《君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜》全部章節:第 71 章 - 第 80 章

94 章節

71話

一方、花見台にて。 午後三時から弥一たちによって開かれた新商品の下着の展示会には、各界のセレブや有名人、それを取材に来た記者たちが大勢集まり、大変な賑わいをみせていた。 [Le Cygne ル・シーニュ]のスタッフたちは、来てくれた人々にウェルカムドリンクやフードを配りながら、自身たちが手掛けた作品である下着を手に、その魅力を説明していた。 その聞き手である令嬢や芸能界で活躍するモデルやタレントたちは、その美しいデザインに魅了された。 [Le Cygne ル・シーニュ]の下着の良さはデザインだけではない。 八重子がこの会社を立ち上げた時から、下着は一番最初に肌に触れるものであるからこそ、着心地の良さだったり、どうやったらバストを綺麗に見せつつ、ストレスフリーで着られるかといったことにも非常にこだわっていた。 そしてその信念は、孫である弥一も常に念頭に置いては、大事に守ってきたのであった。 そんな下着に実際に触れた女性たちは、しっかりとしていながら滑らかな肌触りに驚くと、皆が皆、 「これ、試着してみてもいいですか?」 と言い、スタッフが、 「もちろんです!では、お客様のサイズをお測りいたしますので、どうぞこちらへ。」 そう言って、バストのサイズを測り、彼女らにピッタリのサイズの下着を渡す。 渡された彼女らは、試着室にこぞって向かい、ウキウキとしながらその下着を着けたら最後、 「お買い上げいただきありがとうございます♪」 そういう流れなわけで、新商品の下着たちはたちまち飛ぶように売れていった。 「ねえねえ、愛蘭。ミコ様はまだ来てないのかな?」 そう友人に聞かれた愛蘭が声のほうへ振り返ると、 会場内をお目当ての人物はいないかとキョロキョロと見回す友人が目に入る。 「清々しいまでのミーハー魂ね。」 そう愛蘭が言うと、 「ミーハーとか言わないでくれる?私はれっきとしたミコラブなんだから!」と、友達。 ミコラブとは、その名の通り、御子柴をこよなく愛してる人々のことを指す。 愛羅は呆れたようにため息を吐くと、 「そんなにもミコラブだって言うのなら、推しのためにも下着の一つや二つでも買ってあげたら?」 言われた友達は、ぎくりとすると、 「そんな簡単に言わないでよ〜。この下着たち、ワ
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72話

弥一は瞬く間に記者などの報道陣から囲まれると、眩いくらいのカメラのフラッシュをそこかしこから浴びながら、質疑応答が始まった。 「御子柴社長、今日の展示会は各界のVIPやセレブの方々がこぞって参加されるとあって、始まる前から大変な注目を浴びていたと思われますが、そんなみなさんの期待を大きく上回る結果となられましたね!」 弥一はにこりと笑うと、 「ありがとうございます。今日の新商品の展示会のために、社員一同一丸となって準備して参りました。その努力が実り、こうしてみなさまに満足していただける商品を提供することができ、我々も心から嬉しく思っております。」 今日の弥一も一段とオーダーメイドのスーツが似合っていた。 弥一のそのすらりとした魅力的なスタイルも目を引くが、質問した記者に対して、しっかり目を見て真摯に対応する姿に、皆が皆好印象を抱いた。 何より、時折見せる笑顔がたまらなく良い! 記者たちは、自分も彼に注目されたい、微笑んでほしい、とそう思い、仕事に便乗して誰彼構わず矢継ぎ早に質問を投げかける。 弥一はそれにも嫌な顔一つせず、記者に一人一人の質問に耳を傾けては、丁寧に答えていた。 その様子を輪の少し外から窺っていた三雲は、弥一に対して"さすがだな"と思うと共に、それにしても全員の質問に答えていたのでは時間がいくらあっても足りない。そう思い、「申し訳ありませんが、質問は以上とさせていただきます。」と言いながら、その輪の中に割って入り、弥一を救出をする。 弥一は三雲に守られながら、報道陣に振り返ると、 「お忙しい中、我が社のためにご足労いただきありがとうございました。ところで、みなさん食べ物や飲み物などはもう召し上がられましたか?」 そう質問された報道陣からは、食べたという人と、まだだと答える人がまばらだった。 弥一はそんな彼、彼女らに向かって微笑むと、 「まだだという方も、もう食べられた方も、どうぞ遠慮なさらず召し上がっていってください。身体が本質なのですから、ね。」 そう言ってから、何を思ったのか軽くウィンクなんぞしてみせたものだから、性別関係なく、報道陣からは歓声が上がった。 いつもはしないようなファンサービスとも取れるその行動に、三雲はさすがにやり過ぎじゃないかと思い、弥一に白い目を向ける。 そんな
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73話

