All Chapters of 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜: Chapter 131 - Chapter 140

144 Chapters

131話

「櫂斗さん、だったんですか?」 目を丸くして戸惑うかすみと同様に、弥一も驚きを隠せなかった。 (お兄さんのこと名前で・・・しかも“さん”付けでも呼ぶのか?それにー) 花のことはあまり詳しくない弥一だったが、それでも、あのスタンド花には、自分が贈った花束にも使用したスミレの花が含まれていたのを思い出した。 つまりー (この人もかすみさんの好きな花を知っていた?) 兄弟なのだからお互いの好きなものを把握しているのは不思議なことじゃない。 けど。 弥一の中で急に、言葉で言い表せない焦燥感が生まれる。 そんな弥一を他所に、櫂斗はかすみの顔に浮かんだ表情に苦笑した。 「まあ、俺からだとは予想だにしなかっただろうな?俺なりにあのメッセージに想いを込めたつもりだったが・・・」 そこで櫂斗はちらりと弥一を見ると、 「むしろ誤解を招いただけだったか。悪かったな。彼からじゃなくて。」 まるで、かすみがそう期待していたことを見抜いたような櫂斗の言葉に、かすみは動揺したように目を泳がせた。 (メッセージ?それに、俺からじゃなくて悪かった、って) メッセージの内容がわからない弥一は訝しむように眉を寄せ、それから、 「かすみさん、メッセージって何?何て書かれていたの?」 自分からだと勘違いするようなものって、一体どんな言葉なのだろう、という、安直な好奇心から聞いたものだった。 がー かすみはなぜか自分のその簡単な問いに、サッと答えてくれない。 「かすみさん?」 「御子柴さん、そんなに気になるなら見に行ってらどうですか?目につきやすい位置に添えてあるはずですから、すぐに見つけられると思いますよ?」 弥一はムッとすると、 「あなたには聞いてません。それに、一方的に俺のことを知っているなんてフェアじゃないと思いませんか?俺はあなたがどこの誰かもわからないのに。」 櫂斗は「失敬。」と鼻で笑うと、胸ポケットから名刺を取り出して、 「宗方櫂斗(むなかた かいと)と申します。」 (宗方?宗方、って。まさかー) 弥一も驚いたが、雪菜も心底驚いた。 櫂斗は雪菜に名前は教えてくれたものの、苗字までは教えてくれていなかったのだった。 そんな櫂斗の新たな姿を目に、この瞬間から、雪菜の関心は完全に弥一から
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132話

「はあ⁉︎唐突に何をー」 吠える弥一だったが、そこで櫂斗の携帯電話がメッセージを受信した。 「失礼。」と、櫂斗が携帯電話を取り出しメッセージを確認したために、弥一の言葉は無理矢理中断させられる。 メッセージを確認した櫂斗は目を細めると、携帯電話をスーツの内ポケットに戻した。 「申し訳ありませんが、急がなければならない事情ができてしまいました。ですので、簡潔にこちら側の要望をお伝えいたします。」 櫂斗はそこで真っ直ぐにかすみを見つめると、 「かすみ、俺と一緒に来い。」 もう我慢ならなかった弥一は櫂斗の胸ぐらに掴み掛かると、 「何なんだよ、あんた!いきなり出てきて、引っ掻き回すようなことして!」 櫂斗はそれでも涼しい顔をして笑うと、 「いいですね、その勢い。若造って感じが全面に出てて、僕は好きですよ?けど、さっき言った通り急がなければならないんです。外野はひっこんでてください。」 「外野はあんたの方だろう!それに、かすみさんがあんたに付いていくわけない。彼女はどう見たってあんたに怯えてる。そんなこともわからないのか?」 櫂斗はちらりとかすみに目をやると、戸惑ったように瞳を揺らすかすみと目が合った。 櫂斗はそのままかすみを見ていたが、弥一の「聞いてるのかよ!」の声に、視線を彼へと戻すと、 「何でしたっけ?」 弥一は奥歯をギリっと噛み締め、 「だから!雪菜を連れてここから立ち去れっていってるんだ!従わないなら警察を呼ぶ。」 そんな弥一の脅し文句に、櫂斗は、プッと吹き出した。 「な、何がおかしいんだよ?」 櫂斗は、くっくと笑いながら、 「いやあ、いいですね御子柴さん。想像通りの真っ直ぐな方だ。真っ直ぐで、若くて、青くてー」 と、そこで櫂斗は弥一の胸ぐらを掴み返すと、グッと自身に引き寄せ、そして、 「反吐が出る。」 弥一は眼前に迫った櫂斗の漆黒の目に、思わず怯んでしまう。 櫂斗は、ニッと笑うと、 「俺が誰だかわかったんだろう?勝てる見込みがないとわかっていながら、それでも楯突いてきたその度胸は認めるよ。けど、お利口さんな君のことだ。事の結末はわかってるんだろう?なら、大人しくかすみを差し出せ。」 「なっー」 「別にタダでとは言わない。だから、ほら。代わりにあの女を連れてき
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133話

