Tous les chapitres de : Chapitre 121 - Chapitre 130

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第121話

ホテルの静かな廊下へと抜け出すと、張り詰めていた空気がふわりと緩む。分厚い絨毯が私たちの足音を吸い込み、周囲にはもう好奇の視線も陰湿な囁き声も存在しない。 私は大きく深呼吸をして肺に新鮮な空気を満たすと、隣を歩く智哉さんを見上げた。 「智哉さん。助けていただかなくても、私一人で十分に対処できましたよ」 私のその少しだけ強がった言葉を聞き、智哉さんは歩みを止めずにふっと息を吐き出した。 「あんな安い挑発を受けているのに、黙って見過ごすような愚か者がどこにいる」 確かに、彼の言う通りだ。 もしもあの場で智哉さんが静観を決め込み、私一人で紫苑さんを言い負かしていたとしたら。周囲の人間は篠原社長は婚約者が攻撃されても庇わないと、あることないこと邪推したに違いない。 「ふふっ。確かにそうですね。愛する人が理不尽な目に遭っていれば、当然腹が立つものですから」 その言葉に、智哉さんは満足げに私の肩を抱く手に力を込めた。 「あそこまで徹底的に自分の無様さを晒したんだ。とんだ底抜けの馬鹿でなければ、しばらくは身を潜めるだろう」 東条会長のあの絶望に満ちた蒼白な顔を思い出し、私は少しだけ哀れみすら覚えてしまった。 まともな思考回路を持っていれば、二度と私に近づこうなどとは思わないはず。 「智哉さんが味方として立ってくださったおかげで、彼女にも周囲にも、十分すぎるほどの牽制になったと思います」 感謝を受け止めながら、智哉さんはふと足を止め、廊下の柔らかな間接照明の下で私をじっと見下ろした。 「それで? お前はまだ、あんなくだらない連中が集まる社交サロンとやらへ行くつもりなのか?」 普通の令嬢であれば、あんな目に遭った直後に自ら敵地に乗り込もうなどとは思わないだろう。 智哉さんが引き留めたがる気持ちもよく分かる。
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第122話

「あっ……すみません。ありがとうございます」 私の足元の覚束なさと、僅かに顔を歪めた痛みのサインを、智哉さんが見逃すはずがなかった。彼は私を支えたまま、心配そうに私の足元へと視線を落とす。 「……無理をしたな。靴擦れか」 いつもなら絶対に選ばないような高くて細いピンヒールは、私の足に容赦なく負担をかけ続けて、限界を超えた。つま先や踵がズキズキと熱を持って悲鳴を上げている。けれど私は彼にこれ以上心配をかけまいと、痛む足を庇いながら無理に笑顔を作った。 「少しだけ。普段は履かない高さなので、まだ慣れていなくて」 強がってはみたものの、ズキズキと疼く踵の痛みは誤魔化しきれそうにない。智哉さんは大きなため息をつくと、私を抱え上げようと腰を屈めかけた。しかしその瞬間、彼の動きがピタリと止まり、端正な顔立ちがふっと険しいものへと変わる。 「それはそうと。お前、酒を飲んだな?」 智哉さんの低く咎めるような声に、私はビクッと肩を跳ねさせた。 紫苑さんに絡まれる直前、緊張を誤魔化すために会場の隅でグラスに口をつけていた。ほんのりとアルコールの香りが彼に届いてしまったのだろう。 以前、冷酒を飲み過ぎてしまい、感情の歯止めが利かなくなって彼に迷惑をかけた記憶が鮮明に蘇る。 「わ、ワインをほんの少しだけいただいたのですが……」 私は慌てて言い訳を口にしたが、智哉さんの疑わしげな視線は晴れない。 「少し…?」 「本当に一杯だけです! ま、前みたいな恥ずかしい失態は犯しませんから!」 必死に弁解する私の姿を見て、智哉さんは呆れたように目を細めた後、フッと短く息を吐いて口元に小さな笑みを浮かべた。 「ならいいが。歩けるか?」 とはいえ
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第123話

