Tous les chapitres de : Chapitre 21 - Chapitre 30

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第6話 忍び寄る悪意 01

 松子の足音は、まるで獲物を追う獣のように静かで、それでいて床板を執拗に踏みしめる重さがあった。彼女は部屋に一歩踏み入れると、忌々しげに室内を見渡した。 「お千代は甘すぎたんだ。詐欺師の女に、こんな贅沢な部屋を与えて、食事まで運ばせて……。黎斗様のご慈悲を汚すにもほどがあるよ」  松子の細い目が薫子の首元で光る「守り石」を捉え、下卑た笑みを浮かべた。彼女の背後には、鈴子の怨念にも似た妖気が薄らと立ち昇っている。 「さあ、まずはその首から汚らわしい石を外して。この館に、当主様の許可なき異物を持ち込むことは禁じられているからね」「これは、千代さんにいただいた大切なもので……外せません」  薫子が守り石を庇うように握りしめると、松子は獰猛な笑みを浮かべた。 「あら、口答え? 詐欺師の分際で、この屋敷のルールに楯突く気かしら」  松子は素早く薫子に詰め寄り、彼女の細い手首を無慈悲にねじり上げた。薫子の肌に、指先の圧力で赤い痣が刻まれる。 「痛っ……!」 「声が大きいッ。黎斗様は今、お忙しいの。貴女のような薄汚い女の世話のために、当主様の時間を奪うなんて……万死に値する」  松子は薫子を突き飛ばすと、持参した冷水を、薫子に向かっ浴びせた。濡れた布地を通して薫子の肌を鋭く刺す。 「今すぐ全部着替えなさい。屋敷で働くんだよ。西棟から東棟までの廊下、すべて磨き上げること。少しでも埃が残っていたら、今夜の食事は抜きだよ」  突き放すように放り投げられたのは、雑巾として使われるべき、ぼろぼろの布の塊だった。  黎斗から与えられた着物は取り上げるつもりのようだ。本来であれば、夫人になんという口を利くのだ、と松子が咎められるはずなのに、薫子を庇い建てしてくれる使用人たちはいなかった。彼らもまた、操られているのだ。  薫子は唇を噛み締め、震える手でその布を拾い上げた。 (黎斗様……。わたくしがここで騒げば、貴方に迷惑がかかってしまう……)  口では罵られたり、ひどい言葉を投げかけられているが、心配で様子を見に来てくれたり、豪華な食事や寝床を用意してくれる。黎斗は心優しい男性だ。千代の言う通り、人間不信だからこそ、自分に厳しく当たるのだろう。「わかりました。早速着替えます。出て行ってもらえますか」 松子を部屋の外にやり、薫子は言われた通り着物を脱いだ。
last updateDernière mise à jour : 2026-04-25
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第6話 忍び寄る悪意 02

  磨いても磨いても、終わりの見えない長い廊下。この屋敷は広い上に和館と洋館の二つから形成されている。掃除も大変な労力が必要だ。  薫子の膝はすでに感覚を失い、雑巾を絞る指先は、冷水にさらされた痛みで赤くなっていた。  それでも彼女は、一筋の埃も残さぬよう、ただひたむきに床を磨き続ける。それが、この屋敷で生きるために命じられたものだから。主人の言うことは絶対的な世の中で、逆らう術もない。   その時、廊下の奥から男性特有の重厚な足音が響いてきた。空気が凍りつくような、圧倒的な威圧感。黎斗だ。  松子は一瞬で表情を豹変させ、卑屈なまでの笑顔で深々と頭を下げた。 「黎斗様。ご機嫌麗しゅうございます。奥様が……いえ、この詐欺師の女が、自らの罪を悔い改めたいと、熱心に廊下を磨いておるのです」  普段の黎斗は、ほとんど洋館の自室か書斎にいるのに、なぜ和館の方へ来たのだろうか。  いじめている姿を見られて、松子は内心ヒリついた。  黎斗の冷徹な視線が、床に這いつくばる薫子を射抜いた。  よく見ると美しい黒髪がやや湿っている。風呂の時間でもないはずなのに、水でもかぶったのだろうか。それに、相当数用意させた自分の贈り物の洋服は身に着けず、女中の着物を纏っている。  そして、懸命に床を磨く姿。その首筋には、黎斗が付けた竜跡(りゅうこん)が、震える肌の上で淡く明滅している。   (なぜ、そんな恰好を……止めてやらないと……しかし……)  
last updateDernière mise à jour : 2026-04-26
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第6話 忍び寄る悪意 03

