松子の足音は、まるで獲物を追う獣のように静かで、それでいて床板を執拗に踏みしめる重さがあった。彼女は部屋に一歩踏み入れると、忌々しげに室内を見渡した。 「お千代は甘すぎたんだ。詐欺師の女に、こんな贅沢な部屋を与えて、食事まで運ばせて……。黎斗様のご慈悲を汚すにもほどがあるよ」 松子の細い目が薫子の首元で光る「守り石」を捉え、下卑た笑みを浮かべた。彼女の背後には、鈴子の怨念にも似た妖気が薄らと立ち昇っている。 「さあ、まずはその首から汚らわしい石を外して。この館に、当主様の許可なき異物を持ち込むことは禁じられているからね」「これは、千代さんにいただいた大切なもので……外せません」 薫子が守り石を庇うように握りしめると、松子は獰猛な笑みを浮かべた。 「あら、口答え? 詐欺師の分際で、この屋敷のルールに楯突く気かしら」 松子は素早く薫子に詰め寄り、彼女の細い手首を無慈悲にねじり上げた。薫子の肌に、指先の圧力で赤い痣が刻まれる。 「痛っ……!」 「声が大きいッ。黎斗様は今、お忙しいの。貴女のような薄汚い女の世話のために、当主様の時間を奪うなんて……万死に値する」 松子は薫子を突き飛ばすと、持参した冷水を、薫子に向かっ浴びせた。濡れた布地を通して薫子の肌を鋭く刺す。 「今すぐ全部着替えなさい。屋敷で働くんだよ。西棟から東棟までの廊下、すべて磨き上げること。少しでも埃が残っていたら、今夜の食事は抜きだよ」 突き放すように放り投げられたのは、雑巾として使われるべき、ぼろぼろの布の塊だった。 黎斗から与えられた着物は取り上げるつもりのようだ。本来であれば、夫人になんという口を利くのだ、と松子が咎められるはずなのに、薫子を庇い建てしてくれる使用人たちはいなかった。彼らもまた、操られているのだ。 薫子は唇を噛み締め、震える手でその布を拾い上げた。 (黎斗様……。わたくしがここで騒げば、貴方に迷惑がかかってしまう……) 口では罵られたり、ひどい言葉を投げかけられているが、心配で様子を見に来てくれたり、豪華な食事や寝床を用意してくれる。黎斗は心優しい男性だ。千代の言う通り、人間不信だからこそ、自分に厳しく当たるのだろう。「わかりました。早速着替えます。出て行ってもらえますか」 松子を部屋の外にやり、薫子は言われた通り着物を脱いだ。
Dernière mise à jour : 2026-04-25 Read More