All Chapters of 社長、離婚した奥様が世界的トップモデルになっています!: Chapter 61 - Chapter 70

82 Chapters

第61話 もどかしい距離

【一弥side】夜のパーティーで、俺は杏華との微妙な空気をなんとか変えようとしていた。こんな場所で、感情まかせに、あいつに俺をぶつけたことが自分でもどうかしていたとは思う。俺らしくない。そう思いつつも、パーティーでもやけに杏華の様子が気にかかってしまう。こういうパーティーでは常に夫婦として杏華が隣にいたのが当たり前だった。それが今はあいつは隣にはいない──。それどころか同じ空間にいるのに、さっきの影響のせいか視線も合わないほどの距離にいる杏華と、なぜだか心の距離も遠いように感じる。無意識に杏華の方を見ていると、その視線は明らか俺の方じゃなく、逆側にいるあのカメラマンの方に向いてるような気がしてならない。こんな状況は初めてで、また胸がざわつく。あいつと出会ってから、あいつの視線はいつだって俺の元にしか向いていなかった。どんな男がいようが、近くても遠くても俺だけに視線を向け、俺が視線を合わすと、その表情をすぐに緩めていた。何が嬉しいのかわからなかったが、それがあいつの当たり前だった。そんなあいつが今は俺じゃない違う男にその視線を向けている。それがどうしてか無性に苛立ってしまう。“俺はここにいる” ”俺を見ろ” 今まで感じなかったそんな感情が涌き出てくる。すると、俺は気が付けばあいつのその視線を遮るように、あいつの前に立っていた。「何を見てる」あいつにそう声をかけると、見たこともない顔と反応で驚く。まったく俺のことなんて頭になかった、そう言わんばかりの態度で。だからだろうか、結局俺はそんな杏華に少し距離をとってしまう。だが、自分の中でそこからすぐに立ち去ろうという気にはなぜかなれなかった。すると、そこに撮影に参加しているモデルの二人組が近づいてきた。「あの~。桐生さんですよね?」「え……?  あぁ、そうです」「わ~やっぱり~! 本物の桐生さんすっごく素敵ですね」「あぁ、どうも……」わずらわしく女たちが自分の見栄えや肩書に釣られて目の色を変えて近づいてくる、こういう状況は久しぶりだった。杏華が隣にいたときはもちろんだが、杏華がそこにいないときも、結婚しているという事実が周知に知られていたことで、俺はそのわずらわしさから逃れられていた。だが、どこからか離婚を聞きつけ、その事実が無くなった途端、またこういう面倒な状況に
last updateLast Updated : 2026-05-26
Read more

第62話 隠れていた気持ち

【一弥side】「そうですね。ここにはあなたたちみたいに、とても華やかで素敵な女性がたくさんいらっしゃいますしね」俺はその女たちに、こういう場で見せる得意な嘘くさい外面のいい顔を貼り付け言葉を返す。「確かに、元妻は、あなたたちみたいに美しく華やかなタイプではなかったですから」「そうなんですね。フフッ。お気の毒」「ですが……。彼女は、俺の妻らしくどんなときも清楚で慎ましく、どんな場でも恥ずかしくない装いと態度で、誰よりも品がある俺に相応しい妻でいてくれました」お前たちみたいな品のない女ではなく、杏華はいつも俺の言いつけを守り、桐生の人間として見た目も礼儀もすべて注意すべきところはない姿で、俺の隣に立っていた。それも全部当たり前だと思っていた。俺の妻として当然だと思っていた。だが、改めて今こういう状況が起きたところで、今までの杏華がどういう存在としてそこにいたのか、俺は少しずつ気付き始めていた。「それに、彼女は俺に誰より尽くしてくれていました。決して他の男なんかに目も向けず、何年も一途に俺だけを想ってくれていた従順な妻でしたから──」そう。お前はこれまではずっとそんな女でいたんじゃないのか。さっきまでの杏華の姿を思い出し、俺は無意識にその状況を過去の姿と重ねていた。次々に自分の口から出てくるその言葉は、自分の言葉じゃないように思えた。今まで一度だって、そんなことを思ったこともなければ、口にしたことも当然ない。それがどうして今はこんなにも饒舌に何の抵抗もなしに、スラスラとこの口から流れるように出てくるんだ。俺はそんなふうに思っていたってことか……?自分で言葉にすることで初めてそんなことを意識する。だけど、俺のプライド的に、そんな動揺は一切顔には出さず、とにかくこの女たちがわざらわしくて排除しようと言葉を次々と並べていく。あいつが俺に心底惚れていたことは結婚した当初から気付いていた。それがなぜか俺的にこの女どものようにわずらしさを感じなかった。政略的に一緒になり、この先の人生を杏華と共にしていくということを考えたとき、従順に俺を想い、尽くしまくる女なら自分的にいろいろやりやすいだろうと、俺は納得し受け入れた。そう、それだけの理由だったはずなのに──。あいつが俺に向けるその想いの深さがどれだけだとか、今までどうでもよかったそんな
last updateLast Updated : 2026-05-27
Read more

