All Chapters of 私を投獄した後、クズ夫は後悔に狂った: Chapter 131 - Chapter 140

186 Chapters

第131話

「クライアントの吉岡社長は、与謝蕪村の熱烈なファンだそうだ!このデザイン案を見たら、どれほど喜ぶか、今から楽しみだな!」「なるほど、そういうことか。すごいな!一体誰が考えたんだ?吉岡社長の好みをどうやって調べたんだろう?」会議室のあちこちで視線が交錯し、一体誰の作品なのかと皆が周囲を見回した。章良は深く感心したようにうなずき、口を開いた。「それでは、正解を発表しよう。この設計案は、我が設計部が手がけたものではない。今回新たに入った臨時スタッフの一人が手がけたものだ!」その言葉に、室内が再びどよめいた。最後列のドアの近くに座っていた夕凪は、驚きと喜びで胸がいっぱいになった。驚いたのは、昨夜徹夜して仕上げたばかりの図面が、なぜ今日、章良の手元にあるのかということだ。嬉しかったのは、章良をはじめとするその場の全員から認められ、高く評価されたことである。激しく胸が高鳴り、興奮で頬が熱くなる。このあと章良が自分の名前を呼び、皆の前に立たせてくれるのだろう。いつ呼ばれてもいいように、少し腰を浮かせてそわそわと身構えていた――「星野紫月さん!」章良が微笑みかけたのは、茜の隣に座る紫月だった。紫月はすぐに立ち上がり、皆のほうを振り返る。割れんばかりの拍手が響き渡る中、紫月は頬を赤らめ、照れくさそうにはにかんでみせた。その一方で、夕凪の顔からはさっと血の気が引いた。まさか……紫月が。どうしてこんなことに?そんなはずがない。若い顔立ちに恥じらいを浮かべる紫月を見つめながら、夕凪の思考は完全に停止していた。たとえ会社の誰かが自分の図面を盗んだのだとしても、それが紫月だとは夢にも思わなかった……章良はにこやかに言った。「紫月さん、みんなにこのデザインのコンセプトを説明してくれないか?」その言葉を聞き、夕凪は一瞬、ほっとした。――あれは私が描いた設計図だ。紫月は見たことがあるだけ!しかも彼女は毎日、仕事をサボってアイドルの追っかけやネットのゴシップ、ゲームばかりしている……デザインのことなんて何もわかっていないのに、コンセプトを説明できるはずがない!夕凪は、紫月が顔色を変えてしどろもどろになる姿を今か今かと待ち構えた。しかし紫月は少しも動揺する様子を見せず、いっそう輝くような笑顔を浮かべて、ペ
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第132話

「皆で紫月さんを祝おう!」章良が音頭を取り、再び興奮気味に拍手を送った。「おめでとう!」「紫月さん、すごいじゃないか!」「紫月さん、初めて会ったときから、君には並外れたデザインの才能があると見抜いていたよ!まさか、こんな完璧な設計案が君の手から生まれるとはな。これからは同じ部署の仲間だ。俺の設計案にも、ぜひアドバイスをくれよな!」全員が口々に称賛と祝福の言葉を並べていた。純粋に同業者の優れた才能へ敬意を表する者もいれば、内心の嫉妬を押し隠し、うわべだけの言葉を口にする者もいた。「皆さん、ありがとうございます。創博の仲間に正式に加わることができて、本当に嬉しいです。これからは一生懸命仕事に励み、さらに素晴らしい作品を生み出して、同僚の皆さんと助け合いながらともに成長していきたいと思います」紫月は微笑みながら答え、その瞳には誠実そうな光が宿っていた。夕凪は紫月を見つめながら、まるで見知らぬ他人を見ているように感じた。昨日まで無邪気で、仕事中もサボってばかりだったあの子が、どうして今日は別人のようになっているのか。夕凪には到底理解できなかった。夕凪は全身が冷え切っていくのを感じながら、拳をきつく握りしめた。そして突然、勢いよく立ち上がり、大声で叫んだ。「彼女は嘘をついています!その案を作ったのは私です!彼女じゃありません!私の設計図を盗んだんです!」言い終わるや否や、会議室は水を打ったように静まり返った。全員が一斉に振り返り、驚きの目を夕凪に向けた。「君は……?」章良が怪訝そうな顔をした。茜がすぐに立ち上がり、説明した。「大島部長、彼女も紫月さんと同じ臨時スタッフで、瀬戸夕凪といいます」章良は眉をひそめ、夕凪を見据えた。「彼女が君の設計案を盗んだと言うのか?証拠はあるのか?」夕凪は紫月へ視線を向けた。しかし紫月の顔には動揺も恐怖もなく、まるで夕凪がこう出ることを最初から予想していたかのようだった。紫月は夕凪に微笑みかけた。「夕凪さん、私の設計案に使うための資料やデータを、夕凪さんがたくさん集めて整理してくれましたよね。その節はありがとうございました。夕凪さんのご恩は決して忘れませんから。でも……いくら手伝ってくれたからといって、私の成果を自分のものだと主張するなんてひどいです。これ以上私を
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第133話