彼が待つ車へ一秒でも早く戻るため、私は手早くメイクを直し始めた。 冷たい水で丁寧に手を洗い、乱れていた髪の毛とメイクを直すと、鏡の中の自分は先ほどよりもずっと晴れやかな顔をしている。 ズキズキと痛む足首を庇いながら足早に化粧室を後にした、その時だった。 柱の陰から葉巻の煙の匂いと共に、恰幅の良い中年の男性客たちのひそひそとした話し声が聞こえてきた。 彼らは私が近くにいることなど露知らず、下世話な噂話に花を咲かせているようだった。 私は咄嗟に歩みを止め、息を潜めて柱の陰に身を隠した。 「それにしても、園田家の令嬢はよりにもよって、一番敵に回してはいけない男の逆鱗に触れたな」 男性客の一人が、呆れと嘲笑が入り交じった声でそう切り出した。 周囲の人間にとっても忘れられないほど強烈な印象を与えたのだろう。 「あぁ。だが驚いたよ。篠原社長が婚約者を溺愛しているという噂が本当だったとはな」 別の男性客が、信じられないものを見たというような声で応じた。 彼らの言う通り、これまで智哉さんは他人に一切の情を見せないことで有名だった。私との婚約も、世間からは篠原グループの単なる気まぐれか、なにか裏があると噂されていたに違いない。 けれど、今日彼が公の場で見せた私への独占欲と愛情は、そんなくだらない憶測を完全に黙らせるのに十分すぎる威力を持っていた。 「全くだ。主賓である篠原社長が早々に退席してしまった以上、我々がこれ以上ここに残る義理もないだろう」 彼らの声には、東条グループに対する明確な見切りと冷酷な打算が滲んでいた。 智哉さんが不快感を露わにして途中で帰ったとなれば、これ以上東条の会場に長居することは、篠原グループへの反逆とみなされかねない。権力に群がる彼らのような人間にとって、沈みゆく泥舟にいつまでもしがみついている理由などない。
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第124話

「歳だけとった方には分からないかもしれませんが、あの香水は若者の間で有名なものなのですよ。あの匂いが嫌いだとおっしゃるのなら、そろそろ世代交代をする時が来たのかもしれませんね」 プライドを粉々にされた彼らは、顔を真っ赤にして口をパクパクさせた後、怒りに任せて声を荒げた。論理で言い返せなくなった人間が最後にすがりつくのは、自分たちの年齢や経験といった中身のない権威だけ。 「なっ…。 貴女、いくら篠原社長の婚約者だからといって、我々のような経験を積んだ人間に向かってその言い草は……!」 彼らの怒鳴り声など、私にとってはそよ風程度でしかない。 長年ビジネスの世界に身を置きながら、何も学んでこなかった彼らの怠慢を、私は一切の容赦なく言語化して叩きつける。 「経験を積まれてなお、表層的な振る舞いや香水の匂いだけで他者の本質を見誤るのであれば、酷く勿体ないことだと申し上げているのです」 私の冷徹な指摘に、男たちはギリッと歯を食いしばった。 「じ、実際、奴には中身がないから申しあげているだけで……っ!」 その苦し紛れの反論に、私は呆れ果てて小さく溜息をついた。 「朝倉様が本当にただの愚か者であれば、あの東条グループがやすやすと業界の二番手に甘んじているはずがありませんわ。ご自身の節穴をひけらかすような立ち話は、他所でなさった方がよろしいかと」 私が完全に彼らの底の浅さを見透かし、小馬鹿にしていることが伝わり、男たちは青ざめた顔で視線を彷徨わせた。そして、震える声で見え透いた嘘を並べ立てて逃げ道を模索し始めた。 「わ、私たちはただ、彼のことを思って……っ」 その浅ましい自己保身の言葉に、私は思わずフッと冷ややかな笑みをこぼしてしまった。 「まぁ。そんなに慈悲に溢れていらっしゃるのなら、遠慮なさらず彼に直接そうお伝えすればよろしいのに。代わりに、私がして差し上げましょうか?」 「いや……っ!」 もし私経由で朝倉本人に自分たちの陰口が伝われば、朝倉グループからの報復を受けるかもしれない。 その恐怖から、男たちは血相を変えて首を横に振った。 「それとも、陰口を叩くことが彼のためになりまして? それなら私も、是非智哉さんにあなたたちの陰口をして差し上げますわ」 篠原グループに目をつけられれば、彼らの会社など明日にも吹き飛んでしまう。男たちは完全に顔面を
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第125話

