三久はベッドの柵を掴み、上体を起こした。その拍子に帽子が滑り落ち、長い髪がふわりと肩へ散る。隠しきれないその狼狽ぶりに、由樹はわずかに目を細めた。「あんた……」梨々香は赤子を抱いたまま思わず立ち上がり、少し後ずさった。背中が壁にぶつかり、ようやく足が止まった。「ノックもなしに入ってくるとか、どういう神経してるの?もしみくちゃんが授乳中だったらどうするつもりよ。非常識にもほどがあるわ」由樹はドアを閉め、両手をポケットに突っ込んだまま部屋へと足を踏み入れた。「彼女の体は、隅から隅まで知っているけど?」梨々香は眉をひそめて反論する。「それとこれとは話が別でしょ!前は夫婦だったけど、今はもう離婚してお互い自由の身なんだから。あんたは……あ、そういえばまだ結婚してないんだっけ。村上との結婚式、キャンセルしたんでしょ?まさかそれ、みくちゃんのせいにするの?」暗に、二人の結婚式が中止された裏事情を探ろうとしているのだ。由樹の視線が、ふと三久へ向く。その冷ややかな一瞥だけで、三久は背筋がぞくりと粟立つのを感じた。ここ数日のやり取りを通じて、二人の間には言葉にできない奇妙な空気が漂い始めていた。互いにその空気を感じ取りながらも、二人とも敢えて触れずにやり過ごしてきたのだ。そのかりそめの平穏を、梨々香のひと言が容赦なく打ち砕いてしまった。「ま、そんな都合のいい偶然、あるわけないでしょ。みくちゃんが出産する当日に合わせて西戸から駆けつけて、しかも結婚式までキャンセルして……」梨々香は勝手な想像を膨らませ、思いつくまま口にする。話せば話すほど、我ながら筋が通っているような気がしてきた。「酒井、まさかあんた、うちのみくちゃんにまだ惚れてるんじゃないでしょうね?何よ、結婚してた頃はろくに構いもしなかったくせに、離婚した今さら片思いでもしてるつもり?」「梨々香」三久はベッドから降りようとした。子供を抱き取ることを口実に、会話を打ち切るつもりだった。「動かないで、寝てなさいって。まだ産後でしょ」梨々香は三久を制し、赤子を抱いたまま体を少し横へずらす。「とりあえず、みくちゃんはあたしが連れて帰るから」梨々香はなおも由樹と睨み合った。由樹は身を沈めるようにしてソファへ腰を下ろす。「却下だ」「
Read More