All Chapters of 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー: Chapter 111 - Chapter 120

140 Chapters

第111話

「ど、どうしよう……社長が職場にまで……」「淳子……」この頃、淳子は洋介の執拗なストーカー行為に悩まされるようになった。洋介は人目を憚らずに淳子の職場にまで姿を現わし、熱烈なアプローチを始めるのだ。周囲の目がある以上、強く拒絶することもできない淳子は彼の行動に頭を抱えていた。元々、淳子は優しく穏やかな性格で、人を拒否することができなかった。(それに、あの人は本気になったら何をするかわからない……)それ以上に、彼女は洋介が傷付いてストーカー行為が過激になることを恐れていた。穏便に解決することができればいいが、洋介の淳子への気持ちはハッキリ言ってかなり重い。きっとそう簡単には解決できないだろう。「アイツ……俺の淳子になんてことを……」恋人は当然、洋介の行動に憤った。今すぐにでも洋介の前に飛び出していきそうな恋人を、淳子は必死で抑えた。「お願い、変なことはしないで。社長に目を付けられたら……あなたも無事ではいられないかもしれないわ」「淳子……」恋人が間に入ることで解決するのであれば、すぐにそうしていただろう。しかし、淳子は洋介が彼の存在など気にも留めていないことに気付いていた。恋人が出たところで、彼の行為は止まないだろう。誰から見ても、明白だった。不安げに俯く淳子を、恋人は優しく抱きしめた。「淳子……警察に行こう。アイツのストーカー行為を記録し、捕まえてもらうんだ」「……ええ、そうね。それが一番いいはずよ」困り果てた二人は、とうとう警察を頼ることにした。淳子は洋介のストーカー行動に耐えられなくなり、最寄りの警察署に駆け込んだ。警察が介入すれば、いくら洋介であろうとこれ以上変な真似はできないと思っていた。しかし、事態は思わぬ方向へと転がった。「ど、どういうことですか……!?」「ですから、私たちにできることは何もありません」淳子の悲痛な叫びを聞いてもなお、警察は動こうとしなかった。(ど、どうしてなの……!?証拠だって揃っているのに……!)淳子は恋人と協力し、洋介が彼女の周辺をうろつく瞬間を証拠として動画に収めていた。他にも彼から送られる大量のメールなど、十分すぎるくらいの証拠品を警察に提出した。しかし、それらの証拠を見てもなお、警察は事件性無しと判断した。信じられなかった、なぜこれを見ても事件ではないなどと言えるのか。「夏目社
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第112話

洋介は次第に淳子を追い詰めていた。彼女が拒否すればするほど、彼は燃え上がり、淳子は逃げ場を失った。そんな現状に、淳子も恋人も疲弊していった。そして淳子はある日の夜、同棲中だった彼に関係の断絶を突き付けられた。「ごめん……淳子……もう耐えられない……婚約はなかったことにしてくれないか」「そ、そんな……」淳子は引き留めようとしたが、恋人は聞く耳を持たず、彼女を一人置いて家を出て行った。淳子はメールを送ったが、返事は来なかった。彼女はとうとう、愛する恋人から見捨てられてしまったのだ。自分を置いて出て行った彼に対する憎しみがないわけではなかったが、彼を責めることはできなかった。彼もまた、洋介によって精神的に追い詰められていたのだ。淳子は早くに両親を亡くし、兄弟たちとも疎遠になっていた。そのせいで、彼女は一人ぼっちの辛い日々を過ごすことになった。恋人との婚約で、前まで勤務していた職場は退職してしまった。生活に困った彼女だったが、とても新しく就職活動ができるような状態ではなかった。一ヵ月経っても、恋人は帰ってこなかった。心のどこかで彼を待ち続けていた淳子だが、とうとう諦めがついた。愛する彼との幸せな未来も、思い描いていたもの全てが粉々になって崩れ落ちていく。そんな淳子の前に現れたのは、恋人ではなく、例の彼だった。「――淳子」「……夏目社長」高そうなスーツに身を包んだ洋介が、口元に笑みを浮かべながら淳子を見下ろしていた。彼は今、淳子が置かれている状況を知っている。当然だろう、そうなるように仕向けたのは紛れもなく彼なのだから。洋介は疲弊している淳子の肩に優しく手を触れた。「生活に困っているようだな、私が助けてあげようか?」「そんなこと……」言いかけた淳子は、思わず言葉を止めた。(働けない今の状況で……社長の提案を断ることはできないわ……)この男に助けられるなんて屈辱だったが、もはや他に頼る相手は残されていなかった。淳子は洋介に生活の援助をしてもらうことと引き換えに、彼の恋人となった。彼は元々遊び人ではあったが、淳子との交際を機に女遊びは落ち着いた。しかし、愛してもいない男に抱かれる日々は、彼女にとっては地獄のようだった。彼に触れられるたびに、淳子は前の恋人のことを考えることで何とか耐えていた。身体を重ねていれば、いつかは彼への憎しみ
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第113話

