転生ショコラティエは白銀の騎士にとろける恋を捧げる のすべてのチャプター: チャプター 51 - チャプター 60

68 チャプター

番外編 任務中の手紙

 野営地は、夜になると妙に音が減る。焚き火の爆ぜる音、見張りの足音、遠くの虫の声。それらすべてが「考える時間」を与えてくる。 私は地図を広げたまま、文字を追っていなかった。頭の中にあるのは――一人だけだ。「……副団長殿」 伝令の声に、反射的に顔を上げる。「王都より、私信です」 その一言で、心拍が跳ね上がる。「……誰からだ」 分かっているくせに聞く。「清水真琴殿より」 受け取る指がわずかに震えたのを、部下は見なかったふりをした。 封を切る前に、一度深呼吸をする。戦場で刃を抜く前より慎重な自分に、内心で呆れる。 ――真琴。 名前を見るだけで、全身が緩む。 手紙は短かった。彼らしい丁寧で、少し照れた字。『リオンへ  お仕事お疲れさまです。  ちゃんとご飯は食べていますか?  僕は、言われた通り外出を控えています。  でも、お店の前を通る人が  「副団長さん、すごく心配してたよ」って言ってくれて。  ちょっとだけ、嬉しかったです。  無理しすぎないでね。  帰りを待っています。  真琴』 ……危険だ。あまりにも。「……外出を控えている、は信用できる」 ぽつりと呟く。「だが、“店の前を通る人”とは誰だ」 勝手に補足する脳内。そいつは男か? 年齢は? 声の調子は? 距離はどれくらいだった?「“副団長さん”と呼んだ……?」 私の名前を、軽々しく口にしたのか。 地図の端が、指の力でくしゃりと歪む。「……心配していたのは、私だ」 他人に代弁される筋合いはない。胸の奥が、じわじわと重くなる。それでも、最後の一文がすべてを上書きする。『帰りを待っています』 ……待っている。その事実だけで、呼吸が整う。だが――。「副団長殿。異常ありませんか?」 部下の問いに、私は顔を上げた。「……影が動いた」 「え?」 「真琴の……いや」 言い直す。「敵の斥候だ」 反射的に剣を取って立ち上がる。敵に察知されないように薄く張り巡らせている、魔力探知能力が感知した。夜の帳の向こう、木々の間に揺れる細い影。 瞬間、心臓が嫌な音を立てた――誰かの後ろに立っている真琴の姿が、脳裏をよぎる。「全員、警戒態勢」 「副団長殿? まだ確認が――」 「最悪を想定しろ!」 声が荒くなる。 木の葉が風に揺れただけだと分かるまで、数秒
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番外編 手紙の返事

夜明け前、見張り交代の合間だった。「副団長殿。王都から返書です」 その一言で疲労が瞬く間に消え、剣を置く手がわずかに早まる。封蝋は、少し歪んでいた。 (――真琴、急いで書いたな) 嫌な予感と、期待が同時に胸を刺す。『リオンへ お手紙、ありがとう。 読んで……ちょっと、びっくりしました。 誰かに声をかけられたくらいで、 そんなに心配されているとは思わなくて。 でも……嬉しかったです。 重いなって思う前に、 “大切にされてる”って感じました。 安心してね。 僕はちゃんと帰る場所を知っています。 それは、リオンのところです。 だから、ちゃんと無事に帰ってきてください。 約束です。 ……抱きしめるの、絶対に逃げません。 真琴』 ……卑怯だ、最後の一文。絶対に逃げない、と書かれてしまった。喉がひくりと鳴り、視界が一瞬だけ滲んだ。「……真琴」 名前を呼ぶ。 ――帰る場所は私のところ。これ以上、何が必要だ。 手紙を胸当ての内側に収める。心臓のすぐ上。そこが一番安全だ。 そして同時に、角笛が鳴った。「敵影確認!!」 やっと来た、任務最終局面! 山道を抜けた先、谷間に広がる敵陣。数は多いが問題は、ここで終わらせることだ。「副団長殿、指示を!」 私は剣を抜いた。刃が朝日に反射し、澄んだ音を立てる。「前衛は私が切り開く。後衛は合図まで動くな」 「了解!」 手網を握りしめ、馬と一緒に駆け出す。蹄が地を蹴る音を聞くたび、思考が研ぎ澄まされていく。 敵が見える。剣が振られる。 ――遅い。 一閃。迷いはない。感情はあるが、それが刃を鈍らせることはない。むしろ逆だ。「……帰るんだ」 呟きながら、次の敵へ。片手で馬を操りながら、繰り出される敵の刃を全て一瞬で薙ぎ払った。「待っている人がいる」 刃が、正確に急所を穿つ。無駄な動きは一切ない。 敵将が、後方で指示を出しているのが見えた。「副団長殿、あれが――!」 「分かっている」 一気に距離を詰める。途中、肩をかすめる矢。構わない。 ――真琴なら、きっと言う。 無理しないで。 だが、私は騎士だ。無事に帰るために、今は無理をする。 敵将が剣を構える。「王国の犬が……!」 言葉は聞こえない。聞く必要もない。一気に踏み込み、間合いに
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番外編 誓いの言葉

