「あの、痛い、です……黎斗様」 薫子が微かな声を漏らすと、黎斗はハッとしたように指の力を緩めた。 しかしその手は離さない。白く細い手首に刻まれた自分の指の跡を見て、黎斗の胸の奥で、黒竜が嗜虐的な悦びと、それを上回るほどの庇護欲に震えた。(なぜ、こんなにもこの女に触れていたいのだ。……噂では妹や使用人を虐げ、俺を騙すためにこの地へ来た、卑しい女のはずなのに!) 白藤家へ密偵をやり、届いていた報告書には、薫子の悪評がこれでもかと並んでいた。 妹の鈴子を呪い、家財を盗み、巫女としての力を悪用する「毒婦」。 黎斗はその言葉を信じて怒った。彼女がここを出て行くように仕向けてやろうとさえ思ったほどだ。 だが、目の前で藤色の着物に身を包み、今にも壊れそうに震えているこの女から感じるのは、泥のような邪気ではない。凛とした、そしてあまりにも懐かしい、清らかな香気だ。 理性が鳴らす警鐘を無視して、彼の本能は薫子の藤色の着物から漂う、清らかな百合のような香りを求めていた。 「お姉様、大丈夫? 黎斗様、お姉様は体が弱いですから、そんなに強くされては可哀想ですわ」 鈴子が割り込むように、黎斗の腕に自分の身体を密着させた。袖口から、薫子の霊力を変換した、鼻をつくほど甘ったるい媚香が放たれる。「……離せ」 黎斗が低く唸った。鈴子の香りは、理屈では「心地よいはずのもの」として認識されているが、今の彼には、腐った果実のような不快感しか与えない。「そんなこと仰らずに。……さあ、黎斗様。私がお疲れを癒やして差し上げますわ」 (この男、絶対に私のものにしてみせるわ。お姉様からすべてを奪うために、なんとか黎斗様に取り入らなきゃ) 鈴子の袖口から、薫子の霊力を変換した甘ったるい媚香が放たれる。だが黎斗はその香りに、言いようのない不快感を覚えていた。「離せと言っている。聞こえなかったのか」 彼の冷ややかな声に鈴子は一瞬顔を硬らせたが、すぐに艶やかな笑みを浮かべた。 「あら大変! 鈴子様、お顔に埃がついておりますよ!」 またしても千代(ちよ)だ。彼女はどこから取り出したのか、大きな手ぬぐいを鈴子の顔の前で勢いよく振って邪魔をする。「な、なんなのよ、もう!」 千代が放つ「無意識の浄化」によって、鈴子の術はまたしても消えてしまった。 鈴子が千代を殺さんとばかりに睨
Last Updated : 2026-04-15 Read more