淳子は洋介と結婚し、第一子を無事に出産した。病院にて、出産を終えたばかりの彼女はまだ生まれて間もない由利を抱いていた。その顔は、洋介によく似ていた。淳子に似ているところはほとんどなく、誰から見ても彼の子であることが一目瞭然だった。初めての子の誕生に、洋介は大層喜んだ。「よくやった、淳子。俺たちの子ができるだなんて……嬉しいよ」「……ええ、そうね」淳子は素っ気なく返事をした。出産を終えた彼女は、洋介と違って、我が子の誕生をあまり喜んではいなかった。淳子は冷たい目で、赤子を見下ろしていた。実は、由利と名前を付けたのは彼女自身だった。なぜ、由利という名前にしたのか。特に深い意味はない。ただ、病室に百合の花が飾られていたからそれでいいかと思って由利に決めた。お腹を痛めて産んだ我が子を見てもなお、淳子は何の感情も湧き上がらなかった。いや、強いて一つだけ言うとすれば……。(……アイツに似てる、可愛くないわ)淳子がこの世で最も憎む男・夏目洋介にそっくりな顔。彼女は赤ん坊を近くにある窓から投げ飛ばしてしまいたいという欲求を何とか抑え込んだ。洋介の代わりとして、元恋人を頭に浮かべた。未だに僅かに未練が残る彼のことを考えると、少しずつ乱暴な気持ちが落ち着いて行くようだった。しかし、昔の恋人を思えば思うほど、別の感情が湧き上がる。――あぁ、あなたがこの子の父親だったらよかったのに。どうしてあなたが私の傍にいないのか。今頃他の女性と温かい家庭を築いているであろう彼に、彼女はまだ恋をしていた。彼の作り上げた幸せな家庭。想像した淳子の目から涙が溢れた。「淳子……子が生まれたことがそんなに嬉しいのか……!」彼女の目から溢れ出た涙を見た洋介は、嬉しそうに彼女を抱きしめた。本当は子供が生まれたことに対する涙ではなかったが、彼は彼女の心の内など知るはずもない。(どうして……こんなにも辛い気持ちになるのかしら……)ただ、自分が今この場所にいるのがとても辛くなった。***出産を終えてからというもの、淳子は洋介の持つ財力を使い、贅沢な暮らしを始めた。結婚当初こそ遠慮していた彼女だが、散財でもしてストレスを発散させなければ気が済まなかった。その間、由利は放置された。淳子はベビーシッターを雇い、娘の世話を全くしなかった。洋介に似た娘など顔も見たくなかったし、泣かれ
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第114話

