Tous les chapitres de : Chapitre 131 - Chapitre 140

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第131話

メイドは手際よく救急箱を片付けながら、思い出したように重要な忠告を口にした。 「明確なドレスコードなどは設けられておりませんが、白と赤のドレスだけは避けてお召しになるのがよろしいかと」 「何か特別な意味合いでもあるのですか」 私の問いかけに対し、メイドは少しだけ困ったように眉を下げ、声を潜めて周囲を憚るような仕草を見せた。 彼女は一度小さく咳払いをすると、いかにも上流階級のくだらないマウントの取り合いを象徴するような、呆れを含んだ声でその理由を明かしてくれた。 「紫苑様が、その二色を好んでお召しになるからです。あの場において、主催者である彼女より目立つことは許されません」 なるほど。要するに自分のお気に入りの色を他人が着て、自分より目立つのが気に食わないというだけの極めて個人的で幼稚な理由だ。 「あぁ……なるほど。紫苑さんのお衣装と被って、不快な思いをさせないようにという配慮なのですね」 私の言葉を聞き、佐々木さんは深く頷きながら顔を曇らせた。 いくら上流階級の暗黙のルールだとはいえ、ただ服の色が被っただけで激怒するような紫苑の異常なまでの自己中心的な考え方は、一般的な感覚を持つ彼女からすれば滑稽にすら思えてしまうのだろう。 「でも、それって少し馬鹿ば……いえ。上流階級のルールなんでしょうけど、正直ちょっと呆れませんか?」 佐々木さんは思わずズバッと本音を口走ってしまいそうになり、慌てて言葉を濁して言い直した。 「きっと、身なりへのこだわりが人一倍強いのでしょうね」 佐々木さんは声を一段階落とし、そのサロンで起きた陰湿な制裁の様子を語り始めた。 「以前、何もご存知ない令嬢が、美しい純白のドレスで参加してしまったことがあったそうで。それはもう、悲惨だったんですって。紫苑様ご自身は『気にしないで』なんて優しく許したそうですが、周りの取り巻きたちが一斉に
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第132話

「えっ、主催者からご招待さえいただければ、無料で参加できるものだとばかり思っていました」 佐々木さんは、見栄と虚飾にまみれた貴族たちの歪んだ心理を、あっけらかんとした口調でバッサリと切り捨てた。 「お見栄を張りたい上流階級の方々は、無料という言葉を何より嫌います」 お金を払わずに済むならそれに越したことはないはずなのに、あえて高額な出費を望むという心理が、私には全く理解できなかった。 価値のないものに無駄な金を落とすなど、正気の沙汰とは思えない。 「そういうもの、なのですか? お金がかからない方が良いに決まっていると思うのですが」 私の素朴すぎる疑問に、佐々木さんは困ったような、それでいてひどく納得したような顔で肩をすくめた。 「どれだけ自分にお金をかけられるか、そのステータスを競い合う世界ですから。それに、無料のままではどこの馬の骨とも分からない人間が入り込み、情報漏洩のリスクも高まります。だからこそ、彼女たちのステータスと機密性を担保するために現在のような年会費百万円という高額な制度が設けられたそうですよ」 その常軌を逸した金額を耳にした瞬間、私は思わず素頓狂な声を上げてしまった。 「ひゃ、百万円ですか!?」 ただお茶を飲み、世間話をするだけの空間に、一般の人間の年収の何分の一にも当たる大金が飛び交っているなんて。 「ご安心ください。最初のひと月はお試しということで無料だそうです。その間にサロンの空気が自分に合わないと判断されれば、きっぱりと見切って辞めてしまえばよろしいのですから」 まずは無料で極上の蜜を吸わせ、その居心地の良さと特権階級の優
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第133話