第63話 戸惑い

【一弥side】なのに──。目の前の女たちは、そんな俺の空気を察することなく、まだここぞとばかりに下心を剝き出しにし俺の気持ちを逆なでしていく。だが無駄にそんな神経もエネルギーも使いたくなかった俺は、他の女に興味はないと遠回しにあしらう。「俺は今、ちゃんと向き合いたい女性がいるんです。彼女のことをこれからはちゃんと支えて、しっかり見て行きたいんです」今の俺には杏華以外、無駄に時間を使う余裕も興味もない。今俺と杏華がどんな関係やどんな状況であっても、俺が面倒見ると決めた以上、俺は杏華とどんな小さなことでも向き合うことから始めるしかないと、そう思い始めた。それはモデルとしてだけじゃなく、この先産まれてくる腹の子供の面倒も、いざとなれば考えることだって……。現に結婚していたときより、俺は確実に杏華に心は少なからず向いていて、頭に占める割合が多くなっているのは確かだった。そう、それは俺の中で少しずつ明確になっていることに、俺はもう気付いて……「一弥お兄ちゃん!」遠くから自分の名前を呼ぶ綾乃の声が聞こえ、俺はすぐに現実に引き戻される。その瞬間、綾乃という俺の中で無視出来ない存在がいるということを思い出し、俺は今までの感情をその時点でしまいこみ、平然とした表情でいつものように綾乃に手を上げ反応する。すると、そんな俺たちを見たその女たちは、なぜだかそのタイミングでコソコソとよくわからないことを話しだし、勝手に納得してその場を立ち去っていく。「やっぱり桐生さんの今の特別な女性はRURIなんですね」どういう意味だ……?俺には特別な女なんて存在しない。さっきから綾乃とのことを口にしていたそのことが気にかかるも、その場で綾乃を避ける理由もなく、いつものように話しかけてきた綾乃と言葉を交わす。すると、隣を見ると、さっきまでそこにいたはずの杏華がいなくなっていたことに気付いた。さっきまでいたはずだったのに、あいつはまた一体どこへ消えたんだ……。どこまで俺の話を聞いていた?いつからいなくなった?俺は綾乃と特に中身もない会話を交わしながら、頭の中はまたそこからいなくなった杏華のことでいっぱいになる。あの女たちがいなくなったら、また杏華に話しかけようと思っていたのに。いや、もしも俺の感情がそれ以上余計に興奮などしなければ、せめてさっき起こした自分の
last updateLast Updated : 2026-05-28
Read more

