翌朝早く、夕凪は起きると身支度を整え、薄くメイクをした。鏡の中の自分が、少しでも元気そうに見えることを確かめた。――そう。今日は、負けられない勝負の日だ。地下鉄に乗り、さらにバスを乗り継いで、ようやく瀬戸グループの本社ビル前にたどり着いた。空へ向かってそびえる高層ビルを見上げた途端、夕凪の胸が鈍く痛んだ。懐かしさと悲しさが入り混じった。幼い頃、夕凪はこの場所の隅々まで知っていた。ここは、もう一つの家だった。幼い夕凪にとっては、何より身近な遊び場でもあった。社員たちが近づくことすら恐れる社長室も、夕凪にとっては楽しい思い出の詰まった場所だった。祖父は夕凪のために、社長室の中へ小さな隠し部屋まで作ってくれた。大切な取引先を迎えるときや、部下から報告を受けるとき、夕凪はいつもその部屋でおもちゃを広げて遊んでいた。その部屋は今も、祖父と夕凪だけの秘密だった。長い年月を経て、再び瀬戸グループの前に立っている。だが、あの頃とは何もかも変わってしまった。冷たい風の中で、どれほど立ち尽くしていただろう。夕凪はようやく勇気を振り絞り、建物の中へ足を踏み入れた。ところが入った途端、大勢の人が足早に入口へ押し寄せてきた。避ける間もなく人波に押され、夕凪は脇へよろめいた。危うく転ぶところだった。白いスニーカーを履いていたから持ちこたえられたものの、ヒールのある靴なら、間違いなく床に倒れていただろう。何事なの?社員が反乱でも起こしたの?わけがわからないまま、夕凪は目の前の人々を見回した。よく見ると、社員証を下げた男女が自ら二列に分かれ、顔認証ゲートから正面玄関まで長い通路を作っていた。全員が背筋を伸ばし、うやうやしい表情を浮かべていた。人垣の後ろへ追いやられた夕凪は、隅で背伸びをしながら様子をうかがった。いったい、何が始まるのだろう。大切な取引先でも来ているの?ここまで社員を並ばせるのだから、よほどの大物に違いない。そのとき、顔認証ゲートの向こうから、二人分のハイヒールの音が高く響いた。社員たちは一斉に頭を下げ、声をそろえた。「奥様、お嬢様、お気をつけてお帰りください!」続いて夕凪の目に飛び込んできたのは、百合子と志織の顔だった。志織は、一流ブランドの今季のスーツに、真っ白なファーコートを羽織
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