かすみは、ハッと何かに気づいたように目を開くと、 「わかりましたっ!一緒に行きますから、誰にも手を出さないでください!」 「何言ってるんだ、かすみさん!ダメに決まってるだろう!」 弥一はすかさずかすみにそう叫び、 櫂斗は、心外だ、というように眉根を下げると、 「なるほど・・・やっぱりお前の中での俺は、簡単に暴力を振るう人間なんだな。」 「それはー」 「やめろよ、その言い方!わざと彼女に罪悪感を抱かせるようとしてんのが見え見えなんだよ!」 「そんなこと微塵も考えていなかったけど。でも、良かった。かすみは俺と来てくれるらしいんでね、そろそろ互いに手を離そうか?」 「連れていかせねーって言ってんだろ。」 「ちょっと‼︎さっきからあたしのことほったらかしにしないでよ!」 こんなにも可愛い自分を差し置いて、目の前の男たちが平凡なおばさんなんかを取り合っていることに、雪菜は我慢がならなかった。 だがー 「「うるさいっ‼︎」」 二人からそう怒鳴りつけられ、雪菜は悔し涙を浮かべると、唇を強く噛んだ。 見かねたかすみが二人の間に割って入り、胸ぐらを掴み合う手を離させる。 かすみは弥一に背を向けて立つと、正面に立つ櫂斗を見上げて、 「櫂斗さん、ここを片付けてから出て行ってもいいですか?」 「かすみさんっ‼︎」 だが、かすみは弥一の方を振り返りもしない。 櫂斗は満足そうな笑みを浮かべると、 「悪いがそんな時間はない。必要なものだけ持ったらすぐに出るぞ。」 「ーわかりました。では、少々お待ちください。」 そこで踵を返したかすみの目が、今に泣き崩れそうな弥一を捉えた。 かすみの胸が、酷く、痛む。 かすみは胸の痛みから逃れるように俯くと、弥一の横を何も言わずにスッと通り抜けた。 しかし、弥一はかすみの腕を素早く掴むと、 「無視しないでよ!」 「ー離してください。」 「かすみさんが付いていく必要なんてないじゃないか!」 「離して・・・」 「俺は、そんなに頼りにならないの?」 「・・・・・・」 弥一はかすみの握る手に力を込めると、 「行かないで。」 震える弥一の声に、かすみの心が揺れる。 しかしー 「かすみ。」 深淵から響いてくるような、低く湿ったそ
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134話

