Tous les chapitres de : Chapitre 101 - Chapitre 110

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第101話

無機質な金属の扉が閉まり、VIP専用の豪奢なエレベーターの中は、私と智哉さんの二人きりの密室となった。外界の喧騒から完全に遮断された静寂の中、かすかなモーター音だけが響く。私は背中に隠し持った小さな紙袋をギュッと握りしめ、彼の広い背中を恐る恐る見上げた。先ほどの私の振る舞いが、出過ぎた真似だったのではないかと不安でたまらなくなった。「あの……もしかして、さっきの会話、聞いてましたか……?」私が恐る恐る問いかけると、智哉さんはゆっくりとこちらを振り返った。その表情はいつものように冷徹で読み取れないが、隠し事など一切通用しない漆黒の瞳が私を捉える。「……あぁ。途中からな」彼の短く肯定する言葉に、私は心臓が跳ね上がる。でしゃばった真似をして彼の顔に泥を塗ってしまったかもしれないと、慌てて頭を下げた。「す、すみません……っ!勝手に偉そうなことを言ってしまって」私の謝罪を遮るように、微かなため息が頭上から降ってきた。怒られる、と身をすくめた次の瞬間。私の頭に、大きくて温かい手のひらがそっと乗せられた。そして、まるで壊れ物を扱うかのように、私の髪をゆっくりと優しく撫で始めた。その不器用で甘い手つきに、私は驚いて息を呑んだ。「怒っているわけじゃない。……よくやった」普段の彼からは想像もつかないほど、穏やかな声。「え……?」呆然と顔を上げた私と、至近距離で視線が絡み合う。「篠原の妻として、一歩も引かずに完璧な振る舞いだったと褒めているんだ」それは私にとって最高の褒め言葉であるはずなのに、同時に、これはあくまで契約上の役割に対する評価なのだという現実を突きつけられた気がした。彼の優しさは、私が完璧な防壁として機能したことへの報酬でしかないのだと。そう思うと、胸の奥がチクリと痛んだ。「……もうここには誰もいませんから、優しくする必要なんてないんですよ」これ以上彼の甘い
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第102話

「まるで、俺から甘い言葉を言ってほしいみたいに聞こえるな」智哉さんの低く掠れた声音が、閉ざされたエレベーターの空気を熱く震わせる。その言葉の奥底に孕んだ独占欲と、男としての剥き出しの迫力に、私は喉の奥まで詰まったような感覚を覚えた。「なっ……! ち、ちがいます、そんなつもりじゃありません!」私は顔を真っ赤に染め上げて必死に否定の声を上げた。逃げ場のない体勢のまま、トントンと彼の胸を軽く押して距離をとろうとするが、びくともしなかった。「……冗談だ。そんなに慌てるな」からかうような低い声とともに、智哉さんはわずかに口元を緩め、からかいを含んだ呆れたような笑みを浮かべた。その余裕のある態度に、私は自分のペースを完全に乱されていることに気づき、悔しさと恥ずかしさでさらに身を縮こまらせる。私は動揺を隠すように顔をそむけ、小さく息を吐き出しながら、なんとか声を絞り出した。「と、とりあえず…もう離れてください……」彼の瞳から先ほどの冗談めいた色が消え、代わりに底知れぬ真剣な光が宿る。壁に添えられていた彼の大きな手がわずかに動き、私の逃げ場を完全に塞いだまま、彼は逃げられない重みを持った声で私をまっすぐに見据えた。「だが、お前を庇ったのも、守りたいと思ったのも、すべて俺の意志だ」その言葉を聞いた瞬間、私の胸の奥が激しく波立った。演技だと思い込もうとしていた彼の優しさが、すべて彼の本心だと言われてしまったら、私の理性が保てなくなってしまう。私は潤んだ瞳で彼を見上げ、震える声をどうにか抑え込みながら、必死に現実へと引き戻そうとした。「そん、なわけ……だって私たちは、ただの契約──────」私の掠れた抗議の声を遮るように、智哉さんは微かに眉をひそめ、不機嫌そうな低い唸り声を漏らした。「そんな言葉で片付けようとするな」その真剣すぎる声音に、私は息を呑んで言葉を失った。まるで本当に私を愛してい
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第103話

