《君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜》全部章節:第 41 章 - 第 50 章

94 章節

41話

エートル・カプティヴェを出た弥一は腕時計に目をやった。 16時10分 いつもよりだいぶ早い。今から帰っても十二分に話す時間はあるだろう。 それから、弥一は三雲の助言通りに、ケーキ屋の隣の花屋にも寄ろうかと考えたが、さっきの愛蘭の言葉を思い出すと、 彼女の好きな花を聞いてから贈ろう そう考え直した。 そして、弥一は手の中のケーキの箱に目をやる。それを見ながら、このケーキを食べるときは一番に彼女に選ばせてあげよう、とそう思った。そして、弥一の思い遣り溢れるこの行為に、あのかすみももれなく喜ぶことだろうと考え、思わず顔をニヤけさせる。 そうして、弥一は自宅への帰路を急ぐのであった。 車から降りる時、弥一はいつも通り運転手に向かってお礼の言葉を告げる。 逸る気持ちで自宅に向かった弥一だったが、家に着いた途端、玄関先に停められた赤いランボルギーニを目にしたことで、昂った気持ちが一瞬にして沈んだ。 何でおばあさまが?というか、来るなら事前に言ってくれよ。 不満たらたらな弥一が玄関のドアを開け中に入ると、そこには既に、早苗が出迎えるようにして立っていた。 「おかえりなさいませ、坊ちゃん。」 「ただいま。」弥一は靴を履き替えながらそう言うと、 「おばあさまはいつ来たの?」 「つい、先程です。」 てことは、夜ご飯も食べていくのだろうか。 弥一はそう推測すると、はあとため息を吐いた。 そんな弥一を一瞥していた早苗は、ふと弥一の持つケーキの箱に気付く。 「ケーキ、買ってこられたのですか?」 そう尋ねられた弥一は、素早くそれを自身の後ろに隠した。 「なぜ隠すのです?」と、早苗は怪訝そうな顔をする。 正直、自分でもよくわからなかった。 別に早苗の分を忘れたからと後ろめたかったわけではない。なんせ五個もあるのだ、かすみと分けて食べたとしても十分な数だろう。 ただー と、弥一が答えを見つけるその前に、 「いつまでそこに突っ立ってるわけ?」と、八重子がリビングから現れる。 出た 八重子とは、かすみと一緒に生活をするようになってからなかなか会う機会がなかった。なので、久しぶりに見る八重子のその迫力に、弥一はしばし言葉を失った。 七十歳を超えているとは思えないほど、八重子という人物は若々
閱讀更多

42話

それを聞いた八重子の眉間にしわが寄る。 「あの人?」 そう、八重子は呟くと、知ってる?、とでもいうように、傍に立つ早苗の顔を見やる。 八重子の問いに、早苗はただ肩をすくめた。 まるで、「存じ上げません。」とでも言うように。 二人のやり取りに、弥一の上がっていた唇の端が徐々に下がっていく。 そんな弥一に、八重子は心配そうに目を向けると、「あんたの言うあの人ってのは、一体誰のことを言ってるんだい?」 「おばあさま、わざとわからないフリをするのはやめてください。さすがの僕でも怒りますよ?」 この家で弥一があの人と言ったら、あの人しかいない。それなのに、八重子はわざとそういうことで、弥一の口から彼女の名前が出るよう仕向けているのだろう。 確かに、弥一はこの二年間で一度もかすみの名前を呼んだことはなかった。最初は呼ぶ必要もなければ、呼ぶつもりもなかったからだったが、それなりにわだかまりが解けてきたとはいえ、今さら名前を呼ぶなど気恥ずかしくてできなかった。 弥一は八重子を少し見下ろすような目で見ると、 「おばあさまの魂胆は見え見えです。そんな見え透いた罠に、僕は引っかかりませんので。」 そう言うと、弥一はこれ以上相手するのも面倒だと思い、八重子の横をすり抜けてリビングのドアを開けた。 弥一はリビングに入るなりサッと辺りを見回したが、その目にかすみの姿は映らなかった。 それと共に、先程早苗にケーキの箱を見つけられた時になぜ隠したのか、その理由が弥一にはわかった。 一番最初にかすみに見せたかったからだ。 弥一はてっきり、彼女は先程まで八重子や早苗に混じってリビングで談笑でもしたままその場に留まっているかと思ったのに、当てが外れた。 それとも、弥一の推測通りさっきまでここにいたが、弥一が帰ってきたとわかってキッチンか自室へと引き下がってしまったのだろうか? まだ気にしているんだな そう思い、一瞬気持ちが沈んだ弥一だったが、手の中のケーキの箱の存在に、そんな気持ちも浮上する。 わざわざ彼女のために買ってきたケーキなのだ。これを見れば、さすがの彼女でも機嫌を直すだろう。 そう思い、弥一はそのケーキが入った箱をリビングのテーブルに置くと、八重子と共に後からリビング入ってきた早苗に向かって、「夕食までにはまだ
閱讀更多