かすみが店から出ると、そこですぐさま櫂斗の背中にぶつかってしまった。 「っつー」 痛がる櫂斗に「ごめんなさい。」と、痛む鼻を押さえながらかすみが謝るが、櫂斗は前方を向いたまま微動だにしない。 かすみが櫂斗の背中から顔を出すようにして前方を見ると、そこには一台のピンク色の自動車が停まっていた。 櫂斗はその車を凝視したままで、やはり動こうとしない。 すると、そのピンクの軽自動車の助手席側の窓ガラスが下げられていく。 そして、そこに向かって運転席から、 「急いでください。彼らが来てしまいます。」 と、男が二人に声を掛ける。 「羽柴さん⁉︎」 驚くかすみに、羽柴はシートベルトを外して運転席から降りると、後部座席のドアを開けて、 「ご無沙汰しております、かすみ様。とはいえ、ちゃんとした挨拶は車の中でいたしましょう。櫂斗様も!さあ、急いで。」 羽柴の声で我に返った櫂斗は、グッと拳を握ると、運転席の後ろに乗り込んだ。 190cm近くもある櫂斗には軽自動車の室内はあまりに狭く、圧迫感がひしひしと伝わってくるその光景に、かすみはゴクリと唾を飲み込んだ。 分かりきったことだが、乗ったら最後、今度こそ逃れられないだろう。 かすみが俯くようにして助手席の後ろに乗り込むのを確認した羽柴は、素早く運転席へと戻るとシートベルトを締め直した。 櫂斗は不満気に眉間にしわを寄せ、腕を組み、さらには足を組もうとしたが、足を上げるスペースがなかった。 もぞもぞと動いてみたものの、やはりそうするスペースがない。 こんな所を見られているだろうか、と櫂斗はちらりとかすみに目をやったが、かすみは窓の外を無表情に見つめていた。 彼は眉間のしわをさらに濃くすると、わざとらしくため息を吐いて、 「何でわざわざこんなふざけた車をレンタルしたんだ?気でも狂ったか?」 イライラの矛先を羽柴へと向ける櫂斗だったが、羽柴は慣れているのか、どこ吹く風といった涼しい顔で、 「彼らの側になって考えた結果、これが一番妥当だと考えたから、ですよ。世界を股にかける宗方グループのCEOが、まさかこんなド派手な色をした軽自動車なんかに乗ってるなんて想像もしないでしょうからね!」 どこか楽しそうな羽柴に、櫂斗はチッと舌打ちをすると、 「御子柴弥一が追
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135話

「今後の流れですが、我々は急いで国外へと出たかのように見せかけます。なので、我々は今から空港に向かいます。」 「この軽自動車は空港の駐車場にわざと乗り捨てます。空港の駐車場にある監視カメラの映像は切っておりませんので、敢えてこの車から我々が出た姿を映しておきます。」 「空港内の監視カメラの映像は少しイジります。空港内には我々の替え玉がそれぞれ控えておりますので、あとは我々の替え玉が事前に手配した航空券を使用し、ゲートを潜り、国外へと渡らせる。しかし、実際の我々は国内に留まっている、といったような算段になります。」 羽柴は淡々と説明した後、バックミラー越しに二人に向かって笑い掛けると、 「さあ、これから忙しくなります、とにかく足を動かすことです!いいですね?」 櫂斗はかすみを見ると、 「羽柴の言った意味が理解できたか?」 「ーはい。」 「何か疑問は?」 「ありません。」 聞き分けの良すぎるかすみに、櫂斗は表情を曇らせると、 「妙な真似はするなよ?御子柴家と連絡を取ろうとなんてしてみろ。奴らの事業を潰すことなんて、ウチとっちゃ朝飯ー」 「御子柴家の皆さんには何があっても手出しさせません!」 かすみの気迫に、櫂斗は思わず黙ってしまった。 かすみはバッグをゴソゴソと漁ると、そこから携帯電話を取り出した。 そして、それを櫂斗の方へと差し出して、 「持っていてください。」 櫂斗は目を丸くしてかすみを見た。 だが、かすみに温度の感じられない目で見返され、視線を逸らす。 かすみはさらに携帯電話を突き出すと、 「これがなければ私は誰とも連絡が取れません。私は必ず約束は守ります。だから、櫂斗さんも絶対に御子柴家の方々を巻き込むようなことはしないと約束してください。どうかお願いですから、彼らを巻き込まないで。」 櫂斗はかすみの携帯電話を見つめながら、 「そんなにも御子柴家が・・・御子柴弥一が大事か?」 かすみは櫂斗を真っ直ぐに見つめながら、 「答えるまでもないことです。」 櫂斗はかすみの目を見ることなく、かすみの手から携帯電話を受け取ると、 「お前が持っておけ。」 と、助手席にかすみの携帯電話を放り投げた。 羽柴はチラリと助手席の携帯電話に目をやると、 「私はかすみさんを信
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136話

