてジェイドの視線に気づく。 彼の視線はいつもの優しさを灯してはいない。 刺す様な、温度のないその視線に、ラヴェルはビクリと一歩下がった。「君がベルである事は、これからの人生において一番大事な事では?」 冷静で低い声。 ラヴェルの熱の上がった思考は、その一言で急激に冷静さを取り戻した。「ごめんなさい……」「急にどうしたんだ? 誰かに何か、言われたのか?」 昼間にセルジオが来た事をリゼルから聞いているはずなのに、敢えてそう聞かれる事に疑念を覚えた。 分かっているのに、こちらが正直に話すかどうか、試されている様な――。「うん? どうした、ベル」「いや、何でもない……わ……」 ジェイドとの間にあった信頼や、特別だと思っていた何かが、分からなくなっていく。 結局はジェイドがいなければ、どこにも行く宛てなど無い。「ベル、こっちへおいで」 そう言われてジェイドに手を引かれ、ラヴェルは僅かに抵抗し、強く引き寄せられた。「いっ……たぃ……」「何に怒っているんだ? ベル」 力任せに握られた手首は、引いても離して貰えない。 今までこんな事、
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碧い決意

 ジェイドは自室に戻ってまず、上着を脱ぎシャツの第一ボタンをはずして、寝台に腰掛けた。「はぁ……」 前屈みになり、項垂れるようにして息を吐く。 この連日忙し過ぎた挙句、帰って来てラヴェルに詰め寄られたのだ。 確かにデルメール家の過去を知れば、そう思っても仕方がない事ではある。「王家に売る……か……」 行き場を無くし、自分にしか頼れない様に時間をかけて仕向けて来た。 一年以上かけてベルと言う存在を作り上げ、この世界からラヴェル・ローゼンを消し去る。 それは半ば成功していると思っていたのに――。 不安になった彼に、それは違うというのは簡単だ。 だがそれを言わなかったのは彼自身から「信じる」と言わせたかったからだ。 本来、幼い頃から手の届かない宝石のような人だった。 王家に次ぐ高位貴族の嫡男で、男爵位でありながら幼馴染として過ごせたのは親の関係性があったからだ。 そうでなければ、小さな港を抱えた辺境の地をもつ下級貴族となんて、遠すぎて交わる事など無い。 最初に出会った時、可憐な少女かと見紛う程の美しさだった事を覚えている。 忙しい親、広い屋敷、放置された子供の相手として抜擢されたのが自分だった。 しっかりしている様で脆く、儚いようで割と強い。 凛とした人を寄せ付けない佇まいに、最初の頃はとても気を遣った覚えがある。「デルメール家のジェイドと申します。何なりとお申し付けを」 幼馴染と言え、同等ではない。 少年だったジェイドにも、その認識はあった。「ジェイド……」 美しいブランデーのような瞳に、夕陽に焼けた薔薇のような赤い髪。 薄い花弁のような彼の口から零れた自分の名が、特別なものに思えた。「ジェイドは一緒に居てくれる?」
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失言

 あの日から数日、悪天候が続きジェイドは屋敷を留守にしている。 荒れた港の復興や、怪我人、行方不明の漁師などの対応で帰って来れないらしい。「リゼル、今日もジェイドはいないの?」 着替えを済ませたラヴェルは、窓際の席に腰掛けリゼルが淹れてくれるお茶を待った。 与えられている部屋から見える庭は、重い雲の影を湛えて薄暗く、陰鬱な影が部屋を覆っている。 数日顔を見ていないだけで、あの時の不安がより一層濃く、重く、胎の内に沈む様だった。「今晩、お戻りになると聞いております」「そう……」 淡い湯気を立てるティーカップを口元へ運び、ラヴェルは大きなため息を吐いた。 時間が経つ毎に、謎は絡まり続ける。 王家に売る為――そう考えると、長い時間をかけて戸籍まで偽り女装させる事に、意味はない様に思える。 海に漂着した犯罪者が、自分にとっての仇ならば、そのまま突き出せばいい話だ。 だが、ジェイドは怨恨の片鱗を見せた事など一度もない。「どうかなさいましたか?」「ねぇ、リゼル……もし、仮にリゼルの家族を窮地に陥れた人間がいたら、リゼルならどうする?」「……それは、ベル様ご自身のお話ですか?」 そう聞かれてラヴェルは「いや、」と言いかけたが、自分自身もその立場にいるのは事実だ。 リゼルに主人であるジェイドとのやり取りを詳しく話す事は憚られる。 それゆえの例え話ではあるが、そう誤解されても仕方ない。「そうね……」「もし仮に、私が家族に手を出されたならば……」「ならば?」「罪を犯してでも、その者を許しはしません」「……そう、ね」 リゼルのその言葉に、ラヴェルはぐっと奥歯を噛み締めた。 来ているドレスの胸元を抑え、気付かれない様に窓の外へ視線を投げる。
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濡れた決意

