(わたくしが……あの『怪物公』のもとへ嫁ぐ……?) 日の当たらない物置のような自室から呼び出された白藤薫子(しらふじかおるこ)は、冷え切った大広間で、父の言葉に凍りついた。「鈴子(すずこ)の代わりに、お前が黒竜家(こくりゅうけ)へ嫁げ」 父の視線は、薫子を見てすらいない。 西洋文化を取り入れ、華々しく咲く花のように変わりゆく帝都。その繁栄と平和の均衡を保つのが、人外の力を宿す『黒竜家』だ。だが、その当主は竜化の呪いに蝕まれた『怪物公』と恐れられている。 代々、聖なる力で妖を浄化する巫女を輩出してきた白藤家。 今回の縁談は、強大な巫女の力を持つ妹、鈴子に来たものだった。(なぜ、力を失った無能のわたくしが……) 薫子は、震える手元を見つめた。かつては龍を鎮める力を持っていた。だが、ある事件を境にその力を永遠に失ってしまったのだ。もう力は出すことはできない。「お前のようなお荷物、怪物の生贄にでもなって、少しは白藤家の役に立ちなさい」 奥の間から、継母の冷ややかな声が追い打ちをかける。「お母様、そんな言い方……薫子お姉様が可哀想だわ」 その時、広間のふすまが静かに開き、一人の少女が姿を現した。薫子の妹、鈴子だ。 西洋風の白いドレスに身を包み、陶器のように白い肌と澄んだ瞳。彼女こそが、白藤家が誇る、強大な巫女の力を持つ真の巫女だった。「鈴子、お前は本当に優しい子ね。でも、この役立たずのせいで、お前が怪物の元へ行くなんて、お母様は絶対に許しません」 継母の静江(しずえ)は、鈴子を優しく抱きしめ、薫子には蔑みの視線を向ける。「鈴子は帝都を守る次世代の巫女として、もっと幸せにならなければならないの。お前のような日陰者が、鈴子の代わりに犠牲になる。それが、白藤家の繁栄に繋がるのよ。幸い顔は知られていないから、白藤家から娘を差し出せばそれですむのよ」 静江の言葉は、鋭い刃物のように薫子の心を切り裂く。 幼い頃から食事は残り物、服は鈴子のお下がり、寝床は物置。道具として扱われることには慣れていた。だが、怪物と噂される男の元へ、妹の身代わりとして差し出される。それは死を意味するのと変わらない。「これは……お父様のご希望なのですか?」 薫子は微かな希望を抱いて奥の間に座る父へと視線を向ける。だが父は、またしても薫子とは目を合わせなかった。た
Last Updated : 2026-04-08 Read more