Tous les chapitres de : Chapitre 511 - Chapitre 520

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第511話

数分前、洲人が席を外した後、リビングには由樹と梨々香だけが残されていた。由樹はソファの片隅に座り、その長身をゆったりと柔らかいクッションへ沈めていた。彼は時折わずかに瞼を上げ、結人の子供部屋のほうへ目をやっていた。「ちょっとベランダで話せる?」梨々香は由樹に会うたびに、いつも喧嘩腰の態度を取っていた。だが今回は初めて、落ち着いた様子で改まった口調で由樹へ話しかけた。由樹は気乗りしない様子で言った。「用があるなら手短に言え」「みくちゃんに関わることなの。あんたと二人だけで話したい」梨々香は立ち上がった。「高崎家にも関係があることよ」それを聞いて、由樹の目つきが鋭くなった。二人はベランダへ出て、梨々香は扉に鍵をかけた。「高崎家のこと、どこまで知ってるの?」梨々香は手すりに寄りかかり、真剣な表情で由樹を見つめた。「みくちゃんは一体どんな状況に置かれてるの?」由樹の視線は、陽光に包まれた深川の街の大部分を捉えていた。車の行き交う通りに、蟻のように蠢く人々の姿がその瞳に映り込んでいる。「高崎家の内部で何が起きたのか、詳しくは分からない。だが三久の置かれている状況は、決して楽観できるものじゃない」梨々香の顔色がわずかに変わった。「あんたでも、高崎家の内輪のごたごたを突き止められないってこと?」「かなり昔の話で、しかも一族の秘密だ。高崎恒雄自身ですら、はっきりした真相を掴めていない」恒雄自身、高崎家の人間でありながら、知らないうちに身内に出し抜かれていた。由樹にどれほどの力があろうと、当時の内幕を短期間で解明することはできなかった。「高崎恒雄?」梨々香は小さく呟いた。「あの人、高崎家のどういう立場の人なの?」「高崎武司の弟だ。高崎家の次男」由樹はちらりと彼女を見た。「お前、施設長に会ったな」その口調はほとんど断定に近かった。梨々香は頷いた。「うん、それよりあんた、どうして高崎家のことを調べてるの?みくちゃんのため?まさか……彼女を助けたいの?」由樹は黙り込んだ。重い沈黙が、じわりと広がる。梨々香がさらに問い詰めようとするより早く、リビングにいる三久と目が合った。「後で話そう。高崎家のことは、みくちゃんにはまだ知らせてない。口を滑らせないでよ」
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第512話

「話して」三久は彼女の隣に腰を下ろした。「あのね」梨々香は体を斜めに向け、三久のほうを向いて座り直した。「例のフォロワーのこと、覚えてる?」三久は少し考えてから言った。「配信で投げ銭ランキング一位だった女の人?」「そう、あの人。どうしても会いたいって言い張ってて。なんだか気の毒になって、家で会う約束をしちゃったの」「……家で?」三久は一瞬戸惑った。相手の境遇が本当にそこまで気の毒なものなら、いずれ梨々香が説得されて会うことになるだろうとは、三久にも予想できていた。だが、会う場所として自宅を選ぶというのは、三久の予想を超えていたのだ。「うん、外で会うより家のほうが安全だと思ったの。もし相手に下心があったとしても、あたしたちの縄張りの中じゃそう簡単には手出しできないでしょ」梨々香は三久を安心させるように言った。「大丈夫、ちゃんと調べたから。悪い人じゃなかったから、家に招くことにしたのよ」彼女は三久の手を握り、頭を肩にもたせかけた。「あたしたち大親友でしょ?だから、絶対にあなたを危険な目には遭わせないわ」「危険とかそういう話じゃないでしょ。家で会うのもいいと思うわ。人が多いほうが、何かあった時も安心だし」三久は彼女の頭を軽く押した。「ここ数日、どうしたの?しょっちゅう『大親友』って念押しするから、まるであなたが言わなきゃ私が忘れちゃうみたいじゃない」梨々香は三久の手を払いのけた。「そうよ、見捨てられちゃうんじゃないかって不安なのよ。あなたが……子供ができて、あたしのことを置いていくんじゃないかって!」「ふふっ」三久は思わず笑ってしまった。「またそんなこと言って。あなた、ゆいのことずっと可愛がってきたじゃない。誰のことを忘れても、あなたのことまで忘れるわけないでしょ」梨々香はくぐもった声で言った。「そうよね。あなたも、蒼汰のことずっと可愛がってくれてたもんね。みくちゃん、こんなに長く一緒にいるけど、あなたみたいないい子、他にいないよ。絶対、幸せになってね」「もしかして梨々香、今さら産後うつになったんじゃないの?」三久は頭を下げて彼女を覗き込んだ。「それとも、私の代わりに落ち込んでるとか?」「あたしはただ、あなたのことでイライラしてるだけ。酒井とは離婚したの
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第513話

