جميع فصول : الفصل -الفصل 90

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81話

18時40分 ル・ボヌールでは、料理に加え、店内の飾り付けも完璧に仕上げ、パティーの準備は万全と言った具合であった。 店の外にちらほらと人が集まり出しているのを見た小笠原は、 「そろそろお客様を中に入れようか!」と、皆に提案する。 皆が一様に合意する中、かすみはおずおずと、 「あのー、すみません。」と切り出すと、加島をはじめ、皆が一斉にかすみを見た。 かすみは大きく息を吸った後、 「すみません、最後までお手伝いできなくて申し訳ないのですが、急用ができてしまいまして!大変申し訳ないのですが、ここで失礼させていただきます!」 と、宣言した。 あからさまに様子がおかしいと思われたのだろう。 「どうしたの、急に?」と、半笑いの加島に、かすみは嘘を吐いたことでの罰の悪さを感じながらも、それでも、”御子柴さんの前に姿を見せるわけにはいかない“そう思い、 「どうしようもない急用なんです、本当に、どうしようもなくて、あの・・・すみません。」と言うと、 小笠原が、「いやいや、謝らないでくださいよ!かすみさんにはもう十二分に手伝っていただきましたから!料理はビュッフェスタイルですし、せいぜい飲み物をサーブするくらいなので、四人いれば事足ります。なので、かすみさんは用事を優先させてください!」 それから、小笠原は加島の肩に手を乗せると、 「かすみさんの抜けた穴は、加島が倍動くことで埋められますから、どうぞお気遣いなく!」 そう言って、かすみに親指を立ててみせた。 加島は心底うざったそうに小笠原に一瞥をくれてから、優しい表情に切り替えてかすみを見ると、 「こちらこそ、急なお願いだったのに聞き入れてくれてありがとう。送っていきたいけど無理だから、代わりに目の前の通りでタクシーを捕まえてこようか?」 嘘とは知らず、いつもと変わらない思い遣り溢れる加島の対応に、かすみは内心で深く土下座しながら、 「あ、ううん!大丈夫だよ、まこちゃん!急ぎだけど歩いて行けるから!早歩きすれば十分間に合うから!」 そう、胸の前で両手を振りながら答えた。 そして、これ以上続けてはボロが出そうなのと良心の呵責に耐えられそうにないと判断したかすみは、 「では、申し訳ありませんが私はこれで!今日は一日楽しかったです、ありがとうございま
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82話

そんな加島の作戦にまんまとハマったかすみは、 「全然ダメじゃないよ!うん、愛蘭にはちょっと悪いけど、そうだね。その日は二人だけで出かけよっか!」 加島は心の中で盛大にガッツポーズを決めると、 「うん、二人きりで行こう!じゃあ、明後日までには詳細決めておくから、その時また連絡するね?」 「はい、承知しました!」と言うかすみに、加島は笑うと、 「あ、ごめんね、引き留めちゃって。時間大丈夫?」 「時間、って?」 「え?用事あるんだよね?」 用事がある体だったことをすっかり忘れてしまっていたかすみは、慌てて、 「ああ、そう用事!用事あるんだった、急用で重要なやつ!じゃあ、私はもう行くね!またね、まこちゃん!」 そう言って、かすみは裏口のドアへ手を掛ける。 その背後で加島は、「うん、気をつけて!あと、水曜日楽しみにしてる!」 かすみはニコッと微笑むと、ドアを開けて外へと出た。 ちらりと背後に目をやると、加島がまだ自分を見送っているのが見える。 かすみは振り返って「じゃあね、まこちゃん!また来週の水曜日に。」と言いながら手を振ると、加島も手を振ってきた。 かすみは再度ニコッと笑いかけて、顔を前に向ける。が、バレないようにちらりと後ろを見ると、 "まだ見てる" こうなったらとにかく、歩き出すより他がない。かすみはとりあえず、店から出て左に向かうと、当てがないのに当てがあるよう見えるべく、スタスタと歩き出すのであった。 そんなかすみの背中を見送りながら、加島は人生初となるかすみとのデートをこじつけられたことに、思わずニヤけてしまう。 するとそこで、ズボンのポケットにしまい込んでいた携帯電話のメッセージ音が鳴った。 加島がそれを取り出し確認すると、愛蘭からであった。 彼がチャット欄を開くと、そこには、 "あんたもいい大人なんだから。意地悪しないで、正々堂々と勝負するように!"とのメッセージが。 何のことやらさっぱりわからない加島は、とりあえず無視しようと思い、携帯電話をポケットにしまうと持ち場へと戻った。 見送りから戻ってきた加島に、小笠原が、 「真琴、そろそろ店開けるぞ!準備はいいか?」 「ああ、わかった。」 そう加島が答え、小笠原が店を開ける。 「お待たせいたしました
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83話