「……なるほど」 私の毅然とした態度に、朝倉さんは何かを見極めたような笑みを浮かべた。けれど、すぐにまたいつもの飄々とした、掴みどころのない顔へと戻る。 「そういえば、智哉は?」 車で智哉さんを待たせていることを思い出し、ハッと我に返った。 「あ、智哉さんが待っているのでこれで失礼します」 これ以上、この食えない相手と関わるのは得策ではない。私は軽く会釈をして足早に立ち去ろうとした。 それなのに、すれ違いざまにスッと伸びてきた大きな手が、私の手首を掴んだ。 「ねぇ」 甘く、どこか危険な響きを帯びた声。私は驚いて足を止め、不快感を隠そうともせずに彼を睨みつけた。 「……離してください」 彼が何を考えているのか分からない不気味さに思わず呼吸が詰まり、手首を掴む彼の大きな手を力任せに振りのけようと試みた。 「本気で俺のところに来る気はない?」 私のあからさまな不快感と拒絶の態度に対し、怯むどころか私の身体を自分の方へと引き寄せてくる。 「はい?」 彼の整った顔立ちが至近距離まで迫り、甘ったるい香水の香りが再び鼻腔をくすぐった。 「君のことなら、俺、本気で好きになれる気がするんだよ」 彼は私のことを言いくるめられるとでも思っているのだろうか。社交界で数々の女性を惑わしてきたであろう遊び人の余裕なのか、それとも智哉さんに対する対抗心なのか。 「……訳の分からないことを。智哉さんに見つかれば、ただでは済みませんよ」 私は彼の手を冷たく振り払おうと無駄な抵抗を続けながら、呆れを含んだ溜息を隠そうともせずにそう吐き捨てた。 「そうやってすぐアイツの名前を出す。智哉とはただの契約関係なんでしょ?」 彼は掴んでいた私の手首をゆっくりと解放したものの、代わりに私の逃げ道を塞ぐように一歩距離を詰めてきた。 「以前も否定しましたよね。あなたはただ、ご自身がそうあって欲しいと信じたいだけなのでしょう?」 私の反論に、朝倉さんはフッと鼻で笑った。 「確かに証拠はないけど。あいつがあんな完璧なタイミングで現れて君を庇うなんて、まるで三文芝居みたいに出来すぎていると思わない? 周囲に俺たちは愛し合っているって見せかけるための過剰な演出にしか見えなかったけどね」 間違ってはいないのだけど。 「随分
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第126話

「先に申し上げておきますが。もしも万が一、私が智哉さんとお別れするような日が来たとしても……あなたの元へ行くようなことは絶対にあり得ませんから」 これまで彼が誘いをかけて、ここまで冷酷にはねのける女性はいなかったのかもしれない。 「それはまた厳しいね。どうして?」 理由など考えるまでもない。 馴れ馴れしく私の懐に踏み込み、あまつさえ人の手首を強引に掴むような軽薄な態度そのものが、私にとっては不快以外の何物でもない。 オブラートに包んで遠回しに伝える必要すら感じず、ただの揺るぎない事実として一刀両断に切り捨てた。 「単純に、私があなたのことが心底嫌いだからです」 ストレートな暴言を真っ向からぶつけられたというのに、朝倉さんは可笑しくてたまらないといったように肩を揺らして笑った。 「酷いなぁ。俺の事、本当は嫌いではないくせに」 私が朝倉さんを庇ったのは、彼に好意があるからでもなんでもなく、ただあの見苦しい中年の男たちの傲慢さが我慢ならなかっただけ。 既にそう伝えたはずなのに。 「いいえ。嫌いです」 「裏でとやかく言う人間が嫌いだからって、本当に嫌いな人間の陰口なら、普通は無視して通り過ぎるはずだよね。それなのに、わざわざリスクを背負ってまで彼らに反論したのはどうして?」 私は内心でチッと舌打ちをしたくなった。あの場で感情的になって出過ぎた真似をしてしまったという自覚はある。けど、私はあくまで自分自身の冷静な分析に基づいた行動だったと主張し、彼らを論破したのだと取り繕おうとした。 「客観的に物事を判断しただけです。私にだって、善し悪しの区別はつきますから。亮介と貴方のどちらが優秀かぐらい分かります」 その一瞬の致命的な失言を、朝倉さんの耳が聞き逃すはずがなかった。
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第127話

