ラヴェルは、自分があとどれだけ持ちこたえられるのか分からなかった。 海水が無数の手のように、彼の鼻や口を引き裂く。 肺に流れ込み、空気のひと欠片まで押し出していく。 視界は閉ざされ、四肢も縛られている。 ラヴェルは誰かに捨てられた石のように、ゆっくりと真っ暗な底へ沈んでいった。 これが、ローゼン公爵家の嫡男の末路なのか? 二十分前まで、彼は王都で最も豪華な夜会にいて、クリスタルのグラスを手に、皆からの祝いの言葉を受けていた。「ラヴェル様、ご立派になられて」「ラヴェル様は王家からの期待も大きいですからな」 偽りの笑顔、追従の言葉。 彼はただ早く家に帰って、夜会服を脱ぎ、ベッドに横たわりたかっただけなのに―― 雷鳴がバリバリと天を走る。 夜会帰りのラヴェルは、屋敷に入って痛い程の沈黙に首を傾げた。 明かりがついているはずのエントランスも、出迎えるはずの執事の姿も見えない。 「何だ……? 誰か、居ないのか? クレイ……?」 やけに自分の声が響く。 広い屋敷の中にあるのは、地面を激しく打つ雨音と、吠え猛る風の声だけ。 それが静けさを濁らせていた。 誰も彼に応えなかった。 自室の前まで来て、ピタリと足を止める。 「……何だ?」 最初に気付いたのは血の匂い。 何か異変が起きている。 余りにも人気の無い屋敷に、無意味に背後を気にして振り返った。 「……?」 自室の扉を開けた先には、血塗れになって横たわったクレイの姿があった。 「クレイッ!! なっ、どうっ……」 言葉も思考回路も途切れ、ただ、ただ、横たわるクレイの硬い体を揺さぶる。 開け放たれたバルコニーへの窓がバタリバタリと風に踊らされていた。 「――クレイッ!!」 ラヴェルは諦めきれずに声を掛ける。 僅かに口を開いた様に見えたが「逃げっ……」と短く吐き出された。 震えるクレイの握りしめられた手がこちらの胸元を押し付ける様にして、何かを訴えて来る。 ラヴェルは反射的にその手を握る。 その手の内には、ローゼン家の象徴であるロゼリアと言う宝石が埋まった小さな鍵が握られていた。「しっかりしろっ! クレイッ!」 声を荒げ激しくクレイの体を揺さぶる。 だが、触れた手にぬるりとしたクレイの血がベッタリと付いて、微動だにしない彼がもう
Last Updated : 2026-06-04 Read more