挨拶は済んだと言うのに、まだその場に弥一がいるのを気配で感じ取った愛羅は、顔は前に向けたまま、 「まだ何か?」 少し冷めたような言い方だったが、普段から八重子や咲希で鍛えられている弥一はそれをものともせず、 「ご友人の方とか、どなたかのを選ばれているんですか?」 愛羅は訝しむような目を向けると、 「何でです?」 弥一は愛羅が持っている買い物かごにちらりと目をやってから、 「円城寺さんのにしては控えめな感じだったので。」 “へぇ、そういうのはちゃんと気付くのか” 「仰るとおり、親友に似合う下着を選んでます。」 だから邪魔せずさっさと去れ、そういう意味合いを込めたつもりだったが、 「ご友人は色白の方ですか?」 そう言って弥一も下着を手にする。 まだ居座るつもりらしい弥一に、愛羅は心の中でチッと舌打ちをすると、 「そう、親友は色白な上に、良い身体つきをしてるんですよ〜。それにしても。仕事とはいえ、女性ものの下着を前にやらしい顔とか一切見せないんですから、御子柴さんはすごいですね〜。」 ちょっとした嫌味のつもりで言ったのに、 「そうですね、僕にとって女性のランジェリーは一種の芸術作品みたいなものですから。」 「芸術作品、ですか?」 "なんとまあ、殊勝な考えですこと"と、愛羅は白けたような表情を浮かべた。だが、そのことに気付かない弥一は、 「ええ、だってほらこのレース生地とかすごく綺麗じゃないですか?この部分のラインの曲線も美しいし。」 そんな風に、下着を触る手付きからも、弥一がただ純粋に作品の一つとして下着を見ていることが目にとれた愛羅は、少し小馬鹿にするように鼻で笑った。 「御子柴さんって、ずいぶんお利口さんなんですね。」 「はい?」と、弥一は眉を寄せる。 愛蘭は下着を選ぶ手を止めることなく、 「きっと、世の中の大半の男がするような、好きな相手だったり、好みの人物のことを想像して、その想像の中で自分の好き勝手に相手のことを扱ってみたりしたこととか、一切ないんでしょうね?」 弥一は苦笑すると、 「どういう意味です?」 そう聞かれた愛蘭は、「例えば、この下着。」といって、白地に紫の花があしらわれた、布地の少ない、セクシーめな下着を手に取ると、 「こういったものを見
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74話