 黎斗が去った廊下で、松子は悔しげに震える指先で雑巾を握りしめていた。 「……詐欺師の分際で、黎斗様の心を惑わせるなんて」  松子は薫子を睨みつける。その目は蛇のように細められ、黎斗が見ていない隙に、薫子の脇腹を雑巾で激しく突いた。「っ……!」 「黎斗様がいなくなれば、もう貴女を守る人は誰もいないのよ。……覚悟しておきなさい」  黎斗は和館を去った後、書斎に戻るつもりでいた。しかし、彼の足は廊下の途中で止まった。首筋の竜の紋章が、今までにないほど激しく熱を帯びている。まるで、薫子が今まさに痛みを感じていることを、その紋章が自分自身に訴えかけているかのように。(……なぜだ。なぜ、胸が苦しいんだ……)  彼は書斎の壁に手をつき、荒い息を吐いた。鈴子の術が植え付けた「薫子は詐欺師である」という記憶と、黒竜の血が本能的に求める「番(つがい)を守れ」という命令。  それが脳内で激しく衝突し、黎斗の意識を真っ二つに引き裂こうとしている。 (頭が痛い……割れそうだ!)  よろよろとした状態で壁に手をついた。その時、黎斗のポケットにある懐中時計が妙な音を立てた。  これは、彼の竜の血が抑えられなくなった時に発動する警報だ。竜の呪いが体内を蝕み、押さえられなくなった時に黎斗は破壊の限りを尽くしてしまう。 (薫子……)   彼は彼女を
last updateDernière mise à jour : 2026-04-27
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第7話 琥珀登場 01

  鈴子の声が響いた瞬間、黎斗の脳内に再び濃い霧が立ち込めた。 抱きしめていたはずの薫子の感触が、瞬時に氷のような冷たさに変わる。黎斗は弾かれたように薫子から離れ、額を押さえてよろめいた。 「鈴子……か。よく戻った」「ええ、お迎えに上がりましたわ。……あら、お姉様、随分と汚らわしい格好で当主様におすがりして。相変わらず、なりふり構わず男を誘惑するのね」  鈴子は薫子の返答も待たず、優雅な足取りで近づくと、薫子の頬を平手打ちした。乾いた音が部屋に響く。 「っ……!」「黎斗様、見てください。お姉様は貴方様が理性を失っている隙に、術をかけて懐柔しようとしていたのですよ。ほら、その首筋の印も……呪いの結界の一種ですわ」  鈴子は黎斗の耳元で、甘ったるい毒のような囁きを繰り返す。「この女がここにいる限り、黎斗様の竜の血は穢れ、帝都の人々を脅かすことになります。現在、子供たちが行方不明になっている事件も、お姉様が関係しているのかもしれませんわね」  黎斗の瞳から光が消え失せ、再び虚ろなものへと戻っていく。鈴子の言葉が彼の中に正しい情報として刻み込まれていく。   「……薫子が、子たちを……」 「ええ。この詐欺師が貴方様の力を利用して、帝都を恐怖に陥れているの。…&he
last updateDernière mise à jour : 2026-04-29
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第7話 琥珀登場 02