 小雨が降る中、屋敷の敷地内出るだけで、ドレスが重さを増してくる。 裾が汚れない様に持ち上げてみるが、傘を持って来られなかったのは痛手だった。 リゼルに気付かれる前に、出来るだけ屋敷から離れないといけない。 その焦りが足を急かし、少しずつ強まる雨がその行く手を阻む様に向かって来る。 ラヴェルは一先ず麓に見える街を目指して歩き続けるが、泥濘に足を取られてよろめく。「あっ……」 濡れたドレスの裾が足に纏わりついて危うくこけそうになり、傍にあった木に手を伸ばした。 だが足首があらぬ方向にぐりっと曲がり、激痛が走る。「いっ……た……」 思い切って出て来たは良いものの、街に辿り着く事さえ出来ない。 自分の無力さが足の痛みを酷くする。 痛みを堪えて眉根を寄せ、大きな溜息を吐いた。 木陰で雨は凌げているが、このまま麓に降りるのも簡単ではない。 屋敷に戻れば全身びしょぬれで隠し通せるはずもなかった。「何やってるんだろうな……」 頬に張り付いた髪が口に入るのを、うっとおしく指で払う。 街へ下りたとて、どうやってセルジオを探せばいいのかも分からない。 港付近へ行けばジェイドに遭遇する可能性だってある。 あの日以来、ジェイドとは真面に会話もしていない。 屋敷を出たと知られれば、今度こそ愛想をつかされて追い出されるかもしれないというのに――。 いやでも、真実を知らなければあの屋敷で安心して眠れる日は来ない。 そんな事を呆然と考えていると、遠くから馬車の蹄の音が聞こえて来て、ラヴェルは顔を上げた。 段々と近づいて来るその馬車に、一縷の望みをかけ、飛び出した。 こちらの存在を認めた御者が、驚き、手綱を引いて馬車を停める。 甲高い馬の嘶きの後、驚いた御者が「そんな所で何してる!
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別邸

 押しの強いオルレイン博士に、麓の街へ行く前にと小さな屋敷へと連れて行かれる。 小さな庭と貴族の別荘と言うには質素なその屋敷には、使用人の気配さえない。 傍に設えてある厩と雨に濡れる素朴な草花が、よく似合う古い建物だった。「ここは……?」「私の仕事場だ。年季は入っているが、居心地は悪くない」「仕事場……」「あ、そうだ。名乗っていなかったね、私はルアン。ルアン・オルレインと言う。君は?」「あ……ベルですわ」 ラヴェルはデルメールの名を出す事を憚り、敢えてそう答えた。「さぁ、中へ入って少し休むといい」 案内された客間には、小さな本棚とアンティークのテーブル、人気がないせいなのか雨の音が良く響く。 古くても大事にされて来たであろう家具たちが、良い具合に歳を重ねている。 ただ何か、ほんの僅か、違和感があった。「ここには女性用の着替えはないな……暖炉を入れ……いや、使えたかな?」 まるで独り言の様にそう言いながら暖炉の奥を覗いている。「あの、オルレイン様……どうか、お構いなく……」「いや、でも君っ……」 振り返った博士の顔に、煤がついている。「ふっ……オルレイン様、お顔に煤が」「あっ、え……」 顔を袖で拭ってオルレインは「あぁ……」と残念そうな声を上げる。 人の良さそうな博士の人となりに、ラヴェルは少しホッと胸を撫で下ろした。 男だとは気づかれていない様だし、ここからなら街まですぐそこだ。 歩いてでもそう遠くはない。 着替えの代わりに、と出された男物のシャツとスラックスを受け取り、お茶を淹れて来ると部屋を出る博士を見送る。 流石に男物を着るのは拙い。 でも
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何者