邸宅に到着し、美しくライトアップされた広大な庭園をエントランスに向かって歩いていた時だった。私はギュッと握りしめていた小さな紙袋の感触に勇気をもらい、前を歩く彼の広い背中へと思いきって声をかけた。「あの、智哉さん。少しだけいいですか……?」立ち止まった智哉さんが、ゆっくりとこちらを振り返る。その整った顔に浮かぶのは、いつもの読み取れない無表情。けれど、私がひどく緊張しているのを察したのか、威圧感を消すようにわずかに目元を和らげてくれた。「……どうした」私は早鐘を打つ心臓を押さえながら、背中に隠していた小さな紙袋をそっと差し出した。彼が私のために用意してくれた数々の贈り物に比べれば、ささやかすぎるものだ。それでも、どうしても渡したかった。「これ…もし良かったら、受け取ってください」智哉さんは少し驚いたように目を瞬かせると、私の目と、差し出された箱を交互に見つめた。そして手を伸ばし、そっとそれを受け取ってくれた。「……なんだ、これは」片手で器用に包装を解き、小さな箱を開ける。ベルベットのクッションの上に鎮座しているのは、一切の無駄を省いたシンプルなシルバーのネクタイピン。その裏側には、私が密かにお願いしたピンクサファイアが埋め込まれている。「先ほどのスーツにも、普段のお仕事着にも合わせやすいデザインかと思って……。もし、お気に召さなかったら、遠慮なく捨てていただいて構わ─────」自信のなさから、つい早口で自虐的な言葉を並べてしまう。けれど、智哉さんは私の言葉を遮るようにふっと息を吐くと、箱からネクタイピンを取り出し、今身につけている自身のネクタイへと一切の躊躇なくスッと滑り込ませた。「……どうだ」庭園の柔らかな照明を反射して、ネクタイピンが上品な光を放つ。智哉さんは自身の胸元を軽く整えながら、私の評価を待つように真っ直ぐに見下ろしてきた。その思いがけない即座の行動に、私
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第104話

「奥様…?」 窓の外の景色をぼんやりと見つめていた私は、ふいに鼓膜を揺らした穏やかな声にハッと肩を跳ねさせた。 彼女は湯気の立つティーセットを重厚なテーブルに置きながら、私をじっと見つめていた。 「あ、はい…っ」 声の主は、数日前にこの邸宅へやってきた家政婦の佐々木さん。 私よりもいくつか年下で、いつも元気いっぱいの彼女が、今は心配そうに小首を傾げてこちらを覗き込んでいる。 「どうかなさいましたか……?」 「いえ、少し考え事をしていて」 明日のレセプションパーティーのこと。あの恐ろしい戦場を前に、準備に追われているうちにあっという間に時間が過ぎてしまった。 プレッシャーで押し潰されそうになる胸を、温かいティーカップの熱で必死に落ち着かせる。 「そうですか。ご気分が悪いわけじゃないなら良かったです」 彼女の裏表のない子犬のような笑顔に、私の張り詰めていた肩の力が少しだけ抜ける。 「それより、佐々木さんはこちらでの生活には慣れましたか?」 私が突然話を振ると、彼女は少しだけ意外そうな顔をして瞬きをした。 少しの間の後、彼女は手元のトレイを胸の前でしっかりと抱え直し、恭しく頭を下げてから、ゆっくりと口を開いた。 「まだ数日しか経っていないのでなんとも言えませんが…控えめに言って、ここは天国だと思います!」 予想外の少し大袈裟な表現に、私は思わず目を丸くした。 智哉さんは仕事に厳しく、この広大な邸宅の管理も決して楽な仕事ではないはず。それなのに天国とまで言い切る彼女の言葉の真意が読めず、私は首を傾げる。 「天国……ですか?」 私が不思議そうに問い返すと、佐々木さんはどこか夢見るような笑みを口元に浮かべた。
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第105話

