All Chapters of 没落した薔薇は、碧夜の星になる: Chapter 1 - Chapter 3

3 Chapters

落ちる薔薇

 ラヴェルは、自分があとどれだけ持ちこたえられるのか分からなかった。 海水が無数の手のように、彼の鼻や口を引き裂く。  肺に流れ込み、空気のひと欠片まで押し出していく。 視界は閉ざされ、四肢も縛られている。 ラヴェルは誰かに捨てられた石のように、ゆっくりと真っ暗な底へ沈んでいった。 これが、ローゼン公爵家の嫡男の末路なのか? 二十分前まで、彼は王都で最も豪華な夜会にいて、クリスタルのグラスを手に、皆からの祝いの言葉を受けていた。「ラヴェル様、ご立派になられて」「ラヴェル様は王家からの期待も大きいですからな」 偽りの笑顔、追従の言葉。  彼はただ早く家に帰って、夜会服を脱ぎ、ベッドに横たわりたかっただけなのに―― 雷鳴がバリバリと天を走る。 夜会帰りのラヴェルは、屋敷に入って痛い程の沈黙に首を傾げた。  明かりがついているはずのエントランスも、出迎えるはずの執事の姿も見えない。 「何だ……? 誰か、居ないのか? クレイ……?」  やけに自分の声が響く。  広い屋敷の中にあるのは、地面を激しく打つ雨音と、吠え猛る風の声だけ。  それが静けさを濁らせていた。 誰も彼に応えなかった。  自室の前まで来て、ピタリと足を止める。 「……何だ?」  最初に気付いたのは血の匂い。  何か異変が起きている。  余りにも人気の無い屋敷に、無意味に背後を気にして振り返った。 「……?」  自室の扉を開けた先には、血塗れになって横たわったクレイの姿があった。  「クレイッ!! なっ、どうっ……」  言葉も思考回路も途切れ、ただ、ただ、横たわるクレイの硬い体を揺さぶる。  開け放たれたバルコニーへの窓がバタリバタリと風に踊らされていた。 「――クレイッ!!」  ラヴェルは諦めきれずに声を掛ける。  僅かに口を開いた様に見えたが「逃げっ……」と短く吐き出された。 震えるクレイの握りしめられた手がこちらの胸元を押し付ける様にして、何かを訴えて来る。 ラヴェルは反射的にその手を握る。 その手の内には、ローゼン家の象徴であるロゼリアと言う宝石が埋まった小さな鍵が握られていた。「しっかりしろっ! クレイッ!」 声を荒げ激しくクレイの体を揺さぶる。 だが、触れた手にぬるりとしたクレイの血がベッタリと付いて、微動だにしない彼がもう
last updateLast Updated : 2026-06-04
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盗まれた日記

 ジェイドは白シャツにサスペンダーと言う軽装で、貴族の外出着とは言えない装いだった。「お加減はいかがですか? ラヴィ様」「あ、あぁ……大分良い」「貸して下さい。私が拭きましょう」「いや……それは……」 下位の貴族とは言え“旦那様”と呼ばれているという事は、デルメール家を継いでいるという事だ。 ヴェルモナ王国の南の辺境であるデルメール領。 小さな領地ではあるが、その昔は港を有した貿易の拠点として栄華を誇った土地でもある。 今は国境を持つバロー領に取って代わられて衰退した小さな辺境となった。 そんな古い家名で下位であっても、家督を継いだ者に身の回りの世話をさせるのは、気が引けた。「遠慮する事はありません。今でも、私にとってラヴィ様はお仕えするべき存在ですから」「……それはどうだろうな」 此処へ来てから自分の家の事がどうなっているのか、一切分からない。 父親や家に仕えていた者達がどうなったのか――。「お屋敷の事、ご心配ですか?」「あ、当たり前だ! ジェイド……ローゼン家はどうなったのだ……?」 寝台脇に座ったジェイドは、手に取ったリネンを下して悲し気にこちらを見た。 本当に知りたいのか? そう聞かれている様に見える。「やはり、もう誰も……」「……いえ、ローゼン公爵は“夜鷹”に」 そう言われてラヴェルは一瞬、息を飲んだ。「なんっ……だと?」「ローゼン公爵は先日の朝刊でネブラ機関に連行されたと記事になっておりました」 ネブラ機関――通称“夜鷹” 王の勅命だけを受け、貴族達の監視、粛正、場合によっては暗殺をも実行する秘匿機関である。「夜鷹……だとっ⁉ ネブラ機関が何故、ローゼン家に爪を立てる? 我々ローゼン家はヴェルモア王に忠
last updateLast Updated : 2026-06-05
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