43話

「何よ、そんな怖い顔しちゃって。」 八重子は、なぜ弥一にそんな顔で見られているのかと不思議がる。 弥一はその目をさらに鋭くすると、「勝手に連れてきたと思ったら、今度は勝手に追い出すんですか?」 「何ですって?」八重子はたまらず声を上げる。 「人のこと睨みつけてると思えば、急に何を言い出すのよ?勝手に連れてきて、勝手に追い出す?まさか、かすみちゃんのことを言ってるんじゃないでしょうね?」 「彼女でなければ他に誰がいるっていうんですか?」 弥一のその決めつけた物言いに、八重子はあからさまに呆れた表情をすると、 「何で私がかすみちゃんを追い出さなゃいけないのよ?」 「彼女が用済みになったからでしょう?」 呆れ返った八重子は、もう笑うしかなかった。 「ちゃんちゃらおかしいわね?何であたしがかすみちゃんを追い出さなきゃなんないのよ?」 「ちゃんちゃら…何ですかそれ?」 「ー」 「とにかく。彼女が昨日俺を誘惑してきたけど、俺がそれに乗らなかった。だから、彼女じゃ使えないってことで追い出した。そうなんでしょう?」 八重子の頭でも理解が追いつかなかった。 かすみちゃんが弥一を誘惑?かすみちゃんじゃ使えないから追い出した? 何言ってんだ、このバカたれは そう思った八重子は率直に言った。「あんたが何言ってんのかほとほとよくわからないけど、あんたの察する通り、かすみちゃんはもうこの家にはいない。」 「ほらー」と言いかけた弥一を、八重子は手で制すると、「だからってあたしが追い出したわけじゃない。そんなことあたしがするわけないでしょ?願わくばあんたと本当に一緒になってほしいって思ってたんだから。」 弥一は八重子の言った"本当に"の部分に引っ掛かりを覚えたが、どうせまた制されるのだろうと思い、口を噤んだ。 「かすみちゃんが出て行ったのはなんてことなく、昨日で契約が切れたから。ただそれだけよ。」 そう言って、八重子はティーカップを持ち上げ、一口啜る。 「契約?」そう言うと、弥一は目の前で優雅に紅茶を飲んでいる八重子に向かって眉間のしわを寄せた。 と、ふいに、弥一の頭に嫌な考えが過ぎる。まさかと思うが、この二年間のここでの生活、それが彼女にとってはただのー 「契約に過ぎなかった。」 弥一の考えを見
閱讀更多