「はい?」呼び止められた佐々木さんは、抱えていたトレイを胸元でしっかりと持ち直すと、目を丸くしてこちらを振り返った。彼女の裏表のない子犬のような表情を見ていると少し罪悪感が湧いたけれど、智哉さんの言葉の奥にあった、あの濁った正体をどうしても知っておきたかった。「佐々木さんはどうして、ここで働こうと思ったんですか?」私の唐突な問いかけに、佐々木さんは「え?」と小さく声を漏らし、パチパチと瞬きを繰り返した。雇い主の妻から突然個人的な動機を探られるなど、彼女にとっては予想外のことだったのだろう。「それは…」私の言葉の裏に何か不満や叱責の意味が含まれていると思ったのか、彼女が少し身構えてしまった。「気を悪くされたならごめんなさい。どうして住み込みの家政婦さんを選んだのか、ただ純粋に気になってしまって」私のフォローを聞いた瞬間、佐々木さんの顔から緊張がスッと抜け落ちた。彼女は「なんだ、そういうことですか!」と屈託のない笑顔を弾けさせると、少し肩の力を抜いて本来の彼女らしい明るい雰囲気を纏う。「一番の理由は…やっぱり、お給料がいいからですかね!」あっけらかんと笑いながらそう答える彼女の正直すぎる言葉に、私は思わず目を丸くした。外商の店員や社交界の人間たちのように、腹の底に黒い思惑を隠して綺麗な言葉を並べる大人ばかりを見てきたせいか、彼女のようにお金という現実的な目的を堂々と口にできる素直さが、今の私にはとても新鮮で心地よかった。「なるほど」私の笑いにつられて、佐々木さんも「えへへ」と少し照れくさそうに笑った。「私としてはずっとここで働きたいくらいなのですが、契約上そうもいかなくて。ですが、どれだけ短期間でも篠原家の家政婦として働いた経歴があれば、次はどこでも引っ張りだこになると思うんです。だから、未来への投資も兼ねて」そういえば、聞いたことがあった。どれだけ優秀な人材であっても、情報漏洩や癒着を防ぐために、この家で働く使用人には厳格な契約
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第106話

「はい、なんですか?」私が身構えて返事をすると、彼女の瞳は予想に反して、まるで恋バナに花を咲かせる女子高生のようにキラキラと好奇心に輝いていた。「奥様は…篠原様の、どこがお好きなんですか?」まさかこのタイミングでそんな直球の質問をされるとは。私たちは契約結婚の偽装夫婦だ。本来なら好きという感情など存在しないはずなのに、不器用で優しい彼の手のひらの感触が脳裏をよぎり、胸の奥がドクンと激しく波打つ。「え…っと、それは……」佐々木さんは自分がプライベートに踏み込みすぎたと焦ったのか、慌てて両手を顔の前でブンブンと振った。「あ、ごめんなさい! 決して奥様を困らせるつもりはなくて。すみません。ただ、初日にお庭でお二人にお会いした時の、あの甘い空気感が本当に素敵だったもので……つい気になっちゃって」あの夜の庭での出来事。私がプレゼントしたネクタイピンを、彼が躊躇うことなく身につけてくれたあの瞬間の甘い空気を、彼女は植え込みの陰からしっかりと見ていた。「恥ずかしいところを見られてしまいましたね」でも、タイミングとしてはなかなか良かったのかもしれない。そのお陰で私たちを疑うことなく、仲のいい夫婦だと思ってくれているから。「とんでもないです! まるで映画のワンシーンみたいでした!」「そんなことは…」興奮気味に身を乗り出し、熱を込めて語り始めた。「私の知っている篠原様といえば、仕事の鬼で、他人に一切の情けもかけない恐ろしい方という噂ばかりで。でも、奥様に接する時の表情は、本当に愛おしいものを見るような優しい目をされていて。あんな冷たい方がどうやって恋に落ちたのかなって…」彼女が見たあの甘い空気は、あくまで周囲の目や監視カメラを欺くための、完璧に計算された彼の演技でしかない。でも…。「彼は……本当は、すごく不器用で、優しい人なんです」それは演技でもなんでもない、私の心からの本音だった。微笑
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第107話