淳子は二人目の子を妊娠したが、父親が誰かまではわからなかった。不特定多数の男と遊んでいたのだから、そうなるのも当然だろう。しかし、洋介との行為の後はいつもこっそり避妊薬を飲んでいたから、彼が父親ということだけはあり得ない。つまり、洋介以外に関係を持った男のうちの誰かが父親ということである。夫の洋介はそんなこと知る由もなく、二人目が生まれてくるのをとても喜んでいた。彼は二人目の子供のためにベビー用品を自らの手で選び、愛おしそうに淳子の腹を撫でた。生まれたらどうせ放置するくせに何のつもりだ――と淳子は心の中で彼に毒を吐いた。しかし、妊娠が喜ばしいことだったのは淳子も同じだった。彼女は純粋に喜ぶ洋介とは違って、ある思いを抱いていた。(この子が私の復讐の駒になってくれるはずよ)そう、淳子がわざわざ他の男との間に子を作った理由。それは洋介への復讐のためだった。淳子は自分に生き地獄を味あわせた彼に、報復として屈辱を与えようとしていた。その計画を遂行するためには、婚外子が必要だった。淳子は柔らかい笑顔を浮かべ、自身のお腹をそっと撫でた。妊娠も七ヵ月目に入り、だいぶ膨らんだお腹。もうすぐ生まれてくる愛おしい我が子。父親の顔もわからないような子供ではあるが、淳子は第一子とは違って僅かだが愛情を感じることができた。(あの男の絶句する顔を想像したら……)淳子はその妄想だけで、辛い結婚生活を耐え抜くことができた。***それから数ヵ月後、淳子はとうとう子を出産した。生まれてきたのは、彼女にそっくりな女の子だった。男児ではなかったことに少しショックを受けたが、どうせ第一子も女だ。女であろうと計画が破綻することはないので、もはやどちらでもいい。「淳子……よくやったな。君にそっくりな女の子だ」「ええ、そうね。あなた」一人目が自分に似ていたこともあり、洋介は淳子にそっくりな娘にとても喜んでいた。彼はその子供が自分の血を引いていないことなど、当然知らない。生まれた子供は淳子が紫苑と名付けた。由利のときとは違い、じっくりと悩みに悩んで考えた名前だった。淳子は自分に似た顔ですやすや眠る紫苑の頬に、そっと口づけを落とした。紫苑が生まれた後、彼女はプロの写真家を呼んだ。紫苑や自分を含めた家族写真を何枚も撮らせた。それも由利が生まれたときはしなかったことだった。その
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第115話

淳子が由利を冷遇し、紫苑を大切にしていたのは、誰も知らない隠された秘密があった。由利が洋介の血を引いていることもあり、淳子はどうしても彼女を愛することができなかった。それに加えて、由利の顔は父親によく似ている。淳子に似ているところがほんの少しでもあったのならば、由利があそこまで虐げられることはなかったかもしれない。そんな母の冷遇からか、由利は幼い頃から心を閉ざすようになり、次第に洋介も彼女に対する接し方がわからなくなっていった。紫苑は母親に似た愛らしい容姿をしているうえに、陰鬱な由利と違って明るい子だった。両親の愛が由利ではなく紫苑に傾くのは、至極当然のことだったのかもしれない。紫苑は健康な由利に反して、病弱だった。淳子はどうして彼女がと嘆き、洋介も人一倍紫苑を気にかけるようになった。幼い頃から紫苑は何かと手のかかる子だった。次第に淳子と洋介は、姉の由利に彼女の世話をさせるようになった。紫苑も由利を好いていたようだし、姉が妹の面倒を見るのは当然のことだと自らの行いを正当化した。淳子は母親としては最低だった。紫苑を溺愛して過保護になる一方で、自分で世話をするのは嫌がり、彼女に何かあると長女の由利に当たる。紫苑絡みのことで由利を叱るたびに、心配なら自分で見ろよと周囲の人間に思われていたことを、彼女は知らなかった。洋介も妻の行き過ぎた行為を知ってはいたが、彼は愛する彼女に愛想を尽かされることを恐れて何も言わなかった。愛想を尽かされるも何も、最初から愛などなく、むしろ底知れない憎しみを抱かれていたが。それからというもの、淳子は紫苑を夏目グループの次の社長にすることだけを目標に生きてきた。全ては洋介に報復するため。過去に思いを馳せていた淳子は、洋介との結婚式の写真を見ながら呟いた。「…………ホンット、くだらない日々だったわ」彼女はそれ以上は見たくないと、写真を棚の引き出しに閉まった。夏目家の本邸にある彼女の部屋には、洋介に関するものはほとんどない。強いて言うならその写真だけだったが、それも彼に気持ちがあるように見えるフェイクだ。洋介は確実に騙されている。淳子が自分を愛して結婚したと、信じて疑っていないのだ。しかし、それは間違いで、淳子は誰も愛していない。紫苑のことも、別に我が子として愛しているというよりかは復讐の駒として執着しているだけ。
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第116話