でも、私も…サロン内の派閥を探り、情報を集めようとしていた。脅迫や洗脳のような悪辣な真似をするつもりはなかったとはいえ、利用できる情報を引き出そうとするその行為の根源は、彼女たちがやっていることと同じなのではないか。 「ひより様、どうかなさいましたか?」 彼女の気遣うような優しい声に肩を揺らした。 彼女なら、私のこのドロドロとした浅ましい感情を笑い飛ばすか、あるいは的確に切り捨ててくれるような気がした。 「その……情報収集しに行こうとしていた私も、彼女たちと同罪なのかなって」 私のひどく弱気で自嘲的な呟きを聞いた瞬間、佐々木さんはきょとんとしたように瞬きをした。 「まさか…」 「ち、違います。他人を脅して操ろうなどとは考えていませんでした。でも、腹の底を探り合うような真似をしようとしているのは、私も同じなので……」 佐々木さんは、まるでとても的外れで可笑しな冗談を聞いたとでも言うように、ふふっと明るく吹き出した。 「もう、ひより様ったら。そんな風に思い詰めるなんて。紫苑様たちとひより様とでは、根本的な目的がまるで違いますよ」 「そうでしょうか…」 「ええ。あの方たちは他人を蹴落として自分たちが甘い汁を吸うために情報を集める、言わば他人を刺すための剣です。でも、ひより様が情報収集をしようとしているのは、智哉様やご自身を不当な悪意から守るためでしょう? それは剣ではなく、大切なものを守るための盾です。守るために相手の手の内を知ろうとすることが同罪だなんて、そんなのおかしいじゃありませんか」 「そんな、いいものじゃないですよ」 私は自分の身を守るためだけにサロンへ行こうとしたわけではない。そこで得た内部事情や令嬢たちの人間関係の綻びを智哉さんに流すことで、篠原グループが有利になるよう手助けをしたいと思っていた。 それは結局のところ、智哉さんのビジネスを優位に進めるための攻撃的な武器として情報を使おうとしていることと同義だった。 「え?」 「私はサロンで得た情報を智哉さんに伝えることで、彼のお仕事の手助けをしようとも考えていました。それって、結局は智哉さんのための剣になるんじゃないですか?」 私の生真面目すぎる自己申告を聞いて、佐々木さんは今度こそ腹を抱えて笑い出しそうになるのを必死に堪えるような顔をした
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第134話

私は深く息を吐き出してベッドサイドのランプをカチリと消した。 暗闇に包まれた部屋で、ひんやりとしたシーツに身を沈める。手当てされた足先が微かにジンジンと熱を持っているのを感じながらも、今日一日のあまりにも濃密な出来事と疲労感が、急速に私の意識を微睡みの底へと引っ張り込もうとしていた。 けれど、眠りに落ちる寸前のその時。 コンコン、と低く重いノックの音が聞こえた。 「は、はい……っ」 「俺だ入るぞ」 扉の向こうから聞こえてきたのは、他でもない智哉の低く落ち着いた声だった。 心臓がドクリと大きく跳ね上がり、毛布の中で身体がビクッと強張る。 慌ててベッドに身を起こし、サイドテーブルのランプを再び点灯させる。オレンジ色の淡い光が部屋を照らし出す中、私は手当てされたばかりの足をシーツの下に隠すようにして、ベッドの端に居住まいを正した。 こんな無防備な寝巻き姿を見られるのはひどく気恥ずかしかったが、彼を扉の外で待たせ続けるわけにはいかない。 「ど、どうぞ」 緊張で僅かに震える声を必死に抑え込み、彼を部屋へと招き入れる。 部屋に足を踏み入れた智哉さんは、何も言わずにゆっくりと私の眠るベッドへと近づいてきた。 その無言の圧力に耐えきれず、私はシーツの下で痛む足を必死に隠しながら、彼が何を口にするのかを身構える。 彼はベッドのすぐ脇まで来ると、私の怯えたような顔を見下ろし、深く重いため息を吐き出した。 「……足を見せろ」 短く、しかし絶対的な命令を含んだその言葉に、私の肩はビクッと大きく跳ね上がった。 私は震える手でゆっくりとシーツを捲り上げ、分厚いガーゼで痛々しく覆われた自分の両足を彼の前に晒した。 「…ただの靴擦れですから、智哉さんが気になさる
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第135話