 琥珀は人間の姿を手に入れ、放った言葉は、しっかりこの時代の言葉だった。そして彼の霊力は、地下の結界を根底から塗り替えていた。  琥珀は、千代から託された霊力を解き放ち、目の前の害虫を駆除するために全神経を集中させる。「くっ……ありえない! ただの鳥が、なぜここまで……!」 鈴子が苛立ち、再び黒い呪符を繰り出そうとするが、間に合わない。  美しい絶世の美女と謳われる容姿に、一筋の醜い皺が刻まれる。それは、ひとつ、またひとつと増えていく。「お姉様の分際で、私に逆らうなんて……死んでも許さないわ!」  鈴子が喚き散らしながら呪符を投げつけるが、琥珀は指先一つでそれを塵とさせた。琥珀の瞳が黄金に発光する。その視線は鈴子の着飾った虚飾の奥にある「本性」を正確に射抜いていた。「毒虫め。千代様から聞かされていた通りだ。……お前が纏っているその若さも、美しさも、他人の霊力を啜って保っているだけの『泥』に過ぎん」 琥珀が右手をかざすと、地下牢の空気が重く澱んだ。琥珀の霊力が、鈴子が館全体にかけていた「幻術の結界」を逆流させたのだ。 「あ……あああぁっ!?」  鈴子の肌が、急速に干からびていく。バラの花のように艶やかだった頬が落ち、潤んでいた瞳が濁り、白髪が噴き出した。彼女が屋敷に隠していた「老婆の姿」が、地下牢の暗闇の中に醜悪な影となって浮かび上がる。「ひっ、嫌、見ないで! 黎斗様、黎斗様助けてぇええ!」「威勢がいい割に、すぐ助けを呼ぶなんて。なんだお前」 琥珀が鋭い目で彼女を見る。パリパリと白い肌が落ちてしまい、その下から出てきたのは、醜い老婆のような姿。「なるほど……お前は妖術使いか。綺麗なパワーを吸い過ぎたから、吸い続けておかないと均衡を保てないんだな」 秘密を言い当てられ、まずいと思った鈴子は咄嗟に呪いの呪符を薫子に向かって投げつけた。 呪符が空中で妖しい紫煙を上げ、薫子を目掛けて飛来する。 「薫子様!!」  琥珀が咄嗟にその身を翻し、鋭い爪で呪符を切り裂いた。白銀の翼が空中で舞い、地下牢を再び浄化の光が包み込む。  しかし、それは鈴子が仕組んだ狡猾な囮だった。「ふふ、引っかかったわね……この役立たずの鳥!」  呪符が煙となって消えるその裏で、鈴子はこういう時のために利用する、ありったけの霊力を込めた呪符を地面に投げつけた。ドロ
last updateDernière mise à jour : 2026-04-30
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第7話 琥珀登場 03

 鈴子は逃げた。だが、彼女が残した負債はあまりに大きかった。  琥珀の浄化の光に焼かれた鈴子は、力を使い果たしてしまったため、その『若さ』を蝕み始めていた。  先ほど、老婆の姿となっていた姿――彼女の心が権現したもの。本来なら若く清く美しいはずの鈴子は、彼女の母親や、妖術のせいでおかしくなってしまったのだ。「助けてくださってありがとうございます。あなたは……?」 「申し遅れました。我は鷹の琥珀と申します」 「琥珀……? でも、あなたから不思議な香りがするわ。とても安心する……」  琥珀から滲み出る揚力が、千代のものに似ていた。「まるで千代がそこにいるみたい」 薫子が目を細めて笑うと、恭しく膝間付いた琥珀が頭を下げた。「我が主は、千代。彼女からあなた様を守るよう使わされました。これからは俺があなたを守ります」「千代が……」「彼女は、鈴子について調べています。あの女は巫女なんかじゃない。妖術使いの残党です」「えっ……」 実の妹がまさか妖術使いだったとは!「妖術使い……。鈴子が、そんな恐ろしいものに手を染めていたなんて」 薫子は自分の腕をそっと抱いた。実の妹が歩んでいた闇の深さに、背筋が凍るような思いだった。しかし、琥珀の琥珀色の瞳は、揺るぎない確信を持って彼女を見つめている。「左様です。あの女は、白藤家の純潔な血筋を利用し、薫子様の秘めたる力を食い潰していたと思います」「わたくしの力……? あの、なにかの間違いではないでしょうか。わたくしに力はございません」 「この呪符が証拠です」 琥珀は鈴子が投げつけ、妖術を放出させた残りカスのような破片を拾い上げた。そして何かを念じ、目を見開く。すると、琥珀色の瞳が光り、かざした掌にすうっと青白い光が出た。「これを見てください」 琥珀の掌に浮かび上がった青白い光の中には、見るも無惨な真実の記憶が投影されていた。 「ここに映っているのは、鈴子がこれまで行ってきた偽りの儀式の正体です」  光の波紋が広がると、そこにはかつて実家で行われていた一族の秘密の儀式が映し出される。  幼い薫子が祈りを捧げる背後で、鈴子がその背に手を当て、薫子の体から溢れ出す清浄な巫女の霊力を不思議な術で吸い取っている光景だ。薫子が力がないと思い込まされていたのは、鈴子が彼女の力を根こそぎ奪い、己の妖術の糧に変換してい
last updateDernière mise à jour : 2026-05-01
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第8話 求められて…… 01