紫月は相変わらず笑みを崩さなかった。「夕凪さん、確かに昨夜は残業していましたよね。でもそれは、私にどうしても必要なデータが一つ足りなくて、夕凪さんが探すのを手伝ってくれると約束したからです。だから、あんなに遅くまで残っていたんですよね?」「でたらめ言わないで!」夕凪はついに耐えきれず、声を震わせて叫んだ。「あなたが私の図面を盗んだんでしょう!?どうしてこんなひどいことができるの?私たち、友達だったじゃない……!」底知れない悪意を持つ慎一郎や、冷酷非情な志織と向き合っても、夕凪は恐れなかった。彼らが敵だと分かっていて、最初から警戒していたからだ。だが、今目の前にいるのは紫月だった。知り合って間もないとはいえ、夕凪は心の中で紫月を親友だと思っていた。今の自分にとって、一番の友人だとさえ感じていたのだ。親友に裏切られるのは、夕凪の人生で初めての経験だった。それは、身を切られるような痛烈な教訓として夕凪の心に刻まれた。この日を境に、夕凪はまた一つ成長した。その瞬間から、夕凪の心は急速に冷え切っていく。「そうですよ!夕凪さん、私たちは友達じゃないですか!それなのに、どうして私の努力の成果を盗もうとするんですか?そんなことをされるなんて、本当に悲しいです……!」紫月の演技力は見事なものだった。話すうちに声を詰まらせ、みるみる目を赤くして、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。ここでようやく、周囲の人間も自分たちなりに事態を理解した。「なんだ、この女?自分で作った案だと言うなら、どうして今朝、大島部長のところへこの案を説明しに行かなかったんだ?それなのに今さらしゃしゃり出てきて、自分の案を盗まれたなんて言い出すのはおかしいだろ!」「ほら、分かりやすいじゃないか!大島部長が紫月さんを正社員にすると発表したのを聞いて、欲が出たんだろ!人の成果を横取りしようなんて、図々しいにもほどがある!」「なんて性根の腐った女だ!服も靴も髪型も見てみろよ……あんな野暮ったくて垢抜けない女が、こんなに素晴らしく洗練された案を作れるわけがない!」「その通りだ!この案の素晴らしいところは、豊かな教養と最新のトレンドを組み合わせ、伝統とモダンの融合から斬新なアイデアを引き出し、和風庭園に上質さと品格をもたらしている点にある。あんな地味な女の頭
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第134話

