「わかった。なら、この仕事が終わったあと二人で話そう」「……えっ?」また予想もしない言葉が出てくる。どうしてこの人とはこんなに話が噛み合わないの?いや、こんなに話が噛み合わないということも、実際今初めて知ったようなものだ。「とにかく君は仕事が終わっても帰るな。ここで待ってろ。いいな」相変わらずの命令口調。「もう私は、あなたの妻じゃない。私の仕事も、私の生活も、全部あなたには関係ない。今さら親切ぶる必要なんてないし、私はそんなもの、いらないわ」彼は黙った。しばらくしてから、ようやく口を開く。「……言いたいことは、それで全部か?」「ええ、全部よ」「なら、来い」私は思わず目を見開いた。――この人、私の話、ちゃんと聞いてたの?「だから、必要ないって――」「お前に決める権利はない」彼は背を向けたまま、「モデルになりたいなら、俺が段取りをつける。自分の力でやりたいっていうなら、それでもいい」そこで一度、彼は私を振り返った。視線が、容赦なく私を射抜く。「だが今のお前に、何ができる?」私は息を呑んだ。唇を開いても、何ひとつ言い返せなかった。「杏華。帰るぞ」仕事が終わると、宣言した通り私の名を呼んできた彼に、私は一瞬戸惑った。昔、こんな場面があったことを思い出したからだ。二人でどこかへ出かけ、彼の後ろについていく。私はそれだけで幸せだった。そこに彼の愛はなくても、その時間だけでも、私はただ一緒にいられるだけで満たされていた。どうして今更そんなことを思い出してしまうのだろう。それこそ私にとっても、そして彼にとっても無意味なことなのに……。彼に言われるがまま、そのあとについていく。そう今は他人。何の意味もない。私は私に言い聞かせる。「乗れ」そこには懐かしい彼が所有している車。彼に言われ助手席に座る。あぁ、ダメだ。また思い出してしまう。ハンドルを握る横顔が好きだった。すらりと伸びた指先も、伏せた時に影を落とす長い睫毛も。この狭い車内にいる時だけ、私はほんの少しだけ――彼を独り占めできた気がした。溢れそうになる感情を、必死に押し殺す。もう、彼は他人だ。あの頃の私は、ただ彼が体裁を整えるために隣に置いていた“飾り”にすぎなかった。……きっと、今も同じ。私は頭を無にするため、彼にその気持ちを想い出
Last Updated : 2026-04-18 Read more