「捨てる……」 智哉さんの口から出たその単語を聞いた瞬間、私の脳裏に冷たくて暗い記憶がフラッシュバックした。 東条の家にいた頃、与えられたのは私の足に合わない窮屈で見栄えだけが良いピンヒールで。それを無理に履かされては靴擦れを起こし、血を滲ませていた。 「どうした。俺が勝手に処分するのが嫌か?」 私の口から漏れた微かな呟きと、一瞬にして凍りついたような空気の変化を、目の前にいるこの男が見逃すはずもなかった。 智哉さんは私の足元に添えていた手をゆっくりと離し、怪訝そうに眉をひそめて私の顔を覗き込んでくる。 彼にとってはただ物理的に合わない靴を処分して、足に負担のかからない上質なものを買い与えようとしただけの、純粋な庇護の提案だったはずだ。 「いえ、決してそういうわけでは……。ただ、少し昔のことを思い出しただけです」 智哉さんの気遣うような声にはっと我に返り、私は慌てて首を横に振った。 彼からのせっかくの優しさを無下にするつもりなど毛頭ないし、彼が私を傷つけるために言ったのではないことなど痛いほど分かっている。これは完全に私個人の、過去の呪縛に過ぎない。 「……随分と、吐き気のするような嫌な記憶みたいだな」 私が必死に感情を押し殺して取り繕おうとしたにもかかわらず、智哉さんの口からは容赦のない指摘が降ってきた。 「え……っ?」 図星を突かれた私は、思わず間抜けな声を漏らしてバッと顔を上げた。 彼は私の強張った頬へと手を伸ばし、親指の腹でそっと、慰めるように肌を撫でてくる。 「ひどく怯えた、傷ついた顔をしている。…
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第136話

彼女たちに少しでも追いつき、智哉さんの隣で恥をかかせないようにするには、痛みを我慢して背伸びをするしかなかった。私はシーツを握りしめる手にグッと力を込め、心の奥底に隠していた一番醜くて惨めな本音を、涙声混じりに吐き出してしまった。 「だって……他の華やかな令嬢たちと比べて、私の容姿がひどく劣っているのは、紛れもない事実ですから」 涙声で吐き出された私の惨めな劣等感を受け止め、智哉さんは少しの間だけ沈黙した。 すぐに甘い慰めの言葉をかけられることもなく、ただ見下ろしてくる彼の視線に、私はギュッと目を瞑る。 「……確かに、背は低いな」 予想通りの身も蓋もない肯定の言葉に、心臓がチクリと痛んだ。 わかっていたこととはいえ、彼自身の口からはっきりとそう告げられると、惨めさで今すぐこのシーツの中に消えてしまいたくなる。 「だが……スタイルが悪いとは思わない」 思いもよらない角度からの否定の言葉に、私は弾かれたように顔を上げた。 普段は冷徹で感情を見せない彼が、極めて個人的な評価を、わざわざ口にしたという事実に急激に頬がカッと熱を帯びていく。 「え……?」 あまりにも素頓狂な声を漏らして真っ直ぐに見つめ返すと、智哉さんはほんの一瞬だけ気まずそうに視線を泳がせた。そして、普段の堂々とした王者としてのオーラを少しだけ崩し、バツが悪そうに小さく咳払いをする。 「だから、その、なんだ」少しだけ早口で口火を切った彼だったが、すぐにふうっと息を吐いて再び私を真っ直ぐに見据えた。 「今日あの会場に、どれだけ派手に着飾ったスタイルのいい女がいたのかは知らないが……。俺の目が一番いくのは、他の誰でもないお前だけだ」 「智哉さん…」 「俺は自分の見栄を満たすための飾り物が欲しくて、お前と契約したわけじゃない。
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第137話