小笠原は緊張から少しばかり声が上擦ってしまったが、 「あ、はい!そうなんですけど。そうだったと言ったほうがいいのかな。白石かすみさんでしたら、用事があるとかでつい先程お帰りになられましたよ。」 それを聞いた弥一が、"またすれ違いかよ"、と思い、うなだれたその時だった。 「御子柴さん?」と、呼びかけられたことに反応し、弥一が顔を上げたその先で、加島の姿を見つける。 弥一が加島の名前を呼ぼうと口を開いたその瞬間、 「弥一っ!」と、女の声で自身の名前を呼ばれた。 弥一は身体をビクッとさせた後、こぶしを握ると、彼女のほうには振り返らず、代わりに、 「またお会いできて光栄です、加島さん。」 そう言いながら店の中に入って行く。 自分の呼びかけを無視された雪菜は、信じられない気持ちでその場に立ち尽くしていたが、同窓生たちからの視線に気づき、ハッと我に返ると、彼、彼女らを蔑むように見返しながら、モデルのような歩き方で彼女も店の中へと入って行った。 その様子を少し後ろで見ていた冬馬は、ただ無表情に後に続く。 店の中にて。 加島は自身へと近づいて来る弥一を見ながら、先程愛蘭から来たメッセージの意味を理解した。 弥一も加島に近づきながら、さっき愛蘭から教えられたばかりの強力なライバルの存在を目の前に、その顔は少しばかり強張っていた。 加島は満面の作り笑いを浮かべると、 「こちらこそ、日本の宝である御子柴グループの御曹司様にこうも短いスパンでお会いすることができて、光栄の至りです。御子柴様も、今日のパーティーのお客様だったのですね!」 今なら、加島のこの表情が好意からではなことがわかる。なので弥一は、加島に向かって頭を下げると、 「いろいろと嫌な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。」 弥一のその言葉に、加島は驚くと共に、愛蘭が何か吹き込んだんだなと察知すると、瞬時に作り笑いを引っ込めるのだった。 「僕に謝られても困ります。」と言う加島に、「もちろん、彼女には今から謝りに行きますが、その前に。彼女を想う同士として、加島さんにはちゃんと謝っておきたかったんです。」"今、同士って言ったかこいつ"と思った加島は、愛蘭がかなりのことを弥一に話したのだなと考え、小さく舌打ちをした。 「彼女?」と、そんな二人の会話
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84話