ついに、レセプションパーティーの当日がやってきた。 豪奢な化粧台の前で、私はこれから始まる未知の戦場への緊張に強張る体を硬くして座っていた。そんな私の背後には、メイク道具一式をプロさながらに広げた佐々木さんが立っている。 「本日は奥様の魅力を最大限に引き出して、誰よりも美しい、最高の状態に仕上げさせていただきますね!」 鏡に映る彼女の頼もしい笑顔を見つめながら、私はガチガチに緊張して冷え切った指先を膝の上でギュッと握りしめた。 「はい。よろしくお願いします」 「それにしても、本当に息を呑むほど素敵なお召し物ですね。このドレスの気品に負けないような、洗練されたエレガントなメイクにしていきましょう!」 佐々木さんの絶賛の言葉を聞いて、私は誇らしいような、気恥ずかしいような、くすぐったい気持ちになった。 私はドレスを見つめながら、自然と綻んでしまう口元を隠すように、少しだけ照れくさそうに微笑んだ。 「智哉さんが、私のために選んでくれたんです。ドレスに恥じないように、しっかり胸を張らないとですね」 私が智哉さんの名前を出してはにかむと、佐々木さんはとろけるような眼差しになった。 その純粋な反応に少しだけ胸が痛みつつも、私はメイクブラシを手にした彼女に大人しく身を委ねた。 「智哉様がお選びになったんですね! 本当に愛されていらっしゃって、羨ましい限りです」 彼女は手早く私の肌に下地を塗り広げ、魔法のような手つきで顔の印象を変えていく。その心地よいブラシの感触に少しだけ緊張が解け、私はポツリと本音を零した。 「こんな風にお化粧をする機会なんて普段の生活ではないので、佐々木さんにお願いできて本当に助かりました。ありがとうございます」 私の感謝の言葉に、佐々木さんは「とんでもないです!」と明るく笑い、アイシャドウのパレットを開きながら楽しそうに目を細めた。
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第108話

支度を終え、私は少し緊張しながら重厚な扉を開け、智哉さんが待つ広々としたリビングへと足を踏み入れた。部屋の中央では、隙のない漆黒のタキシードに身を包んだ智哉さんがいた。「お待たせしました」私が声をかけると、彼はゆっくりとこちらを振り返る。視線が交差したのに、微動だにせず私を見つめたまま何の反応も示さない。「智哉さん……?」彼は小さく息を吐き出すと、感情の起伏を感じさせない低い声で、短く応じた。「……あぁ」その声はどこか掠れていて、普段の彼らしくない。私は心配で、ドレスの裾を少しだけ握りしめて歩み寄った。「大丈夫ですか…?」私の不安げな視線を受け止めた智哉さんは、ふっと短く鼻で息を吐き、何事もないかのように平然とした態度を作ってみせた。「あぁ」彼の立ち姿を改めてよく観察した私の視線は、自然と彼の左腕へと吸い寄せられる。そして、そこにあるべきはずの白い塊が消え失せていることに気づき、息を呑んだ。「智哉さん、左腕のギプスはどうしたんですか」私の問いかけに対し、智哉さんは自身の左腕を軽く動かして見せた。「パーティーに無様な格好で出るわけにはいかないからな」「そうですか。でも、無理だけはしないでくださいね」私と智哉さんの間に漂う少しだけ緊迫した空気を打ち破るように、背後からパンッと明るく手を叩く音が響いた。空気を読んだのか読んでいないのか、佐々木さんが満面の笑みを浮かべて私たちの間に割って入り、智哉さんに向かって自信満々に胸を張った。「篠原様! どうでしょう。本日のパーティーで、奥様が誰よりも一番美しく輝くように、私が持てる技術のすべてを使って着飾らせていただきました!」佐々木さんの元気な声に促され、智哉さんの瞳が初めて、全身を真っ直ぐに捉えるように私へと向けられた。「……あぁ。よく似合っている」たった一言。けれど、彼
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第109話