「連れてった?」 弥一は巴のその言葉に反応すると、 「連れてった、って。何で知ってるの?」 悲痛な面持ちに訝しさを滲ませて、弥一は巴に問いかける。 だが、巴は厳しい顔のまま、 「悪いけど、今はあなたの質問に答えてる暇はないわ。教えてちょうだい、弥一。かすみちゃんは誰に連れてかれたの?」 「もう頭がいっぱいいっぱいなんだ。せめて、誰か俺の質問に答えてよ。」 「弥一っ!」 「連れてかれたんじゃありません。彼女は自ら宗方櫂斗に付いて行きました。」 巴は雪菜に目をやると、 「いい加減なことを言わないでちょうだい!かすみちゃんが奴らについていくわけないでしょう!」 雪菜に楯突く巴に、「巴、落ち着いて。」と、ジョンはなだめながら、 「かすみが自ら宗方櫂斗に付いて行ったというのは本当かい?」 雪菜は唇の端を上げると、 「私がここにいることも聞かない辺り、あなた方、お互いに探り合ってたってわけですか?気色悪い・・・」 ジョンは目を細めると、 「質問に答えて。」 雪菜は無表情になると、 「さっきも言った通り、かすみって人は自ら宗方櫂斗に付いて行きました。弥一が止めるのも振り切って、弥一が縋り付いても、彼女がそれ以上彼に振り返ることはありませんでした。」 雪菜はそこでまたも唇の端を上げると、 「乗り換えたんじゃないんですか?御子柴家よりもずっとずっと、宗方の方がすごいですから。」 「あなたなんかと一緒にしないでっ!」 食ってかかる巴を、ジョンは止めながら、 「情報ありがとう。だが、言葉には気をつけて。」 雪菜は鼻を鳴らすと、 「私がいることがどうにも癪に障るようなので、これで失礼します。」 「あの人とはいつから知り合ったんだ?」 立ち去ろうとする雪菜に、弥一は力なく尋ねる。 雪菜は振り返るとその目を細めて、 「自分の両親に聞いたら?私よりもずっとずっと詳しいはずよ。」 そう言い残し、立ち去っていく雪菜の後ろ姿を巴は厳しい目で見据える。 と、そこでジョンの携帯電話が鳴った。 ジョンは画面を確認すると、弥一たちから少し離れた所で電話に出る。 「ああ、俺だ。」 「いや、さっきも言った通り、俺たちのほうでそんな指示を出した覚えはない。おそらく羽柴の仕業だろう
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137話

羽柴に言われるがままに空港に向かったかすみたちは、車を降りると空港の建物へと向かっていった。 しかし、中には入ることはなく、羽柴はそのまま二人を空港の裏手に誘導する。 そこはちょうど監視カメラの死角になっているようで、羽柴はそこで二人に振り返ると、 「それではこちらに着替えてください。」 羽柴から渡された紙袋を目にするも、受け取ろうとしない二人に、羽柴はため息を吐くと、 「お二人とも、1分1秒を争う状況だということがわかっていないのですか?かすみ様はともかく、彼らに見つかったら、櫂斗様などすぐさま強制送還になりますよ?そうなったら行き着く先はどこかなど、これ以上は言わなくてもわかりますよね?」 櫂斗は目を細めて羽柴を睨んでみせたが、すぐさまため息を吐くと、「貸せ。」と、羽柴の手から紙袋をひったくる。 中を確認した櫂斗は眉間にしわを寄せ、 「そもそもで着替える必要があるのか?辺りはもう暗い。わざわざ着替えている暇があったら、さっさとここから離れた方が賢明なんじゃないのか?」 「念には念を、ですよ。可能な限り彼らの目から逃れたい。そのためとあれば、私は何でもする所存です。」 真っ直ぐに自身を見つめる羽柴に、櫂斗はそれ以上文句を言うことなく、大人しくスーツを脱ぐと着替え始めた。 櫂斗が躊躇いもなく服を脱ぎ始めたものだから、目のやり場に困ったかすみは彼に背を向け、見ないよう努める。 櫂斗は手を動かしながらも目はかすみに向けられていた。 頼りなさげに佇むその後ろ姿に、たまらなくとある衝動に駆られる櫂斗だったが、下唇を強く噛むことでその衝動を抑えこむと、 「お前の番だ。」 かすみの背中に向かって、そう声を掛けた。 振り返ったかすみの目に、紙袋をこちらに差し出したラフな服装の櫂斗が目に入る。 自身をじっと見つめているかすみに、櫂斗は、 「なんだ?」 「いえ、すみません。」 櫂斗から紙袋を受け取ろうとするが、櫂斗は紙袋を握る指に力を込めると、かすみにそれを渡そうとしない。 さらに、櫂斗は訝しむようにかすみを見下ろすと、 「思ったことははっきり言え。気持ち悪い。」 かすみは咳払いをしてから、 「いえ、あの。初めて見たなと思って。」 「初めて見た?何をだ?」 不機嫌な様子の櫂斗に、
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138話