「紫月!白々しい芝居はやめて!」夕凪は拳を握りしめ、怒鳴りつけた。怒りで目を赤くし、体を激しく震わせながら紫月を睨みつけた。その胸を切り開き、どれほど黒い心を抱えているのか確かめてやりたいほどだった。「夕凪さんが正社員になりたいと思っているのは分かっています。安心してください。私が正社員になったら、夕凪さんを私のアシスタントにしてあげます。夕凪さんが手伝ってくれれば、もっと素晴らしい作品を作れますから。そのうち上司の皆さんが夕凪さんの能力を認めて、夕凪さんも一緒に正社員になれるはずです」紫月はいかにも思いやりに満ちた、優しげな声で言った。周囲の同僚たちは再び口々にささやき合う。「紫月さんは仕事の腕も確かで、そのうえこんなに優しい人なんだな」「本当だ!この夕凪って女は、紫月さんの作品を盗んで正社員の座を奪おうとしたんだぞ。俺が紫月さんの立場なら、絶対に許さないね」「若いのに、なんて器が大きいんだ」皆は紫月に親指を立て、顔に称賛と敬意をにじませていた。夕凪はその場に立ち尽くしていた。顔は紙のように白く、全身の血が凍りついたように身動きひとつできない。――本当の作者は私なのに。それを証明する術は、何一つなかった。ただ、目の前で起きている理不尽な光景を見つめることしかできなかった。章良は夕凪を冷たく一瞥し、紫月に向き直ると、穏やかな声で言った。「君が心優しい人間だということはよく分かった。しかし、優しさは相手を選ぶべきだ。あんなに性根の腐った人間をかばえば、かえって彼女をつけ上がらせることになる。この先、どれほど大きな問題を起こすか分からない。だから、もう彼女をかばう必要はない。会社を辞めてもらう」「でも……」紫月はひどく心を痛めているかのように、なおも何か言おうとした。章良は手を振って遮った。「もういい、何も言うな。僕の決定は変わらない」紫月は仕方なさそうな表情を浮かべ、引き下がった。しかし、紫月の視線が夕凪と交差した瞬間、その瞳に一瞬だけ得意げな色がよぎったのを、夕凪は見逃さなかった。そのとき、夕凪はようやくすべてを悟った。紫月は最初から本気でかばうつもりなどなく、わざと章良の怒りを煽り、確実に自分を追い出そうとしていたのだ。夕凪は思わず身震いした。――あんなに若いのに、
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第135話

夕凪ははっとした。そこで初めて、夕凪は、自分が何か言いたげにしていたことに茜が気づき、わざと残ってくれていたのだと悟った。夕凪はうなずいた。「はい。もうここに残る意味はないと思います」先ほど章良や他の社員たちの前で「辞める」と口にしなかったのは、かばってくれた茜の顔に泥を塗りたくなかったからだ。だが、夕凪の決意は変わらない。このまま会社を去るつもりだった。茜はふと目を上げ、口元に冷ややかな笑みを浮かべた。「そう?でも、よく考えてみなさい。もしこのまま会社を辞めることになれば、今後どんな会社に応募しても、あなたを雇ってくれるところはなくなるわよ」夕凪の顔色が変わった。全身の血がすっと冷えていく。そうだ。他人の設計図を盗んだという理由で会社を追い出されれば、職歴に致命的な汚点が残る。たとえいつか殺人の冤罪が晴れたとしても、この業界で自分を雇ってくれる会社など二度と現れないだろう。じゃあ、どうすればいいの?夕凪はどうしていいか分からず、その場に立ち尽くした。頭の中が真っ白になる。茜は小さく咳払いをすると、立ち上がって淡々と告げた。「だから、私があなたを残すと言った以上、黙って私の言うとおりにしていればいいのよ」茜は背を向け、ハイヒールを鳴らしながらドアへ向かって歩き出した。夕凪はたまらず背中に声をかけた。「どうして……どうして私を助けてくれたんですか?」夕凪はずっと、茜のことを冷たくて気難しく、付き合いにくい上司だと思っていた。まさかあの状況で、茜だけが自分のために立ち上がってくれるとは思いもしなかったのだ。茜はドアノブに手をかけたまま立ち止まった。数秒の沈黙が流れた。茜は振り返らず、背を向けたまま淡々と言い放った。「理由なんてどうでもいいでしょう。さっき言ったことを忘れないで。これからも会社に残るなら、自分の仕事だけに専念しなさい。もう余計なことは企まないことね」そう言い残し、茜はドアを開けて出て行った。廊下の奥へと遠ざかっていくハイヒールの音を聞きながら、夕凪の胸の奥に冷たいものが広がっていった。茜は自分が濡れ衣を着せられていると見抜いたうえで助けてくれたのだと、夕凪は一瞬だけ期待していた。だが現実は違った。茜はただ純粋に優しかっただけなのだ。退社時刻を迎え、夕凪は重い足取りで
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第136話