「聡子さん」三久は目を丸くして言った。「あなたが梨々香のフォロワーだったんですか?」聡子は少し迷った様子を見せたが、世間話をすることもなく直接尋ねた。「梨々香は?」「どうぞお入りください。今呼んできます」三久は扉を開けて、聡子を中へ案内した。聡子の背後には、スーツ姿のボディーガードが数名控えていた。三久はそれを一瞥してから扉を閉め、部屋へ戻る。物音を聞きつけて、梨々香はすでに部屋から出てきていた。彼女は廊下の突き当たりに立ち、聡子は玄関口に立って向かい合う。視線が交わった瞬間、聡子の目にはすでに涙の膜が張っていた。「あなたが、あたしのフォロワーなんですね」梨々香は笑顔を作り、少し落ち着かない様子で聡子を招いた。「リビングへどうぞ。お水持ってきます」「あなたたち座って。私が持ってくるから」三久は梨々香に応対を任せるように目配せした。なにしろ梨々香のフォロワーなのだから。梨々香は三久に笑いかけた。「じゃあ、行きましょ。遠慮しないでください。あたしたち親友同士なんで」聡子は梨々香についてリビングに座り、バッグを置くと部屋の中を見渡した。「あなた、ここに住んでるの?」「そうです」梨々香は周囲を見回した。「そっちはきっとお金持ちでしょうから、あたしのところよりずっといい場所に住んでるんでしょうけど。うちもなかなかいいところですよ。深川じゃ上等な部類です」聡子は梨々香の目元や眉のあたりに自分とどこか似た面影を見つけ、目元がさらに潤んでいく。「この何年か、幸せに暮らしてた?」梨々香は聡子から注がれるその視線を直視できず、いつもの飾らない調子を失っていた。「その言い方、なんだか引っかかりますね。まるで前から知り合いだったみたいな」「私たちには、昔から繋がりがあるのよ」「そんなはずないです」梨々香は迷わず言い切った。「あたしは西戸の施設育ちで、西戸から出たこともないのに、あなたみたいなセレブと接点があるわけないじゃないですか」聡子はバッグから一枚の紙を取り出し、テーブルに置いた。「実は、家族を探しに来たの」三久はお茶を淹れ終え、急須を持ってダイニングから出てきた。聡子のその言葉を聞いた瞬間、手が小さく震え、危うくお盆を取り落としそうになった。すん
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第514話