 オルレイン博士を探そうと、ラヴェルは部屋を出る。 静まり返った古い屋敷に雨の音だけが響いて、少し薄気味悪いくらいだ。 長い廊下の先に炊事場の入り口を見付けて覗き込む。「お呼びですかい、旦那様」「エド、使いを頼まれてくれ」 御者だった男を呼びつけて、オルレインが何か話している。 話し終わったら暇を申し出ようと、壁際に隠れるようにして待った。 博士は小さな手紙らしきものをエドに手渡している。「じゃあ、これを渡せば良いんですかい?」「あぁ、渡して“見つけた。間違いない”と伝えろ」 その博士の言葉を聞いてラヴェルはひゅっと息を飲んだ。 誰に何を伝えようとしているのか? 見つけた、というのが自分の事ならば今、港には王都から調査隊も来ている。 逃げないと――!! 真実は分からない。 オルレイン家は国王派の筆頭貴族の一つ。 犯罪者ラヴェル・ローゼンを見付けたならば、突き出すに違いないのだ。 口の端が震える。 ラヴェルはそっと炊事場の扉の陰から離れ、出入口を探す。 だが、余りウロウロしていては博士に見つかってしまうだろう。 そう考えたラヴェルは案内された部屋まで戻り、その部屋の窓から飛び出した。 地に足をつけた際、傷めた足に激痛が走る。「――ッ!!」 それでも、見つかってはならないという警戒心が、声を嚙み殺した。 左足を引き摺りながら、来た道を戻る。 博士が気付いて追い掛けて来たら、すぐに捕まってしまう。 ラヴェルは焦って足が縺れそうになりながら、痛みに堪え一歩ずつ歩いた。 唯一、男物の服に着替えていたせいで、濡れたドレスの様に重くはないのだけは幸いだった。「はぁっ……はぁっ……」
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正体

「なっ……」 誰だ、何だ、何の用だ、と言葉にしたいが口が動かない。「ウォォォ――――ッン」 空に向かってそう吠えた男の声に、ラヴェルは驚きビクッと身を固くする。 ラヴェルはその異様に体躯の大きな男を前に、身動ぎ一つ出来なくなっていた。 ただ怖い物から視線を逸らせない。 その意志だけが、ラヴェルに残っていた。「み、つけた……」 男の大きな手がこちらへと伸びて来て、ラヴェルは座り込んだ木の根を這いずるようにして逃げる。 だが、疲弊し力尽きているラヴェルは、軽々と担がれてしまう。「やっ……! ヤメロッ! 離せッ!」 ラヴェルは残った力を振り絞って、ジタバタと暴れて男から逃れようと藻掻く。 だが、その大きな腕はビクリとも動かず、聞く耳も持たないと言った風だ。「おろせっ! 触るなッ!」 男の肩に担がれて一頻り暴れ、その男の胸に膝蹴りし背中を拳で叩いてみても、まるで壁を殴っているようだ。 当の本人はまるで痛みを感じておらず、こちらの手の方がジンジンと痛む。「だんな、さま……み、つけ、た」 男がそう言ったのを聞いて、ラヴェルは「え?」と振り返る。 無様に担がれた自分の視線の先には、傘も差さずにずぶ濡れになったジェイドが見えた。「はぁっ……はぁっ……レヴィン、降ろして良い」「ん」 レヴィン――? その名前に聞き覚えがある。 そう思ったのも束の間、そっと降ろされたラヴェルは、濡れそぼり息の上がったジェイドを見て、俯いた。 眉根を寄せて肩で息をするジェイドを見て、ラヴェルも顔を歪めた。 ゴロゴロと唸りを上げる空の音に紛れるようにして「すまない」と目を逸らす。
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夜に映る矛盾

 雨に濡れたラヴェルを連れ帰ったジェイドは、自ら湯殿へと運び甲斐甲斐しくラヴェルの世話をする。 連日の悪天候で港の復興作業に、行方不明者の捜索などで家を空けていた。 リゼルから“ベル逃亡”の知らせを受けた時は、足の感覚がなかったほどだ。 身を清め、綺麗な夜着に着替えさせたラヴェルを寝台に運び、まだ乾かない髪を丁寧にリネンで抑える。 ラヴェルは長く雨に打たれたせいで熱を出し、呼吸は荒い。 不快そうに眉を歪め、眦には涙が浮かんでいる。「泣くな、ラヴィ……大丈夫だから」 ジェイドは蟀谷を流れるラヴェルの涙を指で拭う。 失うかもしれなかった。 全て手に入れる為の計画ではある。 だが、その中でもラヴェルは一番失ってはならないものだ。 確かにローゼン家から切られたデルメール家は困窮し、冤罪だと訴え続けた父は病に倒れ長くはもたなかった。 この冤罪事件には、王国の陰謀が大きく関わっている。「お前に恨まれても、もう止まれないんだ」 ジェイドは寝ているラヴェルの手を自分の両手で握りしめ、懇願するように額を付けた。 幼い頃に恋した公爵家の嫡男は寂しがり屋で美しい子供だった。 その孤高の花が、父親の前で痴態を晒しているのを盗み見た日。 若きジェイドは明確に怒りを覚えた。 お前は男として生き、この国の王になるのだ――。 ローゼン公爵のその言葉を忘れた日はない。 諸悪の根源であるエルメダの日記を手に入れ、ラヴェル・ローゼンを世界から抹消し、最初からなかったものにする。 それが――世界を在るべき姿に戻す唯一の方法。「次の手を打つ必要があるな……」 ジェイドはしっかりと目を見開き、低い声でそう呟いた。 ラヴェルの部屋の扉がノックされ、返事もなく振り返る。 開
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