弥一はそう言うと、雪菜から自身の腕を振りほどく。 気のせいではなく、弥一があからさまに自分を嫌悪しているような態度に、雪菜は傷ついたような表情を浮かべると、 「ねえ、本当にどうしちゃったの弥一?あなたに会いたくてこうして帰って来たのに。怒っているのなら理由を言って?そんな風に冷たくされたら、私すごく悲しいわ。」 過去にとはいえ、"本当にこんな女好きだったのか?"といった目を向けてくる加島に、弥一はいたたまれない気持ちになり、視線を横へとズラす。 と、加島が思っていると、背後から三人に近づいてきた冬馬が、 「取り入ろうとしたところで無駄だぞ、雪菜。弥一は全部知ってるんだ。バレたんだよ、何もかも。」 その一言に、弥一の眼光はさらに鋭さを増し、その目に射抜かれた雪菜は、途端に青ざめる。 「な、何を言ってるのよ、冬馬。バレたって、一体何のことを言ってるの?」 何とかごまかそうとする雪菜に、冬馬は彼女を卑下するように笑うと、 「雪菜、今更何を言ったところで無駄だ。俺もお前も、過去はどうやったって覆らない。それに、今のお前はキャラすら忘れてるぞ?俺のこと、弥一の前では"くん"付けで呼んでいたことも忘れたのか?」 雪菜は瞬間"しまった"というような顔をしたが、それでも何か話そうとする彼女を、弥一は手で強く遮ると、 「加島さん。彼女はどこに行かれたんですか?」 加島は片方の眉毛を上げると、「さあ?」 弥一は食い下がって、 「お願いします、加島さん!」 「ねえ、弥一聞いて?弥一が何を知ったのかは知らないけどー」 と言う雪菜を、弥一がまたも手だけで遮ると、その隙に加島が、 「本当に知らないんですよ。ただ、彼女は裏口からー」 と、加島は少し考えてから、 「右手に出て行きましたよ。走ればまだ間に合うんじゃないんですか?」 それを聞いた弥一は、 「裏口から右手・・・ということは、正面から出たら左手ということですね!ありがとうございます!」 そう言って加島に丁寧に頭を下げると、 「正面から出て左ー」と、呟きながら、弥一は店の外へ出ようと向きを変える。 今にもこの場を去らんとする弥一に、冬馬は、 「悪かった、弥一。お前の気を引きたくてやった。」 「俺の気を引きたくて?」と、弥一は不快そ
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85話

「店を出て左ー」 と、弥一はまたも呟きながら、たまに「ごめん、通して。」と、かつての同級生たちの間をすり抜けると、外へと出る。 皆、久々に生で目にする弥一に目を奪われると共に、せっかく会えたのだから話をしたかったのだが、弥一のどこか必死な様子を前に、空気を読み道を譲った。 通りに出た弥一は、そこで一息吐くと、「よしっ。」と気合いをいれ、再び走り出した。 必ず彼女に会う、そう心に誓って。 その姿を、自身も弥一の後に続いて店の外に出ていた加島が眺めていた。 ぐんぐん遠くなるその背中に、加島がふっ、と鼻で笑う。 その横に小笠原も立つと、「何笑ってんの?」 「いや。」と、半笑いの加島。 そんな加島の様子に首を捻りながらも、 「かすみさんて、イケメンにモテモテだな。」 その一言に加島は笑いを引っ込めると、 「お前だったらどっちに軍杯が上がると思う?」そう、片方の眉を上げて聞く。 「えっ⁉︎」と、小笠原は困ったように頭をかきながら、 「まあ、友達に勝ってほしいとは思うけど。相手が相手だもんなあ。」と、言葉を濁す。 「あんなガキんちょに俺が負けるとでも?」 「いやいや!そうは思ってないよ!けど、若いからこそ、俺らにはない強みがあるんじゃない?正しく今みたいにさ。好きな人に会いたくて走り出すとか、青春じゃん。あ、角を曲がった。」 それを聞いた加島が振り向くと、確かに。弥一は角を曲がったらしく、その姿はもう通りからは見えなかった。 加島はしばらくその通りを眺めていたが、またしても鼻で笑うと、 「まあ、確かに。」と言いながら、加島は店の方へ歩き出すと、 「けど、結局会えないんじゃ、青春もなにもないだろ。」と、ぼそりとつぶやく。 「え、何?」と、その後ろを追いかける小笠原に、「何でもないよ。」と、加島は笑う。 先程、 かすみは裏口から左手に出て行った。ということは、正面から見たら右手に出たことになる。 だが、加島が弥一に教えたのはその反対だった。つまり、会えるわけがない。 加島はズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、愛蘭へのメッセージに、"あっかんべえ"をするクマのスタンプを送った。 こっちは二年間もステイ状態喰らってたんだ。 そう思う加島には、正々堂々なんて言葉、クソ喰らえ!だ
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86話

