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第5話

Autor: 雨模様
遥が目を覚ますと、外はもうすっかり明るくなっていた。

しかし、部屋の中は異様なほど静まり返っている。

天井をぼんやりと見つめながら、数秒経ってようやく昨夜の出来事が夢ではなかったと悟った。

雪丸はいなくなった。

そして、香織が遺してくれた着物も、無くなってしまった。

ノックの音と共に、朔の秘書である洋介が入ってきた。

手にはいくつもの箱を持っており、その態度はいつも通り礼儀正しい。

「奥様。社長は今朝から急な案件の対応で盛沢市へと向かわれました。これは社長からの贈り物です。あと、昨夜の件ですが……あまり自分勝手に事を荒立てないでほしいと、社長から伝言を預かっております」

自分勝手に事を荒立てるな、だと?

目の前に置かれたいくつもの贈り物を見て、皮肉な笑みがこみ上げてくる。

朔の手によって母の形見が奪われ、その着物は別の女のために使われた。そして自分を宥めるために、ジュエリーを送るとは。

高価なものさえ渡せば、自分がおとなしく黙っているとでも思っているのだろうか。

洋介に言葉を返すこともせず、遥は無言でテーブルの上の箱を全て床に叩きつけた。

箱からジュエリーが転がり出し、床に無造作に散らばる。

「出て行って」静かな声だったが、氷のような冷たさを帯びていた。「これ全部持って、今すぐ消えて」

洋介はしばし立ち尽くしたが、最後は床に散らばった品を一つ一つ拾い上げ、その場を後にした。

その日、遥が部屋から出ることはなかった。

窓辺で屋敷を行き来する車を眺め、遠くから聞こえてくる宴の音楽と人々の楽しげな声を耳にするだけだった。

冬の夜の茶会は、滞りなく行われていた。

紗絵は母の形見であるあの着物を纏い、本来なら自分の席である場所に座っているのだろう。

その事実を想うと、かえって涙は出てこなかった。

泣き果ててしまえば、感情などただの虚無となる。

夕暮れ時、紗絵からメッセージが届いた。

【遥さん。今夜は私の誕生日会なんです。おばあさんから特別にお許しをいただいたので、別館で小さな茶会を開くことになりました。遥さんも是非いらしてください。

大勢で楽しんでいるし、朔さんも『いつまでも部屋に引きこもっているのは良くない』って言っていましたよ】

遥はメッセージを読み終えると、そのまま削除ボタンを押した。

しかし、まるで無視されることを予期していたかのように、すぐさま2通目が送られてくる。

【もしかして、来れないんじゃないですか?本当は朔さんがあなたにあげるはずだったものを、私がもらってるっていう事実を見るのが怖いんですか?】

その言葉を凝視すること数秒、遥は一言だけ返した。

【紗絵。結局、何をそんな見せびらかしたいわけ?】

返事はメッセージではなく、すぐに電話としてかかってきた。

耳に当てた先からは、甘ったるい声が響く。

「もちろん、あの着物が私にとてもよく似合っていることを見て欲しいんです。帯だって、朔さん自らが締めてくださったんですから。それに、この振袖の白色は、遥さんが普段好んできていらっしゃる赤の着物よりも、神宮寺家の雰囲気にずっと合うって、朔さんはおっしゃってくれました。

それと、知っていましたか?朔さんの心にいるのは、私なんですよ。遥さんではなくて。まあ、私はずっと前から知っていましたけどね」

遥は何も言わなかった。

紗絵は勝ち誇ったように続ける。

「昔、私がお酒に酔って別館で眠っていた時、夜中に目が覚めたら、朔さんが私のベッドの横に座って、長い時間じっと私を見つめていたんです。

その後も、私は寝たふりを続けました。そうしたら、どうなったと思います?そっとキスされたんです。あの時、私は確信しました。あなたとは夫婦の義務として一緒にいるだけで、私と接する時のように心はないと、ね?」

スマホを握りしめる指先に力が入り、関節が白くなる。

朔はキスでさえとても事務的だった。

でもそれは、彼の性格だと思っていた。

だが、彼の心が動く相手が自分ではなかったというだけだったようだ。

画面の向こうでは、まだ紗絵が笑っている。

「遥さんの家柄は私よりいいし、見た目だってとても華やか。でもそれが何だって言うんですか?だって、あなたが一番欲しい男は、いつだって私に夢中なんですよ?

だからね、今夜自分の目で確かめてみたらどうかなって思いまして。彼がどっちを選ぶのか、ね?」

遥は答えることなく、電話を切った。

この一日が、もうこれ以上悪くなることなどないと思っていた。

だが真夜中、別邸のドアのチャイムが激しく鳴り響いた。

使用人の一人がドアを開けると、厳格な面持ちをした警察官たちが部屋に入り込んできた。

「神宮寺遥さんですね?今夜の茶会で、神宮寺紗絵さんが催眠成分の入った抹茶を飲まれ、病院へ搬送されました。捜査により、あなたが厨房の者に対して、抹茶の差し替えを指示したという疑いが浮上しました。署までご同行いただけますか?」

別邸の使用人たちが騒ぎ始める。

「そんなことあり得ません!奥様は今夜、ずっと部屋にいらっしゃって、一度も外出なんて……」

遥は誰もが恐れを抱くほどの冷たい瞳で、階段に立っていた。

「私はやっていません」

警察官と遥が対峙する中、不意に玄関の扉が開けられた。

冷たい風と共に、肩に雪を積らせた朔が入ってくる。

使用人たちが藁をも掴む思いで彼に駆け寄った。

「旦那様!奥様が薬を盛ったって警察官の方が……でも、そんなのあり得ないんです!」

朔は手袋を外し、遥の顔を一瞥すると、息が止まるほど冷酷な声音で呟いた。

「通報したのは、俺だ」

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