All Chapters of 冷徹CEOとの離婚後、私は夫の忠実な部下と恋に落ちた: Chapter 151 - Chapter 160

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見覚えのある顔

法務担当へ電話を掛けたあとも、高倉はしばらく写真を見つめていた。デスクライトの光が机の上へ落ちる。部屋は静かだった。エアコンの低い動作音だけが聞こえている。高倉はスマートフォンを手に取り、再び画像を拡大した。画質は良くない。顔も鮮明とは言えない。それでも。胸の奥に残る違和感は消えなかった。どこかで見ている。確かに。記憶の中に引っ掛かっている。そのときだった。不意に、一ヶ月ほど前の光景が脳裏をよぎる。会社の正面玄関。受付ロビー。週刊プライムの記者が押しかけてきた日のことだ。あの日は取材を断った。法務担当も同席していた。かなり揉めたのを覚えている。高倉はゆっくりと目を閉じた。そして。ようやく記憶が繋がる。「あのときの……」小さく呟く。同じ男だった。もちろん確証はない。だが。高倉の記憶が間違っているとは思えなかった。玄関ロビーで見た男。法務担当と言い合いになっていた男。写真の人物と重なる。高倉はすぐにパソコンを開いた。社内記録を確認する。来訪者記録。取材申請。受付対応履歴。いくつかのファイルを開いていく。やがて。一つの名前へ行き着いた。週刊プライム。記者・佐伯健二。高倉は画面を見つめる。添付されていた身分証写真。完全に一致とは言えない。だが。十分だった。少なくとも偶然ではない。美咲の周囲へ現れていた男は、週刊プライムの関係者である可能性が高い。胸の奥が静かに冷えていく。
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思い込みの先に

「もう一度、話を聞いてきます」若い記者が立ち上がると、デスクは眉をひそめた。「誰にだ」「例の女性です」美咲の写真を軽く叩く。「少し誤解されているだけですよ。きちんと事情を説明すれば、話くらい聞いてもらえるかもしれません」デスクはしばらく考えていた。その発想自体は間違っていない。取材を断られることなど日常茶飯事だ。時間を置いて再び話を聞きに行くことも珍しくはない。だが、今回は少し引っ掛かるものがあった。「しつこくするなよ」「もちろんです」若い記者は笑った。「取材ですから」その言葉を聞きながらも、デスクの胸の中には小さな違和感が残っていた。その日の夕方。美咲は会社を出ると、駅へ向かう途中でスマートフォンを取り出した。唯から届いたメッセージに返信を打つ。今日は今のところ大丈夫。送信して、ほっと息を吐く。ここ数日は、それだけのことでも報告するようになっていた。自分でも少し大げさだと思う。けれど、高倉に「些細なことでも知らせてください」と言われてからは、無理に一人で抱え込むのをやめようと思った。駅前の広場へ差しかかった、そのときだった。「美咲さん」突然、名前を呼ばれる。心臓が跳ねた。振り返ると、スーツ姿の男が立っていた。先日、カフェで声を掛けてきた記者だった。男は両手を軽く広げるような仕草を見せる。「驚かせるつもりはなかったんです」美咲は一歩下がった。「何ですか」声が自然と硬くなる。男は名刺を取り出した。「前回は十分にお話しできませんでしたので」「私はお話しすることはありません」美咲ははっきりと言った。男は困ったように笑う。「誤解しないでいただきたいんです」「誤解?」「私たちは事実を確認したいだけです」その言葉に、美咲は思わず眉を寄せた。事実。何のことだろう。男は少し声を落とす。「高倉専務とは、どういうご関係なんですか」また、その質問だった。美咲は呆れてしまう。「何度も言いますけど」男を真っ直ぐ見返した。「知り合いですらありません」「ですが、専務から何か受け取っていましたよね」美咲の表情がわずかに動く。あの日の封筒のことだ。やはり見られていた。「桜井に頼まれただけです」そう答えようとして、美咲は口をつぐんだ。違う。説明する必要なんてない。相手は取材相手で
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境界線