44話

弥一は咄嗟に、「やめろぉぉ!」と叫んだのが、次の瞬間には、「あ、え?」と、気の抜けた声を出した。 八重子によって封筒から引き抜かれ、その指に挟まれてままの思いがけない紙切れたちの正体。それはー お金? なぜこんなものが出てくるのか弥一にはさっぱりわからない。八重子に目を向けたが、その表情から察するに、彼女もわかっていないようだった。 八重子はとりあえずそのお金をテーブルの上に置くと、他にはないのかと、封筒の中をのぞいた。が、中には何も入っていない。 弥一はてっきり、その封筒の中には離婚届も入れられていると思っていた。だが、違った。 予想が外れた弥一はほっと胸を撫で下ろすと、改めて目の前の封筒から出てきたお金に目をやる。そして、おもむろにそれらを掴み上げると、数を数え始めた。 9,10,11,12ー 「13万円。」 お金は13万円あった。数えたはいいものの、やはりこれが何を意味するのかわからない。 弥一は思案するように、唇に手を当てる。と、背後から早苗が「それは坊ちゃんが、あの日かすみさんに渡された買い物の代金です。」と、声をかけた。 「あの日?」と、弥一は早苗に振り返る。あの日と言われたところで、弥一にはそれがどの日を指しているのかまるでわからなかった。 「あの日ってどの日だ?」 「あの日とは、ここで初めてお二人がお会いした日のことです。」 それでもまだピンときてない様子の弥一に、早苗は言葉を続ける。 「あの日、坊ちゃんが私に本宅まで送るよう申し付けたことは覚えておいでですか?」そこまで言われて、やっと「ああ。」と弥一も思い出す。その弥一の様に、早苗は呆れたように、ふうと鼻で息を吐くと、「私の代わりに買い物に行ってくださることになったかすみさんに、坊ちゃんがお金を渡されましたよね?そのお金がその時のものです。」 そう言われ、弥一の頭の中にあの日の記憶が思い起こされた。 あの日、玄関先でかすみの前にお金を差し出したが、彼女は眺めるだけで受け取らなかった。だから、さらにその手を伸ばしたところ、意図せずその手が彼女の身体に触れてしまった。驚いた自分は、咄嗟にその手を開いてしまう。 開かれた手から舞い落ちるお金。交錯する二つの視線。あの時の言いようのない耐え難い空気感に、咄嗟に彼女に背を向ける
閱讀更多

45話

契約だの何だのと言っているが、結局のところ、彼女は離婚届を置いていかなかった。 ということは、この一連の騒動も八重子が自分を試すために仕組んだものの一つに過ぎなかった、そういうことなのだろう。 そう弥一は考えた。 かすみが出て行ったと知らされた時、孫は一体どんな顔をしてどんな行動を取るのかしら?興味深いわ〜、とでも思ってやったに違いない。 この性悪ばばあめ。さっさと隠居しろ! 弥一は八重子に目線でそう毒づいた後、その目を嫌味ったらしく、ふいっと逸らしてみせた。 それから、考え事をするように顎に手を当てる。 彼の頭の中は、かすみが帰って来た暁には一体どうしてやろうか、という少しばかり歪んだ考えで埋めつくされていた。 なんてったって、いくら八重子の指示とはいえ、彼女は自分の誠意や好意をものの見事に踏みにじってくれたのだ。今後は、誰に従う必要があるのかを分からせるためにも、それ相応の罰を受けさせる資格が自分にはある、とそう考えた。 また、自分は少々彼女を甘やかし過ぎていたのかもしれない。これからは、歳下とはいえ、夫として妻である彼女を躾ける必要があるな、と弥一は考えた。 だが、そんな弥一の黒い考えを八重子の一言が木っ端微塵に打ち砕く。 八重子は目の前のテーブルを、バンッと一つ、勢いよく叩きつけると、 「あんた、人の話しをこれっぽちも聞いてなかったの?いいか?その耳の穴かっぽじってよーく聞きな!」そう言って、八重子はその真っ赤なネイルが目立つ人差し指を弥一に真っ直ぐ突き付け、 「かすみちゃんはね!二度とこの家には帰ってこないって言ってるのっ!」 年甲斐もなく、叫ぶようにそう言い放った八重子の剣幕に圧倒された弥一は、最初何を言われたのかが分からなかった。 が、数秒遅れで、八重子の言葉が弥一の脳に伝わる。 〈かすみちゃんは二度とこの家には帰ってこない〉 その言葉を聞いた弥一は、ハッと笑うと、「はいはい、もうわかりましたから。おばあさまの茶番劇はなかなか楽しかったですよ?けど、もう十分です。」 そう言って小馬鹿にするよう目で八重子を見る。 もう孫は騙されてくれないのだと分かって、八重子はさぞ悔しがるかと思ったが、彼女の表情は険しいままだった。 その表情を眺めながら、弥一の頭の中に今一度、八重子の言った
閱讀更多