その日の夜八時、仕事に行っていた碧斗が家に帰ってきた。今日は残業があり、いつもより帰りが遅くなってしまった。碧斗は乗っていた車から降りると、玄関ドアの鍵を開け、中に入った。(結婚当初はこの扉の前に立つだけでも胸がドキドキして仕方なかったというのに……)妻の両親との同居も、今ではすっかり慣れた。複雑な義両親問題もなく、碧斗は夏目夫妻と穏やかな関係を築いていた。碧斗は当時、由利の猛反対を押し切って夏目家での同棲を選んだ。由利は結婚後二人で暮らすと思っていたのか、かなり衝撃を受けていた。『ねぇ、碧斗……あなたの実家ではいけないの?私としてはそっちのほうがいいんだけど。薄井夫妻もそうすると思っているでしょうし』青い顔で反対の言葉を口にする由利に、俺は何て答えたっけな。目を閉じ、当時の光景を思い浮かべる。『君は紫苑のことが心配じゃないのか?病弱な妹を置いて家を出るとは……なんて冷たい姉なんだ』その言葉に、ショックを受けたかのように目を見張る由利。それからというもの、彼女が夏目家での同居に口出しすることはなくなった。(……いや、今思えばあの日から由利は俺に意見することがなくなったな)今になって、碧斗は自分がどれだけ酷いことを言ったのか悟った。あのときは紫苑の身体を心配するあまり、気付かなかったのだ。夫として、彼は最低だった。わかっていながらも、碧斗には由利と離婚するという選択肢はなかった。くだらないプライドや欲のためではない。由利――彼女を心から愛していたからだ。なぜ今になってこのような感情が湧き上がってきたのかは自分でもわからなかった。紫苑と不適切な関係にあることもたしかだ。だが、彼女を手放したくはなかった。身勝手な男だと罵倒されてもかまわない。ただ、傍にいてくれさえすればそれでよかった。碧斗はハワイ旅行に行ったあたりから、由利への気持ちが高まり始めていた。リビングへ入ると、いつもの面々が彼を出迎えた。「ただいま戻りました」「おかえりなさい、碧斗君」「碧斗義兄さん、お帰りなさい」義母である淳子と、義妹の紫苑だ。義父である洋介はそこにおらず、おそらく自室で仕事をしているのだろう。何の変化もないいつも通りの夏目家だったが、ある人物の姿がないことに碧斗は気が付いた。「由利はどこに……?」碧斗は由利がいないことを、淳子に尋ねた。すると
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第117話

いつもより重い空気の夏目家に対し、由利のいる薄井家では。薄井社長夫妻と由利が三人で夕食を摂っていた。料理好きな社長夫人が、由利のためにこれでもかというほど豪勢な手料理を特別に振舞ったのである。「由利ちゃん、とっても美味しいわよ。あなたもどう?」「ありがとうございます。いただきます」夫人お手製のローストビーフを一口食べた由利は、思わず顔を綻ばせた。実母の淳子はあまり料理が得意な人ではなく、由利は失敗作を食べさせられることも多くあった。「とっても美味しいです、お義母さん」「あら、由利ちゃんにそう言ってもらえるだなんてとっても嬉しいわ」夫人は感激したとでもいうかのように笑みを浮かべて喜んだ。由利は斜め右前にいる社長に視線を移した。「お義父さんも、今日は私のために時間を取ってくださってありがとうございます」「何を言っているんだ。可愛い義娘が久しぶりにウチに来ているんだ。当然のことだろう」「可愛い義娘だなんて……光栄です」実の両親にも言われたことがない言葉だった。当然だ、淳子と洋介は由利を可愛いだなんて思ったことは一度もないだろう。(何だかここにいると、時間を忘れてしまいそう……)辛く苦しいだけの夏目家とは違い、薄井家は由利にとって居心地の良い場所だった。できることならずっとここに住みたいとさえ思い始めてしまう。そして何より、ここには”彼”もいる。「――父さん、母さん、ただいま」「あら、涼介。遅かったわね」ちょうど家に帰ってきたのは、仕事を終えた涼介だった。由利は立ち上がり、彼の前に立った。「おかえりなさい、涼介兄さん」「……ただいま、由利」由利の姿を見た彼の口角が自然に上がった。初々しい二人の姿は、まるで新婚夫婦のようだった。「あら、まぁ、涼介ったら」おそらく薄井夫妻も、長男の気持ちに気付いているだろう。しかし、表立って応援することはできない。由利は次男の妻だったから。二人はそのような複雑な気持ちを抱えながら、二人を見ていた。今まで全くと言っていいほど女の影がなかった涼介の恋を後押ししたい気持ちがないこともないが、離れて暮らす次男碧斗のことがやはり気にかかる。碧斗が由利に対して不誠実な行いをしていることは、彼らも知っていた。時々電話をかけて叱ってはいるものの、彼は紫苑の身体が心配なだけだと聞く耳を持たないし、態度を改めよう
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第118話