窓の外の夜景が静かに後方へと流れていく中、私はふと、隣に座る智哉さんの強い視線が、先ほどからずっと私に向けられていることに気がついた。「あの、智哉さん? どうかしましたか?」流れる街灯の光が車内を定期的に照らし出し、彼の整った顔立ちを仄暗く浮かび上がらせる。「…いや」「ど、どこかおかしいですか? メイクが派手すぎるとか」私が不安になって身を縮めながら尋ねると、智哉さんは微かに眉をひそめ、ふっと短く息を吐き出した。そして、私から一切視線を外すことなく口を開く。「ただ、それなりに見えるようになったから少し驚いただけだ」素直じゃない彼の言葉に、私はポカンと目を丸くしてしまった。それなりに見えるなんて、さっきのよく似合っているという褒め言葉から随分と格下げされている。「もう…。でも、一応は褒めてくれているんですよね。ありがとうございます」私が少し不服そうにお礼を言うと、智哉さんは喉の奥でくくっと低く笑った。「それにしても、あの家政婦といつの間に仲良くなったんだ。メイクを任せるとは」私は彼を怒らせないよう、彼女の厚意を必死に弁解すべく慌てて口を開いた。「佐々木さんがメイクアップアーティストの資格を持っているらしくて、お願いしたんです」私が身振り手振りを交えて懸命に説明すると、智哉さんは疑り深い目を向けたまま、微かに眉間へ皺を寄せた。 そして、深くシートに背中を預け直し、不満げな低い声で短く応じた。 「そうか」智哉さんはそれだけ短く吐き捨てると、興味を失ったように視線を窓の外へと向けた。これ以上彼女の話題を続けるのは得策ではないと悟り、私は少しだけ車内の張り詰めた空気を変えようと試みる。「あの、智哉さん。ご婦人方が定期的に集まる社交サロンというものをご存知ですか?」私が恐る恐る尋ねると、窓の外を見ていた智哉さんはピクリと反応し、微かに眉をひそめてこちらを振り返った。
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第110話

「でも、あそこでは各界の裏の繋がりとか、有益な情報がたくさん集まるって……」 私の必死の反論を遮るように、智哉さんはひどく呆れたような深いため息をついた。 「あんな場所で飛び交う、嘘か本当かも分からない無責任な噂話を鵜呑みにしてどうする気だ」 彼の冷ややかな正論に、私はぐっと言葉に詰まった。 「智哉さんは、それが嘘でも真実でも巧みに利用できる方なのだと思っていました」 私の口から出た生意気な言葉に、智哉さんは怒るどころか、自信に満ちた薄い笑みを口元に浮かべた。 「俺は、世論や権力を使って嘘を真実に変えることができる側の人間だ」 「それなら」 「だからこそ、他人が流した安っぽい嘘をわざわざ拾って信じる必要など、どこにもない」 住む世界が違いすぎる彼の言葉に、私は完全に返す言葉を失った。 私なんかが小手先の情報収集をしようと身を粉にしたところで、何でも思い通りに動かせる彼には、本当に何の役にも立たないんだ。 「すみません。少しでも智哉さんのお役に立てればと思ったんですけど。ただの余計なお節介でした」 完全に心を閉ざして俯く私を見て、智哉さんは「チッ」と小さく舌打ちをした。 少しだけバツが悪そうに顔を背けながら、彼は不器用すぎるフォローの言葉を付け加えた。 「俺のために無理をしてあんな場所へ行くというのなら、必要ないと言っているんだ」 「はい。分かりまし─────」 私の言葉に被せるように、智哉さんは窓の外の夜景を睨みつけたまま口を開いた。 「だが、お前があそこで交友関係を広げて楽しみたいというのなら…勝手にすればいい」 結局のところ、私が傷つかないように遠ざけたかっただけなのかもしれない。
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