午後8時を過ぎた頃。 リビングで書類に目を通しながら、八重子は一人、家族の帰りを待っていた。 かすみの開店を家族で祝うと聞いていたのに、その家族は誰一人として帰ってこない。 するとそこへ、紅茶が乗ったティーセットのお盆を手に早苗がリビングへと入ってきた。 早苗は手際良く紅茶をカップに注ぐと、八重子に差し出して、 「奥様、先に少し食べられますか?」 八重子は首を振ると、 「ありがとう、早苗さん。けど、いいわ。せっかくのかすみちゃんのお祝いなんだもの。私も皆と一緒に食べたいわ。」 早苗は微笑んだが、すぐさま心配そうな顔になって、 「それにしても、皆さん遅いですね・・・何かあったのでしょうか?」 「何かあったのなら連絡が来るはずよ。」 八重子はそう言いながら手元の携帯電話を確認するが、仕事のメッセージ以外には何も送られてはきてはいなかった。 「巴たちはもしかしたら急な仕事が入って忙しいのかもしれないし、弥一とかすみちゃんはもしかしたらー」 八重子はそこでわざと言葉を区切ると、意味深な視線を早苗へと送った。 八重子の視線の意味を理解した早苗は、咳払いを一つして、 「まあ、お若い二人のことですから、そういった流れになったのかもしれませんね。」 まさか、現実はそんな二人の予想とは真逆な展開になっているなどとは、露ほどにも思っていなかった。 「前言撤回。皆で食べたいのは本心だけど、あと30分待っても誰からも連絡が来なかったら、私らだけでも先に食べちゃいましょうか。」 承知いたしました、というように早苗が頷いてみせた、その時だった。 玄関が開いた音がし、続けて誰かが帰ってきた物音がする。 早苗は出迎えるためにすぐさまリビングから出た。八重子も、よっこらしょ、と椅子から立ち上がるとその後に続く。 帰ってきたのは弥一だったー 彼は俯いたまま、靴を揃えて脱ぐと、スリッパへと履き替えた。 「おかえりなさいませ。」「おかえり。」 八重子と早苗がそれぞれ声を掛けるが、弥一からは何の返事もない。 二人は顔を見合わせる。 八重子はすでに閉められた玄関の引き戸に目をやった。 つまり、この後誰かが入って来ることはないということなのだろう。 それがわかった上で、八重子は、 「かすみちゃん
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139話