閉店後の店は、昼間とは別の顔をしている。灯りを落とした厨房。片付けの終わった調理台。外はもう、静かだ。 仕事から帰ってきたリオンは、椅子に座っていた。鎧は脱いで、いつもの服。それだけで少し安心する……でも、視線がずっと僕を追っている。さっきから包丁を洗っていても、布巾を干していても。一歩動くたび、目で追う。 彼の気持ちは重い――そのことはよく分かってる。 だけど今日は、それを全部受け止めるって決めた。そして、僕の気持ちを彼に伝える。リオンを支える、最良のパートナーになるために。「リオン」 呼ぶと、即座に顔が上がる。「どうした」 声が真面目すぎる。少し緊張しているのも分かる。 僕は、店の奥にある小さな扉を開けた。「……こっちに来て」 一瞬だけ、警戒する顔。でも、逆らわない。立ち上がって、ついてくる。 店の奥。倉庫を改装した小さな部屋。椅子が二つと簡単な机。僕らしかいない空間。 慎重に扉を閉めた。(うん、静かだ――)「……真琴?」 不安そうなリオンの声を聞きながら、僕は深呼吸した。 逃げない。ここで、ちゃんと言う。男としてのケジメをつけるために。「リオン、座って」 「……?」 従順に座る。王国最強騎士が素直に従ってる姿は、ちょっと可笑しい。でも、笑わない。 僕は彼の前に立った。真正面で逃げ場ゼロの距離を保つ。「ねえ」 「……何だ」 蒼い目が揺れている。任務の前より、戦場より、今のほうがずっと怖そうだ。「僕ね、リオンと離れてる間、ずっと考えてた」 手が少し震える。でも、言葉は止めない。「リオンが重いことも、独占欲が強いことも、全部分かってる」 ぴくっと、リオンの形のいい眉が動く。「自覚もあるし、隠す気もないでしょ」 「……ああ」 「それでもね」 一歩、彼に近づく。「それを怖いと思ったこと、一度もない」 息を呑む音が僕の耳に聞こえた。リオンは緊張しているのを隠すように、あえて真顔を決め込む。「むしろ、僕は安心するよ」 彼の蒼い目が、ゆっくり見開かれた。「帰ってくる場所だって言われるのも、守るって言われるのも」 リオンが告げた言葉を口にするたびに、胸がじんわりと熱くなっていく。「僕だけを見る目も……」 自分の気持ちを言わなきゃって思うだけで、喉が詰まりそうになる。「……全部が好き」 リオン
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番外編 指輪を見せびらかす事件