「とにかく! 呼び間違えたからといって、私と彼が親しかったという証拠にはなりません」 私が意地になって否定する姿を見て、朝倉さんはもう証拠など必要ないのだと言わんばかりに目を細めた。 「確固たる証拠にはならないかもしれないね。でも、俺の中では十分すぎるほどの確信が持てたよ」 彼が一体どこまで私の過去を見抜いているのか、恐怖で指先が氷のように冷たくなる。 「か、確信……?」 「二人はただの知り合いなんかじゃない、もっと深い関係で。そうだなぁ…。元婚約者ってとこかな?」 その言葉が耳に届いた瞬間、私の心臓はドクンと嫌な音を立てて大きく跳ね上がった。 「…馬鹿馬鹿しい」 必死に平静を装い、声を絞り出した。 これ以上見え透いた嘘で否定しても無駄だと悟った私は、あえて肯定も否定もせず、ただ彼を射殺すような強い視線で睨み返した。 「もしも過去に何かあったとしても、貴方には関係のない話しですよね」 「まぁ、そうだね」 「今の私は、智哉さんの婚約者です。過去の事情を掘り起こして、私を脅せるとでもお考えですか?」 私が放った予想外の牙に、彼はますます私への興味を深めたようだった。 「脅すつもりなんてないよ。ただ……君があの薄っぺらい東条に捨てられて、智哉に拾われたのだとしたら。ますます君という存在が面白くて、手放したくなくなっただけさ」 他人の痛みや過去の傷すらも、自分の退屈を紛らわすための面白いゲームの一部だと公言してはばからないその態度。無責任で身勝手な欲望のぶつけ方に、私は心底からの軽蔑を隠しきれなかった。 「あなたという人は、本当に底意地が悪くて最悪ですね」 朝倉さんは痛痒を感じるどころか、まるで愛の告白でもされたかのように目を細め、心底嬉しそうに笑った。
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第128話

痛む足首を庇いながらエントランスを抜けると、重厚な黒塗りの高級車がエンジンを響かせて待っていた。 後部座席のドアを開けて滑り込むと、隣に座る智哉さんが鋭い瞳で私を見据えた。 「随分と遅かったな。もう少し遅ければ、お前を探しにホテルへ戻っていたところだ」 本来ならすぐに戻るはずだったのに、くだらない連中の陰口のせいで彼を不安にさせてしまった。 「お待たせしてしまって、すみません」 私が乗り込んでドアが閉まると同時、秘書が運転する車は流れるような動作でホテルを後にし、音もなく滑るように走り出した。 張り詰めていた緊張からようやく解放され、柔らかなレザーシートに深く背中を預ける。 けれど、ふと気がつくと隣から発せられる智哉さんの空気が、いつもより僅かに冷たく、刺々しい空気を纏っていることに気がつく。 「…何をしていた」 唐突な質問の意図がすぐに読めず、私は思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。 「え……?」 私が一瞬思考を停止させて彼を見返すと、智哉さんは不機嫌そうに僅かに眉根を寄せた。 「ただ化粧室に行くだけにしては時間がかかりすぎだ。こんなに遅くなるまで一体何をしていたと聞いているんだ」 彼は組んでいた長い脚を組み直し、少しだけ私の方へと身体を傾けてくる。高級なスーツ越しにも伝わってくる逞しい体躯の圧迫感と、権力者としてのオーラに、私は思わず息を呑んで身を固くした。 「それは、その……」 智哉さんの真っ直ぐで逃げ場のない追及に、私は思わず言葉を詰まらせる。 廊下で中年の男性客が陰口を叩いていて、それに腹を立てて言い負かしたことから説明するべきだろうか。けれど、結
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第129話