46話

その問いかけに弥一は黙りこくる。これ幸いと、八重子は話を続けた。 「あたしの当初の目的はあんたの目を覚まさせること。そして、それはかすみちゃんのおかげで叶ったわ。だからあたしも、お返しにかすみちゃんの願いを叶えてあげた。それだけのことよ。」 「彼女の、願い?」 「それはあんたの知ったことじゃないわね。」八重子は、意地悪く片方の眉を上げてそう言った。 弥一は憎々しげな表情を八重子に向ける。 もちろん八重子はそんなものには屈しない。そして、八重子は思い出したようにケーキの箱に手を伸ばすと、「あたしはこのオペラにしようかしら?」 八重子が選んだケーキを早苗は手早く皿に取り分ける。 八重子は目の前に置かれたケーキを一口頬張るなり、「ん〜。さすが人気パティシエがオーナーの店だけあるわあ。日本に留まってるのが勿体ないくらいね。」 美味しいケーキに幸せいっぱいの八重子とは対照的に、弥一は負のオーラ全開の目で八重子を睨みつける。 「全てはおばあさまが仕組んだことだったと?」 「嫌な言い方だけど、まあ、そうね。」と、八重子は淡々と返す。 しばらくの沈黙の後、弥一は虚な目で八重子を見ると、「なぜ彼女だったんです?」 その問いに、八重子はケーキを食べる手をピタリと止めた。 それから、八重子は初めてかすみと出会った日に思いを馳せるのであった。 八重子は、何か考え事がある時はとにかく街を歩くということを若い頃からの習慣にしていた。 机に向かってひたすら考え込むより、身体を動かしたほうが様々なアイディアや解決策が湧いてくるのである。 なので、その日も八重子は街をあても無くひたすら歩いていた。 彼女の悩みとはもちろん弥一のことであった。 あの分からず屋に何とかしてあの女との結婚を諦めてもらわなければならない。 とはいえ、弥一のあの頑固さには、さすがのやり手の八重子でもひどく手を焼いていた。 どうしたらいいものか。 そう思っていたところで、ふと八重子の視界の端に一人の女性が入り込む。 八重子がそちらを見ると、その女性は不動産屋に張り出されたとある一枚の物件情報の前で佇んでいた。 八重子も彼女の肩越しにその紙を見てみる。 彼女が見ていたのは店舗物件だった。 その物件はオフィス街にある上に、駅からも近
閱讀更多

47話

そんな風に、しばしの間過去に記憶を飛ばしていた八重子だったが、ふいに現在へと戻ってくると、 「ただのネギ女じゃなかったからよ。」 そう言って、再びケーキを食べ始める。 取りつく島もない八重子のその返しに、弥一はただただ疲れ切ったように頭を抱えた。 彼女が離婚届なんて置いてくわけがなかったのだ。そもそもで自分たちは結婚すらしていなかったのだから。 立て続けに突き付けられる自身の惨めさに、弥一はまたも「ハハっ。」と笑ってしまった。 八重子はそんな弥一を一瞥すると、「あんたのそれは嬉しくて?それとも悲しくて?」 「どっちだっていいじゃないですか。」と、自暴自棄にでもなったように、弥一が答える。 それから、おもむろに立ち上がると、「おばあさまはいつだってそうですね。いつだって、俺の質問には真面目に答えてくれない…」と、辛そうにに俯く。が、すぐさま笑顔を浮かべて顔を上げると、 「今日はもうあなたの顔を見ていたくないので、僕はこれで失礼します。」そう言って踵を返すと、ドアへと向かっていった。 そして、弥一がリビングから出ようとドアノブに手を掛けた、その時だった。 「最後に一つよろしいかしら?この家はもう不要でしょう?なら、さっさと売り払っちゃってもいいわよね?」 聞かれた弥一の指がピクッと反応する。 八重子は答えを催促することもなく、ただ、もぐもぐとケーキを食べる口を動かしていた。 すると、ふいに弥一がいる方から「ーます。」と蚊の鳴くような声が聞こえてくる。 「はい?何ですって?」そう言って、よく聞こえるようにと、わざとらしく自身の耳の後ろに手を当てる八重子に、弥一は勢いよく振り返ると、 「僕はこのままこの家に住みます!会社から通うのに都合が良いのでね!」 そう言い残すと、リビングから出て行った。 呆気に取られた八重子は、次にやれやれといったように頭を振る。 一体全体、会社からわざわざ離れたところにあるこの家の何を以て都合が良いと言っているのだろう、と。 「どうやら、あのおバカちゃんもとうとう逃した魚の大きさに気付いたってことかしら?」 そう言って、傍らに立つ早苗に向かって苦笑するのであった。 主寝室に入るなり、弥一はスーツも脱がずにベッドまでふらふらと歩いていくと、そのままうつ伏せに倒れ
閱讀更多