もし夕凪がこの場にいたなら、この若い娘の顔に浮かぶ、年齢にそぐわない冷酷さと無情さを目にしたことだろう。中年の男の顔に満足げな笑みが浮かんだ。「その通りだ、いい子だ。人と人との関係なんて、利用するか、利用されるかだ。友情だの善意だのにこだわるようでは、あまりにも愚かすぎる」紫月はうなずいた。「安心して、お父さん。分かってるわ」男はさらに念を押した。「だが、こういうことをするなら、万全を期せ。絶対に隙も証拠も残すな。彼女に証拠を掴まれたら、すべてが水の泡になるどころか、お前が会社を追い出されることになるんだからな」しかし紫月は気にも留めない様子で、イヤホンを取り出して耳に装着し、スマホで音楽アプリを開きながら気のない声で答えた。「大丈夫よ、お父さん!隙なんて残さないわ。それに瀬戸夕凪はただの一般人よ。後ろ盾も人脈もない。たとえ証拠を見つけたところで、私に手出しなんてできるわけないじゃない」男はまだいくつか言って聞かせたかったが、娘がすでにイヤホンをつけ、自分の世界に入り込んでいるのを見て、それ以上は口をつぐんだ。クラブ「クラウド」の店内。夕凪が寮に戻った頃には、ちょうどクラウドの夜の営業が始まる時間になっていた。ルームメイトたちはそれぞれのVIPルームの清掃に向かい、夕凪は一人でベッドに横になって、疲れ切った体を休めながら静かに考えを巡らせていた。日中の衝撃や怒り、悔しさが少しずつ薄れていくと、夕凪はようやく冷静さを取り戻し、この窮地を抜け出す方法を考え始めた。自分でも気づかないうちに、夕凪は変わっていたのだ。いつからだろうか。たとえ何もかもが崩れ落ちるような事態に陥っても、以前のように慌てふためき、ただ泣きじゃくるだけではなくなっていた。今では、冷静に思考を巡らせ、起きたことを振り返ることができるようになっている。夕凪は、紫月と初めて会った時のことを注意深く思い返した。すると、少しずつ考えが整理され、はっきりした筋道が見えてきた。紫月の父親は市の行政関係の要職に就いているらしい。もし彼が裏で指示を出しているのなら……夕凪が紫月より数歳年上だとしても、到底太刀打ちできる相手ではない。しかし、どうしても腑に落ちないことがあった。紫月が見せていた無邪気さと可愛らしさは、とても演技には見えなかった。むしろ、名優顔負けの
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第137話

しかし、ドアを開けた夕凪は目の前の光景に思わず目を見張った。薄暗い照明も騒がしい音楽もなく、静まり返ったその部屋は、クラウドのVIPルームというより、茶室か何かのような落ち着いた空間だった。峻はソファに座り、少しうつむいてスマホを操作していた。司も別のソファに座り、同じようにスマホをいじっていた。二人の間はずいぶん離れており、まるで見知らぬ者同士が、一言も口を利かずに座っているかのようだった。夕凪は部屋を見回し……最後に、峻と司のちょうど中間にある席を選んで腰を下ろした。最高ランクのVIPルームだけあって部屋は広々としており、夕凪が二人の男の真ん中に座っても、三人の間には十分な距離があった。もし今誰かがこの部屋に入ってきたら、さぞかし滑稽な光景に見えるだろう。夕凪が入ってきても、峻の視線はスマホに落ちたままで、一度も彼女の方を見ようとはしなかった。数秒の沈黙の後、夕凪は仕方なく自分から口を開いた。「御堂さん、私に何かご用でしょうか?」「御堂さん」という呼び方を聞いた瞬間、峻の体はわずかにこわばった。峻はようやくゆっくりと顔を上げ、深く沈んだ眼差しを彼女に向けた。――もうすぐ離婚するのだ。だから彼女が自分を「御堂さん」と他人行儀に呼んでも、何らおかしいことではない。しかし、なぜだろう。彼女のそんなよそよそしい呼び方を聞き、冷たく淡々とした表情を見た瞬間、胸の奥が激しくざわめいた。まるで、本当に彼女を失ってしまうかのように。しかし、これを望んだのは自分ではなかったか?峻は重い視線を一度向けた後、すぐにそれを逸らし、冷ややかな目を部屋の隅へと向けた。「君を捜しに来たのは、おばあさまから頼まれたからだ」峻は淡々と言った。夕凪は目を大きく見開き、顔を輝かせて尋ねた。「おばあさま……?おばあさまの具合はどうなんですか?」峻は少し間を置いて答えた。「元気だ。体調も以前よりずっとよくなっている」夕凪はほっと息をついた。あまりの喜びと安堵に、目には涙が浮かんだ。「よかった……本当によかった!」このところ、夕凪は毎日、仕事以外の時間は静江の体調のことばかり気に掛けていたのだ。なにしろ、この世で本当に自分を大切にしてくれる家族は、もう静江しか残っていない。夕凪は身を乗り出して言った。「おばあさまは、私
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第138話