「─────それで、焦ったあまりに口が滑ってしまって、朝倉さんに私が亮介と何らかの関係にあったことがバレてしまいました。……本当に、すみません」 智哉さんは私の瞳の奥をじっと覗き込み、低く、どこか試すような危険な声で問いかけてきた。 「……そのことをすぐに俺へ話せなかったのは、東条との過去を知られたからか? それとも、あの男に対して何かやましい感情でも湧いたからか」 私はぶんぶんと必死に首を横に振り、彼の高級なスーツの袖口を両手でぎゅっと握りしめた。 私が朝倉さんに心惹かれるなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。 「ち、違います! 朝倉さんに過去がバレかけていることも、私たちの関係を疑われていることも、きちんと智哉さんにご報告するべきだと思っていました。そうしなければ、今後の対策も取れませんから」 私の必死の弁明を聞いても、智哉さんにはまだ納得しきれていない疑問が残っていた。 「なら、なぜ隠そうとした」 理屈で考えればすぐに報告すべきだと分かっていながら、なぜ私が車に乗り込んだ直後、口を閉ざしてしまったのか。 「隠そうとは、」 智哉さんの鋭い洞察力の前では、どんな小さな感情の揺れも隠し通すことはできない。 「お前が俺の顔色を窺って言葉を飲み込むような真似をする理由が、他にあるはずだろう」 私が隠したかったのは情報漏洩のリスクなどではなく、ただ感情に任せて出しゃばった結果、自らトラブルを招き寄せてしまった自分自身の愚かさだった。 私は握りしめていた彼の袖口からゆっくりと手を離し、自分の膝の上で所在
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第130話

車から降りて屋敷に戻る頃には、足の痛みは完全に限界を突破していた。 智哉さんに抱き抱えられるようにして自室のソファに腰を下ろすと、すぐに駆けつけてきた佐々木さんが私の足元に膝をついた。 彼女は私の足から慎重にピンヒールを脱がせ、ストッキング越しでもわかるほど赤く腫れ上がった悲惨な踵とつま先を見るなり、顔を青ざめて悲鳴のような声を上げた。 「奥様……! ずっとこの足で立ちっぱなしでおられたのですか!?」 彼女の驚愕ぶりに、私は視線を彷徨わせ、弱々しく頷くことしかできなかった。 ストッキングをそっと脱がされると、空気に触れただけでヒリヒリとした鋭い痛みが走り、思わず肩がビクッと跳ねる。足首から下は全体が熱を持ち、特に靴と擦れ続けていた踵の皮は無惨に剥け、赤々とした痛々しい肉が露出してしまっていた。 「少し、無理をしてしまって」 佐々木さんは救急箱から消毒液と軟膏を素早く取り出した。 「どうしてこうなるまで、痛みを我慢しておられたのですか……」 彼女の手つきは極めて慎重で優しいが、主の痛々しい怪我を防げなかった己を悔やんでいるような、悲痛な色がその横顔に浮かんでいる。 「痛いとは思っていましたが、ただの靴擦れだと…。ここまで腫れ上がっているとは気づきませんでした」 痛みを堪えるように眉間に皺を寄せながら、私は正直な感想を口にした。智哉に心配をかけまいとする意地もあったとはいえ、自分の身体の悲鳴にここまで無頓着になれるのは…悪習のせいかもしれない。 佐々木さんが冷たい消毒液を患部に当てた瞬間、私は「っ……」と小さく息を呑んでソファの肘掛けを強く握りしめた。 「完全に炎症を起こしてしまっています。これでは、一歩歩くたびに相当な激痛が走ったはずですよ……」 彼女は手際よく薬を塗り込みながら、深く息を吐き出して呆れたように首を振った。 分厚いガーゼで患部が優しく覆われると、ズキズキとした熱痛が少しだけ和らいでいくのを感じた。 「ふふ、そうですね。最後の方は少しだけ、足の感覚が麻痺していました」 私は自分自身の鈍感さを誤魔化すように、力なく笑って見せた。 綺麗に手当てされた足をそっとクッションの上に乗せてもらい、ようやく全身から強張りが抜けていく。 「五日ほどは、体重をかけるだけで痛むと思います。しばらくの間は、お部屋で絶対安静になさってく
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