食後のティータイムを終えた後、由利は夫人の薦めでお風呂に入った。タオルを手に、彼女は一人浴室へと向かった。「わぁ、とっても大きいのね」流石は薄井家と言うべきか、浴室は夏目家よりも広い。由利は服を脱ぎ、室内に足を踏み入れた。湯船にゆっくりと身体を浸からせると、彼女はふぅと息を吐いた。「何だか今日は久々にリラックスできそうだわ……」一人になった空間で、由利の呟きは響いた。実家の夏目家では、くつろげる時間なんてほとんどなかった。暇なら家事を手伝えと言われ、手伝いの途中で紫苑に呼び出され、自分の時間なんてほとんど取れなかったのだ。紫苑は一人では何もできない人だった。お茶を淹れるのも自分でやらないし、どこかへ行くにも必ず誰かを連れて行かなければならない。――彼女のお世話をするのは、もう御免だった。四度目となった今世は、自分のためだけに生きていたい。いつまでも誰かに振り回されるのはこりごりだ。風呂から上がった由利は、夫人から与えられた自室へと戻った。実家のように突然呼び出されることはないのだと思うと、不思議と心が落ち着いた。ふと部屋に置いていたスマートフォンを確認すると、紫苑や碧斗からメッセージが届いていた。一気に暗い気分になりながらも、彼女は内容を確認した。『姉さん、薄井家にいるんですって?突然のことだからビックリしちゃったわ。いつ帰ってくるの?私も義兄さんも、姉さんが帰ってくるのを待っているわ』最初は紫苑からのメッセージだった。いつ帰ってくるのかと聞かれた彼女は悩んだ。できることなら、ずっとここにいたかった。しかし、そんなこと当然言えるわけがなくて、由利は紫苑に用件だけを伝えた短めのメッセージを送り返した。『由利、なぜ急に俺の実家へ泊まりに行ったんだ?しかも俺に内緒で。君がウチの両親と仲良くしてくれることは嬉しいが……一人では心配だ。次からは俺も誘ってほしい』二つ目は碧斗からのメッセージだ。心配という一言に、由利は何とも言えない複雑な気持ちになった。碧斗の心配の対象はいつも紫苑であり、由利ではなかった。君は一人で何でもできるからと、彼女は常日頃から言われていたからだ。由利は適当な理由を考え、碧斗に返事をした。次に碧斗の実家へ行くことがあっても、きっとそのときも彼のことは誘わないだろう。『早く帰ってきなさい。家事が終わらないでしょ』
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第119話

