Tous les chapitres de : Chapitre 41 - Chapitre 50

52

第11話 黎斗の後悔 04

  (黎斗様……)   薫子は威厳のある黎斗の顔を思い浮かべた。 人を寄せ付けない畏怖のある雰囲気。そしてかなり誤解される威圧感のある物言い。  それでも彼は、薫子を受け入れ、優しくしてくれた。 酷い言葉に傷つくこともあったが、それでも、黎斗の不器用な優しさはくみ取っていたつもりだ。 言葉とは裏腹の、彼の、死ぬほど不器用な愛情。 その優しさは、薫子だけが知っているもの。  『カオルコ……オマエノ イノチヲオレニクレナイカ』『シニタクナインダ……』   苦痛に歪んでいるのは、黎斗の顔なのに、そうではない別の者に見えた。 本物の黎斗なら、プライドも高く、薫子を犠牲にしてまで自分が助かろうなど、そんなことは言わないはずだ。  孤高でありながら、気高く、美しく、自分を犠牲にしてまでも、誰かを護っている。 「あなたは偽物です」  薫子はキッと目を開き、目の前を見据えた。黎斗の顔が醜く歪んでいく。  『オレヲミステルノカ……』  「黎斗様は、誰かを犠牲にしてまで自分が助かることを望むお方ではありません」   光は、彼女の内側から溢れた。 白い炎のような霊光が、指先から、足元から、髪の先から立ち上る。それは暖かく、静かで、嵐の夜の灯台のように揺るぎない。
last updateDernière mise à jour : 2026-05-18
Read More

第12話 真の巫女誕生 01

 千代は、こくりと頷いた。 いつもならば、「薫子様、ご無理はなりませぬ」と、まず釘を刺してくるはずの千代が、今日は一言も口を挟まなかった。それだけで、薫子は自分がどれほど変わったのかを知った。 洞窟を出ると、夜明けの風が頬を撫でた。 東の稜線がかすかに白んでいる。いつの間にか夜になり、そして朝を迎えようとしている。  1日弱、この洞窟にいたのだ。(もうすぐ、夜明けね) 長い夜が、終わろうとしていた。 早速戻ったことを千代の祖母に伝えた。溢れ出る霊力を押さえられない薫子は、その力を制御するため、代々村に伝え割る勾玉をもらった。さらに、みなぎる霊力で村全体を浄化した。永らく妖たちと闘ってきた村人たちを癒したのだ。「薫子様、白藤家まで送りましょう」 琥珀が背中に乗せてくれると言うのだ。大きな鷲の羽を広げ、千代と薫子を乗せ、あっという間に白藤家の付近まで着いた。 久々に見る屋敷。なにも恐れることは無い。  隣には千代と琥珀がいてくれる。仲間がいてくれることが、これほど心強いとは。 そして静まり返った白藤家。嵐の目の中にいるような、凪いだ静けさだ。「……薫子様」 千代が隣に並んだ。「一つ、お聞きしてもよろしいですか」「どうぞ」「影と対峙したと聞きました。怖くはなかったのですか」 薫子は少し考えた。「怖かったわ」と、正直に言った。「黎斗様の顔をしていたから、なおさら――」 薫子は洞窟で起こったことを詳細に千代に語った。「でも、わかったの。偽物だって」薫子は前を向いたまま続けた。「本物の黎斗様は、あんなふうに誰かにすがりはしない。たとえご自身の死に直面していたとしても」 千代は何も言わなかった。ただ、そっと目を伏せた。「千代、行きましょう。わたくしも黎斗様のことは心配です」「薫子様……」 「まずは白藤家に巣くう妖を退治してからよ」「はい」 瘴気が色濃くなっていく、屋敷の奥へと進んだ。 やがて瘴気の出どころとなっている、一番奥の部屋に到着板。重たい気配が障子越しに滲み出てくるのを感じた。淀んだ空気が蔓延していた。  薫子は静かに、障子を引いた。 鈴子が正座をし、ぶつぶつとなにかを言いながら待っている。顔色は蜜蝋のように白く、呼吸だけがかろうじて命の証を示している。「……鈴子」 薫子はそっと膝をついた。 華やかで
last updateDernière mise à jour : 2026-05-19
Read More