弥一は急にハッとすると、何を考えてるんだというように、頭を振った。 それを目にし、愛蘭はくすりと笑う。 彼女には、弥一の頭の中が手に取るようわかるのであった。 愛蘭は下着からその手を離すと、唇を噛み必死に平常心を取り戻そうとしている弥一の肩に手を掛ける。 肩に触れられた弥一は、ビクリと身体を震わせたが、愛蘭は構わず、弥一の肩に手を置いたまま、彼の身体を引き寄せるようにしてその耳に自身の口を近づけると、 「この下着を着る彼女を想像したんでしょう?」 図星を突かれ、弥一は赤面する。 「じゃあ、そのさらに先を想像してみましょうか?」 "その、さらに、先?" おずおずと視線を上げる弥一に、愛蘭は片方の唇の端を上げると、 「着るのが醍醐味の下着は、それを脱がせるのもまた、醍醐味というものでしょう?」 「なっー」 弥一は真っ赤になったまま、その目を見開き、愛蘭を見る。 だが、自分とは打って変わって、涼しい顔をした愛蘭を前に気まずくなった弥一は、視線を落とすと、 「何言ってるんですか!他の方々もいらっしゃるばで変なことを言わないでください。」 そう、声のボリュームを下げながらも必死に訴える。 からかうのが楽しくなった愛蘭は、 「別に変なことでもないでしょう?好きな人の下着姿なんて大抵の人が想像したことがあることだし、その下着を脱がせたいと思うのだって、別段変なことでもない。いたって普通の欲求だと思いますけど?」 "普通のことなのか?" そう思った弥一は、 「そういうものですか?」と聞くと、愛蘭は"もちろん"というように頷いてみせた。 それを見た弥一は、自分だけじゃないのか、と安心したような顔をしたので、愛蘭は彼をからかうことを再開すると、 「で、御子柴さんはどんな風に脱がせるのがお好きなんです?」 「はいっ⁉︎」 どんな、って。 そもそもで下着を脱がせるのに、好きなやり方などと言われるほどのいくつかのパターンがあるというのか? 着るのと同じく、脱ぐのだって同じことなんじゃないのか? そんな弥一に愛蘭は、 「例えば、もうなりふり構わずホックを外してしまうのか。これは、若い子にありがちって感じですね。まあ、余裕がない感じもそれはそれで可愛いと思いますけど。けど、それとは
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75話

「まいり、ました。」 唇を噛み締め、熱を帯びた声で、弥一は愛蘭にそう言って降伏した。 さすが愛蘭だった。場数が違う。 この間のことでわりと仲良くなれたつもりでいた弥一だったが、勝手な親近感からうっかり近づいた結果、大火傷を負ってしまった。これ以上焼かれては身がもたない、とそう思い、すかさず白旗を上げる。 そんな弥一に、愛羅は吹き出すと、 「まいりましたって何なのよ。あたしたちいつの間に闘ってたわけ?ほんと面白い子ね、あなたって。」 あっはっはっ、と言って心底可笑しそうに笑う愛蘭に、弥一が困ったような顔をしていることに、さすがにからかい過ぎたなと思った愛蘭は、 「ごめんなさい、いつもの如くやり過ぎました。楽しくなるとついつい、度が過ぎてしまうんです。ごめんなさいね、御子柴さん。」 素直に謝る彼女に、お腹を見せて降伏ポーズを取るワンコのようにしていた方が身の安全を確保できるだろう、と、 「いえ、こちらこそ、変な所をお見せしてしまって申し訳ありませんでした。それと、お邪魔でしたよね?僕は他のゲストの方と話してきますので、円城寺さんは、どうぞご友人の下着選びを心ゆくまでなさってください。ご友人の方にぴったりのものが見つかることを祈ってます。では、失礼いたしました。」 そう言って退散しようとする弥一に、愛蘭は「待って!」と声を掛ける。 またやり込められるのかと、ぎこちなく振り返る弥一に、愛蘭はガシガシとこめかみ辺りの髪を掻くと、 「あー、やっぱり黙ってるなんて、あたしには性に合わないのよね。ってことで!」 そう言って愛蘭は腕を組んで弥一を真っ直ぐに見つめると、 「意地悪なことしちゃった懺悔として、あたしの身の上明かすわ。」 なかなかに偉そうな愛蘭のその態度に、懺悔とは?と思ったものの、弥一は黙って成り行きを見守った。 「あたしはね、メディアであなたのことを知ってた以外にも、別のことであなたのことを前々から調べてて知ってたの。」 突拍子もない愛蘭の言葉に、弥一は眉間にしわを寄せると、 「調べてたって、僕のことをですか?」 「ええ。こないだいた加島と一緒にね。探偵雇って調べてもらってたの。ちょうど二年前くらいだったかしら。」 二年前・・・それって正しく海老原市で彼女と暮らしていた時期じゃないか?
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76話