夕凪は慌てて手を引っ込め、眉をひそめて言った。「そんな高価な贈り物、受け取れません」夕凪はてっきり、ちょっとした手土産のようなものだと思っていた。まさかマンションの一室だとは。これは、いくらなんでも高価すぎる……!峻は淡々と告げた。「おばあさまは今、あまり体調がよくない。君がせっかくの贈り物を受け取らず、そこに住むつもりもないと知ったら、きっとひどく悲しむだろうな。ただでさえ体調がよくないのに、さらに悪化するかもしれない」夕凪は言葉を失った。まつ毛が大きく震え、胸がどくんと鳴った。――そうだ。静江がどれほど自分を大切にしてくれているか、夕凪は身にしみて分かっている。だから、峻の言葉は脅しではなく、現実に起こりうることなのだ!横で黙って聞いていた司が、ついにこらえきれず身を乗り出して割って入った。「おい、待てよ……御堂さん。ばあさんがマンションを贈るのは勝手だが、なんでわざわざ夕凪をそこに住まわせようとするんだ?夕凪は俺のところで何不自由なく暮らしてるだろ。うちの従業員寮は部屋も広いし、冬は暖かくて夏は涼しい。何が不満だって言うんだ?」峻は司のほうを見ようともしなかった。相変わらず夕凪を見つめたまま、低く重い声で言った。「マンションの書類は、もう君に渡してある。あとは君がどうするか決めればいい。おばあさまの性格をよく知っている君なら、どうすべきか分かっているはずだ」言い終えると、峻は立ち上がり、その場を去ろうとした。以前の夕凪なら、彼を呼び止めることなどなかっただろう。しかし今、夕凪はふいに立ち上がった。「御堂さん、少しお待ちいただけますか?」峻は、はたと足を止めた。「御堂さん、一つお尋ねしたいことがあるんです」夕凪は彼の前まで歩み寄って立ち止まり、真剣な表情を浮かべた。二人の視線が交差した。しかしなぜか、彼の目に彼女の澄んだ明るい瞳が映った瞬間、峻は思わず身をこわばらせ、心臓が激しく高鳴った。彼は無意識に視線を逸らした。終始冷淡な表情を崩さないまま、見事な演技力で内心の動揺を隠し通した。「何だ?」峻は無関心を装って尋ねた。どうせ彼女の質問など、また恋愛絡みのくだらない話だろうと高をくくっていたのだ。「御堂さん、個人が創作したもの、たとえばデザイン図のようなものでも、特許申
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第139話