第64話 闘いの始まり

翌日昨日までとは違う撮影現場のその雰囲気に私は少し動揺していた。明人くん……いや、AKIさんとの昨日の会話のやり取り。思い返してしまうと、素直に言えば、やっぱり少し昔の感情が時折出てきて意識してしまう。だけど、カメラマンとモデルというそれぞれの立場での距離感と関係を保たなければいけないというそのプロ意識も同時に存在していることで、懐かしいという感情より今はそんなAKIさんに今の自分を認めてもらいたいという思いの方が強くなっていた。そんな中、今日の撮影のテーマとモデルの選出は、少し特殊な内容だった。それは”セルフプロデュース”。自分が今モデルとしてどういうモデルなのか、今後どういうモデルになっていきたいのかをそれで見極めるというのだ。プロデュースの方法は自由。衣装もヘアメイクも、プロに頼んでもいいし、自分でやってもいい。但し、どんな衣装にするか、どんなヘアメイクにするかは自分で決める。その手伝いのみ、プロに任せてもOKというわけだ。ここに持ってきているブランドすべて使用可能。スタイリスト・ヘアメイクも自分の要望を伝えてアシストしてもらうことはOK。その自分で演出した姿で、自分はどうありたいか、どう撮影してもらいたいか、どんな仕上がりになっていてほしいのか。届ける方法・届けたい対象・届ける自分の感情、すべて先のことまで考えて自分を一つの作品としてセルフプロデュースする。これは全員参加で、どれだけ時間がかかっても、AKIさんは一人一人向き合い、モデルとしての才能を自らの目ですべて確認すると言ってくれた。それはきっと並大抵のことではない。それを一人一人対応するということは、そのエネルギーや情熱やパワー、いろんな大きな力を、AKIさんがすべて受け止めるということだ。きっとそれで彼のいろんなパワーや神経も削られていくことも今の段階でも想像出来てしまう過酷さ。AKIさんはそれほどの情熱を持って、この撮影に挑んでくれている。そんなAKIさんの熱意を前にして、モデルたちは皆胸がはやり興奮し、今までと比べ物にならないくらい気合もやる気も違う。ある意味これは自分との闘い。彼の目にそのときの自分がどう映るか、それできっとこれからのモデル人生も大きく関わってくる。撮影まで、しっかりそれぞれにその考える時間も与えられ、方向性が決まった人から準備
last updateLast Updated : 2026-05-29
Read more

第65話 すべてが敵 

私は早速自ら考えたプロデュースを形にするため、早速服を選び始める。そして気になった服を手にしようとすると、誰かがガシッと私から少し遅れたタイミングで同じ服に手を伸ばす。「あの……」「これ私が最初から目をつけてた服なんだけど」別のモデルがその服をがっしりと掴みながら私を睨みつけながら反論する。「え、でも。先に私が……」「はっ? あんた横取りする気?」「横取りって……」「あんた。そういうの本当得意よね~。人が狙ってる服も男もそうやって好き勝手自分の物にしていくんだ~」「え……、なんのこと……?」「てか。放しなさいよ! あんたがこの服着こなそうなんて100万年早いのよ。素人が」あまりの言われように、私は怯んでしまって、つい手を放してしまう。そのモデルは、それを見て「フンッ」と鼻で笑い、意気揚々とそれを力強く奪い取りその場をあとにする。どうして私がここまで言われなきゃならないの……?また身に覚えのない疑念と理不尽な言動に心がざわつく。だけど、服はこれだけじゃないんだし、他に良さそうな物を探そうと、気持ちを新たにし、また他の服を選び始める。あっ、これ良さそう。そう思い別の服に手を伸ばすも……。ドンッ!今度は体当たりしてくる別のモデル。「痛っ!」あまりの勢いに私はバランスを崩し、その場に倒れこむ。「邪魔!」謝りもせず、そんな暴言を吐き、私が選ぼうとした服をまた奪い去っていく。邪魔って……。この人どこから飛んできたの?今私が選ぼうとしたとき、明らかに周りに誰もいなかったよね?なのに手を伸ばした瞬間、勢いよくぶつかってきた……。その私の姿に周りのモデルたちは、くすくすと笑う。「うーわ。かっこ悪」「ダッサ」「調子に乗ってるからでしょ」私を嘲笑う声ばかりが聞こえてくる。当然誰も助けてはくれない。私は、黙ってその場で立ち上がり、また服を探し始める。そしてようやくまた別の服を手にした瞬間。「え、あれ着る気?」「あぁ、また色仕掛けで迫る感じ?」「え~そういう手使わないと勝負出来ないとか最悪でしょー」「モデルなめてんの?」背中越しにいくつも飛び交う私をけなす言葉。私が一つ一つすることを、ことごとく非難する声に、私はようやくその状況と意味を確信する。あぁ……、なるほど……。やっぱりそうか……。ここにいる人間は
last updateLast Updated : 2026-05-30
Read more