「加島、さんとですか?」 弥一はそう途切れさせながらも言葉を絞り出す。 「そう、金白市でね。」 「え?」 と、弥一はすかさず反応すると、「金白市にあるフレンチのお店、ですか?」 「そう。どこぞの非常識な金持ちが急にねじ込んできたパーティーだったらしく、人手が足りなくってね。そこのシェフと仲のいい真琴・・・加島に協力要請の声が掛かって、その加島がかすみに声を掛けたってわけ。」 そう愛蘭はつらつらと説明すると、 「何?まさか、そのパーティーの主催者の、非常識な金持ちって、あなたのこと?」 「違いますよっ!」と、あわてて弥一は否定すると、 「昔の友人から、金白市の有名なフレンチのお店でパーティーを開くから来ないかと誘われてたんです。で、円城寺さんの話を聞くに、このことを言ってたのかな、って思っただけで。」 「うっそ。」 弥一本人ではなかったものの、"友人"というワードがでたことで、嫌悪するような目で自分を見てくる愛蘭に、 「友人といっても昔の、ですから!今は特に関わりもないですし、現に断りましたし。」と言って、彼女の警戒心を解こうとする。 愛蘭は、ふん、と鼻を鳴らすと、 「まあ、確かに。展示会と被るものね?」 「はい、だからちゃんと断ったんです。けど、まさか彼女が関わってたなんて・・・」 "そうと知ってたら、どうにかこうにか都合をつけて彼女に会う算段を取っていただろうけど、今さらどうしようもないよな。" 弥一がちらりと腕時計に目をやると、時刻は午後5時を過ぎたあたりだった。 金白市のパーティーの開始時刻までには十二分に余裕があるとはいえ、展示会を選んだ手前、抜けるわけにはいかない。 展示会は午後9時までを予定していた。 商談終わりや、仕事の後に参加したいというVIPもいたために、展示会の時間は長めに取っていたのである。 "どうやっても間に合わないよな" そう思い落ち込む弥一の横顔を目に、愛蘭は"この子とかすみって毎回すれ違ってばっかりね"と思い、何と言って声をかけようかと思ったその時だった。 「良ければお飲み物いかがですか?」 そう言って、三雲が弥一と愛蘭にノンアルのカクテルを差し出す。 弥一はそれを「ありがとう。」と言って受け取ると、愛蘭も「ご親切にどうも。」と言って受
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77話

そう聞かれた二人は顔を見合わせると、 「監視対象。」「彼女に繋がる手がかり。」 と、それぞれを指差し(実際、弥一は手で示していたが、愛羅はまんま文字通りだった)答えた。 三雲は、愛蘭の言葉の意味はよくわからなかったが、弥一の言葉に反応すると、 「えっ⁉︎円城寺さんってかすみさんのお知り合いなんですか?」 そう驚いたのに対し、愛羅は眉間にしわを寄せると、 「あなたって口軽いタイプ?誰にでもペラペラしゃべっちゃうわけ?」 そう言って弥一に非難めいた視線を向けたので、弥一は、 「誤解です!家族以外なら、彼女とのことは三雲しか知りません!というか、さっきから何かと俺のこと責めすぎじゃないですか?俺に恨みでもあるんですか?」 いつの間にか、第一人称が"俺"になってしまっていることにも気づかずに、そう言い返すと、 「恨みしかないわ!二年間も親友をないがしろにされたんだから。」 そうバッサリ切られた弥一は、しっかりと深手を負って、うなだれる。 三雲は、ただでさえ会場の視線を集める二人に、 「よろしければプライベートルームに移動しませんか?ここは少し、人目を引きますので。」 そう言って、二人を展示会場に併設されているVIP専用のプライベートルームへと誘導する。 室内に全員が入り、三雲が扉を閉めるなり弥一が、 「それについては俺も悪かったです。けど、だからこそ途中から改めたんですよ、俺は。だけど、彼女のほうはずっと心を閉ざしたままで、やり直そうにもいなくなってるしー」 段々と消え入りそうな声でそう話す弥一に、三雲は眉を下げたのだが、愛蘭はむしろその形のいい眉を片方上げると、 「最初から思いやりをもって接してたら済んだ話でしょう?そういうのを自業自得って言うのよ、ご存じない?」 正論が過ぎて、ぐうの音も出ない弥一は、唇を噛み締めると、 「俺だって時を戻せるのなら、はじめからそうしますよ!俺の中にある全ての善意の塊と紳士の心をかき集めて、それで以って渾身の力を込めて彼女にぶつけてやりますよ!けど、戻らないじゃないですか。会いたくても、こうやってすれ違ってばっかだし。」 そう、落ち込む弥一を三雲は指差し、 「こんなこと言ってますけど、勘違いしちゃダメですよ円城寺さん。この人、かすみさんに会いたいってのも、後悔
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78話