その後、涼介は部屋へ戻り、由利は早めにベッドに入って電気を消した。しかし、彼女は今日に限ってなぜか眠ることができなかった。(………いつもと環境が違うから?いいえ、それにしては変だわ)ハワイ旅行のときもこんなに眠れないことはなかった。由利の頭に永遠に流れていたのは、ついさっき見た涼介の表情と声。『――俺が必ずお前を救い出す』涼介とはずいぶん久々の再会なはずだった。しかしなぜか、そんな彼を初めて見たような気がしなかった。もちろん昔は碧斗や紫苑と一緒にかなり遊んだ仲ではあるけれど、既視感を覚えたのはそこではない。――いつかの前世で、彼の姿を見たような気がしてならない。(私ったら、どうしてこんなにも心を乱されるのかしら?)由利は頭から離れない涼介を完全に消し去り、ギュッと目を閉じた。心が落ち着くと、徐々に眠りへと誘われ、十分も経った頃には由利は完全に意識を手放した。そしてその日、彼女はなんと前世の夢を見た。一度目、二度目と碧斗は由利の目の前で自らの命を絶った。一度目は猟銃で頭を撃ち抜き、二度目はビルの屋上から飛び降りて。由利は彼の命が消えていくその瞬間を、ただ黙ったまま見つめていることしかできなかった。一瞬の出来事で、何が起こっているのか理解すらできない。『碧斗……しっかりして……』由利は碧斗の遺体に縋り付くが、既に反応はない。着ていた真っ白な服が、血で汚されていく。由利は震える手を何とか動かし、碧斗の頬に手を触れた。――人ではないと感じるほどに冷たい。彼が冷たいのは今に始まったことではなかったが、身体に温もりを一切感じられないのは初めてだった。由利は初めて碧斗に抱かれた日のことを今でもよく思い出せる。たしかに目は冷たかったけど、触れる手には温もりが存在していた。『……あぁ、どうして』由利は虚ろな目から涙を流し、真っ黒な空を見上げた。外からは、パトカーのサイレンの音が聞こえてくる。おそらく、銃の音を聞いた近隣住民の誰かが通報したのだろう。しかし、今の由利にはそんなもの耳にも入ってこなかった。その後、由利は駆け付けた警察によって碧斗の遺体から引き剥がされた。両親やメイドたちが、彼の遺体を悲痛な面持ちで見つめている。――ここから先は、知らない記憶だった。由利は第一発見者として、警察署で事情聴取を受けることになった。しかし、彼女を犯人だ
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第120話

由利が悪夢から目を覚ましたのは、まだ人々が眠る深夜だった。最後の記憶が腹部を刺されたものであるせいか、彼女の額からは大量の汗が流れていた。「わ、私……死んでないわよね!?」慌てて腹を手で押さえたが、傷は見当たらない。目でもしっかりと確認したが、綺麗なままだった。由利は何度も深呼吸を繰り返し、カーテンの隙間から見える夜の景色でようやく落ち着きを取り戻した。そこから見えた景色が、明らかに実家のものとは違った。今彼女がいるのは住み慣れた夏目家ではなく、薄井家だった。そういえば、薄井家に泊まりに来たんだっけ。そこでようやく眠る前の記憶を思い出した。薄井家で過ごした穏やかで楽しい時間が頭に蘇る。「よかった……また死んでループしたのかと思った。五度目のループだなんてことになったら……私今度こそ耐えられないかもしれない」死んでも永遠に生き返れると聞くと、羨ましく思うかもしれないが、それは一度目だけだった。生まれてからずっと苦しみに満ちた人生を送ってきた由利は、その無限ループに苦しめられていた。四度目、回帰した由利は心に誓った。今度こそ絶対に最後まで生き抜き、二度と回帰はしないと。それからというもの、由利は時間があるときに自らが体験したループの謎を探っていた。しかし、インターネットや本を使って徹底的に調べたものの、めぼしい情報は得られなかった。そんなときに舞い込んできた驚きの情報。「一度目の私も……記憶がなかっただけであの後死んでいたのね……三度目のように」由利は額を手で押さえながら呟いた。ループの条件は碧斗と紫苑が亡くなってしまうことだとずっと思っていた彼女にとっては、青天の霹靂だった。碧斗と紫苑の二人が亡くなった時点では、一度目の彼女はまだ生きていた。だとすれば、もしかすると本当のループの条件は……「――私自身が……亡くなること?」もはや、それ以外に考えられる要因は存在しなかった。しかし、本当のループの条件がわかったところで、大きな謎が残る。由利は長い長い夢の最後に見た人物を思い浮かべた。碧斗や紫苑よりもずっと深く記憶に残る、あの狂気的な瞳。一度見たらそう簡単に忘れることはできないだろう。一度目に彼女を殺害し、そして三度目でも彼女を始めとした多くの人間を通り魔という形で殺害した。彼のことを考えると、腹の左側がうずいた。「あの人は、一体何者なん
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