「つまり、誰かが親子を引き離したってことですか?」梨々香が彼女の言葉を遮った。「じゃあ聞きますけど、誰があたしが死んだなんて嘘をついたんです?なんのために?狙いは何なんですか!?」聡子は感情が高ぶり、悲しみに耐えきれなくなっていた。梨々香のこうした疑いの姿勢を前に、彼女は息もできないほどの心の痛みを感じたが、それでも理解はできた。自分が突然現れて、親子だと名乗り出たこと自体、あまりに突飛で信じがたいことだと分かっていたからだ。聡子は少し気持ちを落ち着けると三久のほうへ目をやり、その視線にまた冷たさが戻った。「高崎家の中で、ずっと後継ぎをめぐって揉めてたの。あなたのお父さんの代には兄弟が二人いて、お父さん自身は家を継ぐことに執着してなかった。でも、長男の家系はずっとその座を狙ってたのよ。高崎家では、次の世代に健康な子どもが生まれるかどうかが、後継を決めるうえでかなり重要だった。当時、何があったのかは私もまだ全部調べきれてない。でも、そんなことより今は、あなたが生きていて、こうして見つけられたことのほうが大事なの」三久は無意識に眉をひそめた。直感が、聡子の話が本当だと告げていた。梨々香には、自分を思い続けていた母親がいたのだ。だが三久の胸の奥には、なぜか良くない予感がじわりと広がっていく。「分かりました、まず親子鑑定をしましょう。本当に血の繋がりがあって、あなたが本当にあたしの母親だと分かったら、先の話を信じます」梨々香は自分の髪の毛を数本引き抜いた。「これで親子鑑定をしたいです」聡子は梨々香の冷たい態度に少し傷ついた様子を見せたが、それでも理解を示し、その場で自分の髪も数本抜いて梨々香に手渡した。「分かったわ」「じゃあ、もう帰ってください」梨々香は髪の毛をしまうと、立ち上がって帰りを促した。聡子は口を開きかけ、まだ何か言いたそうにしていたが、梨々香はすでに玄関のほうへ歩き出していた。彼女は仕方なくバッグを手に取って立ち上がり、外へ向かう途中、三久のそばで一瞬足を止めた。三久を見つめるその視線は冷ややかで、複雑なものだった。三久はその一瞥に、まるで棘が刺さったかのような、ひどく落ち着かない気持ちにさせられた。聡子は玄関へ向かって歩き、梨々香の傍らで足を止めると、その視線はまた
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第515話

「高崎聡子、高崎恒雄の奥さん」三久は高崎家についていくらか知っていることを、そのまま梨々香に話した。「高崎恒雄は高崎武司の弟よ。あのご夫婦、よく慈善活動してるって聞くわ。息子さんが確か十歳くらいで、娘さんは生まれて間もなく亡くなったって噂だったはず」梨々香は彼女の隣に腰を下ろした。「あなたの話だと、あの夫婦なかなか良い人たちみたいね。じゃあ高崎家の長男のほうは……あんまりよくないの?」「深川の上流社会での評判を見る限り、確かに今言った通りね」三久は軽く頷いた。言葉の端々に武司夫妻への非難めいたものはなかったが、なんとなく察しの良い者同士なら分かるような空気を孕んでいた。「もしあなたが本当に高崎家の次男の娘なら、きっと幸せになれるわね」梨々香はさっきの髪の毛を取り出し、しばし考え込んだ様子を見せてから立ち上がった。「龍太郎に電話して、鑑定を頼んでくる」「うん」三久は彼女が部屋に戻って電話をかける様子を見送った。数分もしないうちに、梨々香は服を着替えて出てきた。「龍太郎に髪の毛渡してくる」梨々香は玄関で靴を履き替え、バッグを肩にかけた。「青木さんが帰ってきたら伝えておいて。お昼までにはできるだけ戻るから」三久は立ち上がって見送りに出た。「気をつけてね。慌てなくていいから」梨々香は三久が思っていたよりも落ち着いていた。いや、三久自身よりも落ち着いているようにさえ見えた。自分が聡子の娘だと信じきれていないだけでなく、嬉しさのあまり実感が湧かず、まだ気持ちが追いついていないようだった。「行ってくるわ」梨々香はドアを押して出て行こうとしたが、ふと立ち止まり振り返ると、三久をぎゅっと強く抱きしめた。三久は突然のことに面食らいながらも、手を回してその肩を軽く叩いた。「やっぱり平気なふりしてただけなんだ。内心、もうめちゃくちゃなんでしょ」聡子はすでに調べを済ませていて、梨々香が高崎家の次男夫婦の娘である可能性は九割方確実だった。ただ梨々香には、これほど短時間で実の両親が見つかったという事実を受け入れるために、はっきりした証拠が必要だったのだ。「そうよ。内心もうひっくり返りそうなくらい動揺してるわ」梨々香は三久から体を離した。目元にはすでに赤みが差していた。「ねえ、誰の娘であろう
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第516話