「なんだって?」と三雲は言うと、弥一に振り返って、 「今日パーティーに誘われてるなんて、そんなこと一言も言ってなかったじゃないか。」 「昔の友人に誘われたんだ。けど、展示会と被るし、そもそもで行く気もなかったしで、断ったんだよ。それに、彼女がスタッフとしているそのパーティーに参加するなんてことも、さっき円城寺さんに言われたから知っただけで。」 「会いたいんじゃないのか?」 その三雲の問いに、弥一は言葉を詰まらせる。 だが、三雲はもう容赦しなかった。弥一がちゃんと自覚しない限りはこの話はいつまで経っても堂々巡りだ、とそう思い、 「探偵使って探し出そうとしてたぐらいだ。会いたいんだろ、かすみさんに。思い知らせたいだの、好きじゃないだの、いくら言葉でそう言ってたって、お前のやる事なす事全てが、かすみさんのこと好きってしか言ってないぞ?」 弥一は唇を噛むと、 「けど、きっとそう思ってるのは俺だけだ。」 ずっと心の内に秘めていた言葉を絞り出す。すると、押し留めていた感情が溢れ出した。 「彼女は俺のことなんて、最初から契約の一部にしか思ってないし、海老原市での生活を惜しんでるのは俺だけで、彼女にとってはただの過去だ。それと一緒で、俺が彼女を好きなだけで、彼女はー」そこで弥一は言葉を途切れさせると、 「俺のことなんて好きじゃない。」 分かりきっていたことだが、言葉にするだけでこんなにも重みが増すとは。 「元カノの時も好きだったのは俺だけで、結局彼女は他の男に取られて終わった。今回もそうなんだと思うと、自分が惨めで。だから認めたくなかった。認めたくなかったんだけど。」 弥一は自重するように笑って、 「もう、どうしようもないくらい彼女のことが好きみたいだ。」 そう言って、二人から顔を背ける。 愛蘭は、はあ、とため息を吐くと、 「なんでかすみを好きな男って、こうも本命童貞みたいな野郎ばっかりなのかしら。」 その一言に弥一も三雲も絶句したことに、愛蘭は、 「何よ?べつに下ネタ言ったわけでもあるまいし、そんな目で見ないでよね。」と牽制してから、 「さっきも言った通り、御子柴さんみたく馬鹿みたいにモテるくせに、かすみだけを一途に想っている男を私は知ってる。そいつは、あなたなんかとは比べものにならない期間ずっ
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79話