翌日。王宮の廊下で、僕は確信した。(……リオン、このポーズはわざとだ!) なぜなら左手を、やたら前に出して歩いている。しかも自然を装って。見るからに、全然自然じゃないというのに。「……リオン」 「何だ?」 「その手、疲れない?」 「いや」 むしろ、誇らしげに答えられてしまった。指輪が朝の光を反射して、キラッと輝いている。 そこへ――。「おーい、副団長!」 背後から聞き慣れた声がした。きっとラディス団長だ。 振り返った瞬間、リオンが半歩前に出た。そして、さりげなく左手を胸の高さにキープする。(ああ――完全に見せに行っているね……) 呆れ果てる僕を尻目に、団長の視線が止まる。「……ん?」 一秒・二秒・三秒。「…………は?」 見て理解して、脳が追いついたところで。「……指輪?」 リオンは、静かに頷く。「結婚指輪だ」 団長、完全沈黙。そのまま、僕とリオンを交互に見る。「……え?」 「昨日、正式に誓った」 「……誰と誰が?」 「私と真琴だ」 団長の表情が、ゆっくり崩れる。「……は?」 リオンは追撃するように、左手を少し上げる。 きらっ。「これが証だ」 「証って言い方!!」 団長、しかめっ面で額を押さえる。僕は、目の前の状況に言葉が出ない。「……いや、待て……」 団長は数秒ほど、黙考してから。「……お前、まさか」 「見せに来た」 「だろうな!!!!!」 廊下に響く声で、周囲の騎士たちがびくっとする。「朝一で! それだけのために?」 「はい」 即答すぎる。団長は、呆れた目で僕を見る。「真琴殿?」 「え、えっと……その……」 言い淀んでいると、リオンがまた一歩前に出た。「真琴は、私の伴侶だ」 「言い切るな!!」 「事実だ」 団長は自身を落ち着かせように、深呼吸を繰り返す。 「……で?」 「はい?」 「他に用件は?」 「ありません」 「ないのかよ!!」 団長は額に手を当てながら、がっくりと項垂れる。「……なんだこれは……」 リオンは胸を張って、真剣な顔で言い放つ。「報告だ」 「殺意の湧く報告だな!!」 顔を上げて、ギロリと睨む。「で? 他に何か言うことは?」 リオンは、なぜか即答する。「あります」 「聞きたくない」 「“もう結婚しろ”と言ったのは、団長だ
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番外編 既婚者宣言を止められない夫を見る朝

 朝、まだ完全に目が覚めきらない時間。僕は台所でお湯を沸かしながら、背後の気配を感じていた。 ――重い。それは物理的じゃなく、存在感そのものが重い。振り返ると案の定、リオンが立っていた。しかも無言のまま、真剣な顔をしていて左手は自然に前。指輪がきらりと光り輝く。(……朝から、そのポーズなんだ)「おはよう、リオン」 「おはよう、真琴」 声が低くて落ち着いているのに、目が少し潤んでいる。多分、昨日もあまり寝てないんじゃないかな。「今日、任務だよね?」 「ああ」 「……早いね」 「既婚者は早起きだ」 「朝からそれ言う?」 顔だけ振り向いた瞬間、後ろから抱きしめられる。強くはないけど、逃がす気もない力加減。「……真琴」 「な、なに?」 「私は……今日も既婚者だ」 「知ってる!!」 思わず声が裏返る。リオンは、少しだけ首を傾げた。「確認だ」 「確認の頻度がおかしいよ……」 でも、腕は緩まない。むしろ、少し強くなる。「任務先でな」 「……うん」 「他国の騎士に話しかけられたら、言う」 「何を?」 「既婚者です、と」 「言わなくていいよ!」 「言う」 即答。しかも迷いゼロ。真剣な蒼い目で、何もない空間を見つめる。(――あ、これはもう止まらないやつだ) ため息をついて、リオンの手に触れる。指輪の感触があたたかい。「……ねぇ、リオン」 「何だ?」 「そんなに言わなくても、僕、逃げないよ?」 一瞬。本当に一瞬だけ、リオンの表情が揺れた。「……それでも」 額を、僕の肩に預けてくる。「言っていないと……不安になる」(重い……でも……) 大きな背中に腕を回す。「まったく……かわいいなぁ」 ぽろっと漏れた。しまった、と思った時には遅かった。リオンの体が、ぴくっと震える。「……今、かわいいと言ったか?」 「言った……」 「もう一度言ってくれ」 「えっ」 「既婚者の特権だ」 「そんな特権ないから!」 でも顔を上げたリオンは、耳まで真っ赤で。期待に満ちた目をしていて。(……ああ、もう)「……リオンは重くて、すごくかわいいよ」 その瞬間、ぎゅうううううっ!!! っと強く抱きしめられた。「うっ!」 「真琴……」 声が震えてる。「私は……重いと言われて……嬉しい……」 「末期だよ、それ……」
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番外編 団長、謝罪文は王宮で検閲事件