第12話 真の巫女誕生 02

 障子を吹き飛ばして現れたのは、かつて慈しんだ妹の面影を完全に失った、どす黒い怨念の塊だった。 鈴子の細い首から先が、物理法則を無視してありえない角度に歪む。口元から滴り落ちる黒い涎が畳を溶かし、部屋中に吐き気を催すような腐敗臭が充満した。  鈴子の瞳は、かつての計算高い輝きを失い、ただ飢えた獣のような虚無だけが宿っている。「……ア、アァ……姉、サ、マ……?」 鈴子の喉から漏れたのは、およそ人のものとは思えない軋むような音だった。その瞬間、彼女の背後から影が鎌首をもたげ、薫子を刺し貫こうと黒い槍のように伸びてくる。「薫子様!」 千代の悲鳴が上がるが、薫子は動じない。力を封じ込めていた勾玉が、薫子の首元でカッと熱を帯び、聖なる白の光を放った。 「鈴子、もうお休みなさい」  薫子の声には、かつての弱気な響きは微塵もなかった。彼女が鈴子の胸元にそっと手を添えると、その掌から奔流のような浄化の光が溢れ出す。  影が悲鳴を上げ、鈴子の体から引き剥がされようと抵抗する。しかし、覚醒した聖女の霊力は、かつてのそれとは格が違った。影が焼かれ、鈴子の体の中で暴れている。薫子は押した。光を、さらに深く送り込む。 鈴子の体が弓なりに反り返り、畳から浮き上がった。黒い涎が奔流となって滴り落ち、畳が腐食するような音を立てる。影は追い詰められるほど激しく暴れ、鈴子の手が薫子の手首を掴もうと伸びてきた。「薫子様、後ろ!」 千代の声より早く、薫子は感じていた。 背後からの、冷たい気配。 廊下の奥から近づいてくる、それは足音とも言えない何かだった。地を這うような振動。空気がねじれ、行燈の炎がいっせいに逆向きにたなびく。 薫子は鈴子から手を離さず、振り向いた。 黎斗が、立っていた。 廊下の闇の中に、その長身が浮かび上がっている。普段の軍服ではなく、白装束に身を包んでいた。風邪も無いのに裾がはためく。 彼を見ると、瞳の焦点が定まっていなかった。 いつも薫子を射抜くプライドと理性を同時に宿した鋭い目が、今は虚洞のように黒く、深く、底がなかった。瞳の中心に、赤い何かがわずかに燃えている。まるで遠い炉の残り火のように。 腕が力なく垂れている。しかし、全身からじわりと滲む黒い気配が、廊下の床を焦がしていた。 「…………か、お……る、こ」  黎斗の口が動いた。
last updateDernière mise à jour : 2026-05-20
Read More

