二人のやり取りは、久留美の耳にも入っていた。「三久さん、辞めちゃうの?じゃあ、庇ってもらうのは無理ってこと?」武司は険しい顔のまま、スマホを久留美に手渡す。「辞めたなら、かえって好都合だ。後ろ盾がなくなれば、どうとでもできる。酒井の方は……俺が何とかする」そう言い終えると、久留美の手にある袋へ目を落とした。「鑑定の件、急がせろ」「分かったわ」夫婦はレストランの前で、それぞれ別の方向へと去っていった。……「何だって?」夕刻、深川病院の一室、龍太郎の診察室。白衣を脱ぎかけていた手が止まり、龍太郎は由樹を見た。「早坂さんの子が神崎の子だなんて、一体誰に吹き込まれたんだ?」由樹は彼の椅子に腰掛けたまま、その瞳に陰鬱な光を宿していた。「誰からも聞いていない」龍太郎は何か言いかけて、言葉を呑んだ。三久は離婚して半年で身ごもった。ということは、結婚している間ですでに誰かとただならぬ関係にあった可能性が高い。洲人との件は、龍太郎がでっち上げた出任せにすぎなかった。由樹の負けん気を煽り、三久が誰の子を身ごもっているのか、徹底的に調べさせるための策だった。それなのに……「絶対何か誤解がある。神崎はおとなしくしてられる性格じゃない。あいつが本当に早坂さんと付き合ってるなら、実家と揉めてでも彼女を連れて帰るはずだ。コソコソ隠れるようなタマじゃない」由樹は洲人という男をよく知っている。たしかに、龍太郎の言った通りではある。けれど、自分はこの目で見たのだ。「そっちは何か尻尾を掴めたか?」梨々香を通して探りを入れさせている件を指していた。龍太郎は首を横に振った。「あの鈴木梨々香はガード堅い。今まで俺は素っ気なくしてたのに、急に毎日話しかけるようになったもんだから、もう怪しまれてる。早坂さんが妊娠した具体的な時期なら、俺が教えてやったんだろう。それで調べればいいだろ」「もういい、必要ない」由樹は口ではそう言いながら、内心でも同じことを思っていた。「あいつが誰の子を身ごもってようが、俺の知ったことじゃない」「関係、あるかもしれないぞ」「どういう意味だ」由樹の目つきが鋭くなり、彼を見据えた。「……適当に言っただけだ」龍太郎は顔色一つ変えずに言う。「ところで、村上は西戸に戻ったのか?」
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