帰路の馬車は空気は妙に重い。原因は私の向かいに座る団長が、先ほどから一言も発していないことだ。 視線は私の手元。正確には、真琴宛ての謝罪文の束。「……」 「……」 「団長」 呼びかけると、ようやく顔を上げた。「……リオン」 低い声で名を呼ばれた。そして――。「それは」 指先で、謝罪文を示す。「何だ?」 「敵兵が、自発的に書いた謝罪文です」 「誰に」 「伴侶に」 団長は、深く、深く息を吸った。「……ほう」 そして、馬車が止まった。「降りろ」 「?」 「いや、座ったままでいい」 団長は私の向かいから身を乗り出し、謝罪文を一枚つまみ上げた。 読む、無言。二枚目。三枚目――途中で、額を押さえた。「……リオン」 「はい」 「確認する」 「どうぞ」 「これは」 紙束を軽く振る。「王国に対する反逆文書ではないな?」 「違います」 「魔術的呪詛も?」 「ありません」 「真琴殿を“概念”扱いしている部分は?」 「敵兵の認識です」 「……だろうな」 団長は、はっきりと言った。「これはな、王宮で検閲する」 「なぜですか」 本気で疑問だった。「理由は三つある」 団長は指を立てた。「一つ。民間人――しかも副団長の配偶者に、敵国兵が公式謝罪文を送る前例がない」 「確かに」 「二つ。内容が過剰だ」 「これでも、かなり削らせましたが」 「削ってこの量だろう」 その通りだった。「三つ」 団長は、真顔で言った。「これをそのまま渡したら、真琴殿が混乱する」 ――あ。一瞬で理解した。「……確かに」 「だろう」 団長はため息をついた。「お前は自覚がない」 「何の」 「君の伴侶が、どれほど周囲の精神安定を破壊しているかだ」 「?」 「敵が謝罪文を書く時点で異常だ」 「恐怖では?」 「尊敬混じりの恐怖が、一番厄介なんだよ」 団長は紙束をまとめ、きっちり封をする。「よってこの謝罪文は一度王宮で検閲し、真琴殿に“渡しても問題ない形”に編集する」 「編集?」 「そうだ」 団長は私を見る。「例えば――“ご主人が強すぎて怖かったので謝ります”くらいに要約する」 「それは」 想像した。真琴がそれを読んで、困ったように笑って、「そんな理由で……?」と言う姿。「……可哀想では?」 「だ
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番外編 王国史に残る転換点

アルセリア王国と敵国の国境付近には、定期的な情報交換(という名の牽制)がある。 その席に、問題が起きた。「……副団長殿、最近お忙しそうですね」 敵国の使節が、半ば世辞のように言った。それに対して我が騎士団のある団員が、うっかり口を滑らせた。「そりゃあもう! だけど最近は、お帰りが早いんですよ」 ――静止、間に合わず。「副団長の恋人が、まだこの国に慣れていなくて!」 「不安にさせると、副団長の戦果が跳ね上がるんです!」 ……。 ……。 敵国使節、無言で筆を取る。 こうして極秘扱いのはずだった副団長の事情は、正式な軍事情報になった。敵国・緊急対策会議(※実話) 砦の奥、重苦しい会議室。「では議題に入る」 老将が咳払いをする。「アルセリア王国騎士団副団長・リオンへの対策だ」 若い将校が真顔で手を挙げた。「戦力評価は?」 「単騎殲滅可能」 「正面衝突は?」 「却下」 「夜襲は?」 「却下」 「奇襲は?」 「却下」 全却下。そこで、情報参謀が資料を差し出した。「こちらをご覧ください」 紙面上部に、大きく書かれている。《副団長 行動変化要因》 その下。 恋人が不安そう → 危険度:最大 恋人が体調不良 → 危険度:災害級 恋人が泣いた → 想定被害:国家存亡 会議室、凍る。「……では、逆に」 参謀が続けた。「副団長殿を戦場に呼び寄せない方法は?」 沈黙の後、誰かが呟いた。「……恋人が、平穏であれば……」 老将、即断。「よし」敵国の結論 副団長の恋人に ・不安を与えない ・危険を感じさせない ・近づかせない 以上を厳守せよ。 そう、非公式文書に残した。*** ――去年の国境紛争。記録上は、「敵国前線砦、指揮系統の混乱により無血開城」 そう書かれている。 だが私は、その朝のことを今でもはっきり覚えている。出立前、いつものように装備を整えていると――。「……リオン」 背後から少し控えめな声。振り返ると真琴が立っていた。細い指先が、私の外套の端をきゅっと掴んでいる。「どうした?」 「えっと……その……」 言い淀んで視線が泳ぐ。……ああ、嫌な予感しかしない。「私がいない間、不安か?」 そう問うと、真琴は一瞬だけ目を伏せて――。「……昨日、敵国の砦の位
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番外編 砦制圧後のそれぞれ