翌日の夕方。美咲は会社を出る前に、一度スマートフォンを確認した。高倉から届いた短いメッセージ。 本日は会社を出る前にご連絡ください。 昨夜の電話のあと、高倉から送られてきたものだった。必要以上に干渉するような文面ではない。命令でもない。けれど、美咲はその一文から、高倉の本気を感じ取っていた。「そこまでしなくてもいいのに……」小さく呟きながらも、メッセージを送る。 今から会社を出ます。 送信して数十秒。すぐに返信が届いた。 承知しました。 それだけだった。 ◇◆◇ 会社を出ると、夕方の風が頬を撫でた。駅へ向かって歩き始める。今日は人通りの多い大通りを選んだ。昨日のようなことは、もうないだろう。そう思いたかった。だが、数分も歩かないうちに、美咲は足を止める。少し前方。歩道の脇に、あの若い記者が立っていた。こちらへ気づくと、小さく会釈をする。「少しだけお時間を――」最後まで聞かなかった。美咲は踵を返そうとする。そのときだった。「その必要はありません」落ち着いた声が、二人の間へ割って入った。美咲は振り返る。高倉だった。仕事帰りなのだろう。スーツ姿のまま、静かに歩いてくる。その表情は穏やかだった。けれど、目だけは笑っていなかった。若い記者は一瞬だけ驚いたように目を見開く。「高倉専務……」「お話でした
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食い違う真実

「面白くなってきたな」若い記者から報告を受けると、デスクは椅子の背にもたれた。机の上には数枚の写真が広げられている。駅前で高倉と待ち合わせをしていた女性。事務所の前で封筒を受け取る女性。そして昨日。高倉が美咲をかばうように記者との間へ入った場面。どの写真にも決定的な証拠はない。だが、共通していることが一つだけあった。高倉が、必要以上に一般女性を気に掛けていること。「専務は何て言ってた?」デスクが尋ねる。「業務で資料を預けただけだ、と」若い記者が答える。「法務を通じて対応する、とも」デスクは小さく笑った。「そこまで言うか」「ええ」若い記者も腕を組む。「普通の会社なら、広報へ回して終わりですよ」それが引っ掛かっていた。なぜ専務本人が出てくるのか。なぜ法務まで動くのか。なぜあそこまで冷静に、しかし強く止めようとするのか。「……逆なんじゃないですか」若い記者がぽつりと言った。「逆?」「最初から追っていた女性じゃなくて」机の写真を見つめる。「本当に守りたいのは、こっち」指先が美咲の写真を軽く叩いた。デスクは何も言わない。ただ、黙って写真を見つめていた。思い込みかもしれない。だが、長年の勘が囁いている。まだ何か隠れている、と。 ◇◆◇ その頃。唯は事務所で高倉から昨日の出来事を聞いていた。「高倉さんが?」思わず聞き返す。高倉は静かに頷いた。「昨日、駅前で記者とお話ししました」「どうして教えてくれなかったんですか」
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見えないもの

「何もありません」若い記者は資料を閉じた。デスクが顔を上げる。「本当にか?」「はい」机の上には、美咲について集めた資料が並んでいた。勤務先。学歴。家族構成。交友関係。どれもごく普通だ。芸能人でもなければ、会社役員でもない。SNSもほとんど更新していない。休日は学生時代の友人と会う程度。派手な生活を送っている様子もない。「面白いくらい普通ですね」若い記者は苦笑した。「借金もない。男関係も派手じゃない。高倉専務と繋がりそうな接点も見つかりません」デスクは黙って資料をめくっていた。普通。それがかえって引っ掛かる。高倉ほど慎重な人間が、偶然ここまで一般人へ肩入れするだろうか。「桜井唯との関係は?」「十年以上の付き合いらしいです」「親友か」「ええ」デスクは椅子へ深く腰掛けた。そこだけは事実らしい。ならば。高倉と美咲を繋ぐものは何だ。答えはまだ見えない。「焦るな」デスクが静かに言う。「見えないものほど、追う価値がある」若い記者は頷いた。その言葉を疑わなかった。 ◇◆◇ その頃。唯は事務所で美咲と向かい合っていた。「本当にごめん」また謝ろうとした唯を見て、美咲は呆れたように笑う。「だから、それ禁止」「でも……」「でもじゃない」美咲は紙コップのコーヒーをひと口飲んだ。「高倉さんにも言われたんでしょ?」唯は苦笑する。図星だった。「もう三回くらい言
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応接室