智哉さんの唇が私のそれに触れるか触れないかというギリギリの距離まで迫った、まさにその瞬間だった。 コンコン、という控えめなノックの音が部屋に響いたかと思うと、返事を待つ間もなく、ガチャリと無情にも扉が開く音がした。 私はビクッと肩を大きく跳ねさせてハッと目を見開く。 扉の向こうに立っていたのは、手にお水と薬のシートを持った佐々木さんだった。 「もしも痛くて眠れないようでしたら、こちらの痛み止……っ! ひっ、も、申し訳ございません……!!」 手当ての済んだ私の足が夜中に痛み出すのではないかと案じて、わざわざ痛み止めを持ってきてくれたのだろう。けれど暗いベッドの上で至近距離で見つめ合っている私たちの姿を目の当たりにした彼女は、顔を真っ赤にしてパニックを起こした。 言葉の途中でヒュッと息を呑むと、持っていたお水をこぼしそうになりながら深く頭を下げ、入ってきた時以上の凄まじいスピードでバタンッ!と勢いよく扉を閉めてしまった。私は一気に顔から火が出そうなほどの羞恥心に襲われ、咄嗟に智哉さんの胸板を両手でバンッと押し返してしまった。 「さ、佐々木さんに、変な誤解を……っ!」恥ずかしさのあまり両手で自分の顔を覆ってベッドの端へと後ずさった。契約結婚のはずなのに、メイドに見られてはいけないような行為に及ぼうとしていたなんて、明日から佐々木さんの顔をどんな顔で見ればいいのか分からない。 羞恥でパニックを起こしている私を見下ろし、智哉さんは深い溜息を夜の空気に溶かした。 「……誤解も何も、わざとだ」 私は信じられない思いで彼の整った顔をまじまじと見上げたが、そこには冗談を言っているような素振りも、感情の揺らぎも一切見当たらなかった。 「わざと…ですか?」 「あぁ。廊下の方から、こちらに向かってくる足音が聞こえていたからな」 ほんの一瞬で
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第138話

分厚い遮光カーテンの僅かな隙間から差し込む朝の光が、ゆっくりと微睡みの世界から意識を浮上させていく。まだ半分夢の中にいるようなぼんやりとした頭で、寝返りを打とうとして無意識にシーツの中で足を動かした。その瞬間、分厚いガーゼとテープで保護された踵や爪先に、ジンジンとした鈍く重い痛みが容赦なく走り抜けた。足全体が熱を持っているような不快感に、私は顔をしかめて苦しげな声を漏らす。「んっ……っ」痛みを逃すように小さく息を吐き出し、ゆっくりと重い瞼を押し上げる。その時、私の耳に、寝室に似つかわしくない紙をめくるような微かな音が届く。誰かいるのだろうかと視線を巡らせた私の意識は、低く落ち着いた声によって完全に覚醒させられることになる。「目が覚めたか」その声の主が誰であるかを確認するまでもなく、心臓が大きく跳ね上がる。声のした方へ慌てて視線を向けると、ベッドサイドに置かれた一人掛けのアンティークソファに、智哉さんが深く腰掛けていた。手元のタブレットと数枚の書類からこちらへと視線を移す彼の瞳とバッチリ目が合い、一気に眠気が吹き飛んでいく。「と、智哉さん……!? どうして、ここに……っ」驚きのあまり声が上ずり、私は咄嗟に胸元までシーツを引き上げて身を縮めた。寝起きの乱れた髪や、気の抜けた顔を、彼に見られているという事実だけで顔から火が出そうになる。しかし、パニックに陥る私とは対照的に、智哉さんは手元の書類をサイドテーブルに置くと、抑揚のないトーンで答えた。「もうすぐ起きる時間だろうと思ってな」ノックの音すら気付かないほど熟睡していた私の部屋に堂々と入り込み、しかもソファで仕事の書類に目を通しながらくつろいでいるなんて、どう考えてもおかしい。それに、窓から差し込む光の角度を見る限り、すでに彼の出社時刻はとうに過ぎているはず。「そ、そうじゃなくて……! どうして私の寝室にいるんですか。それに、今日は会社には……?」分刻みのスケジュールで動いているは
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第139話