*** 店の扉を開けた瞬間、いい香りがした。乾燥させた茶葉と、少し甘い焼き菓子の匂い。 ――真琴の店の、いつもの空気だ。 私は外套を外し、剣を預ける。「おかえりなさい」 カウンターの向こうから、真琴が顔を上げた。その表情が、私を見てふっと緩む。 胸の奥が、微かに熱を帯びた。「リオン……早かったね」 「ああ、予定よりは」 嘘は言っていない。単騎で砦を落とした、とは言っていないだけだ。 真琴は私の手元を見て、少し首を傾げる。「……怪我、してない?」 「大丈夫だ」 即答すると、彼はほっと息をついた。その仕草だけで、ほかの砦をもう一つ落としてもいい気分になる自分がいる。(……自重しろ) 私は椅子に腰を下ろす。「国境の方は……どうだった?」 彼の声は、できるだけ平静を装っている。けれど、指先がわずかにエプロンの端を掴んでいるのが見えた。 私は、少しだけ間を置いてから答えた。「しばらく、静かになる」 「……本当?」 「ああ」 それだけで、真琴の肩から力が抜けた。「よかった……」 小さくそう言って、彼は笑う。その笑顔が、何よりの戦果だった。 カウンター越しに、湯気の立つ茶を差し出される。「今日、チョコに合う新しいブレンドを試してみたんだ。どうぞ」 「……いただきます」 一口含むと、柔らかな甘みが広がった。「……美味しい」 そう言うと、真琴は少し照れたように目を伏せる。「それなら、よかった」 沈黙が落ちる。気まずさはない。むしろ、心地いい。 不意に、真琴が言った。「リオン……昨日、変なこと言ってなかった?」 「変なこと?」 「その……国境が不安だとか」 私はカップを置き、真琴に向かってにっこり微笑む。「だから、不安は解消した」 真琴は少し驚いたように、目を瞬かせる。「……そうなんだ」 「ああ」 私は静かに続ける。「君が安心して過ごせるなら、それでいい」 真琴の耳が、ゆっくり赤くなっていく。「……リオン、時々……そういうことを、さらっと言うよね」 「たまには、いいかと思ったんだ」 そう答えながら、私は内心で思う。(――まだ、気持ちの半分も言っていない) 帰り際、彼が戸口まで見送りに来た。「今日は……来てくれてありがとう」 「こちらこそ」 一歩、距離を詰める。けれど触れない。まだ
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番外編 敵国、真琴という“地雷”を知る