48話

この二年間の偽装生活の中において、かすみの本性と呼ばれるものの大半は隠されたままだったのだろう。だが、そんな中でも弥一にはわかったことがあった。 それは、彼女の頑固さとも言える芯の強さだった。 彼女はこの二年間、正確には一年半ほど、休むことなく毎日食事を作ってくれた。いつもより出勤が早い日でも、逆に残業や接待で遅くなった日でも毎日欠かすことなく、自分にご飯を作り続けてくれた。 それとセットで、弥一と極力接しないということも徹底していた。最初の内はそれがありがたかったが、途中から弥一が柔和な態度に変えてからも、彼女のほうはそのスタイルを曲げなかった。 よく言えば芯が強い。悪く言えば、 「頑固者。」 そう、暗闇の中弥一はぼそりと呟いた。 すると、なぜか急に、弥一の中にふつふつとした怒りが湧き上がってきた。 自分と違ってかすみは、最初からこの結婚(そもそもしていなかったが)がたったの二年で終わりを迎えることを知っていた。 つまり彼女には、その期間さえ乗り切れば、という考えがあったに違いない。 最初の内はそう思われても仕方なかったかもしれない。でも、だ! その後はどうだ? 俺は態度を改めた。歩み寄ろうとだってした。 だが、彼女といえばどうだ?一貫して自分に心を閉ざしたかのように振る舞い続けていたではないか? まるで自分だけが傷つけられたかのような振る舞いだが、俺だって彼女の態度には相当傷つけられた!今日なんかその最たる日だったぞ! 絶対開かない心の扉を前に、俺がどれほど四苦八苦していたことか。そんな状態の俺のことを、彼女は少しでも考えてくれたことが、考えようとしてくれたことがあるか? いーや、ないね! なら、お互いさまだろう? けど、だからこそお互いに過ちを認め合って、それから手と手を取り合って、今後の人生を歩んでいくことだってできたはずじゃないか?確実にできましたよね? それを?契約だなんだと頭の凝り固まったまま?当初の予定通り?俺の気持ちを一切慮ることもなく?勝手に事を進めたのは、誰ですか? 彼女です! 「あー、腹が立つっ!!」と、弥一はベッドの上で叫ぶ。 それと共に、さっきまで頼りなさげに鳴いていたお腹も、弥一が気持ちを盛り返したことに応えるように、ぐぅぅぅ!と高らかな声を上げる
閱讀更多

