翌朝。唯はいつもより少し早く事務所へ着いた。鍵を開け、窓を開ける。朝の空気が部屋へ流れ込み、昨夜までの蒸し暑さを少しだけ忘れさせてくれた。パソコンを立ち上げながら、ふと窓の外へ目を向ける。向かいの喫茶店はまだ開店したばかりらしく、店内には数人の客しかいない。昨日見かけた男の姿はなかった。唯は知らず知らずのうちに肩の力を抜いていた。「……本当に考えすぎだったのかな」そう呟いて、小さく笑う。高倉にも言われた。思い込みだけで不安になってはいけない、と。美咲のことがあったから、少し神経質になっているだけなのかもしれない。そう思うことにした。そのとき、スマートフォンが震える。美咲だった。『おはよう』短いメッセージのあとに、猫のスタンプが送られてくる。唯は思わず頬を緩めた。『おはよう。今日は大丈夫?』すぐに返信する。ほどなくして返事が届く。『今のところ平和』その一文を見て、胸をなで下ろす。少なくとも今日は何事もないらしい。それだけで十分だった。 ◇◆◇ 同じ頃。週刊プライム編集部では、若い記者が資料を机へ置いていた。「昨日は引きました」石田は頷く。「それでいい」「ただ……」若い記者は少し言いづらそうに続けた。「桜井さん、途中から周囲を気にしていました」石田は腕を組む。「こちらに気づいたか」「確信はありません」若い記者は首を振る。「でも、偶然ではない気がします」石田は少し考え込んだ。ここで無理をすれば、相手は警戒を強める。
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