応接室のドアを開けると、男はすぐに立ち上がった。「お忙しいところ恐縮です」四十代半ばほどだろうか。落ち着いた口調だった。名刺には『週刊プライム編集部 編集次長 石田』とある。高倉は一瞥しただけで席に着いた。「本日はどういったご用件でしょうか」単刀直入だった。石田は営業用の笑みを浮かべたまま口を開く。「少し誤解があるようでして」「誤解、ですか」「ええ」石田は頷く。「弊誌の記者が、ご友人にご不快な思いをさせてしまったようです」高倉は表情を変えなかった。「その件についてお話に参りました」「そうですか」短い返事だった。感情は何も読み取れない。石田は続ける。「もちろん、必要以上にご迷惑をお掛けするつもりはありません」「でしたら」高倉は静かに言葉を挟んだ。「今後、美咲さんへの接触はお控えください」石田は苦笑した。「取材という仕事柄、そう簡単には——」「取材対象ではありません」高倉の声は穏やかだった。だが、その一言で部屋の空気が変わる。「美咲さんは今回の記事の当事者ではありません。会社関係者でも、公人でもありません」石田は少しだけ姿勢を正した。「ですが、事実関係を確認する上で——」「どの事実ですか」高倉が尋ねる。石田は一瞬、言葉に詰まった。高倉は続ける。「確認したい事実とは何でしょう」静かな問いだった。責める口調ではない。だからこそ逃げ道がない。石田は咳払いを一つしてから答えた。「専務と親しいご関係だと伺っています」高倉はゆっくりと石田を見つめた。「ど
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すれ違う推理

「筋が通りすぎている、ですか?」エレベーターを降りると、若い記者が首を傾げた。石田は歩きながらネクタイを少し緩める。「高倉専務の話は矛盾がなかった」「じゃあ……」「だからこそだ」石田は足を止めることなく続けた。「こちらが聞きたいことを、あらかじめ整理して待っていたようだった」若い記者は黙って耳を傾ける。「ああいう人は厄介だ」石田は苦笑した。「感情では動かない。こちらが一つ質問すれば、必要な答えだけ返してくる」余計なことは一切言わない。嘘をついているようにも見えない。だから反論の糸口が掴めない。「ただ」石田は視線を前へ向けたまま言った。「一つだけ収穫はあった」「何です?」「桜井唯だ」若い記者が目を瞬かせる。「専務は終始、美咲さんではなく桜井さんを基準に話していた」「基準?」「『美咲さんは桜井さんの友人です』と最初に説明しただろう」石田はゆっくりと言葉を選ぶ。「つまり、高倉専務の中では、美咲という人物は桜井唯を介して認識している存在だ」若い記者は腕を組んだ。「じゃあ、本当にただの友人なんですかね」「その可能性は高くなった」石田は頷く。「少なくとも、美咲さん本人との特別な関係は見えなかった」若い記者は小さく息を吐く。「じゃあ、振り出しですか」「いや」石田は静かに笑った。「違う」高倉が本当に守ろうとしている相手。それは美咲ではない。では、誰なのか。答えは自然と一人しか浮かばなかった。「桜井唯か……」石田は誰に聞かせるでもなく呟いた。 
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隠せないもの