それは、国境付近の会談だった。形式上は停戦交渉。実態は、互いの腹を探るための睨み合い。 まとめ役のラディス団長が不在ということで、僕がリオンのお目付け役として同行した。しかもただの菓子職人。そこにいるだけの、存在のはずだった。「真琴、無理に話さなくていい」 隣のリオンが、低く囁く。「分かってるよ。今日は聞き役でしょ」 そう言いながら、敵国側の使節団を見た。 ……正直、最初は普通だった。 鋭い目。よく訓練された態度。こちらを侮る様子もない。「……副団長殿」 敵国の代表が、リオンに声をかけた。「こちらの方は?」 一瞬、空気が止まる。 リオンはほんの少しだけ――誇らしげに答えた。「私の伴侶だ」 その言葉が落ちた瞬間、敵国側の空気が目に見えて変わった。「……伴侶?」 「正式に」 静かな肯定にざわり、と使節団の後方が揺れる。 誰かが小声で囁く。「まさか……あの“真琴”か?」 「……噂は本当だったのか」(え? 僕、知らないところで、そんなに有名なの?) 代表の男が、ゆっくりと僕を見る。視線は鋭いのに、どこか緊張している。「……失礼ながら」 慎重な口調。「あなたが、王国騎士団副団長の精神安定に関わる存在――と、聞いています」 言い方。すごく遠回しなのに、核心を突いてる。「それと」 一瞬、言葉を選ぶように間を置いて。「この国の王が“絶対に傷つけるな”と、各国に非公式で通達した人物」(……ちょっと待って。王様がそんな通達を?) 横を見ると、リオンが完全に肯定の顔をしている。「事実だ。我が伴侶に危害が及ぶ可能性があれば、交渉はすべて打ち切る」 「……」 敵国代表の喉が鳴った。「それは……つまり」 背後で、誰かが慌てて書記官に囁く。「“あの件”だ、去年の国境紛争……」 「副団長が単騎で、砦を落とした原因……」 「“恋人が不安そうだった”という理由だけで……」(やめて! それ、本人の前で言わないで。心が痛い!!) 代表は深く息を吸い、姿勢を正した。「……理解しました」 そして、信じられないことを言う。「本交渉に入る前に、確認させてください」 「何をだ」 「――今回の件で」 一瞬、僕を見る。「あなたが不安になる要素は……ありますか?」 ……え? 会談室が、完全に静まり返った。全員が、僕の返
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番外編 敵将、真琴に会い──完全降伏

その知らせを聞いたとき、僕は思わず聞き返してしまった。「……え? 敵将が僕に?」 リオンは即答だった。「会わせるな」 「えっ」 「絶対にだ」 団長が、疲れ切った声で割って入る。「もう遅い。正式な申し入れだ。“副団長殿ではなく真琴殿に”」 ……なんで? 僕、何もしてないよね?「条件は?」 「完全非武装、単独、そして……」 団長は一瞬、言葉を切った。「“謝罪と降伏の意思表示”」 リオンが、ゆっくりと僕を見る。「……真琴」 「な、なに?」 「私から離れるな」 「う、うん」 こうして、僕は敵将と対面することになった。 会談室。扉が開いた瞬間、空気が張り詰める。現れた敵将は想像よりもずっと……普通の人だった。年齢は四十代半ば。傷だらけの剣士というより、疲れた責任者の顔をしている。 彼はリオンを一瞥し、そして僕の前で止まる。次の瞬間、膝をついた。「……えっ?」 思わず声が出る。「ちょ、ちょっと、立ってください!」 敵将は、頭を深く垂れたまま言った。「真琴殿」 「は、はい……」 「あなたに、直接お詫びと……」 息を吸う音。「降伏の意思をお伝えしに参りました」 ……降伏?「ち、違うんです、僕は……」 慌ててリオンを見る。リオンは、完全に黙っている。正直、この状況が怖い。「どうして、僕なんですか」 敵将は、静かに答えた。「あなたが副団長殿を“優しい”と言ったからです」 ……あ。「我々は、あの方を“制御不能の剣”として恐れていました」 少しだけ、顔を上げる。「しかし……あなたを見て、理解してしまった」 彼の声は、明らかに震えていた。「この国はあの剣を、恐怖で縛っているのではない。愛情で、繋ぎ止めている」 背後で、団員たちが息を呑む。リオンが、わずかに目を細めた。 敵将は続けた。「あなたを傷つける可能性が存在する限り……」 拳を強く床につく。「我々は、いずれ必ず滅びる」 ……そんな。「だから」 彼は、はっきりと言った。「この戦は始める前に、終わらせるべきだと判断しました」 僕は、胸がぎゅっとなった。「……僕は、ただ……」 言葉を探す。「誰も死なない方がいいって……」 そう言うと、敵将は目を閉じた。「……あなたは、その一言で国を救う方だ」 完全に、評価が過剰だ。「立ってく
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