目に映ったのは、切迫したような、興奮したような久留美の表情だけだった。涙で顔をぐしゃぐしゃにした久留美は、そのまま三久に飛びつき、ぎゅっと抱きしめた。しかもここは、つい先ほど聡子が訪れ、梨々香にまったく同じような言葉を告げたばかりの場所だった。「この何年も、あなたを探すのは本当に苦労したのよ……」久留美の涙が三久の服を濡らし、湿った温もりが肩へ伝わってくる。三久は身動きせずに立ち尽くしていた。エレベーターの壁に映る化粧気のない小さな顔には、戸惑いと茫然とした色が入り混じっていた。「三久?」久留美はしばらく抱きしめて泣き続けたが、いつまで経っても反応がないことに、不安そうに名前を呼んだ。三久の瞳がわずかに動き、久留美を見つめて言った。「久留美さん、冗談がお上手ですね。高崎家に娘さんがいたなんて聞いたことありません。何かの間違いでは」「私に娘がいるかどうか、私が知らないとでも?」久留美は慈しむような眼差しで彼女を見つめた。「あなたは私の娘なのよ。信じられないなら、親子鑑定すればいいわ!」三久は髪の毛を二本抜き、細く黒い糸のようなそれを手のひらに乗せると、久留美にも髪の毛を抜くよう示した。「ええ、どうぞ」久留美は髪の毛を抜いて、自分のものと一緒に並べる。それから言った。「子供を連れて、今すぐ私と一緒に高崎家に帰りましょう。親子鑑定の結果が出るまでには何日もかかるけれど、私は一日たりとも待ちたくないの」三久は指を握りしめ、手の中の髪の毛をぎゅっと固く握った。「申し訳ありませんが、親子鑑定の結果が出るまで、私はどこへも行きません」そう言い終えると、少し考えてからさらに続けた。「それに、たとえ結果が出た後もここに住みたいと思っています。息子もまだ小さいですし、環境を変えるような負担はかけたくないので」その態度はどこか距離を置き、不自然なほど冷静だった。久留美の感極まった表情が徐々に落ち着きを取り戻し、眉間に皺が寄る。「三久、誰かに何か言われたの?」「何か後ろめたいことでも?」三久は答える代わりに問い返した。これで久留美が先手を打って何かを言い出す道を封じたことになる。久留美は数秒黙り込み、また涙を落とした。「高崎家という泥沼は……本当に汚いのよ。次男の家系は昔からずっ
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第517話

「ご安心を。私は誰も信じません」三久は心の中でさらに付け加えた。――あなたのことも、だけど。その言葉を聞いて久留美はほっと息をつき、彼女の背後をちらりと見た。「まあ、私を中に招いてくれないの?」「今ちょっと取り込んでいるので」三久は身動きひとつせずに言った。「ここは私一人で住んでいるわけではないので」「聞いてるわ。友達と一緒に住んでるのよね。苦労かけたわね。それで、赤ちゃんは?」久留美は殊更に気にかける様子で言った。「元気にしてる?とても健康だって聞いたけど?」三久はしばし沈黙した後、答えた。「みんな元気です」「それは良かった。それじゃ……」久留美は一瞬言葉を切った。「親子鑑定が終わったら、すぐに連絡してね。その時は私が迎えに来るから、一緒に高崎家へ帰りましょう。あなたが戻ってきてくれるだけでも嬉しいのに、この子まで一緒なんて、本当におめでたいことが重なるわね」「でも、それなら三つもお祝い事が重なるじゃないですか?お嫁さんも出産されたんですよね。しかも双子だとか。きっと元気な子たちなんでしょうね」三久はそう尋ねてから、続けた。「それなのに、高崎家では特にお祝いもしないんですか?」久留美の顔に、ほんの一瞬だけ不自然な表情が浮かんだ。「私……あなたが娘だと分かってから、あなたを探すのに忙しくて、そっちのお祝いまで手が回らなかったのよ。あなたが戻ってきたら、一緒にお祝いをしましょう」そう言うと、彼女は数歩下がって部屋の外へ出た。「じゃあ、私はこれで。子供のこと、よろしくお願いね。お母さんの言葉、忘れないで。誰も信じちゃだめよ」扉は開いたままで、三久は玄関に立ち、久留美がエレベーターに乗って去るのを見送った。部屋の空気が次第に重く張り詰め、息苦しくなっていく。三久は深く息を吸うと扉を閉めて部屋に戻り、手にした数本の髪の毛をゴミ箱へ放り捨てた。聡子が梨々香を娘だと確信しているのはまず間違いない。久留美が自分を娘だと認めているのも、同じように確信を持っているようだった。なんとも皮肉な話だ。梨々香と自分は同じ児童養護施設で育ち、今になって同じ日に、それぞれの家族が名乗り出てきた。おまけに気味が悪いことに、二人とも高崎家の人間だということだ。三久は子供部屋に戻
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第518話