空港を出たかすみたちは、再度羽柴の運転する車で移動していた。ただ、今度の車はアルファードだったために、軽自動車の時のような圧迫感は皆無だった。櫂斗は上質な皮のシートで難なく脚を組んでは、流れる外の景色を眺めていた。時折、窓ガラスに反射したかすみを盗み見ては、彼女の様子を見張る。羽柴も時折、バックミラーで二人の様子を気に掛けては、「喉は渇いていませんか?お腹はどうです?」「お手洗いは大丈夫ですか?次のサービスエリアでトイレ休憩にしましょうか?」と、声を掛けた。だが、かすみは、こんな姿で外なんて歩けない、という思いから、トイレに行く必要がないよう羽柴が差し出した水を受け取らなかった。櫂斗も櫂斗で、「俺はいい。」と断る。そんなわけで、車は一度も休憩を挟むことなく、ひたすら高速道路を走るのだった。とはいえ、空港を出てそろそろ5時間。かすみの我慢も限界に達していた。ただでさえ緊張するような場面に5時間。かすみの口の中はもはや唾液すらまともに出ていなかった。だが、それよりも深刻なことがあった。1時間ほど前からトイレに行きたくてたまらないのである。かすみはちらりと横にいる櫂斗を盗み見た。自分と同じ状況のはずのに、隣の彼はいつも通り、余裕綽々とした様子であった。トイレに行きたい。けど、こんな格好で出歩きたくない。そんな思いの狭間に揺れるかすみは、困ったように眉根を寄せている。するとー「羽柴、次のサービスエリアでおろせ。タバコが吸いたい。」主の注文に、羽柴はすぐさま、「承知いたしました。」と答えた。幸いなことに、次のサービスエリアはここから2キロほど先の距離であったため、数分走っただけで着くことができた。羽柴が車を停めると、櫂斗は流れるような動作で車から降りた。と、すぐさまかすみ側のドアが開けられ、そこから姿を現した櫂斗が一言、「降りろ。」と、かすみに命令する。かすみが戸惑ったように目を泳がせたので、櫂斗はその目を細めると、「俺にペットボトルか、何かちょうどいい容器でも持って来させる気か?」最初は櫂斗の言葉の意味がわからなかったかすみだったが、すぐさま意味が理解できたのか、次にその顔を赤くした。そんなかすみに櫂斗は、「さっさと降りてトイレに行ってこい。」かすみは唇を引き結ぶと、そろりそろりと車から降り、少し前屈みになってト
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140話

「え?」 車から降りたかすみは、目の前の日本家屋に目を丸くした。 あれから何度かサービスエリアに寄ったのだが、その名前に、時折目にする看板の文字に、おそらく東北に向かっているのだろうということは見当がついていた。 しかしー 立派な日本家屋を前に立ち尽くしているかすみの姿を、櫂斗はしばらくの間黙ってみつめていたのだったが、ふいに、 「おい。」 と、声をかける。 かすみは肩をビクリとさせると、ためらいがちに振り返った。 「なぜ、ここに?」 かすみの質問に、櫂斗は顎を少し上げてかすみを見下ろすと、 「しばらくはここに身を置く。さっさと荷物を移動させろ。」 そこへ、すかさず羽柴が、 「かすみ様、荷物は私が責任を持ってお運びいたします。なので、先に行って家の明かりをつけてきてもらえませんか?鍵は開けておきましたので。」 かすみの戸惑った目に、羽柴は優しく笑って、頷いてみせた。 かすみは再度日本家屋に振り返ると、ゆっくりとそこへ向かって歩き出すり 門を跨ぎ、吸い込まれるようにして歩き出したかすみに、櫂斗は荷物を下ろす手を止めると、「後はやっておけ。」と羽柴に言い残してかすみの後を追う。 かすみは家屋の引き戸に手をかけたものの、開けられないでいた。 その間に櫂斗はかすみに追いついたが、1メートルほど後ろでその足を止める。 背後の櫂斗に気づかないかすみは、そこで目を閉じると大きく深呼吸をした。 そして意を決したように目を開けると、一気に引き戸を引く。 かすみがここを訪れるのは実に8年ぶりだった。 暗くて良くは見えなかったものの、不思議なことに古びた空気の匂いはしなかった。 そして、例え暗くてもかすみの身体がこの家の間取りを未だにちゃんと覚えていた。 彼女は玄関で靴を脱ぐと、数メートル先の壁まで歩いていき、そこにある三つのスイッチの中の真ん中を押した。 すると、パッと辺りが明るくなる。 明かりに照らされ露わとなった玄関に、かすみは息を呑んだ。 ピカピカに磨き上げられた床に敷かれた玄関先の敷物は、真新しいものの、かすみが祖父母と暮らしていた時と全く同じ柄のものだった。 玄関先の靴箱の上には、祖母が集めていた可愛らしいカエルの置物たち(カエルと帰るを掛けて、大事な人たちが無事に帰
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