第66話 変われる強さ

私は選んだ服を着て、そのあとヘアメイクをお願いしに行く。だけど、他のモデルで手一杯だからと、なかなか自分の番が回ってこない。それどころか私のあとにお願いしたモデルがなぜだか先に順番が回ってきている。どんどんと自分の準備をし終わり、撮影に向かうモデルたち。そんな中、私だけが後回しにされていく。もしかして、この人まで……?誰が敵か味方かわからないこの世界と今の現場。いや、そもそも味方なんてどこにもいないか。だけど、他のモデルにはこんなことが起きていないことに、もう私も気付いてしまっている。自分でヘアメイクをしようかと考えたけれど、選んだこの服には、私の中でプロのメイクさんに強めのメイクをお願いしたいというところまで、プロデュースの中に入っていた。そして最初に担当してくれたメイクさんは感じが良かった人だったけれど、その人は別の仕事があるからと、今日はもうこの現場にはいなかったことも計算外。結果、私は結局その人を頼ることしか出来なかった。それからようやく自分の番が回ってきてメイクをお願いする。そこで私はその状況に感じた違和感を時間に焦っていたせいで、気付いてないフリをしていた。それもそもそもの間違いだったということを、そのメイクが出来上がった瞬間、知ることになる。「え……」出来上がったメイクを鏡で見た私は、自分の顔を見て思わず絶句した……。酷い……、この顔……。時間がないことを言い訳に、私は勢いのまま鏡の前ではない空いている適当な場所に座らされ一気にメイクを仕上げられた。「フフッ。何あれ」「やばっ。怖すぎるんだけど」「特殊メイク?」出来上がった私の顔を見て、周りのモデルたちがまた笑い始めたり、本気で引いていたりしている。それもそのはずだ。今の私は化け物かと思うほどのキツくて濃すぎるメイクになっていたのだ──。「これ……。ちょっと酷すぎませんか……?」私はメイクさんに抗議する。「……は? 私はあなたに頼まれた通りのメイクしかしてませんよ?」「確かに、私は強めのメイクでとはお願いしましたけど……」「それ……私に対しての侮辱ですか?」「え……?」「私はプロとして要望されたとおりのことに応えたまでです。それをそんなあからさまに非難するなんて、そっちこそ酷くありません?」ハハッ……。モデルだけではなく、そっち側も敵にな
last updateLast Updated : 2026-05-31
Read more

第67話 負けない意志

「えっ、嘘。お姉ちゃん。それで勝負する気?」すると撮影に向かおうとする綾乃が、通りすがりに私を見たと同時に反応してきた。「うわっ、ひっどい顔。あっ、でも地味なお姉ちゃんの顔にはちょうど派手になっていいんじゃない? それくらいのメイクしないと、その薄い顔目立たないもんね? 所詮地味な女は地味でしかないのにね」私の顔を覗き込んで、綾乃がうっすら笑いながら馬鹿にする。そんな綾乃に言い返せず黙っていた私に、綾乃はさらに追い打ちをかける。「バ・ケ・モ・ノ♪」楽しそうに耳元で私だけに聞こえる小さな声で嬉しそうに綾乃が囁き「フフッ」と笑う。「自分がどれだけ場違いで身の程知らずか、いい加減気付きなさいよね。何も出来ないくせに地味なあんたが調子乗ってんじゃないわよ」そして今度は静かに冷たく罵る。その言葉に胸の奥がギュッと痛くなり息苦しくなる。だけど私はその言葉を否定することも出来ず、黙ってそのまま唇を噛み締める。「わ~RURI素敵~」「RURIの撮影すごそう」すると、近くにいた周りのモデルが華やかに着飾ったRURIに気付き声を上げる。「ありがとう。このセルフプロデュース、私の最高の形に仕上がったの。AKIさんとの撮影、最高の物にしてくるわ」それに気付いた綾乃は、クルっと表情を変え嬉しそうに、そのモデルたちに答える。「あぁ~今の私をAKIさんに撮影してもらえるなんて最高の気分だわ!」「あ~もう悔しいけどRURIのその姿には適わないわ~」「私たちと全然違う!」その綾乃の姿に周りのモデルたちは負けを認めながらも、羨ましがる。そして綾乃は私をチラッと見て、また耳元まで近づいてくる。「私の今からする撮影見て、あんたがどれだけ違うか、その目でちゃんと確かめるといいわ」最後にそんな言葉を私に吐き捨て、綾乃は華やかなドレスをひる返し自信満々に撮影現場へと向かう。言いたい放題言われ、そんな綾乃に悔しい気持ちは変わりなかったけど、今のあまりの滑稽で醜い私がこの姿をどうにかするには、ここにいない方がいいような気がして、私はその状態のまま綾乃の撮影場所まで行き、こっそりと後ろの方で待機する。華やいだ綾乃がスタジオに入ると、そこにいる皆の顔もパッと華やぐ。「よろしくお願いします!」綾乃は満面の笑みと元気いっぱいの明るい声で挨拶し、スタジオの空気も明るくする
last updateLast Updated : 2026-06-01
Read more