由樹は回転椅子にもたれ、目を閉じて休んでいた。哲朗の報告を聞き終えたところでスマホが鳴った。龍太郎からだった。「梨々香が親子鑑定を頼みに来た。髪の毛のサンプルを二つ渡された」「分かった」由樹はそう答えた。つまり、聡子が彼女たちの元を訪ねたのは、梨々香を娘として認めるためだったということだ。では、久留美のほうは?「三久はお前のところに来てないか?」由樹はさらに尋ねた。「来てない。もし彼女が来たら、すぐに知らせるよ」「じゃあ、切るぞ」「待て」龍太郎がふと口を開いた。「由樹、お前の母親が俺に連絡してきた」由樹の眉間が険しく寄る。「……何の用だ」龍太郎は言った。「村上を深川に連れてくるから、あいつの検査をしてほしいって」由樹は言った。「お前、それを引き受けたのか」「秦家の名前を出されて、断れなかったんだ」龍太郎の口調にはどうしようもない諦めが滲んでいた。彼は由樹と比較的親しい間柄とはいえ、酒井家の前ではまるで無力な立場だ。ましてや摩美は情け容赦のない人間なのだから。由樹は眉間を押さえ、「分かった」とだけ言って電話を切った。彼は哲朗に尋ねた。「村上家がまた何を企んでいるのかを調べてこい」十分後、哲朗が調べを終えて戻ってきた。「村上家がまた機を見て、摩美さんに接触したようです。何を話したのかは不明ですが、摩美さんの村上さんに対する態度が一変し、村上さんを連れて深川へ社長を訪ねるとのことです。来週のフライトもすでに手配済みです」由樹の表情がすっと冷たくなる。「社長、いっそ西戸に戻られては?」哲朗が探りを入れるように尋ねた。由樹はスマホを机に投げつけ、鈍い音を立てた。「三久のとこにいる人員を、すべて撤収させろ」「かしこまりました」哲朗の内心がわずかに揺れる。由樹はもう手を引くつもりなのか。彼は龍太郎から、結人のお祝いの日に、由樹が出向いたと聞いていた。洲人は事あるごとに由樹に当てこすっていたが、由樹はその場でずっと冷たい表情を崩さず、無視できない存在感を放っていた。だが、あの場では誰の目にも、由樹はどこか場違いな存在に映っていた。いや、そもそもあれほどの立場にいる人間がするようなことではない。あの日以降、由樹はさらに口数
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第519話