  地下の闇を裂いて現れたのは、冷酷な光を赤い瞳に宿した黎斗だった。彼は先ほどの衝撃で破壊された石壁と、そこに立つ見知らぬ男——琥珀を一瞥し、不快そうに鼻を鳴らす。 「鼠が紛れ込んだか。薫子、お前は地下に閉じこめられてなお、男と通じて俺を謀るつもりか」「黎斗様、違います。彼は……!」  薫子が庇おうと前に出た瞬間、黎斗の首筋にある竜の紋章が赤黒く脈動した。鈴子の呪いによる洗脳は、彼の理性を「薫子を信じてはならない」という強迫観念に縛り付けている。琥珀は一瞬、鋭い爪を剥き出しにしたが、薫子の制止の目を見て、静かに気配を消した。 「言い訳も聞く気はない。薫子、来い。お前が俺のものだということを、その体に教え込んでやる」  彼の内側で眠る竜が暴走を始めようとしているのだ。 ぐい、と薫子を引っ張り、その腕の中に閉じこめてしまう。「俺から逃げられると思うな」    黒翼で彼女を包み込むと、あっという間に寝室へ運び込む。 使用人に、今日は一切誰も通すな、とお達しを出し、鍵をかけてしまった。 ばさっと彼女を放り投げるようにして、寝台の上に置いた。そして黎斗は彼女を掻き抱く。   「……っ、黎斗様、痛い&hellip
last updateDernière mise à jour : 2026-05-03
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第8話 求められて…… 02

  黎斗の指が、引き裂かれた衣の隙間から露わになった薫子の肌をなぞる。その指先は熱く、そしてひどく震えていた。  「お前は俺を拒むくせに、どうしてこれほどまでに甘い香りを放つ……」   黎斗の唇が、今度は噛みつくのではなく、吸い付くように彼女の鎖骨を辿る。憎んでいるはずなのに、その肌に触れるたび、彼の内側で逆巻いていた猛毒のような瘴気が嘘のように凪いでいく。  その心地よさがさらに彼を絶望させ、執着を深めさせた。  誰も触れたことのない穢れのない身体。あの日、命をもらった時に嗅いだ清い匂いがする。  堪えることができず、黎斗は飢えた獣のように薫子のうなじに顔を埋めた。洗脳という冷たい檻の中に閉じ込められた彼の魂が、薫子の放つ神凪の霊力に触れるたび、歓喜の悲鳴を上げている。  憎まなければならない、信じてはいけない、と理性が叫ぶ一方で、彼の本能は彼女の体温に、その柔らかな曲線に、これ以上ないほどの安らぎを見出していた。  薫子は自分を組み敷く黎斗の重みを感じながら、激しく脈打つ彼の鼓動を聞いていた。 首筋に落とされる口づけは、痛みすら伴うほどに情熱的で、執拗だ。黎斗は彼女を独占したいという狂おしい欲望を隠そうともせず、その白い肌に、まるで己の領土を主張する竜のように赤紫の痕を刻んでいく。 「……黎斗様、苦しいです……」  薫子が吐息を漏らすと、黎斗はその唇を力任せに塞いだ。 それは一方的で、強引な略奪だった。しかし、重なり合う唇から伝わってくるのは、突き放したくても突き放せない、呪いにも似た深い愛着。黎斗の手が薫子
last updateDernière mise à jour : 2026-05-04
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