第68話 ありのままの自分

「いいね。その笑顔もっとカメラに向けて!」自分のベストな姿で自信を持ってカメラの前に立つ綾乃は、当然輝いていた。これがモデルの”RURI”なのだと、世の中の人たちに宣言するかのように──。あそこまで完璧に仕上げた綾乃に比べて、今の私はどうだろう。自分に似合うかわからないこの服を選び、自分とは正反対の無理をして背伸びをしたことで、まったく自分を感じられない今の醜い私。厚く塗りたくったこのメイクは、そんな私の自信の無さを隠すように、私の本来の姿を偽物の姿で覆い隠す。私は、こんなモデルになりたかったの……?こんな姿が私だと堂々と胸を張れる……?今の綾乃のその姿を見て、私はそれがモデルだとかそういうこと以前に、今の自分に問いかける。この撮影は、ある意味モデルの名刺代わりのようなものだ。私がモデルの”杏華”なのだと、そう自信を持って誰にでも名乗れる自分としての──。私には綾乃のような元から持つ美しさも華やかさもない。だからといって、自分に似合わない物を纏って、それを自分の物として美しく魅せられる自信もまだない……。今まではブランドの意向や要望に合わせて、モデルとしてそんな自分になれていたけど、これはセルフプロデュース。自分に一番似合う服で、等身大の自分で、今の自分を魅せることが、きっと重要のような気がする。私はその瞬間、一つの自分の姿が浮かんだ。そう……。きっと私はこれだ。私だからこそ魅せられる演出。それが他人にどう見られるかはわからないけど、それは間違いなく、私が私らしくいられて自分を表現出来る方法だ──。私はその姿を見せることを決心し、綾乃の撮影している姿を背にしながら、その場をあとにした。そしてさっきいた衣装部屋に戻り、鏡台の前に座る。鏡に映った自分を見て、やっぱり滑稽な自分に顔をゆがめる。こんなの私らしくない。そう思いながら私はメイクをすべて落とし、ありのままの素顔に戻る。あぁ、何の華やかさもない顔。だけど、嘘で塗りたくった顔より、よっぽど清々しいし、自分らしい。いつもの見慣れた自分の顔を見て、やっと素直に笑えた。それからこの顔には似合わない今の服も脱ぎ捨て、今日着てきた白いワンピースに着替える。この素顔と同じように、何も飾られてないただ真っ白でシンプルなそのままのワンピース。だけど、私はこれが一番心が落ち着
last updateLast Updated : 2026-06-02
Read more

