紫月の若々しい顔には、屈託のない笑みが浮かんでいた。その裏表のない笑顔を見て、夕凪は、この人となら楽しくやっていけそうだと思った。「瀬戸夕凪です。よろしくお願いします」夕凪も丁寧に名乗った。茜が口を開くより先に、紫月が明るく尋ねた。「森本主任、これからどこへ向かうんですか?」夕凪は、茜が穏やかに大まかな事情を説明してくれるものと思っていた。ところが茜は急に不機嫌になり、冷たい声で言い放った。「着けばわかるわ。何、行きたくないの?なら車を停めるから、ここで降りなさい」「い、いえ、そんなつもりじゃ……!」紫月は慌てて両手を振った。あまりにも棘のある口調に、大学を出たばかりの紫月は青ざめ、みるみる目に涙をためた。それでも、必死にこらえている。夕凪の胸が詰まった。いかにも仕事のできる女という雰囲気の茜だが、かなり気性も激しいらしい。これからは、できるだけ機嫌を損ねないように立ち回らなければ。紫月を慰めようと、夕凪はそっと、震える彼女の手を握った。温もりに気づいた紫月が、驚いて顔を上げる。涙で潤んだ目に、夕凪の優しい笑顔が映った。胸がいっぱいになったのか、紫月はますます泣きそうな顔になった。ちょうどそのとき、茜が車を停め、冷たく告げた。「着いたわ。降りて」夕凪は紫月の手を離し、急いで車を降りた。冷たい風の中に一人取り残される恐怖と孤独を、夕凪は痛いほど知っている。だから、理不尽に叱られ、涙をこらえている紫月に昔の自分を重ね、少しでも安心させてあげたかった。紫月もその気持ちを感じ取ったのだろう。車を降りてからも、姉を頼る妹のように夕凪のそばを離れなかった。夕凪の胸の奥が、小さく揺れた。夕凪には、心から打ち解けられる兄弟姉妹がいない。唯一の妹である志織に至っては、夕凪を社会的に抹殺しようとしている。今、純粋に寄り添ってくる紫月の存在は、本当の妹のように思えた。胸の内に、温かなものが広がっていく。ところが顔を上げ、目の前にそびえる巨大なビルと、そこに掲げられた社名を見た瞬間、夕凪は血の気が引き、その場に倒れそうになった。御堂グループ……どうして、取引先が御堂グループなの?茜は、そんなこと一言も言っていなかった。先に知っていたなら、夕凪は車に乗ることさえ断固として拒んでいた
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