青みがかったジーンズに、白いTシャツと白いスニーカー。 弥一と暮らしていた時には目にしたことのない服装だったが、相変わらず低い位置で一本に結ばれた黒髪と、何より幾度となく目に焼き付けてきたその後ろ姿に、弥一はその女性がかすみであることを確信した。 海老原市での生活中、弥一は朝早く起きては音もなく一階へと降りていくと、かすみに気づかれぬようキッチンの入り口から彼女が料理をする姿を眺めるのが、いつの頃からか日課になっていた。 弥一がまだ寝ているだろうと思っているかすみは、彼女の方でも音を立てないよう細心の注意を払いながら料理をする。 ただ、彼女は結構ドジなのだろう。 気をつけているのだろうが、菜箸を床に落としてみたり、キッチンの戸棚などに足をぶつけたりしては、一人「痛っ、シーッ」と言って慌てている姿に、弥一も笑いを堪えるのに必死になったものだった。 だから、かすみの後ろ姿を間違えるわけがない。 弥一は、彼女に追いつこうと自身も横断歩道へと向かっていった。 だが、弥一が横断歩道に差し掛かった瞬間、歩行者用の信号が点滅し始める。 足の速さには自信がある弥一でも、流石にこの距離を信号が赤になるまでに渡り切るのは難しかった。 横断歩道を渡り切ったかすみは、そのまま真っ直ぐ通りを歩いていく。 大通りとあって、信号が切り替わるまでが長かった。 このまま真っ直ぐ歩いて行ってくれたらいいのだが、どこまで曲がられたら探しづらくなる。 そう考えた弥一は咄嗟に、 「かすみさんっ!!!」 そう声を張り上げた。 弥一が初めてかすみに向かって名前を呼んだ瞬間だった。 呼ばれたかすみが、足を止める。 弥一は緊張から唾をゴクリと飲み込んだ。 かすみが振り返る。 「え。」 横断歩道の先に、スーツ姿の弥一の姿を目にしたかすみは、驚きのあまり息が止まる。 この時間、彼は例のパーティーに参加しているはずだ。だからこそ自分は鉢合わせないように席を外したというのに、なぜその彼がこの場にいるのか。さっぱり合点がいかないこの状況に、かすみは思考が停止したように立ち尽くす。 弥一は振り返った人物が、自分の予想通りかすみであることに胸が高鳴った。 すぐにでもかすみの元に行きたい弥一は、早く信号の色が変わらないかとソワソワしてい
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87話

また逃げてしまった。 トラックで御子柴さんの姿が見えなくなった途端、考えるより先に走り出してしまっていた。 海老原市の家を出て数日後、八重子さんからのメッセージで御子柴さんに全てを話したことが書かれたあった。 つまり、私が私利私欲のために彼を利用したことを知ってしまったということだ。 跪いてでも謝罪の言葉を述べるべきなのに、頭の中では何度も想像してきたはずなのに、いざ彼の姿を前にすると頭が真っ白になってしまう。 情けない。 どれくらい走ったのかはわからない。ただ、がむしゃら前だけを向いて走ってきたわけだが、 “そもそもで、御子柴さんは追いかけてきてなんていないんじゃない? 彼があそこにいたのもたまたまで、こっちが勝手に彼に気づいちゃっただけで、あっちはそもそもで私になんて気づいてなかったんじゃない?“ かすみは徐々にスピードを緩めると、その場に止まり、肩で息をした。 そして、自意識過剰すぎだと自分に苦笑する。 それから、“ほらね。誰も追いかけてなんてきていないのよ。自意識過剰にもほどがある。けど、まあいい運動になったよね。うん、結果オーライってことでー” そう自分で自分を肯定し、かすみが後ろを確認しようと振り返ろうとした瞬間、 「捕まえたっ!!」 トンッ、と少しの衝撃を身体に受けたと思ったら、後ろ向きのまま、胸の下あたりに腕を回され抱きしめられる。 「へ?」と、かすみから間の抜けた声が出た。 そんなかすみの頭上で、苦しそうな呼吸音がしている。 その腕から抜け出そうにも、痛くはないもののがっちりホールドされていて抜け出せそうもない。 ゼロ距離の中、かすみの鼻腔を懐かしい香りがくすぐる。微かに香る清潔感のある甘い香り。彼が好んでつけていた、ムスクの香水の香りだ。 その匂いに包まれたかすみの身体が硬直する。恐怖からではない。 心臓が早鐘を打つ。一気に体温が上がり、身体が汗ばんでくる。 彼のいい香りとは対照的に、自分は汗くさいのではないか、とそう思うほどに汗が止まらない。 「離してください。」 そう言おうとかすみが口を開こうとしたが、いつの間にか息を整えた弥一が半歩早く、 「かすみさんの足が遅くて助かりましたよ。余裕で追いつけた。」 かすみを捕獲できたことが余程嬉しかったの
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88話