「社長、すべて確認が取れました!」柊吾は調べた内容を、すべて峻に報告した。峻は片腕から採血されながら、もう片方の手でスマホを耳に当てていた。眉をひそめると、端正な顔立ちが一気に険しさを増した。「盗用だと?夕凪が同僚のデザイン案を盗もうとして、逆にその同僚に告発されたというのか?」「はい、社長」峻は黙り込んだ。柊吾は不安になった。峻の考えがまったく読めなかったからだ。しかし、峻がいつまでも黙っていたため、柊吾は少し考え、恐る恐る切り出した。「社長、創博の社長に電話を入れましょうか?あなた様の……元妻である瀬戸様の本当の身分を明かし、こちらの顔を立ててもらうためにも、今後は瀬戸様に不当な扱いをしないよう釘を刺しておきましょうか?」瀬戸様、だと?峻の顔色はさらに険しくなった。そばで採血をしていた看護師は、自分の手際に不満を持たれたのではないかと勘違いし、怯えて手を小刻みに震わせた。峻は冷たく言い放った。「必要ない。何度言っても懲りずに、自ら厄介事を引き起こすというなら、その結果は彼女自身が引き受けるべきだ」少し間を置き、峻はさらに冷淡な声で付け加えた。「俺と彼女はもう離婚している。彼女のことは、もう俺には関係ない」そう言うと、峻は一方的に電話を切った。峻の目はさらに冷たくなった。――これでようやく、腑に落ちた。以前、ある造園プロジェクトの入札会議で、非常に優秀で独創的なデザイン案を目にしたことがある。その作者名は「瀬戸夕凪」となっていた。あのとき、峻は不思議でならなかったのだ。夕凪は大学でも落ちこぼれで、成績優秀な学生といえば清音のほうだった。あれほど完璧な作品を、夕凪が作れるはずがない。もし作者が清音だったなら、峻は何の疑いもなく信じただろう。だが、作者が夕凪となっていれば……どうしても信じられなかった。そして今になって、ようやく謎が解けた。あの時の案も、夕凪が他人の作品を盗んで自分の名前で提出したものだったのだ。なるほど、そういうことか……翌日、夕凪が出社すると、茜から資料を渡され、クライアントに届けるよう指示された。クライアントは海外に本社を置く外資系企業で、国内支社は涼崎市中心部の金融ビルに入っている。夕凪はバスで急いで向かい、ビルに到着するとエレベーターの
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第140話

修一はエレベーターに乗り込んだ後、顔を上げたものの、夕凪をまともに見ようとはしなかった。夕凪は表面上こそ微笑みを浮かべて礼儀正しく彼を見送ったが、心の中では盛大に白眼をむいていた。――さすがは神崎グループの若き後継者。峻と同じタイプの、高飛車で傲慢な男だ。体に完璧にフィットした最高級のオーダーメイドスーツが、彼のすらりとした長い脚をいっそう引き立てている。峻と同じように、彼ほどのエリートの顔にはいつも冷酷さが張り付いている。普通の冷たい人間なら「人を寄せ付けない」程度だとすれば、修一の全身からは「他者を徹底的に排除する」ような絶対的な拒絶の気配が放たれていた。先ほどはあまりに突然だったうえ、数回ちらりと見ただけで自分の思考の整理に追われていたため、彼の顔立ちをじっくり観察する余裕はなかった。だが、ほんの一瞬視線が交差しただけで……夕凪の心には強烈な印象が刻まれた。それは鷹のように鋭く、冷徹な眼差しだった。あの峻よりもさらに冷たく、鋭かった。夕凪の頭には、ただ一つの考えしか浮かばなかった。――この男は、峻よりも恐ろしい。峻が「冷徹無比な帝王」だとするなら、修一はさしずめ「閻魔大王」そのものだ!もしまたどこかで会うようなことがあっても、絶対に近づかず、関わり合いにならないようにしよう。そもそもよく考えてみれば、自分と彼とでは生きている世界が違いすぎる。二人の身分は天と地ほども離れており、接点など生まれようがないのだ。夕凪は次のエレベーターに乗って、目的のクライアントのオフィスへと向かった。無事に資料を届けると、急いで会社へ戻った。しかし、あの「盗作未遂」騒動以来、創博の社員たちが夕凪に向ける態度は、露骨な軽蔑と嫌悪に満ちていた。誰も夕凪に近づこうとはしない。ある同僚が大きな契約を取ったとき、喜びのあまり部署の全員にコーヒーを奢って回ったが、夕凪の分だけは用意されなかった。女性社員たちが集まって楽しそうに噂話をしているとき、夕凪が通りかかると、彼女たちはすぐに口をつぐむ。そしてあからさまに嫌悪の目を向け、夕凪が立ち去るのを見届けてから、再びヒソヒソと話し始めるのだ。会社には立派な社員食堂があったが、夕凪が席に着いて食事を始めようとすると、隣に座っていた同僚たちはトレイを手に立ち上がり、まるで疫病神
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