約束の時間ぴったりに、事務所のインターホンが鳴った。唯は席を立ち、ドアを開ける。「お疲れ様です」「お疲れ様です」高倉はいつもと変わらない穏やかな表情で軽く頭を下げた。けれど、その目には仕事の話をするとき特有の真剣さが宿っている。応接スペースへ案内すると、高倉は鞄から一枚のクリアファイルを取り出した。「先ほど、週刊プライムの編集担当者と話をしてきました」唯は息を呑む。「編集担当者と……ですか?」「向こうから会社へ来ました」驚きのあまり、唯は思わず言葉を失った。そこまで動いていたとは思っていなかった。高倉は淡々と説明を続ける。編集担当者が訪ねてきたこと。美咲への接触を控えるよう正式に伝えたこと。そして、今のところ美咲と高倉の間には特別な関係はない、と事実だけを説明したこと。唯は黙って耳を傾けていた。「では……」ようやく口を開く。「もう美咲は大丈夫なんでしょうか」その問いに、高倉はすぐには答えなかった。ほんのわずか、視線を伏せる。その沈黙だけで、唯には答えがわかってしまった。「残念ですが」高倉は静かに言う。「そう簡単には終わらないと思います」唯の指先に力が入る。「どうしてですか?」「記者は、一つの仮説が崩れると、別の仮説を立てます」高倉は机の上で指を軽く組んだ。「今回は、おそらく美咲さんへの疑いは薄れました」「じゃあ……」「次は」高倉は唯を見つめる。「桜井さんです」部屋が静まり返る。時計の秒針だけが、小さく時を刻んでいた。唯はその言葉をすぐには飲み込めなかった。「私&he
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再び向けられた視線

「桜井唯、か」週刊プライム編集部。石田は机の上に広げられた資料を静かに眺めていた。派手な経歴はない。ごく普通の会社員。離婚を経験し、現在は小さな事務所で働いている。以前の記事で調べた内容ばかりだ。新しい情報はほとんど増えていない。「もう一度、一から洗い直しますか」若い記者が口を開く。石田はすぐには答えなかった。高倉と話したあと、考えが少し変わっていた。美咲ではない。おそらく中心にいるのは桜井唯だ。では、高倉はなぜ彼女を守ろうとするのか。そこだけが、まだ見えない。「派手なことはするな」石田は静かに言った。「まずは行動を確認する」「張り込みですか」「ああ」石田は資料を閉じる。「思い込みで記事は書けない」その言葉は、自分へ言い聞かせるようでもあった。 ◇◆◇ 翌日。唯は事務所へ向かう途中、小さく肩をすくめた。朝から蒸し暑い。駅前では蝉が鳴き始めている。いつもと変わらない景色。いつもと変わらない朝。それなのに。高倉の話を聞いたあとでは、どうしても周囲が気になってしまう。信号待ちをしている人。スマートフォンを見ながら歩く会社員。ベンチへ座る老人。誰も自分を見ていない。そう思う一方で、視線を探してしまう自分がいた。「気にしすぎ、だよね」小さく笑って歩き出す。その姿を、通りの向かい側から一人の男が眺めていた。若い記者だった。スマートフォンを耳へ当て、小さく報告する。「今、事務所へ向かっています」電話の向こうで石田が短く答えた。
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胸騒ぎ

「もう少しね」唯は小さく呟き、肩を回した。午前中の仕事がようやく一区切りつく。パソコンの画面には確認中の書類が並び、机の上には赤字を書き込んだ資料が積まれていた。時計を見る。昼休みまではあと二十分ほど。ひと息つこうと、マグカップへ手を伸ばした。コーヒーはすっかりぬるくなっている。ひと口飲んで、小さく息を吐いた。静かな事務所だった。キーボードを打つ音も、電話の音もない。以前なら、この静けさを心地よく感じていた。けれど最近は違う。少し静かになるだけで、余計なことを考えてしまう。美咲のこと。週刊プライムのこと。そして、高倉のこと。昨日、高倉は編集担当者と直接会ってきたと言っていた。美咲への接触は控えるよう、正式に伝えたとも。それでも、「終わったとは思っていません」と静かに話していた姿が忘れられない。高倉があそこまで慎重になるのには、理由があるのだろう。そう思うと、胸の奥がざわついた。――考えすぎ。唯は小さく首を振る。今は仕事中だ。目の前の仕事へ集中しなければ。気持ちを切り替えようとした、そのときだった。事務所の電話が鳴る。「はい、桜井です」受話器を取ると、取引先からの問い合わせだった。新しい案件についての確認や、契約書の細かな修正点。十分ほど話し込み、メモを取り終える。「承知しました。それでは、修正版を本日中にお送りいたします」電話を切ると、唯はふうっと息を吐いた。ようやく一段落だ。肩の力を抜きながら、何気なく窓の外へ目を向ける。事務所の向かいには、小さな喫茶店がある。昼時が近いこともあり、店内は会社員や学生で賑わっていた。窓際の席にも何人か座っている。
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