そんな弥一に、 「いえ、別に怖かったわけじゃないんです。」 そうかすみは言うが、相変わらず顔を見せようとしないので、 「無理しないでよ。泣かせちゃったんだよね、ごめん。ちょっと待って、ハンカチあるから。」 そう言ってスーツの上着のポケットからハンカチを取り出すが、 「違います!泣いてなんていませんから!」と、顔を覆ったままかすみが答える。 「うそだ!」「うそじゃありません!」と押し問答を繰り返した後、 「じゃあ、顔見せてよ!」と言う弥一に、 「見、せられません。」 「泣いてるからでしょ?ごめんってば。ほら、とりあえずこれで涙拭いて?悪かったからさ。ね?」と、かすみの顔の前にハンカチを差し出す。 指の隙間からそれを見たかすみは、半ばヤケクソになって、 「泣いてませんっ!そうじゃなくて・・・恥ずかしいんです、察してください。」 そう言って、顔から手を外すと、代わりに少しでも体温を下げようと手でパタパタと顔を仰いだ。 辺りはすかっり夜になっていたが、店の灯りでお互いの顔は容易に見て取れる。 蒸気してほんのり赤くなり、さらに少し汗ばんだ様子のかすみの顔と潤んだような目に、弥一の視線が釘付けになる。 可愛い 許されるのならもう一度この腕に閉じ込めたい。ギュッてしたい。 だが、流石に三度もダメだろうと考えた弥一は、片方の手でもう片方の自分の二の腕をギュッと掴むことで、なんとかその衝動に耐える。 それから、少しでも他のことに意識をむけようと、 「その、元気だった?」 かすみはそれにピクリと反応すると、 「あ、はい。元気です。」と答えてから、「すみません。」と付け加える。 「何で謝るの⁉︎」と驚く弥一に、 「八重子さんに聞きました。御子柴さんに全てをお話ししたとー」 「あぁ・・・」 と、言葉を濁す弥一に、かすみは俯くと、 「騙したりして申し訳ありませんでした。」 そう言って頭を下げたので、弥一は慌てて頭を上げさせると、 「もう終わったことだし、おばあさまに頼まれて、でしょ?」 「いえ、全ては私の私利私欲のためです。御子柴さんを傷付けておきながら、不相応なお金をもらうだけもらって、あなたに謝りもせず逃げました。」 こうして改めて言葉にすると、何て最低な人間なんだろ
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89話