愛蘭の剣幕に圧倒されている弥一の肩に、三雲はぽんと手を置くと、 「その金白のパーティーってのは何時からなんだ?」 「18時からよ。間もなく始まるわ。」と、愛蘭。 「けど、展示会が終わってからじゃどうやっても間に合わない。とはいえ、これからお得意様方もいらっしゃるんだ。俺が席をはずすわけにはいかないだろう。」 そう話す弥一に、三雲は笑うと、 「うちの優秀な社員たちをみくびってもらっちゃ困りますね、社長。」 「何?」 「社長がすべきことは、会社とそこで働く社員たちの生活を守るために、責任を持って舵を切ることだと俺は思ってる。そして、お前は日々、それをやってくれているよ。」 「三雲ー」 「お客様の対応は、俺と社員たちとで滞りなくやれる。少しぐらいの間お前がいなくても、その穴はこっちで十分埋められる。これでもまだ、動かない理由ある?」 弥一は笑って首を振る。 「じゃあ、二人のお言葉に甘えて、行かせてもらうよ。」 「あぁ。当たって砕けてこい。」 「砕けない選択肢ないの?」 弥一のその言葉に、三雲は“ははっ”と笑い、愛蘭は、ふんと鼻を鳴らした。 弥一は二人に頷いてみせると、あとはもう振り返ることなく部屋から走って出て行った。 部屋に残された二人はというと、愛蘭が「三雲さんもなかなか苦労されますね。」 三雲は、「はい。」と言ってから、 「けど、すごくいい奴なので。」 そう答えながら、胸の内で、「がんばれ。」と健闘を祈るのだった。 展示会場であるビルを飛び出した弥一は、そのまま目の前の大通りでタクシーを捕まえると、素早く後部座席に乗り込み、 「金白にある有名なフランス料理の店まで!」 だが、タクシー運転手の男は困ったような顔をすると、 「お客さん、できればお店の名前まで言ってもらえると助かるんですが。」 そう言われてはじめて、弥一はそもそもでお店の名前を聞いていなかったことを思い出すと、 「すみません、今から電話で聞いてみますので、少しお待ちいただけますか?」 そう言いながら、弥一は携帯電話を取り出すと、冬馬に電話を掛けるのだった。 時間を遡らせること10分前。 冬馬は、弥一がまさに目指さんとしているフランス料理の店から、数メートルほど離れた道路の路肩に停められた車の中
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80話

冬馬が携帯電話の画面に目をやると、そこには“弥一”の文字が。 冬馬は素早く“応答”のボタンを押すと、 「どうした?」と問いかける。 「今日のパーティー、なんて店でやるんだ?」 弥一のその一言に一気に冬馬の気持ちが上がる。 “なんだ、やっぱり拗ねてただけか” そう思った冬馬は、少し気取ったように、 「なんだよ。今日は優先すべきことがあって来られないんじゃなかったのか?」 電話口で弥一が苛立ったように、「時間がないんだ。早く言え。」と言ったので、冬馬は笑って、 「悪かたって。そう怒るなよ。金白にあるル・ボヌール(幸福)って店だ。今から来るのか?」 だが、弥一はお店の名前を聞くや否や、冬馬の質問に答えることなく通話を切ってしまう。 冬馬は、急に弥一の声がしなくなったと思い、画面を見てはじめて通話が切られていることに気づいた。 冬馬は苦笑すると、 「弥一、今から来るってよ。俺は先に店に行くけど、いつも通りお前は少し遅れてこいよ。」 そう雪菜に声をかけ、彼女の返事も待たずに冬馬は後部座席のドアを開けると車から降りて行ってしまうのだった。 いつものように自分を待つ素振りすら見せない冬馬に、雪菜はどこか引っ掛かりを覚えながらも、 「待ちなさいよ!」 そう言って、慌てて冬馬の後を追いかける。たが、彼女は今日、10センチもあるピンヒールの靴を履いていたので、思うように走ることができない。 なので、雪菜は再度、「待ってってばっ!」と、冬馬の背中に叫ぶ。 冬馬はやっとその足を止めると、わかりやすくため息を吐いてから振り返った。 いつものへらへらとした態度とは打って変わって、今の彼は誰が見ても苛立っていることがわかる。 雪菜はそんな冬馬の様子に、少し怯みながらも、 「弥一、今から来るって?」 「ああ、そう言っただろう。他に何か聞きたいことは?」 「え?あー」と言葉を詰まらせる雪菜に、冬馬は一瞥をくれると、踵を返してしまう。 雪菜は慌てて、 「あ、あんたがちゃんと私をエスコートしなさいよ!今日の主役は私なんだから!」 そう言った雪菜を、冬馬は鼻で笑って、 「わかった、わかった。ほら、掴まれよ。」と、雪菜が手を回しやすいよう、自身の腕を差し出す。 雪菜は、生意気ながらも、やっ
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