午後一時、突然雨が降り始めた。梨々香が帰ってきた時には体の半分がずぶ濡れになっていて、玄関に入るなりぼやき始めた。「深川はどこもかしこもいいけど、天気の変わり方だけは異常よ。出かける時はあんなに晴れてたのに、いきなり雨が降ってきて。車を停めて建物まで走っただけでずぶ濡れになっちゃった」彼女は靴を脱ぎ、服を脱ぎながらそのまま浴室へと向かった。シャワーの音が聞こえてくると、三久はリビングから声をかけた。「温かいお茶淹れてあるから、あとで飲んで。体冷やさないようにね」しばらくして、梨々香は浴室から出てくると、リビングを横切ってまっすぐダイニングへ向かった。「さすがみくちゃん、本当に気が利くわね。そっちのぶんも注いであげようか?」「いい、もう飲んだから」三久はソファに座り、結人を抱きながら、穏やかな眼差しを静かに小さな顔に落としていた。梨々香は自分の分を注ぎ、食卓についた。「龍太郎が言うには、親子鑑定は早くても二日はかかるって」三久は振り返り、彼女の横顔だけを見た。「そう、じゃあその時彼から電話で知らせてくれるの?」梨々香は頷き、お茶を少しずつ口に運びながら言った。「ねえ、あたしのこと、自分のことみたいに嬉しい?」「もちろんよ」三久はためらいなく答えた。「高崎家の人たちは悪い人じゃなさそうね。ただ、家の中はいろいろ複雑そうだから、戻ることになったら、まずは聡子さんたちの言うことを聞いて、あまり一人で突っ走らないでね。焦らなくていいわ。せっかく家族が見つかったんだから、今はそれを大事にしたほうがいいと思う」それを聞いて、梨々香は湯呑みを置き、振り返って言った。「誰がそんなこと言ったの?あたしにとっては、家族が見つかったことより、みくちゃんのほうがずっと大事よ。もし本当に高崎家に戻ることになったら、あなたも一緒に来て。あなただけ置いていくなんて絶対できないから。それより、あなたの家族のことは……もう探さなくていいの?どうせみくちゃん、家族探しにはそこまでこだわってないでしょ」三久は頷いた。「確かに、探す必要はないわ。ゆいがいれば十分」「龍太郎から聞いたけど、酒井のお母さん、来週深川に来るんだって。村上も一緒に」梨々香は立ち上がって歩み寄り、三久の向かいに腰を下ろした。
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第520話

三久はマンションを出て、その姿を目にして一瞬足を止め、それから彼のほうへ歩み寄った。「こんなことのために、わざわざ来なくてもよかったのに」「わざわざ来ないと、渡す機会なんてないだろ」彼女はもう彼の妻でもなければ、彼の秘書でもない。会う機会がないからこそ、わざわざ届けに来たというわけだ。その言葉には少し棘があり、三久は眉をひそめた。「で、贈り物は?」由樹が取り出すより先に、突然激しい雨が降り出した。由樹は車のドアを開けた。「先に乗れ」突然の土砂降りに、三久は一瞬目を細めた。彼女は身をかがめて車に乗り込み、ダッシュボードからティッシュを取り出し頬や目尻の雨粒を拭いた。由樹は助手席側に回り込み、乗り込んだ時には白いシャツの大半がすでに濡れていて、引き締まった胸板に張りつき、小麦色の肌がうっすらと透けて見えていた。「深川の何がいいんだ。わざわざこんなろくでもない場所に来るなんて」彼は眉根を寄せ、不快そうな表情を浮かべた。三久は言った。「深川がろくでもないと思うなら、西戸に帰ればいいでしょ」これは本心からの言葉だった。由樹がずっと深川にいる必要はないし、支社の文則たちの問題も、彼がわざわざ自ら足を運ぶほどのことではないはずだ。「お前は俺に深川を離れてほしいのか」「あなたが自分で言ったんでしょ、深川はろくでもないって」三久の鼻先には、馴染みのある沈香の香りが漂っていた。かすかな煙草の匂いが消えたぶん、その香りはどこか以前とは違って感じられた。由樹は言った。「お前と神崎は一体どういう関係なんだ」「どういう意味?」「だから……」「仕事でも私生活でも、もう私のことはあなたには関係ないでしょ。来週、摩美さんと村上さんが来るって聞いたわ。これ以上私に面倒事を持ち込まないでほしい」三久は洲人の話を意図的に避けた。彼女はもう昔とは違う。結人がいる今、ただ穏やかで安定した生活だけを望んでいる。誰にも自分の生活を乱されたくない。ましてや揉め事を持ち込んでくる相手ならなおさらだ。だからこそ、先に釘を刺しておいたのだ。「面倒事?」由樹の唇が皮肉げに歪む。お前だって、俺に散々面倒をかけてきただろう。「贈り物は?」狭い車内、息が詰まりそうな空気の中、三久はこれ以上そこに
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