弥一の顔が暗くなったことにかすみは心配になって、 「御子柴さん?」 弥一はかすみの目を真っ直ぐに見つめると、 「ごめん、最近過去の自分に腹が立ったり、悔やむことばっかりで。日々、逃した魚の大きさに打ちのめされてるよ。」 前に、咲希からの話で、弥一が想いを寄せる女性と破局したことを聞いていたかすみは、そのことを思い出して言っているんだなと思い、彼の胸の痛みに同調した。 そんかかすみはしばし黙って弥一の目を見つめ返していたが、 「御子柴さん、お腹空いてますか?」 そう、唐突に切り出す。 ”もしかして、今から何か作ってくれるのか?” 久々に彼女の手料理が食べられるのかと期待した弥一が顔を綻ばせると、 「この近くに思い出の喫茶店があるんです。今日はそこに行こうと思って、だからこっちに来たんですけど。」 期待が外れた弥一は、「ああ、そうだったんだ。」と、少し落ち込んだものの、かすみから食事に誘われた、ということに気づくと、すぐさま顔色が明るくなった。 それから、「もしかして、それが用事ってやつ?」 「え?」と、驚くかすみに、 「ル・ボヌールに行ったとき言われたんだ。かすみさんがいないかと尋ねたら、用事があるから帰ったと言われて。」 「行ったんですか、パーティーに。じゃあ、何で今ここに?」 「パーティーにははじめ、参加する気はなかったんだ。今日俺のほうでも、新商品の展示会があって、そっちを優先させたから。けど、その展示会で、ある人から・・・円城寺愛蘭さんからそのパーティーのスッタフとしてかすみさんが参加してるって聞いて。それで、お店に行ったら加島真琴さんがかすみさんが行った方向教えてくれて、なんやかんやあって、今ここにいるって感じかな。」 かすみは口をポカンと開け、 「二人に、会ったんですか?」 「あ、うん。ただ、初めて会ったのは先週なんだけどね。お二人が経営されているケーキ屋さんを尋ねたんだ。」 "あなたにケーキを食べさせたくて" だが、弥一はその言葉を飲み込むと、 「お二人に会うのはその時が初めてで、今日が二度目だったんだ。」"まあ、それよりも前から、二人には探偵を使って調べられたみたいだけど"とも、言わなかった。 「そう、だったんですね。私の仲の良い友人たちと御子柴さんが、まさ
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90話

弥一は深くため息を吐いた後、 「ごめん、ちょっと待ってて。」 そう言ってかすみに断りを入れると電話に出る。 と、電話に出た直後、 「弥一〜!!!僕のsweet boy♡♡♡」 相手の音量を考えない声量に、弥一は思わず携帯電話から耳を離した。 次に、相手は電話ではなくビデオ通話に切り替えたらしく、弥一にもビデオ通話にするよう要求する。 それに対し弥一は「出先だから無理だよ。」と断ったが、相手のほうはそれでもビデオ通話を続けたいらしく、仕方なしに弥一は自分のカメラは切ったまま、さらには携帯電話のボリュームを下げるなどして対応にあたった。 それから、弥一は苦々しい顔を浮かべると、 「で、一体何の用なの、父さん?」 まさかの人物に、かすみは思わずその目を見開いて弥一の顔を見つめた。 迷惑そうにしている弥一の様子から、よっぽど面倒臭い相手なのだろうかと思っていたが、まさかのお父さんだったとは。 咲希から、二人の両親は仕事の都合で揃ってA国に行っていると聞いただけで、かすみは二人の両親には会ったことがなかった。 かすみは自分の姿が映らないよう、カメラの死角へと回るのだった。 さて。そんな弥一の不満気な物言いに、画面に映る弥一の父親であるジョンは、 「ひどいよ、弥一。久々に巴(ともえ)と一緒に日本に帰ってこられたから、真っ先に息子に知らせてあげようと思ってウキウキで電話したってのに。僕の心は今酷く傷つけられた。これはもう、愛する息子の顔を見ないと修復できないよ!」 弥一はそんな父親の訴えを無視して、 「え、二人とも日本に帰ってきたの?いつの間に・・・」 ジョンは嬉しそうに、 「あ、さてはマミーとパピーに会いたくなったんだね、弥一?僕もハニーも君に会いたくてたまらなかったよ〜。これこそ相思相愛ってやつだね!感激だなあ!」 弥一は無意識に寄ってしまう眉間のしわを指で揉み解しながら、 「悪いけど今大事な用事の最中なんだ。今日は会いには行けないけど、明日必ずそっちに顔を出すから。それでいいでしょ?」 「えぇ〜。弥一が来ると思って君の大好きな天ぷらを揚げたんだよ?早苗さんがわざわざ来てくれて腕を振るってくれたってのに、帰ってきてくれないの?僕ハートブレイクで倒れちゃいそうだよ。」 いかにも悲しそうな
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