第12話 真の巫女誕生 03

 薫子の胸が鋭く痛んだ。  黎斗の唇がもう動かない。代わりに、その口の端から黒い何かが糸を引くように垂れ、廊下の床に落ちた場所から、じわりと腐食が広がっていく。 鈴子が薫子の手首を掴んだ。 骨が軋む。常人の力ではない。薫子は歯を食いしばり、鈴子から手を離さなかった。「……薫子様」 千代の声が遠い。 薫子の意識は、今、二つに裂けていた。 目の前の鈴子。廊下の黎斗。 どちらか一方に集中すれば、もう一方を失う。そういう局面だと、体が知っていた。浄化の光を鈴子の胸に送りながら、薫子は黎斗を見た。黎斗は、もう薫子を見ていなかった。視線は虚空に注がれ、その足が、ゆっくりと、一歩、前に出る。 廊下の板が、足の下で音もなく炭化した。「……黎斗様」 薫子は呼んだ。叫びではなく、静かな声で。 黎斗の足が止まった。 薫子はその一瞬を見逃さなかった。彼はまだいる。あの暗い体の奥底に、まだ黎斗がいる。逃げろと言えるだけの意志が、まだ燃え尽きていない。 鈴子の手の力が増した。薫子の手首の骨が悲鳴を上げる。黒い涎が、薫子の指に落ちた。 焼けるように熱い。 だが薫子は、手を引かなかった。「鈴子」 もう一度、名前を呼ぶ。「あなたが私に勝てなかったのは、あなたの努力が足りなかったからではないわ」 鈴子の体が、びくりと震えた。影が激しく暴れ、鈴子の背後から黒い腕が幾本も生えてくる。しかし薫子の光は衰えない。「あなたはずっと、誰かに愛されたかっただけでしょう」 薫子の喉が、熱くなった。「それは……私も、同じだった」 鈴子の瞳が、揺れた。 飢えた獣の虚無の奥に、ほんの一瞬、かつての妹が顔を出した。あの幼い頃、薫子の背中にこっそりついてきた、小さな鈴子が。 その瞬間を、影が見逃さなかった。 鈴子の体が、内側から爆発するように震え、口から耳を劈(つんざ)く絶叫が迸(ほとばし)った。影が鈴子を完全に呑もうとしている。薫子の掌が灼け、勾玉の光が激しく明滅する。「薫子様、限界です、お離れください!」 千代が駆け寄ってくる気配がした。 そして背後から地を這う振動が、急速に近づいてくる。黎斗が、歩いていた。 薫子に向かって、もう迷いなく真っ直ぐに。 廊下の板が次々と炭になる。行燈が一つ、また一つと消えていく。薫子は鈴子を、背後に黎斗を感じながら、目を閉じた
last updateDernière mise à jour : 2026-05-21
Read More

第12話 真の巫女誕生 04

 廊下が、白く消えた。 壁も、天井も、腐食した板も、炭になった足跡も。何もかもが光の中に溶けて、薫子はしばらく、自分がどこに立っているのかわからなかった。 ただ、手だけは感じていた。 右手に、鈴子の手首の骨の細さを。 左手の先に、黎斗が放つ灼熱を。 その二つを繋ぎ止めるものが、今、薫子の胸の中に根を張っていた。勾玉の光ではない。もっと古い、もっと黙った何かが。水脈のように深い地の底から湧き上がり、薫子という器を通って、外へ流れ出していく。 薫子は自分が泣いているのに気づかなかった。涙が頬を伝っても、それすら光に変わっていくようだった。 鈴子の体が透けていった。 影が叫んだ。これまで薫子が聞いたどの声よりも醜く、高く、人の言葉に似ていない叫びで。しかし薫子の掌は離れない。光は鈴子の体の隅々に満ちて、影を端から燃やし、押し縮め、そして——静かに、音もなく——裂いた。 鈴子が崩れ落ちる。 薫子は膝をついて、その体を受け止めた。腕の中の鈴子は恐ろしく軽かった。長い年月、影に喰われ続けた体は、中が空洞になってしまったかのようだった。「……お姉……様」 声が出た。それは、薫子が長く聞いていなかった声だった。幼い頃の鈴子ではなかった。しかし怨みに濁った鈴子でもなかった。その中間のどこかに、ずっと閉じ込められていた声が、ようやく外へ出てきた。「ここにいるわ」 薫子は答えた。背後の気配は、まだそこにある。しかし薫子は鈴子から目を離さなかった。「鈴子。あなたが見たかったものを、わたくしは見せてあげられなかった。ずっとそれを、どこかで知っていたわ」 鈴子の瞼が、小さく動いた。「……妬んで……いた」「ええ」「憎く……て」「ええ」「それでも……」 鈴子の唇が、震えた。言葉の先が、出てこない。薫子は待った。急かさなかった。廊下の向こうで何かが軋んでも、背後の空気が焦げ臭くなっても、薫子は待った。「……それでも、お姉様のそばが……好きだった」 薫子は頷いた。妹が誕生した時――どれほど嬉しく、幸せに思ったことだろう。  たとえ自分の存在が影になり、薄れることになったとしても、それでも、誕生を喜ぶ以外、感情が見つからなかった。「わたくしもです」と薫子は言った。「あなたのそばが好きだったわ、鈴子」 鈴子はもう何も言わなかった。ただ、薫子の袖を、指先
last updateDernière mise à jour : 2026-05-22
Read More
Dernier
123456
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status