49話

八重子はそんな弥一に向かって眉を寄せると、 「あんた、一体誰と遣り合おうってのよ?」 そう聞かれた弥一は、その色気のある薄い唇の前に人差し指を当てると、「秘密です。それはおばあさまの知ったことじゃないのでね。」と、先程自分が言われたセリフをそっくりそのまま返す。 本当は弥一に聞くまでもなく察しがついていた八重子は、弥一の言い方にイラッとしつつも、「男なら引き際ってものを弁えなさいよ。」と、釘を刺す。 正直、八重子は心から弥一とかすみに一緒になってもらいたかった。彼女となら弥一は確実に幸せになれると確信していた。 だが、それはあくまで両想いであればの話だ。どちらが一方にしかその想いがないのであれば、早々に離れて次に行った方が二人のためである。 残念ながら、ウチの孫は彼女のお眼鏡に適わなかった。 今さら本気になったところで遅いのよ と、八重子は目の前の弥一を見やる。 だが、弥一は八重子のほうを見ることもなければ、それに返事をすることなく、ご飯はまだかな、というようにキッチンへ目をやっていた。 八重子は、この生意気なクソガキめ、と心の中で毒突くと、「聞いてるの?無様に追いかけ回すのなんてやめてちょうだいって言ってるの!」と、さらに追い釘を刺す。 弥一はダイニングテーブルに頬杖を突くと、「じゃあ、おばあさまは僕に教えてくれるんですか?」 「何をよ?」 「彼女の居場所ですよ。」 「教えるわけないでしょう?」 弥一は、そうでしょうね、とでも言うように、再びにっこりと笑ってみせると、 「なら、僕は僕で動くまでです。」 弥一がそう言ったのとほぼ同時に、早苗が料理を運んできた。今日の夕食はハンバーグだった。 「あんたね、男なら引き際ってもんを知りなさいよ!」と八重子が捲し立てるが、弥一は素知らぬ顔で「いただきます。」と言って手を合わせると、ハンバーグに箸を伸ばした。 そして一口頬張ると、 うん、うまい そう思うと共に、 けど、やっぱり違うんだよな そう改めて思った。 弥一の対面では、八重子がまだ何か喚いているが、弥一はもう自分の考えにのみ集中していた。なので、弥一の目には、目の前の八重子は金魚のようにただ口をぱくぱくさせているだけに見えた。 弥一はもぐもぐと口を動かしながら考えに耽る。
閱讀更多

50話

その日がくればいよいよかすみも泣いて悔やむだろうことを思うと、弥一は人目も憚らずほくそ笑むのだった。 だが、それがいけなかった。 真正面からそれを見ていた八重子は、弥一のその低俗な考えを瞬時に見抜くと、その伸びた鼻をへし折ってぶん投げるべく先手を売ってやろう、そう心に誓ったのだったー 枕元に置いた携帯電話から柔らかい音色が流れる。 目を開けることもなく音だけを頼りに携帯電話を掴むと、かすみはそのアラーム音に設定している音楽を止めめた。 携帯電話の表示画面に目をやると、時刻は朝の8時を回っていた。 かすみは布団から手を出すと、「うーん!」と気持ち良く伸びをする。 海老原市の別荘を出て三日が経った。 たった三日間のはずなのに、かすみにはあの海老原市での生活がとうの昔のことのように感じられた。 きっと、海老原市を出る時に、あそこでの生活の全てを置いてきたことが要因だと思われる。今となってはもう、かすみの記憶以外にあそこでの生活を証明できるものは何もなかったのだ。 かすみは過ぎ去りし日を懐かしむように、ふっと笑った。 と、携帯電話の通知音が鳴る。 かすみが携帯電話のチャット画面を開くと、 〈起きてるかな?おはよー!〉 かすみはそのメッセージを愛おしそうな目で見ると、 〈おはよう!数分前に起きたとこだよ!メッセージ送った日から弛んだ生活を送っております\(^o^)/〉と、返した。 海老原市を出たあの日。 かすみは車に乗り込むと同時に、二人の旧友に向けて、二年ぶりともなるメッセージを送っていた。 旧友たちは、すぐにそのメッセージにそれぞれ返信してくれると、そこでの話の流れから、三日後である今日、三人で夕食を食べに行こうということになったのだった。 〈いい感じに惰眠を貪ってるみたいだね〜(^^)いいよ、いいよ、あたしが許す!ところで、今日は予定通り会えそう?〉 〈うん、もちろん!会いたいもん!〉 〈あたしもー♪じゃあ、夜にまた♪(´ε` )〉 そのメッセージにかすみは微笑むと、〈うん、じゃあまた夜に♡〉 そう返すと、ベッドから起き上がった。 と、そこにまたメッセージが届く。 〈おはよう!かすみが起きてることと、今日来れるってことあいつから聞いた。今夜会えるの今から楽しみ!〉
閱讀更多
上一章
1
...
34567
...
10
掃碼在 APP 閱讀
DMCA.com Protection Status