智哉さんの腕の中にすっぽりと収まり、抵抗を諦めて完全に身を委ねたまま、私たちは広々としたリビングダイニングへと足を踏み入れた。高い天井から降り注ぐ朝の光が眩しく、私は思わず目を細める。「おはようございま……っ、まぁ……」言葉の途中で息を呑み、佐々木さんはほんの少しだけ頬を染めて口元を手で覆った。私は一気に全身の血が沸騰するような強烈な羞恥心に襲われ、今すぐこの場で煙となって消えてしまいたくなった。智哉さんの広い胸板に顔を押し付けるようにして必死に隠れようとしたけれど、逃げ場なんてどこにもない。私は真っ赤になった顔を少しだけ上げ、震える声でどうにか挨拶を絞り出した。「さ、佐々木さん、おはようございます。朝からお見苦しいところを、すみません……」私の恥ずかしさに満ちた悲痛な謝罪を聞いて、佐々木さんはすぐにハッと我に返った。「ふふ、とんでもございません。どうぞこちらへ」彼女は、智哉さんが私を座らせやすいようにダイニングテーブルの一番奥の椅子をスッと手前に引いてくれた。そこには、私が長時間座っても疲れないようにと、すでにふかふかのクッションが用意されていた。智哉さんは私の怪我をした足が椅子の脚やテーブルにぶつからないよう、最後まで私の膝裏と腰をしっかりと支え、まるで壊れ物を扱うかのような丁寧な手つきで座らせてくれる。「こいつの朝食を頼む。足に障らないよう、足元にも小さなスツールを置いてやってくれ」智哉さんの細やかな気配りと的確な指示に、佐々木さんは深く一礼をした。彼女はすぐに部屋の隅から足乗せ用の低いスツールを持ってきて私の足元にセットすると、優しい手つきで私の傷ついた足をそこに乗せてくれた。「すぐに温かいものをお持ちいたしますね」佐々木さんの足音がキッチンへと遠ざかっていき、広いダイニングには再び智哉さんと私だけが取り残された。目の前のテーブルには、私一人のためにセットされた豪奢なランチョンマットとカトラリーが並べられている。足元のスツールの
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第140話

午後二時きっかりに屋敷へやってきた仕立て屋の女性は、私の足を気遣ってリビングの広いテーブルに数々の美しいドレスのカタログや布地のサンプルを広げてくれた。華やかで上質なデザインの数々に目を奪われながらも、私できるだけ地味な色合いの、少し露出の少ないドレスばかりを指差していた。仕立て屋の女性が次々と提示してくれるカタログの中で、私が「これなどいかがでしょう」と遠慮がちに指差したドレスを、智哉さんがまたしても声で口を挟んできた。「……それも却下だ」これで連続して三着目の却下。 リモートワークに切り替え、忙しく仕事をしているはずなのに、彼はなぜか私のドレス選びにいちいち目を光らせていて、ことごとくダメ出しをしてくる。仕立て屋の女性も彼の一声に苦笑いをしてカタログを閉じてしまう。「智哉さん、これで何着目だと思っているんですか……」私の悲痛な抗議の声を受けても、智哉さんは悪びれる様子など微塵も見せず、パソコンの画面から視線を外してふうっと短く息を吐いた。「いくら女だけの集まりだからといって、そんな野暮ったい布の塊みたいなドレスなど論外だ。こっちのドレスはどうだ」そう言って彼が長い指先で指し示したのは、仕立て屋が『奥様の美しい肌によく映えるはずです』と最初に提案してくれた、デコルテが綺麗に見える華やかなドレスだった。でも、彼が指定したのは、透き通るような純白と、パッと目を引くような鮮やかな真紅の二着だった。「婦人会の集まりで、白や赤のドレスは避けるべきだと……」私が少しでも目立つような真似をすれば、紫苑さんにどんな陰湿な嫌がらせを受けるか分からない。私の言葉を聞いて、何かを思案するようにじっと私を見つめた。「くだらん。別に主催の顔など立ててやる必要はないだろう。他人の顔色など窺わず、お前が一番好きな服を着ればいい」他人の顔色など窺うな。自分が一番好きな服を着ろ。そう言われても、あの華やかな女性たちの輪の中に一人で放り込まれることを想像すると、やはり足がすくんでしまう。私はドレスのカタログから視線を彷徨わせ、現実的な問題を盾にしてなんとか彼の提案を辞退しようと必死に口を動かした。「ほら、白はすぐに汚れてしまいますし、赤は目立ちすぎてしまいます」私が必死にひねり出した、極めて庶民的で切実な言い訳。目の前にいるこの男にとって、私の提示したリスクな
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