第69話 感じるままに

私は誰も自分に気付いていない中、スタンバイの位置まで足を進めて行く。するとさっきまで綾乃を中心に明るく盛り上がっていた空気が一気に静かになる。「えっ……嘘。あれ、あの子?」「さっきまで化け物だったのに……」「まさかあんな姿で現れるなんて」そのあとには、さっきまでの賑やかさではなく、コソコソとその場で呟く声や、ざわついた空気へと変わる。私と綾乃はこれほど空気を変えてしまうのか。あまりの綾乃との空気の違いに、一瞬反応はするものの、今の自分を後悔しているわけではなかった私は更に顔を上へと上げる。それでもそのスタジオにいる人間の視線が、一気に私に向けられているのがわかった。確かにこんな華やかな周りと勝負するステージで、こんな地味な人間が現れなんかすれば嫌でも注目してしまうのだろう。いつもの自分以上に、地味な姿。モデルとして恥ずかしくないようにそれなりのメイクをしていた普段の状態以上に、顔も服も、何もかも着飾っていないそのままの自分。だけどさっき塗りたくった誰だかわからない自分なんかより、今の何もない自分でいられることの方が何倍も気持ちよく私らしくいられた。「よろしくお願いします」スタンバイの位置につき、カメラをセットしていたAKIさんに声をかける。その声に顔を上げるAKIさんが一瞬固まったように見えた。その視線は、今の私を捉え、何か伝えてくるようなその瞳に、私も一瞬視線が奪われる。さっきまで自分を着飾った華やかなモデルばかり撮っていたから、あまりにも地味で普通な私が現れて驚きでもしたのだろうか。“今の自分でいい”と、そう胸を張り、この場所まで来たけれど、やっぱりAKIさんの反応は一番気になることだった。「あの……」私はAKIさんのその反応が気になりながら、口を開く。「あっ……。お願いします……」AKIさんは、その瞬間その声に気付いたような素振りで言葉を返す。そして、私をもう一度見つめ、ふっと柔らかく優しく微笑んだ。えっ……?まさかのその表情に私は一瞬驚いた。AKIさんは撮影に集中したいからといって、自分の視界に入る位置や空間に誰も近づけさせなかった。その撮影を少し離れた場所で取り巻いて様子を見ている周りの人たちには、このAKIさんの表情は見えていない。それは私だけに見せる彼の表情。そしてその表情は、昔私に見せたあの
last updateLast Updated : 2026-06-03
Read more

第70話 心が動く方へ

「君らしい、いい撮影だった」「ありがとうございます」撮影が終わり、AKIさんのその言葉にお礼を返す。「ちなみにこれは一人一人聞いていってるんだけど。このセルフプロデュースで、なぜその自分を見せようと──?」AKIさんのその問いかけに、私は今の自分をもう一度心の中で見つめ直す。「私が私でいられるからです」「君らしく……?」「はい。モデルとしてどんな服でも着こなせて、どんなメイクでも自分として演出する。それもきっと必要なことだと思います。ですが、私はまだそこまでこの仕事で経験がありません。自分をどう見せれば自分が満足する・求めてる側が満足する形になるのかもわかりません。だけど、自分が自分らしくいられる方法や理由なら知っています。それがプロのモデルとして正解なのかはわかりませんが、私が見せたいと思うその気持ちや、私の心が動く自分として、その時存在していれば、わからないそれが見つかるような気がしました」私は誤魔化すことなく、ありのままに思った素直な気持ちを言葉にする。経験がないからこそ、自分をまだ知らないからこそ見せられることや伝えられることが、きっとあるはずだから。それは私にとっての真実。そして、綾乃とは真逆のスタイル。あえて、私は綾乃とは正反対のその想いを、彼に伝えた。会場中も、その私の言葉を聞いて静まり返る。「そう……。わかりました。君のその姿勢も想いもスタイルも、全部このカメラの中に刻まれています。出来上がった写真を見て、それが自分にとってどういう形になるか、自分にとってどういう感情になるか、しっかりその意味を噛み締めながら見届けてください」「わかりました。今回も素敵な経験と、とてもいい勉強が出来ました。ありがとうございました」私は深々と頭を下げ、AKIさんに伝える。AKIさんのその言葉は、どうにでも受け取れる言葉で、それを前向きに捉えるか、後ろ向きに捉えるか、いい結果なのか、悪い結果なのかもわからない。だけど、不思議とその言葉に不安はなかった。この自分になる前は、正直不安でいっぱいになったけど、少し考え方を変えるだけで、こんなにも違う形になる。ピンチはチャンスとよく聞くその言葉も、今までの私には縁はなかった。一弥さんと結婚出来たことも、この世界に飛び込めたことも、ただ重なった偶然の上に成り立ったことなのだと、そう思ってい
last updateLast Updated : 2026-06-04
Read more
PREV
1
...
456789
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status